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【短編】イケない先生ト咲ク

作者: 厚焼き玉子

 もしも生きている時間に、明確な限りがあると決めつけられたならば――

 現世で生きている僕らはどう思うだろう?

 どう行動するだろう?

 まず『死にたくない』と思うのは必然であるが……。

 まあ大半の皆さんは、秘められていた欲を解放し、後悔のない生き方に徹するはず。

 食欲、物欲、自己顕示欲、破壊欲……そして愛情欲、性欲の赴くまま,『どうせ死んでしまうなら』と大胆かつ前向きな姿勢で事に及ぶ。

 でも多分……多分ね?

 数ある欲求の中で一番満たしたいと思う欲求は、愛情欲、性欲。

 どうせ死ぬなら、思い切って好きな人に告ってみようとか。

 どうせ死ぬなら、超絶美人を犯してやろうとか。

 特に人生経験の浅い若者なんて童貞、処女の集まりだから……人一倍そういう欲には敏感だ。

 僕自身も……人生経験の浅い、愛に飢えた人間の一人。

 多数の同情を掻っ攫えるような……堂々とした渇きを保持している。


 *


「あーー……しおどめ先生」

「うん?」

「ちゃんとこっち向いてくださいよ」

 夕暮れ時の砂浜で戯れる、フィッシュテールワンピースを着た僕の愛しき女性。

 まるでそう……春の訪れを待ち侘び、飛び回る蝶のように揺れ動く。

 そんな美しくて可憐な彼女に、自分の表情かおや心は頗る解される。

「えぇ~~……いいじゃない別に。ビデオ撮影なんて……」

「何言ってるんですか! 記念すべき初デートですよ初デート」

 僕はというと、艶かしい彼女の姿をスマホ片手に動画撮影している最中だ。

「ちゃんと動画に残しておかないと」

「じゃ、じゃあ……」

そう先生はぎこちない笑顔で、

「い……いえ~~い……っ?」

 ダブルピースを向けてくる。

「いいですねぇ~~!流石は先生!めちゃ可愛いです」

「そ……そんなお世辞言っても……何にも出てこないわよ?」

「事実を言ったまでです」  

「っもう……調子がいいんだから」

 僕の発言に恥じらいを見せる彼女の顔は忽ち真っ赤になる。

あぁ尊い……こういう普段拝めない彼女の反応や表情を垣間見ることが出来る。

 これこそカレシになった僕だけの特権だ。

 ホント癒し、ずぅーーと眺めていたいもんだな。

 目が幸せになる。

「お、おほんっ」

「あ……すっ、すみません……!」

 僕の凝視に痺れを切らした彼女は、相手の背筋を猶予なく凍らせるような鋭い瞳で言葉足らずな注意を促してくる。

「しっかしまあ、あなたもよく撮ろうって思えるわね」

「え?」

「だって1年後には何もかも……跡形もなく消え去るのよ? それなのに逐一動画撮って」

怪訝な表情を浮かべながら、先生は続けて言い放つ。

「それって時間の浪費じゃない?」

「ん~~……俺改めて考えたんですよ、最期に何して人生を終えるかを」

 後悔を残す死に方だけはしたくない。

 先生とこういう関係になれたからこそ、今一度自分が何を叶えたいのか、何をすれば自分は満たされるのか、間断なく考えた。

 で、ようやく導き出したんだ。

 一つの案……いや結論を。

「これはその第一歩なんです」

「動画を撮ることが?」

「えぇ」

 僕は言った。

「男子生徒の憧れと……ずっと恋焦がれていた先生とこうしてデートしてる」

 それだけじゃない。

「加えてね、教師と生徒の関係を逸脱したこの状況下」

「……改めて冷静に考えると……私もどうかしてるよね」

 世間が到底許さぬ関係性。

 そして僕の発言に対し、先生は頭を抱え苦笑いしながら返す。

 一瞬の気の迷い。

 あの日あの時、口にした自分の言葉を後悔しているかのようだ。

「そんな夢のような堪能を一度っきりにしたくない……せめてもの抵抗手段です」

 アバンチュールの数々を記録して後から見返す、この単純な理由もそう。

 けど本質の目的はまた別にあって……そう思いながら僕は続ける。

「んで最期の日に今まで記録してきた、イケない動画の数々を改めて視聴してねぇ」

「……ともくん?」

 よっほど僕の表情がニタァとした悪趣味なものだったのか、先生はやや引き気味な様子でこっちを直視してくる。

そんな彼女の状態、お構い無しに僕はこう明言した。

「最期まで欲望の赴くまま駆け抜けたって、思う存分自分を誇りたいんです。優越感に浸りたいんです」

 教師としてあるまじき禁断で歪な関係を強いている、そんな希少種へ成り上がった、これ以上ない人生の最高点。

 17年の短い人生でも全然悪くなかったって、きっちり生を全うしたんだって……心の底からそう思いたかったんだ。

「その優越感や動画をオカズにシコりまくって、快楽を味わいながら人生を終える。これ以上にない最期だって……そう思いません?」

 好きな人の前でとんでもないことを言ってるのは重々承知の上。

 低俗な願望だとね?

 吐き気を催すぐらい引かれるかもしれない。

 けど、この人の前では嘘を吐きたくなかった。

 本心を曝け出すことこそ真の意味で分かち合える……そう思うから。

 だから、変態性滲み出るこの発言を僕は怖気ず、はっきりと口にした。

 すると、次の瞬間。

「……っぷ!」

 彼女は、クスッと笑う。

「ふ……ふふっ……」

「せ、先生?」

「っハハハハハハッ‼︎‼︎」

「うおっ!?」

 数秒後には笑い転げるんじゃないかってぐらい秀逸な高笑いを先生はかました。

「はあ~~あ、笑った笑った」

「ん……ん?」

「ハハッ! 友也くん! あなた最っ高に狂ってるじゃない!」

「ほ、褒めてるんですか……? それ」

まだケラケラと爆笑しながら、僕に指摘してくる先生。

 けど流石というべきか、やはりというべきか。

「でも滾るよそれ、私も一緒にしていい?」

「……エエッ!?」

 アフターフォロー込みでだ。

 彼女は大いに賛同してきてくれた。

「いやでも最期の日ぐらい、ご家族と過ごした方が……」

 と、心苦しく僕は先生に勧めるが……

「いーーの! 別に! 今更親2人と過ごしてもね! 何が生まれるっていうの」

 意外というか……何というか。

 薄情なことをスパッと言い放った彼女は、更に続ける。

「それとも何? 友也くんあなたまさか……私と過ごせない理由があるっていうの?」

「ひぃっ⁉︎」

 とんでもなく冷ややかな彼女の視線に、僕は思わず肩を竦めた。

「いや、っんなのないですって‼︎ む、寧ろ!大歓迎というか……」

「なら!ねっ、いいでしょぉ~~?」

 先生は、魔性な女みたいな表情で勢いよく腕を組んでくる。

「ある意味、普通のセックスよりゾクゾクするかも」

 彼女の琴線に触れたのだろう……。

 尋常じゃないぐらいの破顔一笑がソレを物語る。

「……同感です、じゃあ見せ合いっこしましょうよ」

「賛っ成」

「あ、でも……セックスもしたいです先生と」

「ふふっ!もう……正直なんだから」

 僕たちは、まるで面白いオモチャを見つけ舞い上がる少年少女の如く笑い、熱く語り合う。

「とりあえずまずは……明日でしょ?」

「そ、そうです……ね」

 地球滅亡まであと……355日。

 それまでに僕はこの、常識や世間の目を振り切り、目覚めた魔女とハメをはずし続ける。

 バッドエンドへと続く、この道のりを薔薇色に変えてやるんだ。


 *


 時は少し遡り……6日前。

 5月14日土曜日の朝。

 ほんわかした朝の情報番組に突如として落とされた落雷。

 何気ない日常が根本的に覆る瞬間を目の当たりにする。

『こ……ここで速報です』

「……どーした、さやちん」

 人気芸能人の急逝、それとも大型の緊急地震——……か?

 画面越しからでも伝わってくる慌ただしいスタジオの雰囲気や人気女子アナ高橋沙耶の切羽詰まった表情。

 只事ではないことを容易に把握させてくれる。

『皆さん、落ち着いてお聞きください……』

『先程NASAからの緊急発表があり、その発表によりますと……』

NASA……?

 何だろ……まさかついに宇宙人でも見つけたのか?

 邂逅したのか?

 そう未知との遭遇に、胸を膨らませたのも束の間だった。

『巨大隕石がここ地球へ接近しており、丁度1年後に——』


『地球に衝突し、地球は滅亡するとのことです』


「はい?」

 地球が……滅亡っ?

「え……えっ……⁉︎」

 頭の中、心の中がこれでもかというぐらい錯乱される。

 今日のお昼はどこへ出かけようかなとか、財布の中にまだお金あったよなとか……。

 どーでもいいことを考え、いつも通りの日常が過ぎていくと思っていたから尚更だ。

 そして、この緊急速報から数十分後。

 日本政府からの正式発表がこの混沌に更なる拍車をかけることとなる。

 地球滅亡まであと……365日。

 圧倒的絶望感が日本全土を覆い尽くす。


 *


 地球滅亡まであと……364日。

 僕の人生史上、最高につまらない日曜日だ。

 どの局もそう、普段から放送されているレギュラー番組は休止。

 この地球滅亡に関する緊急生放送特番が設けられ、四六時中放送されている。

『接近している隕石を破壊することは可能ではないのか?』

『いや、出来ないと断言したからこそNASAは公式発表したんだろぉ!』

 番組に出演している専門家が熱い議論を右方左方でかましている傍ら。

 同じく出演中の大物司会者やタレントの方々はというと、無気力気味な対応と表情。

 専門家同士が幾ら口論を重ねてもこの事態は何にも良くならないし、変わらない……そんな諦念をあからさまに生み出している、こんな意味のない特番を放送するぐらいなら、いつも通り大長寿アニメやバラエティ番組を放送すりゃあ良いのに……。

「あぁ……つまらん」

 磯野家や堀川くん、あの農家アイドルがこれほどまでに恋しくなるのは……小学以来だろうか。

 当たり前のことが当たり前じゃなくなる。

 これはそう……わけも無くこち亀が連載終了した、あの喪失感と酷似していた。


 *


 地球滅亡まで後……363日。

 休み明けの月曜日。

 身も心も重苦しい。

 そんな体に鞭打って、僕は2年3組の教室へ赴く。

 前方のドアを開け、教室の中へ前進して早々だ。

「おーっす、友也!」

「っるさ……」

 こんな朝から、なんて声だよ全く。

 前方から飛んできた、体育会系お得意の声高らかな響きが僕の鼓膜を震わせる。

 その声の主であるさかしゅうは、すぐさま僕に気付き、息をもつかせぬ速さで駆け寄った。

「……うぃっす」

「おお、どしたどした!そんな浮かない顔しちゃってよ」

「浮かないって……連日のニュースや特番観たろ?」

 他者の心情を顧みず、かましてくる場違いな発言が僕をしかめっ面にさせる。

「まーーそうなるわな……お前然り周りも然り」

 うつろな雰囲気を漂わせている瞳に表情、お通夜のような重苦しい空気がこの教室内を包み、静まり返っている。

「てっ、あれっ?」

「お前も気づいたか」

「あ、あぁ……」

「この時間だっていうのに登校してるのはこの約半数」

 朝礼が始まる5分前だというのに半分以上が空席となっている。

「……そっか」

 理由は容易に想像できた。

「どうせ一年後には地球が無くなるんだ、それを見越しての欠席だろうぜ」

「各々、残された時間を有効に使うってところか」

 受験の無価値化や大人になれないことを義務付けられた現実。

 勉強に対する存在意義が完全になくなってしまった今、学校に来る時間は正に空費。

 学生の本分に反したくなるのも頷ける。

「あぁ……この教室もあと数日でスッカスカになるんだろうなぁ」

「それな」

 見解を述べる修二に僕は、すかさず同意の意を示す。

「あ、そーいや」

そう言いながら、制服ズボンのポケットからスマホを取り出し、

「ほれっ、これ見てみろよ」

 保存していたのであろう写真を僕に見してきた。

「タッちゃんと……隣の子は?」

 丸坊主性欲お化けこと上杉第一高野球部不動のセンターあいざわたつひさが見知らぬ女子高生と映ったね?

 SNOWによる加工写真。

 二人で仲良く犬のスタンプを使用しているあたり——

「ほらっあの噂の!女子校通ってるカノジョ」

「ゲッ、やっぱり」

 とまあ、予想通りの関係性だった。

 そうか、これが噂の真奈美ちゃん。

 タッちゃん……あいつやっぱ顔で選んだんだな。

 愛らしい丸みを帯びたフェイスラインに、ぱっちりとした目元。

 そして少々アヒル口なところといい、いかにもスポーツマンが好むタイプって感じだ。

「因みにな」

補足を兼ねて、修二は続ける。

「さっき送られてきたから、恐らくほぼリアルタイム」

「いやいやいや、マジかコイツら」

 写真の風景から察するに彼らは今、あの夢の国の入場ゲート前。

 地球滅亡の発表後、まさか最初の登校日をサボり夢の国へ行ってるなんて。

「振り切ってんなぁ……」

 あと人一倍、性欲が強いと豪語するタッちゃんのことだ。

 きっと夢の国でのデートを楽しんだ後、近くのリゾートホテルでおっぱじめる魂胆なんだろう。

 そう考察している僕の横で修二は呟く。

「斯く言う俺も……明日から学校サボるんだが」

「え」

 まさかお前も……そっち側の人間なのか⁇

「何? 修二もカノジョできたのっ⁉︎」

「へへっ、まあそんなとこよ」

 修二は、自分の鼻を指で擦りながら即座に事実を認めた。

「へ、へぇ〜〜……い、いいんじゃない?別に」

『あのクソアマ』とか『陰険女』とか。

 自分がモテないことをいいことに色々と陰口してたくせして……この男は。

 そんな奴にこうもあっさりカノジョができるなんて……素直に喜べないな何か。

「でっ、相手誰よ?」

「5組のきょうもとさん。昨日玉砕覚悟で告ったんだけどオッケイ貰っちまった」

「あ~~」

 あの子か、ポニーテールで小柄の。

 修二が死にもの狂いで狙っていた大本命の女の子。

「向こうも生粋のお笑い好きで最近よく話してるって言ってたな」

「そそ」

 共通の趣味がキッカケで交際に発展ってのは、よくある話だが……にしてもだ。

 タッちゃんたちといい、修二や京本さんといい皆、この世の終焉が決定付けられたからって、発情し過ぎじゃないか?

