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異世界は、ややSFでした  作者: 柿咲三造
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密室と、牛丼


 灰色の床に天井に、そして石畳のお部屋だった。

 とても狭く、取調室と言う雰囲気が伝わってくる。しかし今は、しょうゆの香りが、部屋に満ちていた。

 ガンマンコートのレックは、ため息をついた。


「牛丼だ――」


 牛丼だった。

 ショウガの、つんとした刺激と合わさって、そして、生卵の風味がまた、とろっと口の中で融合する。

 くどくなれば、味噌汁のあっさりが、洗い流してくれる。そして、口の中で新たに融合し、胃袋へと消えていく。


 間違いなく、牛丼だった。


 それはいいのだが………


「あのぉ~、なんで、牛丼なんッスか?」


 どんぶりを、机においた。

 食堂では珍しくない、庶民でも手に入るお手ごろ価格の昼食だ。日本人を前世に持つレックには、よくぞここまで再現したと、大喝采だ。


 転生者の先人に、感謝である。

『ショウユ仙人』や『ミソ将軍』と呼ばれる偉人達に加え、牛丼のレシピを再現した人物もいるはずだ。日本人と同じく、庶民のお手ごろランチなのだ。


 先人に感謝をする気持ちは、目の前の転生者たちも同じだろう。テクノ師団のおっさんと、魔女っ子マッチョも、牛丼を手にしていた。


「まぁ、取調室じゃないからな」

「そうよ、筋肉つかないわよ?」


 常識らしい。

 しかし、納得いくわけがなく、立ち上がる。


「だからっ――」


 湯気が、レックの勢いをそらした。

 振り向くと、猫耳がぴくぴくと、人のいい笑みを浮かべていた。

 るんるん♪と、気まぐれに動く尻尾は、猫のように感情を表すのだろうか。たしか、犬と間違えてはいけないと思い出す。


 ふりふりと、ご機嫌に見えるのは間違いだ。犬にとっては、喜びを示すというその尻尾の動きは、ストレスを抱えている。

 あるいは、獲物を待ち構える興奮をあらわす。


 獲物であるレックは、受け取った。


「………どうも」


 猫耳しっぽの獣人と言う猫族は、この世界では食堂関係に、たくさんおいでだった。種族の特性として、味覚に優れ、また、日本人を前世に持つ人々の影響を受けているのかもしれない。

