呪い
「呪いを受けている? 束本は攻撃を受けたんですか!?」
JMAの一室。怒鳴るような勢いの僕の問いかけに、フラジールさんは首を振った。
「聞いた限り、束本は攻撃を受けていないそうだよ。戦闘終了と同時に急に倒れたそうだ。とどめを刺したのが束本だったそうだから、倒したものに与える呪詛だったのだろうね」
フラジールさんの説明を聞いて、上がりかけていた腰が椅子の上にストンと落ちる。膝から力が抜けたのだ。
「そんな……伝承にはそんな話は……」
「産まれた語モノが持つ力は必ずしも伝承通りじゃないってのは、あんただって知っているだろう伏谷弟。恐らくは今回の狭間の元になった世界にそういう力があるんだ」
「……解呪は、出来るんですか?」
「手を貸しな、伏谷弟」
恐る恐る問いかける僕の言葉に、帰って来たのは協力の要請だった。
フラジールさんは顔をゆがめ
「現在クイニーとアタシを主として呪詛の解析を行っている状態だ。そっち系統の知識があるものは総出で行っているが、とにかく人手も足りない。あんたも解析はできるな? 手を貸せ」
彼女の言葉に、僕は息を飲む。彼女の言葉の意味する事に気づいたからだ。
魔術の中には、呪詛の類を解除するものも存在する。だが、それこそゲームのようにあらゆる呪いも一発解除するような便利なものは存在しない。呪詛の内容は多岐にわたり、その内容に応じた呪詛解除の術を構築する必要がある。
誤った解呪の術を使った場合、呪いが強化されたり、即座に呪いの最大の効果が発揮されてしまう事があるためだ。だから解析が完了しない限り解呪の術は行使できない。
その解呪の為の解析を得意とする人たちは何人か存在する。先ほど名前が挙がったクイニーさんはその最たる例だ。
そんな彼女や、最高峰の知識を持つフラジールさんが解析を行っているにも関わらず、人手が足りないという事は理由はただ一つ。
──時間制限、があるのだ。
「猶予は……どれだけあるんですか」
口の中が乾くの感じながら、震える声でなんとか絞り出した問いかけ。それには即答が帰って来た。
「30時間だ。衰弱が激しい。回復術式も弾かれる。それ以上の時間的な猶予はない」
なんのごまかしを入れる事もなくフラジールさんはそこまで言い切って、席を立ちあがる。
「手を貸す気があるならついてきな。時間の猶予は全くないよ」
掛けられた言葉に、僕は即座に反応できなかった。
手を貸す気がないわけじゃない、そんなの当然だ。
動けなかったのは頭の中がぐるぐるしていたからだ。
いくら成績が良いとはいえ、まだ学生でほぼ経験も積んでいない僕の手を借りなければいけない状況。それがどれだけ切羽詰まった状況なのはすぐにわかる。それと同時、僕が解析に参加しても状況はさしてよくならないであろうことも。
それでも、他に僕に出来る事がなければ、僕はすぐにでも解析にかかっただろう。
だが、今この時、僕には他に出来る事が頭に浮かんでいたのだ。
その方法を選ぶには一つ大きなデメリットを受け入れる必要がある。きっとその選択をしたら僕は後悔する。
でも。
もし、もしだ。この後皆で解析を行っても束本が救えなかった場合、僕はより強い後悔を得ることになる。どちらを選んでも一生続く後悔を得る可能性があるのであれば、より後悔が少なくて済む方法を選ぶ方が当然だ。
ましてや、もしそちらを選んで得られるメリットもあるのであれば──これ以上悩む時間は無駄なだけだ。
「フラジールさん」
立ち上がらない僕から視線を外し部屋を出ていこうとしていたフラジールさんの背中に声を掛ける。
「……なんだい」
「僕の開発している例の魔術があれば、束本を救える可能性は高まりますか」
僕の言葉に、彼女は目を見開いた。
「……いいのかい?」
「より後悔が少ない方法を選びたいので……ここでこの選択肢を選ばず束本が救えなかったら、僕は一生立ち上がれなくなる気がする」
「そうかい……」
フラジールさんは頷くと自分の懐から取り出した何かをこちらに投げてよこした。
鍵だ。
「……アタシらは、このまま解析を続けている。準備を進めておくから、あんた一人で行ってきな」
「はい!」
僕は大きくうなずくと、部屋を飛び出した。目指すはフラジールさんの住処、そこにいるステラの元へ。