 人間の本能がそうさせているからなのか?

 とにかく地球滅亡が起因し、終末発情期が大流行しているのは確かなようだ。

「お前も身の振り方、考えといた方がいいぞちゃんと」

「み、身の振り方って……どういう意味だよ、それ」

「このままずっと……いつも通りの日常を送りながら末路を迎えるつもりか?」

「はい?」

 カノジョができたという余裕からなのか、あからさまなマウントを取ってきた修二。

「うるせー……余計なお世話だよ」

 そんな修二の得意げ顔を振り払うかのごとく、軽く睨みつける。

「正直に生きようぜ、友也」

 そう言った修二は、まるで人生2周目のような清々しい表情で微笑む。

「俺は地球が終わる前によ……いい女抱いてなぁ? 童貞を捨ててやる」

「お前も潔いというか、何というか……」

 片手で高々と揚げる修二のガッツポーズが下心丸出しな願望を余計に際立たせる。

 気持ちはまあ分からんでもないが……堂々と公言するのはどうかとも思う。

「童貞捨てられずに、この地球と最期を迎えるなんて虚しいからな……とてもじゃないが」

「童貞のまま……確かに考えただけでも虚無感やら羞恥心でいっぱいになる……」

「だろ? 時間は有限! さっさと女作れや友也」

「そんなの……僕も出来ることならさ……」

 もし自分が女性を抱くならと脳裏に浮かんだ一人の女性。

 そうだ。

 僕に後悔や未練があるとすれば……この叶うはずのないれっきとした片想いだけだ。

「あの人のことを一途に想うのもいいが……そんな勝ち目の薄い恋愛するよりか、現実的な方が得策だぞ」

「べっ、別に……‼︎ 何も言ってないでしょ‼︎」

「いや表情が物語っていたからさ……つい」

「う……」

 そんな……表情に出てたのか。

「そこら辺の女子じゃ駄目なのか?」

「え?」

「お前……顔に関していえば上の方だしよ、一押しさえすれば全然付き合えると思うんだが」

「……っ」

 別に、同級生への興味が全くの皆無ってわけじゃない。

 けど……あのブラウンの長い髪や全身から湧き出る甘い香りに、凛とした美しい顔立ち。

スタイルの良さから際立つ大人の色気。

そして何よりあの人は他者を思いやる、類い稀ない誠実さを持っている。

 他者へ見向きもしないぐらい……あの人は僕を釘付けにさせたんだ。

 そう易々とこの想いを取り払うことなんて出来やしない。

「まぁ、お前の性格上そんな中途半端なことは望みもしないか」

 僕の微かな沈黙を察してか、修二はそう切り出した。

「なら俺みたいに玉砕覚悟で告れ」

「ぎょ、玉砕覚悟……」

「後悔残して死ぬよりか、その後悔をきっちり一掃して死んだ方がマシだからな」

 あーー……どうせ死ぬんだから?

 とりあえずやってみろ精神ね。

「ま、まあ……前向きに……検討はしてみるよ」

後ろ向きな態度に痺れを切らしたのか、修二は「ハァ〜〜」と深い溜め息を吐きながら僕の耳元へと近づき、

「そんな茨の道を行く、哀れなお前に耳寄りな情報だ」

 と、甘い声で囁き告げた。

「汐ちゃん今カレシいないらしいぜぇ」

「ナッ……‼︎」

「んじゃ、とりままた休み時間でな〜〜」

「ちょっ‼︎ どこ情報だよっ! それ!」

 いや、そもそも。

 そんな情報をどうして修二が知ってんのッ‼︎

 嫌でも心が躍るような情報の真偽やその入手経路を問い詰めるため、修二の肩を掴もうとするが華麗に躱される。

「ふっ、甘いな友也く〜〜ん」

「……ちっ」

 ルートも情報も不確定なものとはいえ、最後にとんでもない置き土産をした修二は自分の席へと戻って行った。

「ったく」

 そんな信憑性のない情報を簡単にね? 

 口にするな。

 嫌でも夢見ちゃうじゃないか……いや、夢くらい見てもいいか。

 いや寧ろ、見させろって話だよ。

 誰かに迷惑かけるわけじゃないんだし。

 そう特大の爆弾を突き落とされ、心掻き乱された刹那。

「うん?」 

 フワッと香る、甘い香水の匂い……その香りが颯爽と現れた、彼女の到来を僕に知らせる。

「あ」

 朝方の電車内を彷彿させるような至近距離で、顔を見合わせてしまう。

「せ、先生……」

「な~~に扉の前つっ立ってんの……ほらっ! もう朝礼開始1分前よ」

一連の報道があったのにも関わらず、いつもと変わらない表情・態度。

 我ら2年3組の担任教師、弱冠28のしおどめあさ先生が教室内のアナログ時計を指指しながら言い寄ってくる。

「す、す……すみません!」

 先生が僕だけに向けて対話している。

 この状況下がとてつもない緊迫感を生み出し、一瞬にして僕の全身へ張り巡らす。

『汐ちゃん今カレシいないらしいぜ』

あのっ、バカちんが……ッ︎‼︎

 あ……あんなこと急に暴露しやがって……過剰に冷静さが欠けてしまうじゃあないか。

「ねぇどーしたの? 坂木くん」

その場を一向に動かない僕を不審に思ったのか、先生はジト目でこちらを見てくる。

「あ……い、いえ! 何でも……何でもないですからっ!」

 疑心纏う真っ直ぐな眼光がこの緊迫感を余計悪化させる。

 あァ……くそっ。

 皆の前じゃ本当はもっと溌剌としているはずなのに……。

 いつもこうだ。

 彼女を前にすると……こうもぎこちなくなる。

「さ、さっさと席につきます……っ!」

「あっ……ちょっと!」

 僕を呼び止めようとする、先生の声が薄ら自分の耳に届いたが、そんなのお構いなし。

 自分自身の不甲斐なさを十分に噛み締めながら、僕は小走りで席へと向かう。

 まるで敗走兵のように、咄嗟に去っていく。

 彼女の瞳には、僕の姿がどう映っていたのか——とてもじゃないが考えたくもない。


 *


「さてと……えーとじゃあ今日の朝礼始めます~委員長」

「きりーつ」

ガタンっ

「気をつけー礼」

 教壇に立った先生の指示のもと、怠そうな委員長の号令と共に、

「「おはようございまーす」」

「ちゃくせーき」

 今日の朝礼が始まる。

「えー皆さんも連日のニュースや特番とかで、耳にタコができるほど聞かされたと思うけど」

教壇に立った先生は、見渡すように生徒一人ひとりの顔を眺めながら、

「1年後に地球は滅亡するそうです」

 このどんよりとした雰囲気に臆さず、彼女は何の躊躇もなく切り出した。

「それで学校とかはどうなるのか、皆さん気になってるとは思うけど」

 今来ている大半はそう。

 学校側がどう対応を取るのか、把握したいという本音だけで赴いている。

 一点集中で聞き耳を立て、彼女の口から出る次の言葉を皆が待ち望んでいた。

 そして、そんな期待に応えるかの如く、彼女は早速口にする。

「まずこの学校の意向をお伝えすると、生徒の自由を尊重するとのことです」

「し、汐留先生……」

「はい、山本くん」

「生徒の自由を尊重するというのは、つまりアレですか?」

我ら2年3組が誇る秀才、山本くんが恐る恐る訊ねてくる。

「はい。学校に来たい人は出席すればいいし、休みたい人は欠席すればいい」

 ……ああ、なるほど。

 私立校の独自性をフル活用した対応というわけだ。

 流石にね?

 ここまで言ってくれれば、もう大抵の人は理解してくれるはず。

「平たくいうと、学校側は放任主義を突き通します」

「マジかよ……」

「仮にも教育機関でしょ……」

「けどまあ、学校公認でサボれるって考えれば」

「こっちからしたら願ったり叶ったりね」

 そう、とんでもない陰口がボソボソ聞こてくる事態。

 常識や日常社会が狂う、その前兆を見せつけられているかのようだった。

「じゃ、じゃあ本格的な授業はっ!」

「えぇ、あなたの思っている通り……各自自習という形になるわ」

「そ、そんな……」

 学校一の秀才にしてみれば勉強を奪われる、それ即ち存在価値を失うことと等しいからな……山本くんがそんな生きる意味を失ったような喪失顔になるのも無理ない。

「分かって欲しいのは、学校側も議論を重ね重ねて出した苦渋の決断だということ。10数年という短い時間しか生きれない……それは皆が思っている以上に残酷なことなんです」

 中々酷なこと言うなぁ……汐留先生。

「だからせめて、後悔のないよう残された時間を是非有効に使ってください。皆が充実した生を全うすること、これが私たちの願いであり総意です」

 大人になれない僕らへの最大限の配慮。

 残り短い時間を尊重してくれた学校側の判断が決して間違いだとは思わない。

 けど——

「な、なんでそんなこと言うんだよぉ‼︎ 汐ちゃんッ‼︎」

「ま、松岡くん……」

 先生の言葉に対して、テニス部所属の松岡くんが叫ぶ。

「そんな言い方しなくても……ぉ……う……」

「くぅ……」

「うっ」

「うう……」

「い、嫌だよ……まだ死にたくねぇよぉ……」

 彼女の言葉に感情剥き出しに啜り泣く、クラスメイトが何とも痛々しかった。

 先生も悪気があって言ったわけじゃない。

 しかし未だに現実を受け入れられず、精神的に不安定な彼らにとってはどうだろう。

 改めて死を突き付けられた感じがして、心底辛かったはずだ。

 彼女の気遣い的発言が逆に仇となってしまったという本末転倒。

 先生も予想だにしなかったに違いない。

 そんな数人の阿鼻叫喚にかける言葉が見つからなかったのか、彼女は複雑そうな表情で黙りを決め込んでしまう。

 余計に重く沈みこんでしまったこの空気……ちょっと助け舟出した方がいいかな?

 会話の糸口を作り直すため、僕は動く。

「あ、あの~~……」

「な、何……?

「先生は……その……どうするんですか? こーいう状況ですけど」

 そう僕は、わざとらしく彼女に問いかけた。

「私? 私は……」

 言葉を搾り出そうとする辛辣な表情に加え、10秒弱の沈黙。

 自身の発言が刃物にならぬよう、慎重に言葉を選ぼうとする先生の気配りが窺える。

「このクラスの担任としての責務を最後……最期まで果たします。だから」

 先生は搾り出す。

「もし私に相談したいことがあれば気軽にこの教室に立ち寄ってください。平日の定時まではいますから」

 授業は出来ずとも僕らの不安の捌け口となる、先生はそれを自ら買って出た。

「そ、そうですか……」

 迷いのない、真っ直ぐな目……本心からそう口にしているんだ。

 いつもそう、自己犠牲で他者を思い遣る、正に教師の鏡みたいなお人。

 そうだよ。

 これぞ『汐ちゃん』という愛称で呼ばれ、皆から慕われる所以。

 汐留朝陽の真骨頂。

 尊敬に値するし、やっぱり……そんな彼女のことが好きなんだよなと、改めてこの叶わない恋心を自覚させられる。

 しかし……僕は怖じ怖じと教室内を見回す。

 この教室内のお通夜ムード……青天の霹靂で起こった、あの号泣祭りが相当効いたのか?

僕や数人を除いて……皆、目が死んでる。

 生きようとする活力が見受けられない人もいる。

 思春期真っ最中な僕らの心は、大人が思っている以上に……ひどく脆かった。

「はぁ……ダメだこりゃ」

 ――先生。

 彼らの不安を取り除くのはもう……至難の業かもしれません。


 *

 