 コスプレと、色々と混ざって広がるのが、異世界である。そして、一切違和感を覚えないのは、この世界で生まれた人格も、しっかりあるためだ。


 牛丼を手に、レックは座った。


「いや、牛丼はうまいッスけど………事情聴取って言うか、報告会って、なんで、取調室なんッスか?」


 ここは『マヨネーズ伯爵』の都の、冒険者ギルドの一室である。

 下っ端パワーも、不機嫌を隠し切れない。回復したレックは、のんびりと休む暇もなく、冒険者ギルドへと連行された。

 報告が、欲しいということだった。


 それは、分かる。

 通常の依頼であっても、冒険者は報告の義務がある。成功でも、失敗でも、冒険者からの情報はとても大切なのだ。


 今回は、大発生と言う災害である。なるべく多くの情報を手にしたいというのは、当然だろう。

 レックは、そう思ったために、とりあえずガンマンコートで、参上したのだ。


 通された部屋が、取調室で、牛丼だった。


 お嬢様スタイルのエルフちゃんが、どんぶりを置いた。


「レックたちの国って、面白い文化だもんね。灰色の個室で、みんなで牛丼食べながら会議するんだもの………」


 見た目は、貴族のお嬢様だ。

 お忍びで、庶民の食堂に現れたように、見えなくもない。コハル姉さんには珍しく、ロングのフリルスカートだ。


 牛丼を食らっていて、色々残念だ。


「もごもご、もごこご?」

「ラウネーラ、だれも取らないから、食いながらはやめておけ」

「もぉ、お行儀悪いわよ?」


 美少女が、残念だ。

 いや、見た目は12歳のお子様なので、子供っぽく、ほほえましいと言うべきだ。銀に輝く金髪のラウネーラちゃんは、牛丼が好みのようだ。

 ライダー・スーツのようなパイロットスーツに牛丼は、SFの世界でも、なぜか違和感がない。

 それは、前世が日本人であるための、宿命だろうか………


 そこへ、ノックの音と同時に、小さなおっさんが現れた。


「いやいや、ご苦労様ですな、はい」


 事務員のオッサンだ。

 見た印象は、どうしても事務員のオッサンである。しかし、この町の冒険者ギルドの最高責任者、ギルマスだ。

 先輩冒険者のおっさんたちからも、ギルマスとは、すぐに思い出してもらえない、そのために、むしろ謎の多いギルマスだ。


 魔法使いのそぶりもなく、実は暗殺者という設定も、想像できない。


 牛丼を手に、イスに座った。


「さてさて、私もお昼がまだなのでね、失礼しますよ――」


 学生食堂で、食事をする事務員。

 レックに、コハル姉さん、ラウネーラちゃんという、10代のそろう中、その印象がある。おっさんたちは教師なのだ。

 マジカル・アイテムショップの店長様も、心は永遠の中学生なのだ。


 オッサンが、一人加わった程度では、中学生率は下がらない。


「では、適当に………はい」


 レックは、待っていた。

 とっとと終わらせて、バイクの一人旅に出たいのだ。

 まだ、だれにも告げていない。それは、前世が止めているからだ。止めろ、オレ、この戦いが終わったら、旅に出るんだ――は、フラグだ。


 そのため、我慢していた。

 色々とお世話になり、また、次の戦場で――というラウネーラちゃんのセリフを、レックも告げようという気持ちはあった。

 しかし、ずっと戦場は、ゴメンだった。


 便利なアイテム扱いなのだ。


 そっと、ギルマスは手を差し出してきた。


「忘れてました、お返ししますね?」


 どんぶりをそっと机に置いて、懐から何かを取り出した。

 無意識である、レックはそれが何か考えることなく、受け取ってしまった。


 クリスタルだった。


「………これって――」

「えぇ、レック殿のギルド証のクリスタルです。ちゃんと、コハルさんから預かっていましたので、大丈夫ですよ?」


 何が大丈夫なのか、問い詰める勇気はなかった。

 いや、戦いの後は、しばらく意識を失っていたのだ。そして、キャラクター・パジャマで目を覚ましたのだ。

 エルフの国の続きだと思えば、あきらめもある。


 レックは、恐る恐ると、ギルド証を掲げた。


「………あのぉ~」


 ギルド証を見て、固まった。

 片手に牛丼のどんぶりを持って、もう片方の手で、クリスタルを見つめていた。


 ――シルバー・ランク<中級>


 クリスタルの輝きが、紋章を表示していた。

 ランク・アップを果たしていた。今回の依頼を強制的に受けたついでに、ランク・アップも強制されていた。

 そこで、言われていたのだ。


 帰ってくれば、さらにランク・アップだ――と


 シルバーとは、冒険者であれば目指す最高位と言うランクである。ゴールドは、歴史に残る英雄であるため、そもそも対象外である。

 だが、シルバーとは、優秀な冒険者として、手のとどく目標なのだ。


 実際には、便利なアイテム扱いになるため、ランク・アップはご遠慮していた小物であったのだが………


 事務員のオッサンは、微笑んでいた。


「ほら、お約束でしたでしょ、ちゃんと、ランク・アップしておきましたから」


 レックのお返事は必要なく、戦いの終了後には、ランク・アップと言うお話であった。断ろうと思っていたのに、色々が大騒ぎで過ぎていき、今にいたる。


 もう、取り消せない。


 そして、大変だ。


「へ、へへへ、あっしみたいなガキがこんな高ランクだなんて、だれも――」


 小物パワーを、フルパワーにした。

 あっしは、下っ端でございやす――という、下っ端パワーもフルセットに、上の人へと向けた、レックの考える最上の態度である。


 無害な、小物でございやす――と


「ボウズ、上級魔法を使えて、大発生を生き延びておいて、それはないぜ?」

「そうそう、だってぇ~、勇者(笑)様だもんねぇ~」

「ふっ、ライバルの出現か」


 オッサンに加え、エルフちゃんたちが、ちょっとうるさい。


 完全に、遊んでいる。


 種族全員がシルバー・ランクに違いない。そして、戦士の称号を持つエルフは、人類では到達不可能レベルだ。


 人類でも、例外として勇者や英雄と呼ばれる人々がいるが、エルフには普通のレベルと言うあたりが、絶望だ。

 勇者を育てようと、色々と宴会を吹っかけてくるのだ。


 レックは、切り札だと思った。

 ラウネーラちゃんの登場が、最後の希望だ。今を思えば、それしかない。


「あのぉ、最後のでっかいトカゲなんか、ラウネーラの姉さんがおいでになってくれたおかげで、へへへ、あっしは、ほんのお手伝いをしただけ――」


 全員が、にこやかに笑っていた。

 コハル姉さんが、ほほにご飯をつけた状態で、ちょっとかわいい。世話をしてやるつもりもなく、レックは聞いた。


 分類は、サラマンダーである。

 ただし、サイズは、数十メートルであった。

 レックが思った通りに、ロック・サラマンダーと言う、細かな砂を撒き散らし、鉄の装備でも削り、あるいは隙間から攻撃される、嫌な攻撃だという。


 通常サイズでも、シルバー・ランクの扱いらしい。巨大であれば、上級魔法しか通用しないという。

 足止めだけで、ヘリを必要としたのだ。


「――ってことで、半分に引きちぎったのはあんただしね、手柄を取る気はないよ」


 トドメを持っていて、どの口が言うのか。

 まぁ、上半身だけで噛み付いてくる。その恐怖に驚いたのは確かである。巨大な水風船があるため、ノーダメージで倒せた可能性が高いものの、トップクラスの仲間入りは、大変にまずいのだ。

 自分の手柄でないと、押し付けよう。


 そう思っていたのに………


「新たな英雄の、誕生か」

「十年に一人の………あら、このお部屋には、ごろごろしてるわね?」


 テクノ師団のおっさんは腕を組んで、魔女っ子ノマッチョさんは、あらやだ――と、手をひらひらとさせて、笑っていた。


 味方など、いるわけがなかったのだ。



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