遭遇
それまではやたらとニコニコしていた束本の表情が、真剣なものになる。
それだけで僕は何が起きたかを悟り、動きが固まった。
「大丈夫……少し距離がある」
そんな僕の様子に気づいてくれたのだろう。一歩下がって僕に並んだ束本が、僕の背中をポンと叩いてくれる。そのお陰で固まった体から少し力が抜けてくれた。
それを確認して束本は小さく微笑むと、視線を前に向けなおし口を開く。
「進もう。連絡お願いしていい?」
僕は彼女の言葉に頷くと、歩き出した束本の後ろについていきながら懐からスマホを取り出し、魔術士を統括しているJMAの本部に連絡を入れる。これで他の区域をパトロールしている魔術士達もこちらに集まってくるはずだ。
「那岐、予定通り、いい?」
スマホを懐にしまいつつ掛けられた言葉に頷くと、今度は僕と束本が同時に声を発した。
「「グリモワール、起動」」
ここから先は何が起こるかわからない空間だ。だから先に魔術を使用可能にしておく。……まぁ僕に出来る事は大してないけど。
そのまま、少しずつ僕らは人の気配のない街の中を進んでいく。ひどく長く感じる時間……だけど実際は十数秒程度だっただろう。再び、束本が足を止めた。
「いた」
端的な彼女の言葉に、僕は彼女の視線の先を追う。
……いた。
「蛇……?」
そこにいたのは、白い大蛇だった。恐らくサイズ的には頭部だけで僕の顔二つ分くらいはありそうなサイズ。当然、こんなサイズの蛇は日本にはいない──現実には。
「……蛇の妖怪なんていたっけ?」
「妖怪というか、伝承では蛇は割とポピュラーな存在だと思うけど……天津原にも一つあるから、多分それベースかな」
天津原市およびその周辺は、昔から妖怪や土地神等の伝承が多い地域だ。その姿を借りて語モノが現れる事も多い。多分現れたこいつもそういった類だろう。
「何か注意事項とかある?」
言われて、僕は記憶を漁る。
「確か……祟り神だったハズだ。毒液の代わりに病気をまき散らすタイプ」
恐らく、この地域で疫病が流行った時に生まれた伝承だったのだろう。病をまき散らした上で、旅の僧侶に葬られたという話だ。
その話を聞いて、束本がうげーという顔をする。
「ってことは攻撃貰ったら不味い可能性がある。……面倒」
「だね、警戒した方がいいと思う」
「増援まった方がいいかな?」
束本の問いかけに、僕は頷く。彼女はどちらかといえば近接型の術士だ、相手を考えると遠隔系の術士や結界を張れるタイプを待った方がいいだろう。
「りょ。まぁ相手の出方次第だけど……今は大人しくしているし、このまま様子を見る。那岐は情報取得して撤退して」
「うん。《解析》」
視線を向け、意識を緩やかに動く白蛇に向ける。
《解析》は解析といっているが、ゲームのように使っただけですべて解析してくれる魔術ではない。あくまで解析するための情報を取得するための術だ。この術で記憶域に記憶した語モノの情報を、JMAの本部に持ち込むのが僕の役目。
情報の取得自体はほんの数秒で終わる。それから僕は彼女に向けて手を向けて、
「《障壁》」
別の魔術を掛ける。
「気休めだけど……」
相手の遠隔攻撃をはじく結界。僕の魔力では恐らく一回程度しか防げないだろうけど、その替わり様々なものに対する耐性をつけてある。
「ありがとう……それじゃ、また明日」
束本は柔らかい微笑みを向け、僕の体をポンと押す。それに導かれるように、僕は来た道を戻る。
僕がここでやれることはもうない。後は僕ができる事は、取得した情報をJMAへ届ける事と、束本……彼女や他の魔術士達が無事にあいつを倒してくれることを祈るだけだ。
そうして、僕が現場を離れてからほんの30分後の事だ。
──束本が呪いを受けて倒れたという連絡を受けたのは。