 地球滅亡まで後……363日。

 362日、361日、360日——……。

 1日1日、日が過ぎていくごとに生徒の数も減っていき、この教室も大分殺風景となってしまった。

 世間はいうと……自殺者、退職者の増加や学生の出席率の低下、そして犯罪率の爆発的上昇など、地球滅亡が契機となり、社会問題がたった数日で多発する事態に陥ってる。

 皆、一種のハイになっているんだ。

 正にこの世の終末をなぞるような未曾有の社会問題が僕らを精神的にも肉体的にも追い詰めていく。

 多分一番被害被ってるのは、この国を指揮する政界の人たちであり、公務員、警察官の人たちなんだろうな。

 その計り知れない負担を考えるだけでも、悍ましい……。


 *


 地球滅亡まであと……359日。

 いよいよ、このクラスの登校者も僕1人になった。

「ねぇ、友也くん?」

「何でしょ?」

「今朝のニュース見た?」

 だから、机と机をくっ付けてね、僕と先生が日中たわいもない話しをする……この二人っきりの時間が日課となりつつある。

「男女5人組が殺人未遂の容疑で逮捕されたやつですか?」

 富山県の高校生5人が1人の中年男性から金品を奪おうと殺害を目論んだ、おやじ狩りの上位互換的事件。

 高校生に教えを説く仕事柄。

 この物騒過ぎる事件を無視出来なかったのだろう。

「えぇ、しかも動機が『どうせ地球が滅亡するんだったら1人ぐらい殺ってもいいだろう』って」

 黯然たる未来への絶望が生んだ、前代未聞の犯行動機。

そんな動機の詳細を重苦しい神妙な面持ちで語る先生を垣間見た。

「とんでもないパワーワードですよね」

「……皆そうなのかな?」

 寂しそうに呟く先生から、痛いほど伝わってくる。

 可能性に満ちた若人を異常なまでに狂わせた、そんな現実に対する彼女の悲壮感を。

 生徒の将来への道標となってきた、高校教師だからこそ。

 心にクるものがあったのだと、判断することは容易かった。

「まあ、一線を越えたくなる気持ちは……分からんくもないですけど」

「えぇ……1年後に突然『死んでください』って言われてるようなもんだから」

 地球滅亡。

 先生の言う通り、理性を失う理由としては充分過ぎるのかもしれない。

「あと数ヶ月もすれば、この日常も……」

 そう虚しく語る先生と共に、僕は窓の外を見つめながら告げた。

「どうでしょう……でも、ここ数日だけでも犯罪件数は異常ですから……あと数ヶ月もすれば警察も対処し切れない件数になって」

 今んとこ近所で大きな事件が発生していないから、他人事のように思ってはいるが——

「最終的には黙認される社会が成立しちゃうかもしれません」

 こんなことを話している間にも、どこかで誰かが殺されたり不幸になったり……刻一刻と秩序崩壊のカウントダウンが近づいてるのは、見えない事実なのかもしれない。

 警察官の退職者も日が経つにつれ、どんどん増えていくだろうし……そんなことを考えると思わず怖くなった。

「ゾッとしますね」

「ねぇ」

「当たり前だった日常が当たり前じゃなくなる……ホント悪いことだらけって感じ」

 何年か前の大地震、新型ウイルス流行の時だってそう。

 この国は……前例のない、イレギュラーが発生した時の柔軟性に欠けている。

 だからこそ人々は、不安、恐怖、狂乱を増幅させ、新たな問題を引き起こす。

 先生の切なげな表情は、こういう悪循環が要因し、日常が壊れることをまるで熟知しているかのようだった。

「それはそうと」

 気持ちが沈むような会話から一転、先生は新たな口火を切る。

「まさかこうして友也くんとね? 仲良くお話しすることが出来ようとは」

 彼女からの熱視線に、夢のドリームマッチを見てるかのようなウキウキとした表情。

 何だろ……例えるならそう。

 尚弥とドネア、天心と武尊の試合を観ている、そんな観客視聴者の表情そのものだった。

「先生冥利に尽きますな」

「い、いえ……」

 彼女が想像以上の盛り上がりを見せてくることに……多少の困惑を感じながらも、

「こちらこそです」

 彼女の話に合わせるべく、何食わぬ表情で相槌を打つ。

 自分の前だと喋りもままならない、コミュ障教え子との会話がね……あまりにも新鮮だったのだろう。

 ここ何日間、ずーーっとこの調子が続いてるといった状況だ。

 そんな彼女の、好奇心という名の熱が冷めることも……止まることも知らず。

「友也くん……私の前だといっつもスカしてくるからさ」

 合間を置かず、切り出してきた先生は、

「スカっ……え?」

「てっきり嫌われてるとばかり」

「……エエェ⁉︎」

 衝撃的な台詞を口にしながら、くすっと微笑んだ。

ちょ……ちょっと待ってくれっ!

 それはただ……。

 先生の前だと緊張して普段の自分を保てなくなるだけ。

 ただそれだけなのに……知らぬ間にね、とんでもない誤解を彼女に与えていたらしい。

「べ、別にッ! スカしてなんかっ……ないない‼︎ ないですって」

 在らぬ誤解で塗り固められた自身の人物像。

 彼女が僕をそんな風に思ってたなんて……

 そんな事実に打ちひしがれながらも空元気を振り絞り、僕は即座に否定した。

「でも……ここ3日間で距離が縮まったというか、大分仲良くなれたような気がする」

 そう机に右肘を付け、僕に向けてくる先生の優しい顔つき。

「ようやく……私にも心を開いてくれた————そういう解釈でいいのかな?」

そんな彼女を間近で見ているからか?

非常にね、自分の心が昂った。

「ハ、ハハ……」

 特に、ここ3日間は僕しか登校して来ず、サシでの時間が濃密にあったからな。

 距離が縮まったのではなく、僕が先生との会話に慣れ、緊張しなくなったから。

 決定的な理由は、これに尽きてしまう。

「ところで友也くんはさ、いいの?」

「いいとは?」

「え、そりゃ毎日のように学校来てることよ」

「……駄目でした?」

 集団社会を生きている人間だからこそ。

 周りとは違う、逸脱した行動を取る……そんな異彩を必ず不審がる。

 このクラス、40人の中でただ1人登校しているんだ。

 指摘してこない方がおかしい。

「ぜ、全然っ! 駄目じゃないけど……さあ……」

 ……分かってますよ。

 こう言いたいんでしょ? 先生……。

「ちゃんと大人の言うことを聞け……そういうことですか?」

 ――『後悔のないよう残された時間を是非有効に使ってください。皆が充実した生を全うすること、これが私たちの願いであり総意です』

 汐留先生を含めた、学校側の意図を汲み取り実行へ移さない。

 そんな僕の反抗的態度をあまり快く思っていない口振りであった。

「まあ本心としては、話し相手がいてくれて凄く助かってはいるんだけど……」

 と、素直に打ち明けると共に、

「でもさ残された時間……もっと大切に使わないと」

 先生がそう不思議がり言いたくなるのも当然。

 当たり前の主張だ。

 けどね、先生。

「……安心してください」

「えぇ?」

「有効的な使い方はしてるつもりです」

 他人は他人、自分は自分。

 学校へ来ているからこそ。

 学校がまだ開校しているからこそ。

 僕はこの上ない幸せを感じているんだ。

「有効的なって……どこがよ!」

 とまぁ当然、僕の甘酸っぱい思惑や目的なんて露知らず。

 少し声を荒げながら、先生は僕に言い放つ。

「わざわざね! 意味のない学校に来て過ごして……わ、私には到底……」

 こんな状況なのに、わざわざ制服着て学校に来ている。

 そんな僕のことを心配しているし……ある種、恐怖も感じてるのかな?

 強張った表情で語る彼女の姿がそれを物語っている。

「理由は? 未だに学校へ来てる理由……何があなたをそこまで突き動かしてるの?」

「当の本人がいいって言ってるんです。それでいいじゃないですか……」

 是が非でも聞き出すという意志が存分に伝わってくるが……まあ理由が理由だし。

 正直この質問攻めは……スッゴく億劫だ。

「何その意味深な言い方……勿体ぶらないで言いなさいよっ!」

「う……」

 勿体ぶらないで、って。

 人の気も知らないで……そう易々と。

 僕からの自供を圧のある物言い、そして鋭い目つきで問い詰めてくる。

 まるで標的を見定めた、スナイパーの如き目つきでね。

「……っ」

 毎秒経っていくごとに、目つきの鋭さは更に増していく。

 し、仕方ない……。

 いやそもそも……ある意味絶好の機会なのかも。

 そもそも先生と親睦を深めてあわよくば………それが一番の理由だったからな。

『汐ちゃん、今カレシいないらしいぜぇ』

『玉砕覚悟で告れ。後悔残して死ぬよりか、きっちり一掃して死んだ方が理想的だからな』

『童貞捨てられずにこの地球と最期を迎えるなんて虚しいからな……とてもじゃないが』

 頭によぎる修二の言葉が僕の頭や心を掻き乱していく。

 よし……鬼が出るか蛇が出るか。

 そう観念した僕は——

「あ、会えないからですよ……っ‼︎ こ、こうでもしない限り……」

 目を伏せながらかろうじてそう答えた。

「会えない? え?」

「一体誰に?」

「……えっ⁉︎」

 とまぁ察しの悪い……きょとんとした反応が素早く返ってくる。

「だ……だからッ‼︎」

 そんなの決まってる。

「好きな人にですよっ‼︎ す、好きな人……」

 尽かさず僕は声を大にして言い返す。

「好きな人って………………えっ」

 ————あっ。

「…………エェッ⁉︎」

 一瞬の沈黙があるにはあったが……ね?

 まるで、マスクのスタンリー・イプキスを彷彿とさせるような、この途轍もなく仰天した表情。

 ようやく全てを察してくれたのか?

「そそ、それって…………ま、まさか……ッ⁉︎」

 忽ち彼女の顔が真っ赤になっていく。

 いや、ここまで口にしたんだ。

 伝わってくれきゃ流石に困る。

「あ……え……えと……」

「「……………っ」」

 突如として、自分の生徒に告られた先生。

 そして推しに自身の想いを打ち明けた僕。

 やってしまった……という僕の恥ずかしさや後悔に加え、赤面した彼女の驚きに困惑。

 溢れ出す心情が、この沈黙の時を流れさせる。

 このままじゃダメだ。何か……何か喋らないと……そう切り出し方を模索するが……

 沈黙を破るための打開策が全く思い浮かばない。

 お互いに顔を伏せ、黙りを決め込む……ぶちかましてしまった僕にとっては、生き地獄のような時間だ。

 毎秒毎秒経っていくごとに、深みを増していく気まずさ。

 そして、勇気という熱が冷めていき、舞い戻ってくる冷静さ。

 こりゃダメだ……耐え凌げない。

 この沈黙による重圧に耐えかねた僕は……咄嗟に口走る。

「す……すみませんッ‼︎ 気にしないでくださいッ‼︎」

 机に放置してた、筆箱と数冊のノートをバックにしまい込み、その場から一目散で立ち去ろうと席を立つ。

「えっ……ちょ……」

 ぎこちない、不信感を募らせた彼女の表情が僕の逃奔欲を更に煽る。

 そして――

「つ、つい……魔が……」

「まが?」

「ま……魔が差しただけで———う……うああああァ‼︎」

 即刻この教室の出入り戸へ向かうため。

 つい……ね?

 全速力で駆け走る——逃げの一手を講じてしまう。

「エエッ⁉︎……ちょっと……ッ‼︎」

平然と猛然逃亡を図る僕に対し——

「ねぇッ‼︎…………ねぇたらっ‼︎」

「うおッ⁉︎」

すぐさま追いかけて来た彼女が僕の右腕をガシっと掴む。

「せ、先生……」

「ど、どうして……っ! どうして逃げるのッ‼︎」

 声を荒げ、普段は見せない鬼気迫る表情で訊ねてきた先生。

 そんな動揺を隠し切れない彼女に、僕の表情も歪む。

「いや……そ……それは……っ」

 この重苦しい空気に耐えきれなくなったから。

 そして……1番はね?

 真実と向き合うことが怖い……怖くなったから。

「冷静なって……怖くなったからですよ。せ、先生に振られるのが……」

 この小心者の……自分自身の弱さをこれ以上見せたくなかったからこそ。

 頭で考えるより先に動いてしまったんだ……体が。

 そう僕は先生へ素直に白状する。

「……何それ、意味わかんないよ」

 弱々しい僕の言葉を聞いた彼女は、そう不服そうな表情で呟いた。

「ど……どうして⁉︎ 振られるかどうかなんて……まだ分かんないじゃない……」

「……え?」

わ、分かんないっ?

「それって一体どういう……」

 含みのある、意味ありげな発言が妙に引っかかった。

 に加え、どこかよそよそしい態度。

「……えっ」

「な、何よっ」

 そして極め付けはそのね?

 彼女のむっとした表情。

 こ、これって……僕の脳裏にある一つの可能性が浮かんだが。

「いやいやいや」

 んな訳っ。

 これはただの……僕自身の願望が生み出したエゴ的仮説。

 淡い期待は持つな。

 そうじゃないと余計に……分かった時の反動、ショックが大きくなる。

 とまあ、僕が葛藤してる一方で——

「ホ、ホントに……」

 微塵な躊躇い、俄かに信じ堅いという表情を垣間見せながら、

「わ、私に対して……恋愛感情を?」

「……ッ⁉︎」

 改めて恋愛感情の有無を先生は訊ねてくる。

「も、勿論ですよっ‼︎ 」

「そ、即答かい……」

 そう面食らった彼女を直視しながら、

「心の底から付き合いたい、愛し合いたい……そう思えた人物はあなた一人です」

 追い打ちをかけるかの如く。

 純粋無垢な願いを……思いの丈をぶちまける。

「よ、よくもまあそんなぁ……惜しげもなく……」

赤面した顔が深みを増していく。

「マ、マジ…………なのね?」

「お、大マジです……」

当たり前だ。

 僕が1番大好きで恋焦がれてるのは紛れもなく歳上女性で目の前にいる担任教師。

 これは嘘偽りない、正直な気持ちなんだから。

けどね。

「……す、すみません……こんな自分勝手こと言って……め、迷惑でしたよね?」

そう、これは僕の一方的な好意。

 倫理を重じ、生徒の人間的成長を促す教師。

 しかもその成長の肝を担ってる高校教師に、生徒がこんなこと言うなんて……迷惑極まり行為だということはね?

 痛いほど熟知してるつもりだ。

「そ、そりゃそうよ……! せ、生徒が教師に……こんなこと言うなんて……っ!」

 僕の発言を即座に肯定した先生は、

「地獄への片道切符。それを提供されてるようなもんだもん……はっきり言って大迷惑ね」

「で……ですよね〜〜……あ……あはっ……あはは……」

 例えも交えつつ、僕の告白を拒絶する。

「はあ~~……」

 最っ悪だ……。

 この一世一代の大博打に負けてしまった……。

 そう思うとつい……ね?

 先生の前だというのに、思わず深いため息が出てしまう。

 そうだよな~~……うん。

 18歳未満との濃い交際が頑なに禁じられている、青少年育成健全法。

 教師として、1人の大人として……倫理や社会常識を深く重んじる立場。

 タイプ云々以前に、そもそも元から……心のサイドブレーキをかけているんだ。

 世間一般のモラルでは到底許されないだろうし。

 仮にお付き合い出来たとしても、バレでもしたら確実に捕まって……1発で先生の人生おじゃんだろうし。

 ハイリスク過ぎるわなぁ……。

 あぁ……くそっ。

 そんなこと重々承知していた筈なのに……もうすぐ地球が終わるからって、つい調子に乗っちまったよ……。

 お、終わりだぁーー……。

 ここ数日間……ようやく築き上げてきた関係性が全て覆された気分ですよ、まったく。

 何で……何で告白なんか……しちまったんだろうなぁ、くそぉ。

 こんなにまでね、時を戻したいと……パイツァダストしたいと思うことはもう金輪際ないぐらい。

そう後悔の荒波、圧倒的絶望感が急ピッチで押し寄せてきた、その時――


「——ま、まあ……こ、これは……の……としての意見なんだけどね」


「…………は、はいっ?」

 ん? 

 な、何ぞや……え……普通の? 

 高校教師としての意見?

 ボソっと呟いた、突発的な彼女の発言が僕の脳天を撃ち抜く。

「そ、そうよっ!そうそう……まだまだこの現実が続くのならあれだけど」

先生は、うんうんと頷きながら、

「どうせあと一年後には………皆一緒にあの世行きだし……うん」

 なんかボソボソ言ってて完全には聞き取れないが……。

 あ、あれっ?

 こ、この人もしや……。

 とんでもないことを言ってるんじゃ……。

「振り切ってもね、ほぼほぼノーカウントよね」

ノ……ノーカウント⁇

「ノーカウント…………よ、よしっ‼︎」

 そう自分のほっぺを両手でパチンッと叩き、何か覚悟を決めたように、

「じゃ、じゃあ…………じゃあさぁ?」

「せ……先生?」


「い、いっそのこと……付き合ってみる? 試しに……」

 恐る恐る彼女は言った。


「あッ⁉︎ エッ……⁉︎ マ⁉︎」

おいおい……嘘だろ⁇

「エッ⁉︎……エエッ⁉︎」

 最初は、っんなわけないと耳を疑った……が。

 この彼女の……恥ずかしそうなマジ顔。

 これは間違えなく現実なんだと、ひしひし伝わってくる。

 全く予想だにしていなかった、彼女からの了承に驚愕し、思わず僕はたじろいでしまう。

「マ、マジっすか……」

 まだこれが夢なんじゃないかってぐらい……俄かに信じられないが。

 どうやらね? 

 待ち望んでいた奇跡が起こったらしい。

 急転直下な展開だ……。

「何その腑抜けた表情……嬉しくないの?」

 そう愛くるしい上目遣いをしながら、僕の制服袖を摘んでくる。

「い、いえっ‼︎ う、嬉しいですよっ‼︎ めっちゃ……」

「だ、だったらっ! も、もっと……喜びなさいよね……」

 願いが届いたという事実がまるで夢のようで……思わず呆然としてしまった。

 一体彼女がどんな思いで告白を聞き、そして了承したのか?

 全くの定かでないが。

 

 とまぁそんな紆余曲折を経て、内密に交際をし始め……

 今に至っている――――


 *


「あん時……破れ被れでぶちまけたわけですけど」

 昼下がりの教室でまたまた二人っきり。

「うん」

 地球滅亡まで、あと354日。

 初デートである海辺デートから一夜明け、距離も頗る近くなったというのに……

「よくOKしてくれましたね?」

 そう。

 意外とね、とんとん拍子で了承してくれた彼女を。

 未だにちょっと信用していない……。

 そんな業が深い自分がいた。

「あ、あ~~……」

 あまり深堀して欲しくなかったのか?

 忽ち苦い表情を露わにしていく先生。

「一体なんで……どうしてですか?」

そんな彼女の真意を聞き出すべく、躊躇いなく僕は問いただす。

「う……ウ~~ン……」

「そ……そんな具体的に言わないとダメ?」

「いやその……ちょっと気になっただけで……嫌だったら全然いいんですけど……っ」

 彼女は気まずそうな……渋る表情を向けながらもモゴモゴと訊ねてくる。

「ま、『魔女の条件』……知ってる?」

「『魔女の条件』……あ、あの松嶋菜々子とタッキーのドラマ」

 20数年前に放送されていた、女性教師と男子生徒の禁断の恋模様を描いたドラマ。

 知っている。

 放送当時、僕はまだ産まれてもないが……そのドラマ名やストーリー、登場人物の詳細全て。

 実は……わけあって逐一把握していた。

「よく知ってるねぇ? 世代じゃないでしょ?」

「宇多田ヒカル好きなんですよめっちゃ。だからその経由で」

カリスマ性に歌声、そして……心を揺さぶる歌詞に魅了された僕は彼女に関係する全てを調べ尽くし、5本の指に入るんじゃないかってぐらいの膨大な知識量を有している。 

 したがって、あの超有名主題歌。

 そして、宇多田ヒカルを世に知らしめた、魔女の条件を把握しているのは当然のこと。

 僕にとっては、この国の常識にも匹敵する。

 だからこそ、こう告げることが出来てるわけ。

 意気揚々とね。

「なるほど確かに……主題歌First Loveだしね」

「そういう先生だって、世代違いますよね?」

「そうね。リアルタイムで放送されてた当時は……幼稚園通ってたし私」

 そうだ。

 逆算してみても——ドラマ放送時の彼女の年齢は5才。

 リアルタイムであんなシリアスドラマを観ていたとは到底考えられない。

「じゃ、じゃあ⁉︎ いつですか⁉︎ 初見で観たのって? きっかけは?」

「きっかけは四年前の、偶然漁って見てた口コミサイト」

「く、口コミサイト?」

「そう。そこに書かれていた口コミの熱に当たってねぇ……気付いたときにはもう手元にDVD-BOXが届いてた」

「ディ、DVD-BOX……」

 サブスクとか配信サイトが大分普及している、この時代にね?

 DVD-BOXかぁ~~……。

 ガチというか、中々の浮世離れっぷりというか……。

「ちょっと……引かないでよ! わ、私だって……べっ、別に買いたくて買ったわけじゃ――」

「そ、そうですよねっ! 内容が内容だけに……あんまサブスクとかで配信されてないですし……だからレンタル店で借りるか、通販サイトとかで購入するしか方法がなかったわけだ!」 

「そ、そうそうっ‼︎ 正にっ‼︎ そゆことそゆこと」

 よ、良かったぁ……無理くり考え出して、咄嗟に明言したものだったが。

 安心し切った彼女の様子を見るに、的外れなことは言ってなかったように思える。

 ホントひと安心だ。

 でも……魔女の条件ね。

 どうしてそんなひと昔前のドラマを口に……

「確か主人公の女性教師って——————あっ」

 高校の数学教師で年も20代。

 僕の知ってる、とある女性教師の立場と凄く酷似していた。

「あ~~それでか」

「ウっ……」

 あのドラマと同じような立場に、シチュエーション。

 大きな親近感を湧いたからこその感情移入……。

了承した理由はこれか……そう訴えるような目で彼女の方を見つめる。

「こ、これ以上はぁ……詮索しないでぇ……」

 かぁっとね。

 見透かされたことに対しての現か、先生は自身の顔を瞬時に紅く染め上げていく。

 そしてそれに加え、このうるうるとした瞳。

「ちゃ、ちゃんと……自分の口で説明するから」

 まるで悪い男に弱みを握られ、破滅を余儀なくされた、若妻やす女子学生のような……そんな雰囲気がプンプンする。

 例えるならそう、これはNTR開始5秒前のソレ。

 これまたねぇ……非常に酷似していた。

「え、影響されたというか……熱に侵されたって言った方が正しいのかな?」

「熱に? お……おかされたっ⁉︎」

 女性教師の口から出たとは思えぬ言葉に、僕は軽く動揺する。

「うんっ……少なからずだけど……禁断だからこその憧れは確かにあったと思う」

 何とも言えない、複雑そうな表情で。

 自身の正直な心情を認めながら、先生は更に続ける。

「立場上、お堅いことしか出来ない私たちにとって、あーゆうコンテンツは麻薬なの麻薬」

「麻薬?」

「そう。教師と生徒が許されない、イケないことをしているという非日常さが刺激的で……観てるこっちをね、圧倒的高揚感や絶頂感で満たしてくれる」

「な、なんか……」

ホントアレだな。

「その感想……ヤクチュウみたいじゃないですかっ!」

 今にも蕩けそうな……そんな表情を曝け出す彼女に対し、僕は指摘した。

「だから言ったでしょ? 麻薬だって」

 確かに。

 モンスターペアレントやわけありの生徒の対応に加え、授業や部活動にその他の業務。

 非常識な要求や文句も処理し続けないといけないし……先生にのしかかってくるストレスは想像出来る範囲でも計り知れない。

 大分……色々と溜まってんのかな?

 だからこそ。

 そのストレスを紛わすかの如く、道を踏み外した行為に憧れる。

 まるで非行に走る少年少女のね、突発的渇望のようだ。

「あ、あとはその……あの頃のタッキーのせい……かな?」

「タ、タッキー……? 熱くVenus?」

「イエス、副社長」

 そんな彼女の渇きは、一層露わになっていく。

「だってあのあどけない表情に、一つ一つのパーツが完璧な顔の造形……17才とはいえ、あんな美男子とのラブシーンを見せつけられたら……」

 静かさを兼ね備えながらも、熱量籠る先生の弁明。

「そりゃ嫌でも………イケない憧れや感情を抱くってもんよっ!」

 魅力の虜囚と化した、彼女の愛執染着っぷりが、これでもかというぐらい滲み出ている。

 ここまで曝け出しているんだ。

 彼女がね、何故このドラマを話題にしてきたのか?

 お茶の子さいさい……その答えの熟知にね、全く時間がかからなかった。

「しかしホント……この世の終わり様々ね」

「えっ?」

「あの何も変哲もない日常が続いてたら——」

 彼女は、とても切なげな表情で僕を見つめながら、

「一線を超えるなんて……そんなこと思いもしなかっただろうし」

「先生……」

 弱々しく語る。

 そんな彼女の表情は美しくもあり、そして……今にでも消えてしまいそうな透き通る儚さがあった。

 こんな状況でなければ、間違いすら犯せない。

 きっと色んな思いを抱えながら、ある種の奇跡を噛み締めてんのかな?

 哀愁を漂わせ、物思いに耽ている彼女に対し、

「つまりその……先生は」

 確認しなければ。

 現役の高校教師に、こんな野暮なことを言うのはね……どうかとは正直思うが。

「少なからず年下を……いや生徒をそーいう目で見るってことだ」

「ちょっ……ちょっとッ‼︎」

この目の泳ぎよう。

「い、言い方ってもんがあるでしょ……っ、言い方が」

 完全に的を得ていたようだな。

「なんでこうストレートに……言うかなぁ~~……」

 焦燥感に駆られる、この彼女の姿が更なる証明の証。

 一回りも年の離れた生徒を恋愛対象にする、イケない情動を有する。

そのことが一目瞭然で分かっただけでも万々歳というか……僕得ですよ先生。

 心の中でグッジョブです。

 けど、それだけじゃ……その理由だけじゃまだ納得出来ない。

「だからといってね」

 納得出来ないなら、直接確かめるしか方法はない。

「僕の告白をOKした理由には……なりませんよね? それって」

「え~~……と」

僕に指摘された彼女の表情が徐々に歪み始めていく。

「その理論だったらね、僕じゃなくてもいいってことになりますが……」

「そ……そうなっちゃうかぁ~~……」

 いや、そうなっちゃうよ。

「お考えをお聞かせいただければと存じます」

「えぇー……?」

 そう彼女は、明らかに嫌そうな表情で返してくる。

「最初に僕が告白したからですか? だったら納得は出来ますけど……」

 今、長々と説明してくれた理由だと、ただ単に欲求を解消しようとする淫乱痴女。

 そうとしか思えんぐらいには————僕である必要性が全くの皆無であった。

「ち、違う……誰でもいいってわけじゃ……」

 一層深まった躊躇いを垣間見せる……そんな彼女が僕の追求心を擽らせる。

「だ、だったらっ! 教えてください!」

「えぇっ?」

余計に気になってしまったから。

「だ、誰でもいいってわけじゃないなら……僕を選んだ理由って一体……っ!」

 この何とも言えん、彼女に対する疑心暗鬼もあったんだと思う。

 思わず勢いよく、彼女を問い詰めてしまった。

「ちょ、ちょっと……顔っ……」

「あっ……」

 彼女に真意をたずねようと、つい熱くなってしまった。

 その表れというべきか。

 気付かないうちに縮まって、先生の顔がこんな至近距離にある。

「ち、近いって……」

「す、すみません……っ」

無意識といえど……いや無意識だからこその汗顔の至り。

 すぐさま自分の顔を離した。

「さ、差し支えなければでいいですから……」

 そして、返答の強要をしないことを念頭に置かせつつ再度促した。

「……友也くんだからだよ?」

「ぼ、僕ですか?」

 あからさまな恥じらいを見せながらも先生は続ける。

「ほ、ほらさっ! 友也くん気が利いて、とっても優しいし……」

 お世辞……というわけではなさそう。

 先生の、このぎこちない必死さがそれを物語っていた。

「……9日前にさ、重苦しい空気が流れたじゃない? 教室で」

「あーーあの」

 この世の終わりを象徴するかのような、あの殺伐とした生き地獄。

「友也くんあのときさ、私に質問してくれたけど」

「えぇ」

「あの時の質問の投げかけ……あれってさ? 困り果ててた私への助け舟だったんでしょ?」

「……ナッ⁉︎」

 嘘……バレてた。

「他にも人気のないクラスの美化委員にさりげなーーく立候補してくれたり、クラスの男子と女子のトラブルを陰ながら仲介してくれたり」

「うわ~~……」

 最悪だ……。

 どうしよ……全部バレてる。

 そう頭を抱えながら、僕は教室内の天井を仰ぐ。

「全部お見通しだったよ? あぁ……私のことを陰ながら助けてくれてるんだって」

 や、止め……止めてくれぇ~~……。

 こ、これ以上はもう……口にしないでくれ。

 カッコよく影の立役者ばりに……良かれと思った自身の行動を彼女が蒸し返していく。

 なんか自分の悪い部分を摘み出され、晒されてる感じがしてね?

 顔から火が出る勢いだった。

「けどね……そんなさり気ない優しさがね、凄くありがたかった」

「せ、先生……」

声を震わせ、少し恥ずかしそうに視線を外しながらも彼女は僕に感謝の意を伝えてくる。

「そ……それにさ」

「可愛らしい顔してるしね……友也くん」

「かわ……ッ⁉︎」

コンプレックスを刺激されたような感じがして、思わず怪訝な表情になりかけたが……。

 そんな自身の動揺っぷりを誤魔化そうとね、こほんこほんと二度咳払いをした。

「ほ、褒め言葉なんですかッ⁉︎ それェ?」

「褒め言葉に決まってるじゃない……外見のこと言ってんのよ?」

 そりゃ外見のことを褒められるなんて、滅多にないから。

 申し訳ないけど……俄かに信じ難いんだよなぁ~~……。

「女が男の告白を受け入れる条件なんてね、外見がほとんどなんだから」

あっ……そ、それ……まあ……正に真理ちゃ真理だけど。

 い……言っちゃうんだ……。

「寧ろ誇りに思いなさい?」

 真実はいつも1つ。

 あの国民的名探偵宛らに。

 先生は自身の右薬指をビシっと向ける。

「あなたの顔、外見には異性を惑わす力が備わってるってね」

「お、恐れ入ります……」

 ホ、ホントに……褒められてるってことでいいんだよな?

 彼女は微笑みながら、僕の意表をついてきた。

 あんまり褒められ慣れしてないから……しかも恋焦がれてた相手にここまで言ってもらえたからか?

 表情が妙に固くなり、コントロールがままならなくなる。

 嬉しいのは正真正銘の、紛れもないは事実なんだけどね。

「てことで、そんな友也くんの告白を受け入れる結論に至ったんだけど…………やっぱり?」

「う、うんっ?」

 この動揺っぷりが原因か。

「こんないい年こいた大人が……しかも高校教師にも拘らず生徒をそーいう目で……正直引くよね?」

 先生は申し訳なそうな絶望感漂う表情で、

「く、狂ってるよね?」

 言い連ねながら訊ねてくる。

「い、いや……っ、その……」

 何をおっしゃるか。

 高校教師から少なからず、そーいう目で見られてる。

 普通だったら、気持ち悪いとか、頭のネジがぶっ飛んでる……人間性を疑うとか。

 そう思うのが世間一般の主流なのかもしれん……だが好きな人に関していえば例外だ。

 いや頭のネジがぶっ飛んでる、異端者だと思うのは否定出来んか……。

 けど、けどな。

「そりゃ狂ってますよ」

「ちょ、直球……」

 ガクッと肩を落とす先生にお構いなく、僕は断言した。

「普通の人は……っんなこと絶対言いませんからね」

「い、言うねぇ……」

 仕方ない。

 これが世間一般の……大体の総意だからね。

 多分第3者が聞いたら、大半は不快感を抱くんじゃないかな。

 特に、僕の親世代とか。

 でもまあ、汐留先生なら……

「けど、そんな清々しいぐらい……自分に正直なところも好きです」

 彼女のふしだらな、イケないお考えなら大歓迎だ。

「いや寧ろ私得というか、逆にありがたかった……大人と子供の壁を取り除いてくれてるような感じがしてね? ある意味先生の優しさなのかなって」

「あ、あと……僕も人のこと言えませんしね」

「友也くん……」

「ハハっ」

 かくいう僕も……いや寧ろ僕の方が彼女のことそーいう目で見ていた気もするし。

 ひよっ子な、たかが生徒の分際でさ。

 ホントお互い様だよ。

「くぅ~~」

 川平慈英宛らに叫びつつ。

「そうそう、そういうとこ……そういうとこだよ」

 そう先生はこくこくと頷きつつ、口を動かした。

「人を貶す言葉を一切言わず、どんな訳ありの相手でさえ敬おうとするね? 類い稀ない人間性……フフッ」

くすくす微笑みを浮かべたまま、語る彼女の姿は心なしかとても嬉しそうで。

「やっぱり……私の目に狂いはなかった」

 そんな幸福感に満ち溢れてる彼女にこーいうこと言われると、自分の心も頗る躍りだす。

「あなたでホントに良かったって……心からそう思うよ」

 いや、こちらこそですよ。

 まだ思春期真っ盛りの、青二才な自分の想いも言葉も受け止めてくれてね。

 ホント……感謝しかありませんって。

「流石は私が見込んだ男————モノが違うぜっ!」

「きょ、恐縮です……」

 僕の返答に対し、不意に見せてきた無邪気な笑顔。

 そして語尾の『ぜっ』——可愛い。

 まあ、話の内容がどうであれ。

 こうもね? 

 自分の好きな相手が幸せそうにしていると、こっちまで心が豊かになる。

「あっ、それはそうと」

 とある目的を本当に実行するのか否か。

 それを聞き出すため、僕は口を開く。

「ホントにアレ……やるんですか?」

「アレ?…………あぁ~~」

 まあやる内容が内容だけにね。

 言い出しっぺの彼女も一瞬、若干だけど表情が曇る。

「勿論、だからわざわざ来たんでしょ? 学校に」

「そ、そりゃそうですけど……」

「え、何? まさかここまで来て……怖気付いたわけ?」

 ぐっと冷たさを増した、そんな瞳を向けながら彼女は言った。

「お、怖気付いたわけじゃ……ただ本当にいいのかなぁ?って、そう思っただけで……」

「何を心配してるの?」

「何をって……ぼ、僕は全然いいですよっ! ただ先生が……」

「先生が?」

「だ、だって!」

 平気な表情で会話を続ける彼女に痺れを切らした僕は声を荒げる。

「これでもし周りの教師陣にバレでもしたら……先生の立場が危ぶまれ……ワンチャン通報される恐れだって……っ!」

 付き合って間もないタイミングでの、ムショ行きはね?

 はっきり言って待ち望んでいたチャンスやひと時をドブに捨てるようなもん。

 正直僕にとって、全く望みもしない展開だ。

「……友也くん以外、2年3組の生徒は全くの音沙汰なし」

最悪の展開を不安視する僕に、先生は語り出す。

「担任教師としての役目は終わったのかなって……だから教師の立場がね? 脅かされることに対しては全然全然ノープロブレム」

 まあ、それは言えるわな。

 僕ら以外というか……ほぼほぼ無人教室だしね。

 失うことを恐れない。

 どんな法や倫理、世間の目すら眼中にない。

『私は無敵』だと、そう自信ありげに宣言しているような彼女の語りには前向きさが溢れかえっていた。

「まあ……バレたらバレたで? サツに捕まる前にトンズラすればいいわけだし」

「と、逃避行ってことですか?」

「そうそう逃避行逃避行っ! 一年弱逃げ切ればこっちのもんよ」

「ハ、ハハ……な……なるほどねぇ……」

 逃げ切ればって……。

 考えがもう指名手配犯宛らなんだけど……。

 そうだよなぁ~~……自身の生徒の大半がもう学校に来ていないんだ。

 未練も執着もないわけで……そんな虚無感が謙虚に表れてるといったところかな。

 いや気持ちは分かるけど!と思わず苦笑する僕に彼女は告げる。

「因みに……もしそうなったらさ? つ……ついて来てくれる?」

「おっと」

中々シビアな運命共同体……。

 一緒に業を背負っての逃走……ね。

「う~ん……」

 圧倒的リスキーなお願いが僕の思考回路を微弱に惑わせる。

「まあ、限りある時間ですからね」

 先生の言う通り、どうせ一年も経たんうちにね? 

 この地球は終わるんだ。

 永遠に逃げ続け無ければってわけじゃないし……有限だからな。

 というわけで。

 彼女に送る返答は、すぐに決まった。

「じゃあ、お供しますよ必ず」

 そう迷いなく、僕は彼女の前で宣言する。

「おっ、やる~~ぅ」

 仮にそうなったとしてもある意味濃い時間が過ごせそうな気もするし。

 考え方によっては、ありっちゃありなのかも。

 最上級のランデブーだよな、ある意味。

 と、即座に返答した僕の言葉に呼応する形で、彼女は嬉しそうに絡んできた。

「あっ、てかごめんごめん……つい話が脱線しちゃったけど」

「つまりオールオッケーってことですよね?」

「うふふっ」

まるで『ご名答』と言ってるかの如く、彼女は微笑んだ。

「……だから……いいよ? あなたとなら……間違えても」

 多少の恐怖を感じるぐらいの圧もありつつ。

「堕ちるとこまで……堕ちようよ」

 こちらを真摯に見つめながら、甘美な地獄へと誘う……教師としてあるまじき言葉を連ねてく先生。

 しかし何故だろう……?

 そんな彼女が色っぽく見えるのは……世間一般的に断じて許容できない言葉のせいか?

 将又あちらから匂ってくる、いい意味で鼻を刺激する香水のせいなのか?

 とにかく普通じゃない彼女との会話は更に紡がれていく。

「てことで……ね?」

「……始めますか」

 イケない秘密を僕と彼女で分け合う、罪を共有し合う。

 これから始まるのは、そんな決して許されない時間だ。

「じゃあ、とりま……ん」

 先生はそう言いながら自分の両手を広げ、あからさまな目配せを送ってくる。

「ん?……あっ、脱がせってことですか?」

「……ダメ?」

 着物やドレスみたいな、脱衣に一苦労するものではないからな。

 律儀に力をお貸ししようとはね?

 普通だったら到底思わない……しかしだ。

 彼女の愛くるしい表情を眺めてるとどんな要求も受け入れてしまうというか、ついつい釣られてしまう。

「……ふっ」

 超が付くぐらい単純な生き物なんだよなぁーー……僕って。

 彼女に対する、甘ったるいぐらいの甘さを深く噛み締めながら僕はほくそ笑む。

「し、仕方ないですね……」

 そう渋々ね?

 上着から順に、僕は彼女の着衣を脱がしていく。

しっかし僕以外、生徒も来ていないというのに……軽やかなシフォン素材のブラウスに、スーツ、ベージュパンツのきちんと感、そして清潔感溢れるコーデ。

 学校に来ているという、ただそれだけの理由でコレらを着用しているなんて……。

 一端の公務員、高校教師という重い枷を未だに取り払えない。

 その表れなんだろうか? 

 いや多分そうなんだろうなきっと。

「は、早く……っ」

「そ、そんな焦らさなくても……っ!」

 そんな教師としての尊厳を象徴しているかのような服装を上から順に1つずつ脱がしていく。

「お、おぉ……」

「ジロジロと……は、恥ずかしいよ……っ」

「い、いやだって……っ」

 スレンダーだが、生々しさを伴う抜群のプロポーションに加え、陶器のような白い肌。

 そして肌の露出が多過ぎる、僕の度肝を抜いた下着のデザイン。

 ス……スッカスッカ……。

 しかもこれ……セ、セクシーランジェリーだぁ……。

 写真やエロ動画で幾度なく見てきたが、実物を見るのは初めて。

 しょ……初見でございます……。

 バストが大胆カットされたレースカットブラとストレッチレース1枚仕立てのTバック。

 しかも色は男ウケ抜群、統一性のある圧倒的なまでの黒。

 それらに加え、忘れてならないのは彼女のおっきな谷間。

 嫌でも興奮してしまう要素は揃ってしまっている。

 これはちとばかしヤバい……理性が試されるなこりゃ。

 ふぅ……困ったものです。

「ハレンチだなぁ……友也くん」

 僕の内心を見透かしてるかの如く、先生はいたずらっぽく笑う。

「いやいや……そんな丸出しな格好で言われてもね? 何の説得力もありませんって」

「……確かに」

 そんな特大ブーメランを食らった彼女は表情を崩し、苦笑う。

 そうだよ。

 好き好んで……こんな淫乱痴女に成り下がってる彼女だ。

 流石に当の本人もね? 

 墓穴を掘ってしまったと思ったんだろう。

 それを誤魔化すように、わざとらしく大袈裟に咳き込む。

「じゃあ友也くん次さ、私の……その鞄の中に入ってる物を取ってもらってもいい?」 

「ブツ?」

 なんだろ? 軽く胸騒ぎがするな。

「まあ見れば分かるから」

「わ、分かりました……」

 と、先生に言われるがまま。

 側に置いてある彼女の鞄を開いた。

「こ、これは……」

ジャラジャラとしたチェーン付きの? 

 丸っこい黒の小道具——……てっ⁉︎

 おいおいおいおい……っ‼︎

「こ、こんなの……一体どこで⁉︎」

 この禍々しさを誇る、調教用の首輪が出てくるなんて……てかホントに買ってきたんだ。

 この日のためだけに。

「六本木にあるSMショップで買ってきた」

「エ、SMショップって……」

 せめてドン・キホーテでと言ってくれれば、まだ可愛げがあったものを……。

微塵な動揺も出さず、そう淡々と答える先生に対し、若干の恐怖すら覚えた。

「因みにさ、まだ色々と持ってきてんだよね」

「ま、まだ何か持ってきてるんですかっ⁉︎ 如何わしい物を!」

「奥、漁ってみ?」

「お、奥ですか? え、えっと——」

 再度中を確認するため、僕は言われるがままに鞄を漁る。

「げッ……⁉︎」

 コ、コレかぁーー……。

 そう不審物を触るように慎重に取り出していく。

「な、何故に……猫耳に……し、尻尾……?」

「違う、犬耳よ犬耳」

 確かに。

 猫の尻尾にしては、フワフワし過ぎてるって思ったんだよな……って! 違うだろ!

 そんなことはどーでもいい話だ。

「あなたに淫らな格好でさ、学校を徘徊しようって提案された時」

 そう、そうだった。

 よくよく考えたら。

 コレを発案提示したのは……事の発端は僕だった。

 そう考えるとアレッ? 

 いやっ……あまり考えないようにしよう。

 自分が彼女より、もっとヤバい人間だと認めてしまうようなもんだからな。

 心頭滅却心頭滅却……。

 目を背け、心を落ち着かせ、冷静さを……平常心を取り戻せ。

「だったらおもっきしエッチで束縛感溢れる格好にしてやろうって、そう思ってさ」

「で……その結果がこれだと?」

 自分の両手にはケモ耳に尻尾に、人間調教用の首輪。

 飼い慣らされたワンコのような、彼女の言う束縛感を、征服感を象徴できる道具であることはまず間違いない。

「ご察しの通り」

先生はそう笑いながら続ける。

「コンセプトはそう……生徒に弱みを握られ、従順な犬に成り下がった女教師」

 従順……犬……。

「そんなところかしら」

 素直に従って、逆らわない……異常性を限りなく表してる言葉だって、ホントにそう思う。

「で……で、あれですか? それに見合った格好をするために」

小さじ程度の惑いを感じながらも……僕は会話を繋ぐ。

「そ。昨日急いで買い足しちゃったわけ♫ てへっ!」

そう可愛小ぶりながら答えることでね、ヤバさ加減を抑止しているのかもしれんが。

 残念ながら余計際立っておりますぜ……先生の変態性が。

「あ、とりあえず……付けてもらっていい?」

「しょ、承知です……」

と僕は彼女の頭、首、お尻に——機械の付属品をマニュアル通り付けていくように。

 淡々と装着していった。

「特に首輪……キツくないです?」

「う~ん……もうちょっとキツくてもいいかなぁ……♡」

「キ、キツくですか……?」

「うん、キツくキツく」

 一際束縛感漂う……ソレのね? 

 丁度いい締め具合なんて分かるはずもなく。

 だから手探り手探りで一段階ずつ試していく。

「あっ……♡ そこ……丁度いい……」

 こらこら、喘ぎ声というか……。

 そんなみっともない声を出しちゃって。

 こんな初っ端から、興奮させないでおくれよ……。

「丁度って……大丈夫なんですか? MAXの一歩手前ですけど」

「大丈夫……キツく絞めてくれた方がより束縛感を感じれるから」

「はは……な、なるほど……」

そんな変態さんの意見を尊重し、首輪をキツく締めた。

「ど……どうかな?」

 装身品を装着した彼女は、気恥ずかしそうに感想を訊ねてくる。

「ど、どうって……」

 正気の沙汰じゃない。

 マトモじゃない。

 あまりにも異常過ぎる身なりだということは一目瞭然だ。

 だがしかし――

「そ、そりゃあ……いいと思いますよ? とても」

「ほんと? よ、良かったぁーー……お気に召してくれて」

 SM臭が漂っているとはいえ?

 めっーーちゃ似合ってるからなぁ~~……‼︎

 黒柴を彷彿させるような犬コス。

 そんな犬コスが彼女の可愛さをより際立てている。

 ホント……ねぇ?

 スマホのホーム画面にしたいぐらい愛くるしぃよぉ……。

「じゃ……行こっか」

「あ……さき廊下見てきますよ。流石に人がいないことはしっかり確認しないと」

「用心深いねぇ……友也くん」

「いくら振り切ってるっといっても、やっぱりバレると後々面倒でしょ?」

「まぁ……面倒い質問攻めはあるだろうね。あとそれを脅しの材料にして……」

「お、おほんッ‼︎」

「おっと……」

レイプとか、先生の口からね? 

 胸糞悪い言葉を聞きたくなかったから。

 悪いが……茶を濁させてもらった。

「だ……だから念入りに……入念にね?」

「あなた飄々な表情してて……一番やる気あるじゃないの」

「何を言ってるんですか? 先生」

「……っん?」

「そもそも学校を徘徊しようって……そう提案したのは僕ですよ? 元々やる気があったのは大前提の話です」

「確かに……事の発端だったよねぇ~~……友也くんが」

「はい」

 改めて事実を肯定されましたが、おっしゃる通り。

 どんなことをすればね? 

 このイケない欲望を満たすことができるのか?

 心置きなく、彼女の全てを堪能したといえるのか?

 変態脳フル回転させて3日3晩。

 寝る間も惜しんで考えた末の結論……。

 これがその本当の第一歩だ。

「それにね」

「こんなバカげた、度が過ぎる提案にも拘らず……先生は100の姿勢で応えてくれた」

ここまで嫌な表情一つもせず、Yesウーマンでいてくれた彼女に向け、僕はニカッと笑う。

「滾らないわけないじゃないですか」

 彼女の破滅的衝動に感化されたのも然り。

 そして、ここ最近の彼女を思い返すとね……? 

 思わずだ。

 自分の表情が頗る綻びてしまった。

 多分今、スッゴく気持ち悪い表情してると思う……。

 

 *


「よし……」

 左、右……人が来る気配もなし……と。

「先生、今確認したんですけど」

「大丈夫だった?」

「えぇ。誰かが来る様子もないですし……多分ここの廊下は僕らの独占状態です」

 全校生徒で考えても、今学校に来ている生徒は僕一人。

 に加えて汐留先生に……数人の教師陣。

 彼女曰く、『他の先生たちはみんな職員室にいて、2階へ上がって来る様子もない』とのことらしいし。

 ガランとした空間、そして時間が半永久的に流れることは最早必然なのかもな。

 とまぁ安心を得たということで早速——

「じゃあさ」

「ん……え?」

 突発的に四つん這いとなった彼女は呟く。

「これを……首輪についてるリード」

「あ、あぁ……引いてけってことですね」

 自分の主人になってくれと言ってるかの如く、首輪のリードを差し出してきた。

「じゃあ行きましょうか」

「敬語……」

「ん?」

「敬語は……やめて」

 あ、そうだよな……。

 今は……従順な僕の犬——……。

 ご主人である僕は、もっと強気で攻めな姿勢で接しないとダメか。

 彼女がこうお望みなら……よし、人肌脱ぐしかない。

 今の先生は僕の所有物……僕の所有物……。

 気合い入れるか。

「じゃあ————おらっ」

「……ウワッァ!」

そう決意した僕は、彼女についてる首輪のリード。

 それを力強く引っ張った。

「行くぞ朝陽」

「え…………えっ⁉︎」

 強引な行動に、急な呼び捨て。

 彼女の肝が潰れるのも無理はない。

「とりあえずウォーミングアップがてら2階をね? ぐるっと一周しよう」

「こ……この状態で⁇」

「……うん?」

 残念ながらね。

 従順な犬の立場で考えると……この返事は0点だよ先生。

「違う違う、そうじゃ……そうじゃない」

「え……」

 無意識的とはいえ、鈴木雅之の——あの歌の歌詞を引用するぐらい。

 徹底的に彼女を否定する。

「……朝陽は犬なんだから」

 刃物の先端のような鋭い目つき、

「返事の仕方が全然違う……違うでしょ?」

「……っ‼︎」

 声のドスも利いた、強気な僕の態度に対し彼女は思わずね? 

 呆気に取られてしまう。

 まあ、呆気に取られて当然か。

 天変地異のような様変わりだったわけだし……気持ち悪いぐらい。

「返事は?」

「わ……わん……っ」

 そう、そうだ。

 犬なんだから。

 返事は『わん』だけ。

 人語なんて話さないし、話せない。

 流石は汐留先生……理解が早い。

 呼応するように、細々とした声で鳴いた彼女の行動――これは正しい選択だ。

 正解だけど――

「それじゃあダメだ……声が小さい」

 先生の限界が見てみたい。

 そんな好奇心に影響され、躊躇なく彼女を追い込む。

「わ……わんっ‼︎ わんっ‼︎」

 流石だ。

 恥ずかしげがありながらも僕の要望に全力で応えようとしてくれる姿勢。

 徹底した犬だ。

「ふっ……いい声だ。よく出来ました」

「へ……へへっ」

 とまぁ、やはり満更でもないらしい。

 御年28の……幸福感に満ちた彼女の表情がそれを物語る。

 正直……薄々分かってた。

 追い込めば追い込むほど、この素晴らしい原石の輝きは一段と増すと。

 だからこそ敢えて、厳しく鞭を与え続けたんだ。

「よし……じゃあまずは教室を出よう」

「わんっ」

 マゾっぷりを纏う彼女を引き連れ、僕は2年3組の教室を出た。

「さてと……どう行くかな」

右か左……そういえば左は……。

「……右から行くか」

 恐らく、教師陣と鉢合わせするとすればこの先……左へ進んだ所にある階段。

 あそこの階段は職員室から近いということもあり、2階へ来る教師陣が必ずといっていいほど使用している。

 だからこその右……なるべく偶然を引き寄せない、鉢合わせしそうになってもね? 

 対処し切れるレベルへもっていくための、最良最善の選択を僕は取ったというわけです。

 そうと決まれば。

「ほれっ、行くぞ朝陽」

 首輪のリールに力を入れ、

「ワッ……⁉︎」

 彼女を引っ張りながら、これから向かう方向へ誘導する。

「しかしまあ……これは……」

 キメの細い肌に、理想的な筋肉のつき方。

 見事な背中の曲線美。

 ちょくちょくジム通いしてるって、そう言ってたもんな。

 そりゃ体つきもこうなるわけだよ。

 あと1番ね? 

 僕の興味を惹いたのは——

「……はうぅッ!」

「あっ」

 見惚れてたというか……。

 先生から発せられるエロスなフェロモンにやられてしまったからか?

 彼女のおっきな双丘へ無意識に手が伸びる。

「ご、ごめんなさいっ……! つ、ついっ!」

 何をやってんだか……! 

押し寄せてくる罪悪感を無理くり殺しながら、僕は咄嗟に自分の右手を退けた。

「き、気にしないで……気持ちは分からんでもないから……」

 そう先生は顔をプルプルと横に振り、快く受け入れてくれたが……彼女だからこそだ。

 赤の他人にこれをやってしまうと――社会的に終わる……1発で。

 明確な意思がなかったとはいえ、やってることは大差ないからな……痴漢と。

 最低極まりないって思うよ……自分でやったことだから余計に。

「き、気を取り直して……行こうか」

「わん……っ」

 了解って意味……だろうな多分。

 前向きな彼女と共に教室を後にした僕は、いよいよ——

「ゾクゾクするなぁ……こりゃ」

 淫らで。

 歪で。

 そして大胆な……ドスの利いた狂気的欲望を堂々とね?

 解放していく。

 さあ、始めましょ? 先生。

僕とあなたの……イケないイケないお散歩劇の開幕だ。


 *


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 四つん這いをキープしながら、よちよち歩きで廊下を突き進んでいく。

 この体勢での進行は……さぞかし辛いだろう。

 腰や両腕に大分負担かかるだろうし……こう息が上がるのも頷ける。

 しかし、そんな辛そうな彼女の姿を間近で見ていると……もっと虐めたくなるというかね?

 辱めを受けさせている、この異質で異様な愛の形を……もっとこう鮮明なものにしたい。

「よし……」

 善は急げ——すぐ行動に移そう。

「朝陽っ!」

 彼女の名前を叫びながら、あの曲がり角まで小走りで駆け抜け――

「うっし!」

 そして走り終えた僕は屈伸し、彼女を待ち構える体勢へと入る。

「ここまでダッシュだ! 50メートルぐらいあるけど」

 僕も彼女同様、タカが外れてしまったらしい。

 必死に耐え忍んでいる先生をこれでもかというぐらい、容赦なく追い詰めてく。

「わ……わんわん……っ! わん!」

しっかりと設定遵守な彼女は犬を彷彿とさせるような口ぶりで……何て言ってんだろ?

「わんわんっ! わん!」

あぁ……この必死さにね、首を交互に振る仕草。

 分かった、断固拒否してるってわけだ。

 流石によちよち歩きでこの距離はちと荷が重過ぎるか……と同情しかけるが。

「いやいやいやいや」

 ……ホント寸前だった。

 痛ぶられる彼女をもう少し見てみたいという、何とも恐ろしい欲求が僕を踏み留ませる。

「いーやダメだね」

向こうにいる彼女の耳へ届くよう——

「来るんだ朝陽」

自身のド太い声を響かせた。

「え……?」

 少々高圧的な僕の物言いに、愕然とした表情を返してくる先生。

「お前の意見なんて知っちゃこっちゃない! 従順な犬になるんでしょ? 僕の」

 離れていても分かるぐらいの……動揺っぷりを隠せない彼女にお構いなく、続けた。

「だったらね? 主人たる僕の命令は素直に聞かないと」

 そもそも自分からあんな格好しているんだ。

 こうなることはある程度予想してただろうし――

「わっ…………わんわんッ‼︎」

ほらね? 

 やっぱりなんだかんだだ。

 一つも嫌な表情せず、寧ろどこか嬉しそうに。

あちらから、よちよち歩きを保ちつつ、可能な限りの猛スピードで向かってきた。

 ホント……無理矢理やらされてる感が一切感じられない、迫真の演技だよ。

「はぁ……はぁ……」

「は~~い、よく出来ましたぁ~~」

「はぁあ……♡」

「よーーしよしよしよしよし」

「……あはっ」

そう晴れ晴れしい彼女の頭を撫でながら、僕は確信する。

 あの凛とした彼女の面影は、もうどこにもない。

 この姿になったことをキッカケに、彼女に塗り固められていた倫理感や常識、教師としての使命感やマナーといったお堅いものが根こそぎ削ぎ取られ、壊滅的に堕ちてしまっていると。

 教師という立場から解放された彼女は、臆面もなく犬へと成り下がり、この従属関係を心置きなく受け入れている。

 徹底しているといっても過言ではない。

 せっかくの美人がいい意味で台無しだ。

 ホント……健気だよ。

 けど、ここまでしてくれるからこそ逆に怖くなって……確かめずにはいられなかった。

「てか、先生?」

「わん?」

「い、いや……犬としてではなくてですね? 汐留朝陽という一人の人間としてお聞きしたいんです」

「……どーしたの? 急に」

「実際のところどーなんですか? こんな格好に……こんなこと強要されて」

 素早い様変わりを果たした彼女へ僕は訊ねる。

「自分のクラスの生徒にこんな仕打ち……普通の常人だったらね?耐えられるはずが……」

「……え? な、何? どういう風の吹きまわし?」

「い……いやまあ……」

「罪の意識でも芽生えたの? 今更」

「……そんなとこです。ちょっと冷静になっちゃって」

 この気分は……そう。

 これはあれだあれあれ。

 急に押し寄せてくる喪失感、後悔。

 賢者タイム時に味わう、無我の境地。

 それと似たような気分だ。

「ふーん……てか何回確認するの? 前にも……てかさっきも言ったと思うけどな」

「せ、先生……」

「分かってないなぁ……本当……」

 そう呟く先生の表情は、ほんの少し怖かった。

「安心して……あなたのそれ、ホンっト余計な心配だから」

 だが、先程の怖い表情から一変。

「あの時……友也くんの提案を受け入れたのは、何もあなたの顔色を窺ったからではなく」

彼女はククっ……と笑いながら、

「私自らが望んだからこそ」

 と結論付けた。

「あのドラマのようなイケない純愛要素も捨て難いんだけどさ?」

「……だけど?」

「私はそもそも……あのドラマの『イケない秘密を共有することで、男女の仲は一層深くなる』っていう根底部分に強く惹かれたの」

 釘付けになった……その詳細……ってことかな?

「とびっきり、バレれば人生即終了な……イケない秘密を自分の生徒と共有する。そういうギリギリで歪な関係を構築することをずっと待ち望んでいた」

「で、丁度いいタイミングで僕が告ってきたんですよね?」

「そそっ!『どーせ一年も満たないうちに、地球が滅亡しちゃう』っていう最強アドバンテージがあるわけで……タイプだったし、やっちゃえ日産的なノリでね」

「まあ、犯罪を起こすわけじゃありませんしね」

 倫理的には、世間一般的には完全にアウトですけどね。

「へへっ……」

 あの絶頂感を噛み締めたような満面な笑顔も……全部嘘偽りないというわけだ。

「だから安心して。あなたのイケない提案はホントに……私の理に叶ってるから」

「ありがとうございます」

「おかげで僅かに抱いていた罪悪感もね? 跡形もなく消え去りましたよ」

「そう? ならよかった」

「あ、あともう一つ……つかぬことをお聞きしますが」

「ま、まだあるの?」

「先生はその……しょ……処女ではないですよね? 流石に」

「と……突拍子もない質問ねそれ」

「あ…………あ~~ーー……」

 変化球過ぎるし、童貞感丸出しだよなぁ……。

 いやそもそもデリカシーがなさ過ぎる。

 僕はこの質問を投げてしまったことに対し、言ったそばから心底……心底後悔する。

「そりゃ……ねぇ? 私だって恋愛の一つや二つ、学生時代にしてきたわけで……当然交際経験も」

 まあ……でしょうね。

 こんな類い稀ない容姿を持つ彼女のことをね? 

 世の男性たちがほっとくわけがない。

 予想の範疇ってやつだけど……しかし、しかしだ。

 これでもし処女だと言われてたら——あまりにも恐れ多くてナヨってただろうな。

 そうだよ……綺麗じゃなくていい。

 外見的な意味じゃなくて、そういう意味でね。

 勿論。

 先生の元カレのことなんて想像したくもないけど……。

 けどあまりに綺麗過ぎるとね? 

 気持ちのゆとりがなくなっちゃうから。

 だから経験豊富とまではいかなくても、少なからず経験を重ねた中古のほうが——個人的には楽だ。

 僕、童貞だし。

 というかそもそもの話……若干濁してるとはいえ、こんな変な質問にもね?

 ちゃんと答えてくださって……ありがとうございますだよ先生ホント。

「あ、あと……社会人になった後も少々」

「……そうですよね」

 自分の生徒とイケない秘密を共有し、仲を深めたい。

 普通の恋愛経験を重ねてきた彼女が一体どうして……このような考えに至ってしまったのか?

 理由が分かってるとはいえ、俄かに信じることができない自分がまだ胸の奥底にいた。

 いや普通の恋愛を重ねてきたからこそ?

 普通の……ありきたりな形じゃあ物足りなくなった?

 まあ教師という、ストレスを溜める立場も起因しているとは思うが。

 だからこそ?

 それほどまで『魔女の条件』が刺激的で影響力が絶大だったというわけ……か?

「何、友也くん? もしかしてさ……処女厨だったの?」

 神妙な表情で考え込む僕に、彼女は訊ねてくる。

「ま……まさかっ! ありえません!」

 そんなオタク願望の押し付けみたいことは絶対しないし、思わない。

「まあ、だったらこんなおばさんに告らないか……」

 おばさんという言い方は少々アレだが……確かにだ。

 処女がお好みであれば、同級生や後輩と付き合えって話だから……先生が思ってることにも一理というか、一理以上ある。

「も、勿論っ! 先生がもし……こんな僕に純潔を捧げてくれるのではあれば、それはそれで……ね?」

「あらっ? それは嬉しいかも」

「し……しかしっ! それはある意味大いなる責任を伴うってことだから……荷が重過ぎるといいますか、過度な責任を負わなくて正直ホッとしましたよ」

 三十路近くの女性が処女拗らせてるなんて、過去の恋愛を引きずってるか、人間性に問題があるかの二種類の理由しかないから。

 面倒事にならなそうでよかったと不思議とね? 

 肩の荷が降りた。

「意外と小心者なのね……友也くん」

「そ……そんな呆れたような目を……向けないでください」

「……まあ、いいけど」

何か先生……不服そうな表情してないか?

 ここはどうなんだろ? 

 ドストレートに『先生の処女は僕が貰いたかったですよ』

 こう言った方がポイント高かったんだろうか?

 んーー……分かんないなぁーー……女心って。

 特に向こうは年上だから……尚更複雑って感じするよ。

 あと女性経験皆無だし。

「そんなことよりさ? なんか喉乾いちゃった……」

「……え?」

 ものの数分だったんだけど。

 ……いや、ヤッてることを考えたら……か。

「あんな全速力で、しかも四つん這いですからね……」

「えぇ……しかも体中こんな汗だらけ」

「こーーの暑さですからね……尋常じゃないぐらいの」

 本日、関東の最高気温は44度。

 暑い、暑過ぎる……夏真っ最中ってこともあるが。

 まったく巨大隕石落下の件といい……近頃の地球はホントどうかしていると思う。

 まるで人類を完膚なきまで、排除しようという巨大かつ見えない力が働いてる感じ。

「どうします? 一回教室戻りますか?」

「そうね、戻ろう。飲み物もタオルとか……全部向こうに置いてきちゃったし」

「ですね、じゃあそうしますか?」

 と話がまとまったのでね。

「早速教室に————て……あれ?」

 そういえば……先生、大事なこと忘れてる。

「先生いいんですか?」

「いいって……何が?」

「犬にならなくて」

「あ」

 しまった……とあからさまに目を泳がせながら、

「……い、一旦ね? 優先事項ってもんがあるでしょ?」

 彼女は逃げの一手を講じてきた。

「……失言でしたね」

「……急ご、喉がカッラカラ」

「御意」

 そう教室へ早く戻りたがる先生と共に、僕は歩き出す。

「因みに飲み物飲む時は?」

「……え?」

「僕の、両手のひらで飲みます? ペロペロペロって」

 自分の両手をね。

 水をすくうような形にしながら、彼女に投げかける。

「ペロペロ……ペロペロッ⁉︎」

「はい」

「うっ……」

 糞詰まりによる痛みを食らったような彼女の表情——

「し……したい……っ……したいけど……」

 本気で悩んでることが窺える。

「え……飲まない感じですか?」

「ホントにね? 飲みたいは飲みたいんだけど……」

「けど……ということは」

「うん……ごめん」

結局彼女が選んだのは犬としてではなく、人間としての選択だった。

「喉カラカラだから流石にね? ちゃんと水分補給したい」

「そうですか……」

 個人的には……恥を忍んでね?

 従順な犬に徹する先生をもう少し見てみたいのだが。

まあ理由が理由だから仕方ない……。

 ちょっとショックだけど。

「でも……可愛かったですよ? 犬の先生」

「……え?」

僕の言葉に対し、先生は惚けた表情を返してくる。

「あどけない表情やあの愛くるしい行動とかがね……豆柴やポメラニアンを彷彿させるような感じがして」

「そ……それ本心で言ってる……?」

「えぇ」

 そう。

 それは絶対断言できる。

「あんなかわゆい犬だったら……誰しもそう思いますって」

「ふ、ふ〜ん……」

 そう僕からのお褒めを聞いた彼女は、満更でもないご様子で——

「じゃ、じゃあ今度……今度はペロペロしてあげようかなぁ……」

 指をモジモジさせながら、言った。

「おっ、やった! じゃあ絶対ですよ絶対!」

「確約はできないけど……前向きに検討はさせていただきます」

「うしっ」


 そうたわいもない会話を楽しくしている時に限って……ホント限ってなんだよな。

 ――危機的状況が突発的にやってくる。


「いやーーいいですねぇーーやっぱ!」

「……えっ?」

む……向こうの階段からか?

「ガハハハッ‼︎ こんな真っ昼間からビール飲んで最高だよ! 遠山先生!」

 バカデカくて耳障りな低音が嫌でも耳に入ってきた。

「この声……」

 おいおいおいおい……まさか。

「遠山先生に、荒井先生……ッ⁉︎」

「ハ……ハァ~~⁉︎」

 粗方の予想はついていたが——化学の遠山に……生活指導の荒井‼︎⁉︎

 さ……最悪の組み合わせだ……‼︎

 どちらも規則に従順で融通も利かない、面倒くせぇ野郎どもじゃないか……‼︎

 そんな奴らに……こんな先生の格好を見られでもすれば……⁉︎

「ど……どういうことですかァ⁉︎ 先生ェ‼︎」

「えっ……えっ⁉︎」

「誰も2階には上がってこないんじゃ……他の先生たちは職員室で飲んだくれてるって、そういう話だったでしょ‼︎」

 だからこそ、こんな大胆な行動が取れたというのに……全然聞いていた話と違うじゃないですか⁉︎

「し……知らないわよォ‼︎ 私だって、そう聞かされていたんだし……寝耳に水よォ‼︎ もう‼︎」

 ということはあれか⁉︎

酔っ払ってここまで上がってこようとしてるってこと⁇

 クソ……!——じょ……冗談じゃないッ‼︎

「あーーくそっ‼︎ どうするんですか先生ッ‼︎ あの様子じゃ……直にこっちへ——」

「と……友也くん‼︎ こっち‼︎」

「うわっ⁉︎」

 先生は僕の右手を突然握り、引っ張りながら走り出した。

「ちょ……ッ‼︎ 一体どこへ⁉︎」

「便所‼︎ 鍵閉めれるし! 個室だし! 何とか凌げると思うから!」

 そう彼女の危機管理能力が冴え渡る。

「とりま‼︎ 男子便所駆け込むよ‼︎」

「い……いいんですかァ⁉︎ 男子便所って……」

「なーーに悠長なこと言ってんのォ‼︎」

 明らかに焦りながら、彼女は怒鳴る。

「生徒もあなたしかいない、ほぼ無法化してるようなこの場所でね? 今更区別もくそもないでしょ‼︎ ほらっ!行くよ‼︎」

「ひえっ……」

 僕の手を引き、何の躊躇なく男子便所へと駆け込んで行く先生。

 果たしてこの行動は吉と出るのか、凶と出るのか。

 何にも起こらないことを祈るばかりだ。


 *


「はぁ……はぁ……よ……よかったですね? 裸足で来なくて」

「えぇ、こんなとこ素足で歩くなんて……スニーカーとはいえ履いてきてよかった」

 そう便所のコンクリート床を眺めながら、先生は中ほどまで進み――

「よし、ここ入ろ」

 出入口側3番目の個室トイレへと入る。

 一時凌ぎ……追ってから追われる犯罪者の如く、僕らは身を潜めた。

「はぁ~~……」

 ヒ……ヒヤヒヤしたぁ~~……‼︎

 急に押し寄せてきたスリルに大層ね?

 肝っ玉が冷えたが……とりあえず気を緩めてもいいかな? 

 うん、多分大丈夫だろう。

そう決めつけた僕は腰を下ろし、便座へ寄りかかるが——

「しっ……‼︎」

 突如としてだ。

 膝の上に自分の体を乗せ、声を漏らす僕の口を右手で塞ぐ。

 緊張の糸を切らすことを彼女は……まだ容認してくれなかった。

「え……えっ⁉︎ ど……どーしたんですか⁉︎」

 ヤバい……せ、先生の胸が……あ……当たってる。

 おっきな膨らみの感触、そして漂ってくる彼女の香りが僕の気分を高揚させる。

 でも、多分無意識でやってるんだろうなーー……。 

「しーー……耳を澄ましてみ?」

 この胸の接触に触れもせず。

 険しい表情をしながら、僕に聞き耳を立てるよう促してくる。

「……耳?」

 あぁ……微かに聞こえてくる中年男性たちの声。

 毎秒経つごとに、聞こえてくる会話の声がはっきりなものとなっていく。

「……こっち来るわね多分」

 え?

「う、嘘でしょ⁉︎ いや、まだこっちに来るって決まったわけじゃ……⁉︎」

「……どうかな」

 そんな悪い予感に応えるかの如く。

便所のドアを押した時に出る、キュー~うっていう音が確かに聞こえた。

「いーーやあんなに飲んだせいかなぁ~~……めっちゃ漏れそうだし……ガンガンする頭」

「ビールも飲んで……あんなにスト缶飲んだからですよ荒井先生」

 なっ————

「……ほら」

「マジでか……」

 最悪の事態だ……運命の悪戯か?

 アルコール消化による尿意。

 それに応えるかの如く、奴らが便所に入って来た。

「しかし荒井先生」

「う~ん?」

「汐留先生にお誘いを断れたからって」

……えっ?

「あんな豪飲……体壊しますよ? マジで」

「うるせー……うるせーや〜い……」

「本当に心配して言ってるんですからね……」

「だってあんなきっぱり断られたんだぜ?『私の生徒がまだ学校に来ているので』って」

「きっぱりでしたねぇ……」

「そりゃあねぇ? こんな飲んだっくれにもなるっつーーの」

 放尿の音で少々聞こえなかった部分もあるが……どうやら汐留先生に誘いを断られてヤケを起こしたらしい。

「くそぉ……どーでもいいだろぉぉ……生徒のことなんか別に」

「ある種変わってますよね? こんなご時世だっていうのに……教師を全うしてるなんて」

 あぁ? 最っ低だな。

 それでも一端の教師かよ。

 そこが彼女の尊敬すべきとこだろうがぁボケェ……‼︎

 特に荒井なんて……お前生活指導だろ?

 生徒のことを一番重んじる立場だろ?

 教師の風下にも置けぬ言葉を聞かれてるとは露知らず。

 彼らの会話は更にヒートアップしていく。

「まあ、あれです」

「んっ……?」

「奥さんもいるのに、他の女に手ぇ出そうとしたのがね?」

「お、お前なぁ……」

「でもそーいう魂胆だったんでしょ? お酒で酔わせて」

「……ごもっともだが」

いや否定しないのかよ。

「精悍な顔立ちに豊満スレンダー……容姿に関していえばホント男の理想を体現してんだけどなぁ」

 だけどってなんだよだけどって。

 どこか引っかかる言い方をしてくる荒井に対し、若干の気に食わなさを感じてしまう。

「あの男性を惹きつけない凛とした立ち振る舞い……ですよね?」

「あぁ」

 はぁ?

「俺らと接する時の——あの男嫌い臭プンプンな態度……あまり男性経験がないとみた」

「そうですねぇあれは……幾ら美人といえど、あれは男も逃げていきますよ」

「宝の持ち腐れ感は否めねぇよな」

 都合のいい解釈だ。

 老若男女、生徒教師問わず。

 本心はどうであれ。

 先生は誰にでも平等に優しく接する人だ。

 だって僕は見ていたから。

 事務員のおじさんたちに優しく接してところを。

 少々難ありなギャル生徒のクソどーでもいい話にも優しく丁寧に受け答えしていたところを。

 そんな先生が彼らをね? 

 きっぱり突き放したのは……こーいう異性を見下した物言いを平気で行うところ。

 そんな人柄であることを女の感で気付いていたからなのかも。

 実際そうだったのだから……彼女の判断はとても正しかったといえる。

「その代わりといっちゃなんだが、遠山先生」

「はい?」

「男性経験がないということはだぞ? 彼女のアソコが現在進行形で……」

「きっつきっつってことですか? おマンコが」

「そう。恐らく締め付け具合は相当……一級品だろうぜ」

「おぉ……それは是非」

「だろ? 堪能したいよなぁ~~……このギンギンになってる自分のチンコでな? 汐留ちゃんをガチハメしたい」

 このギンギンって……何? 

 男が男に逸物を見せびらかしてるってこと?

 何やってんだよ……いい年こいたオッさんたちが。

 いや……問題はそこじゃない。

 重点に置くべきは今の発言。

 今何つった? 

 誰ちゃんに? 

 誰にガチハメしたいって?

 混乱が極まってきた。

「あ……あんのォくそ野郎どもォ……人の大事な彼女に向かってなぁ? なーにがガチハメしたいだよォ……言いたい放題言いやがってぇ……」

 もうすぐ地球が終わるからといってもねぇ?

 人のカノジョのことをあーだこーだ性処理の道具扱いする物言い……教師として以前に人間としても終わってる。

 と心底込み上げてくる、この怒りの矛先をあの腐った教師陣へと向けた。

 もちろん、向こうに聞こえない程度の小声でね。

「まあまあまあ……言わせておけばいいんだよ」

「し……しかしッ‼︎」

 分からない……。

 どうして言われている当の本人が一番冷静でいられるんだよ。

 そんな不気味といっていいほどの落ち着きようが逆にね? 

 物凄く怖かった。

「……くっ」

 そう敵対心の火をメラメラ激らしている僕に対し、沈静化を促してくる先生。

 色々と言われてる彼女本人から、こう言われたんだ。

 悔しいが……少々我慢せざるを得ない。

「それに今、友也くんが飛び出していけば……どうなると思う?」

「どうなるってそりゃ……あの2人に僕らの存在がバレて」

「最悪の場合考えてみ?」

「さ……最悪の場合?」

 ここにいることがバレて問い詰められて——いや違う。

 あんなことを言ってた、ド変態教師どもだ。

「あの雰囲気だとさ私……確実に犯されるよね?」

「お、おか……っ⁉︎」

 オカサレル——それってつまり……僕だけの先生が薄汚い中年男性たちに無理矢理性処理させられるってこと……?

 先生が…………僕以外の男と…………無理矢理セックス…………せっくす……。

「あ……あ……あぁ……あぁ」 

 ダメだ……ダメだそれは‼︎

 僕はネトラレに対して、異常なほど嫌悪感を抱く質なんだよォ‼︎

 想像するだけでも虫酸が走り、感情が高揚する。

 だから一番大好きな異性を寝取られるなんて以ての外。

 ホント笑えない……メンタルがこれでもかってぐらい抉られる。

 悍ましい想像だ。

「そんなの…………嫌ですって……絶対」

 そうだ。

 地球が終わる前に、僕の精神が終わってしまう。

「……でしょ? だからここは我慢して堪えなさい」

「……うっ」

一杯一杯になるこのもどかしさを歯を食いしばってね? 

 無理くり耐え凌ぐ。

「ふーー」

「出し切りました?」

「おう、出た出た」

 どうやら彼らの放尿が終了したようだ。

「……汐留先生、今いますかね? 2年3組に」

「いるんじゃないの? 生徒来てるっていってたし」

「……会いにいきます?」

「やめろって……まーーた俺に生き恥を晒す気かッ‼︎」

 こいつらまだ——⁉︎

 便所を済ましたというのに……中々出て行こうとしない彼らに再度苛立ちが募ってく。

「それに俺はこれ以上……嫌われたくはないんだよ……マイエンジェルに」

「マイエンジェル……あ~~~~汐留先生のことね」

 やめろ荒井。

 気軽に先生のことをマイエンジェルなんて言うな。

 見向きもされてないくせして……吐き気がするし、虫唾走りが再発する。

「遠山先生もさっき見たでしょ? 誘った時のね、彼女の表情」

「……ゴミを見るような目でしたもんね」

「ホントにねぇ……あれで心が折れた」

「まあ、でも」

「うん?」

「奥さんいるってのに……抜け駆けしようとするからです」

 だよね? 既婚者だったよな荒井って。

 おいおい……地球が終わるからってよ? 

 ア……アクセル全開過ぎんでしょ……いい歳こいたおっさんが。

 ここまで倫理観や価値観が欠落するものなのか?

 卑劣過ぎる。

 ……って、担任教師と交際してる僕が言えたことじゃないな。

 ハハッ。

「罰が当たったんですよ罰が」

「言うねぇー……きみ」

「残りの時間はね……奥さまや息子さんたちのために使えってことで」

「潔く諦めましょ」

「もうすぐでなーー地球が終わるってのに……よぉ」

発言から大体察することができるが——

「結局俺は……家族サービスからは逃れられんのかぁ〜〜……」

 欲の皮突っ張った荒井先生はまだ……往生際の悪いことで。

「家庭を持ったさだめです。まあ、来世に期待しましょ」

「トホホ……」

「……荒井先生?」

「来世ねぇ……来世なんてホントにあるかどうか分からんが」

「それは流石に死んでみないと……でも色々とやらかしてるからなぁ~~荒井先生は裏で」

「……記憶にございませんねぇ」

 やらかしてる……なんだろ?

 生徒に手出してる?……とかかな?

 それか生徒の保護者に手出してる?

 ――まあ別に……それほど興味もないからいいんだけど。

「フフっ。次の人生では人間になれず、ミジンコや蟻んこってところ……かな?」

「お、おいおい……縁起もねぇこと言うなよ」

 と、やけにシビアな会話を紡ぎつつも……ようやくだ。

 ようやく二人がトイレから出て行った。

「……い、行ったね」

「え、えぇ……」

 バレるか、バレないかの……ギリギリの瀬戸際だったし。

 彼らにバレないよう、存在を無理くり押し殺してたツケが回ってきたようだ。

 緊張の糸を張り巡らせていた、その疲れが一気に湧き出てくる。

「……ごめんね」

「え? 別に謝られるようなことは……」

「ほら? うちの教師陣の……あんな醜い会話聞かせちゃったからさ」

「あ……あぁ……」

 生徒……そして汐留先生が聞いてるとは到底思いもしなかったんだろう。

 まるっきり会話がプライベートというか、会話の内容が酷いぐらいお下劣だったし——

「いや別に気にしてない…………は嘘になりますけど」

 人のカノジョを……自分の大切な人を犯す、犯さないみたいな会話を真ん前で勝手にされてたんだ。

「まあ……嫌な気分にはなりましたね」

 しかもその会話をしていたのが、うちの学校の教師陣ってのがなぁ……なんだろ。

 こう見えてたものが全て覆されたような——ホント悪い夢でも見ているような感覚だ。

 だが、そこは先生――

「…………じゃあさ」

「え?」

気持ちが沈んでいた僕を察してか?

「あのクソどもに対するねぇ? その不快感……私が忘れさせてあげる」

「忘れさせてあげるって? いや一体どうやって……あ」

 腕を僕の首にまわした彼女は、ねっとりと自分の唇を押し付け——

「う……んぅ……」

「んんっ⁉︎」

「くちゅ……くちゅ……」

「んっ、ん……」

「んっ……はっ……はっ♡」

 貪るように、熱い接吻をかましてくる。

「んぅぅ……せ……先生ぇ……」

 溜めていた性欲が爆発したのかの如く。

 1秒1秒経っていくことに、絡み合うお互いの舌がより一層粘着力を増す。

 苛烈だ。

「友也くん……友也くん……友也ぁっ……」

 クソぉ……急な呼び捨てはズルいって……!

 しかもそんなエッチな声で……!

 やっとでさえ、このサキュバス宛らの濃厚キッスで手一杯なのによぉ……余計体が熱ていくし——

「「んちゅ……んんっ……チュル……チュパ……んっ……チュパ……チュパ――」」

 頭が真っ白になっていく。

 さっきまであんな……従順な犬に成り下がっていたのに……!

 もう成り上がって、立場を逆転させてきた。

 今の僕はまるで、彼女の支配欲に飲み込まれた下僕――。

 拒否することも……言葉を発するすらできていない。

 できてないはずなのに……。

 でも何だろ……この気持ち……。

 し……幸せだぁ……。

 こんな汚い学校の便所で……非日常感溢れる状況下で無理矢理キスされているのに……幸福感が沸き立ってくる。

 きっと……世間一般の常識や倫理では到底許されない、スリル満点溢れる大罪をね?

 好きな人と共有してるからこそ余計に————フフッ、ホント破綻してるよ……僕も。

 イケない秘密を共有することは相手との仲を深めるだけでなく、お互いに幸福を齎す。

 どんな形であれ、幸せは幸せだからな。

 できることなら、この幸せをずっと噛み締めていたい。

「ふぅ……」

 だが……幸福とは永遠じゃないからこそ、限りがあるからこそ存在している。

 噛み続ければ、いずれ味のなくなるガムのように。

「よし……」

 あぁ……彼女の唇が段々と離れてく。

 終わるのか……この幸せが。

そうだよ……幸せなひと時というのは、あっという間に過ぎ去ってくものなんだ。

「はぁ……はぁ」

 いや慣れてるというか……?

 ホント凄まじ過ぎるディープキスだったからか?

 脳天を撃ち抜かれたような絶頂感のせいで、なす術もなかったというか……ただただ攻められるだけで終わってしまった。

 せっかく彼女とのファーストキスだったのに……不甲斐ない。

「友也くん……?」

 しかし……まさかだよ。

 まさかキスだけでイカされるなんて……ヤバい。

 気を抜くと……一気にね? 

 持ってかれて——即失神もんだなこりゃ……。

「友也くん……ねぇたら!」

「は……はい……っ⁉︎」

 意識が飛びそうになりながらもなんとか……なんとか彼女の呼びかけに応えた。

「こんな所でファーストキスだなんて……ショックだった?」

「ショ……ショック?」

いやこの学校の便所で、というシチュエーションが良いスパイスになったというか。

「いえ……寧ろ逆に興奮しました」

 変態だからこそ、大変満足しました。

「担任教師とこんな場所で……正にイケないことをしてるっていう最高潮を味わった気分ですよ」

 担任教師と――。

 学校のトイレでディープキス――。

 特殊過ぎる……この状況下が生んだ、歪だけど純粋さ溢れた愛の形に自分の心は浄化されていく。

さっきまでの嫌な気分が嘘のよう。

多少臭ってくる便臭や尿臭も気にならないぐらいにはね、一気に上書きされた。

「おかわり……イッとくぅ?」

「おかわり……」

替玉を貰うような軽いノリで告げてきた彼女のトロンとした瞳。

「あぁ……」

これはそう。

 もう少し……もう少しだけこの幸せが続く——それを悟らせてくれる目だ。

「はい……おかわりで」

 尽かさず僕は彼女に即答。

 幸せな時間の継続を迷いなく、自分の意思で決める。

「フフっ……よしキタ——」

「あっ……」

「んっ……うんっ」

 再び……引き金が引かれた。

 先生の舌が僕の口へ差し込んでくるように侵入してくる。

 あぁ……まただ。

 まるで僕の気力を搾り尽くすような強欲深いこのディープキス。

 それに直接漂ってくる彼女の匂い、唾液の味が自分の思考回路を麻痺させていく。

 ダメだ……このままじゃ……結局は彼女の掌の上。

 そんな同じ轍を踏みたくない。

 せめて——

「んっ……!」

 さっき二の舞になるイメージを払拭するべく。

 強気な彼女の姿勢に負けぬよう、僕は彼女を力強く抱きしめ、自分の舌を弄り回す。

 しかし……しかし何だこの感じ……。

 何か凄く大事なことを忘れているような……。

 この感じは――


 ……あっ。

 未知の味にどっぷりハマっていたから、薄れてしまっていた。


 あ~~……完全に忘れてたよ……動画撮るの。

 こんなイケなくて、気持ちが昂るような始終を動画に収めないなんて……でもいいや。

 今だけは……何にも考えず、この理不尽な女性を体中で堪能していたい。

 お互いの口で絡み合ってる時間を堪能していたい。

 そうだな……次の機会で動画に収めたいのは——彼女との初セックス。

 ここまできたらもうハメ撮りぐらいね?

 余裕でイケそうな気がする。

 ……うん、あると思います。

 少女漫画や恋愛ドラマのような甘くて、青春っぽいシチュエーションなんてクソ。

 過激で刺激的な……心の底から乱れ合う、そんな僕らを撮ってやる。

 胸も飽きるぐらい揉んでやる。

 彼女の乳首も拝んでやる。

 気を引き締めて、決意新たに……自分が求める最高の理想を現実するためにね。

 と、これからの予定に胸を弾ませながら、この不潔要素溢れる空間で。

 僕は淫らな愛情表現を続けた。


 地球滅亡まで、あと354日。

 僕は……いや僕らは……残り少ない人生を。

 この歪な関係を心置きなく楽しんでいく。

もし宜しければ、評価もお願いいたします!

お待ちしておりますー!

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