目覚めれば、ベッドの上だったが・・・
戦いは、終わった。
アニメでは、最終回だ。
そして、最終回で主人公が命を終える物語もあったと思う。仲間のために、ロボットを突撃させて、敵の首領と刺し違えて、エンディングテーマが流れるのだ。
死なないでくれと、むせび泣いたものだ。
しかし、都合よく生きているのだ。エンディングの途中で判明するか、あるいは、続編でほのめかして――
レックは、目を開けた。
「知らない――」
今度こそ、口にしよう。
天井を見上げて、レックは思った。アニメを見て育った世代なら、レックよりひとつ前の世代から、おそらくは耳に残っているセリフだ。
今度こそ――
「なによ、記憶喪失とでもいうつもり?」
ドバドバと、レックは呼吸困難に陥った。
よく知っている香りが、ドバドバと頭からぶっ掛けられた。
このような所業をするエルフちゃんに、心当たりは一つしかないレックである。むせながら起き上がり、そして、むせていたのに呼吸が楽になる不思議を味わいながら、名前を呼んだ。
「こ、コハル姉さん………」
色々、台無しであった。
しかし、久しぶりのお顔である。えらそうに腰に手を置いて、自らの乱暴な所業を、一切省みないエルフちゃんである。
見た目は、生意気盛りの12歳の女の子だ。金髪のツインテールは、豪華な髪留めで上品にまとめられている。
本日のお召し物はセーラー服ではなく、少しぶかぶかの、フリルがたっぷりのロングスカートであった。
どこかのお嬢様のようだ。
髪留めといい、丁寧な装飾のお召し物といい、最新ファッションを自慢するコハル姉さんらしくないと感じた。
レックは、直感した、貴族様からのプレゼントだと。今回の呼び出しに対する、マヨネーズ伯爵の感謝の品だと。
他にも、誰かいるようだ。
「おぅ、ボウズ、生きてたか」
「やぁ、少年、昨日ぶり」
『大火炎パンチ』のオッサンと、スーパー・ロボットのエルフちゃんがいた。
ここは一体どこだろう。そんな疑問以前に、いつものぴっちりライダー・スーツのエルフちゃんは、堂々としていた。
巻き添えで、レックが気を失ったという事実は、だれもツッコミを入れないらしい。
いや、遠くから見れば、レックがピンチに見えたかもしれない。ならば、せっかくの応援にケチをつける無礼は、控えたいのが冒険者だ。
しかし――と、レックは思う。
最初から、突撃して欲しかった。
そうすれば、怪獣決戦と言うロボットアニメを、のんびりと見物することが出来たのだ。見ているだけであれば、楽しめる盛り上がりなのだ。
巨大なトカゲと戦っていると、上空から新たな敵が現れる。そんなピンチは、燃える展開だったろう。
自分が味わうと、ただのピンチだ。
「………あれ、ファイアー・バードは?」
おっさんをみて、思い出す。
短い銀色ヘアーで、レックが心の中で中佐殿――と、お呼びするテクノ師団の隊長さんだ。本日は昆虫のようなプロテクトスーツではなく、ラフな私服だった。
渋いトレンチコートや軍服であればイメージに似合っていたが、意外性が、意外である。そのあたりのオッサンに見える服装だ。
カタカナで『ヒーロー』と印字されている、ロングTシャツであった。
「そうだ、ふんがー………――の通信の後、ヘリで」
オラオラオラ――していたのは、ファイアー・バードの炎が、心なしか弱っていくように見えた。真上でなく、すこし距離があった戦いである。
しかし、印象としては、勝利目前に見えた。必殺技がなくとも、あのオラオラオラ――だけで、勝利できそうだった。
おっさんは、微妙な笑みで、目の前の銀に輝く黄金のロングヘアーのエルフちゃんを見つめていた。
ラウネーラちゃんは、ニコニコだった。
「コイツがいるってことは、わかるでしょ?」
コハル姉さんは、不機嫌だった。
つまりは、そういうことだ。
ちょっと、手柄を取られたかな~――という微妙な笑みに囲まれても、ラウネーラちゃんは、ニコニコと、楽しそうだ。
スーパー・ロボットの突撃パンチは、テクノ師団をも、ふっ飛ばしたようだ。
「えっと………ここは?」
レックは、無難な言葉を選択した。
もはや、戦いは終わったのだ。ならば、これからのことである。
多少の傷は、上級ポーションのおかげで、何とかなるのだ。目の前の、エルフちゃんの、お手製だ。貴族のお嬢様のお召し物が、とっても違和感で、笑いをこらえるのが大変である。
しかし、感謝である。
ポーションを、新たに下されたのだ。レックも、おそらくは吹き飛ばされた衝撃で傷を負っていたのだが、眠っていただけという、無傷状態だ。
自分の感覚では、それだ。
あの、隕石のような『ラウネーラ、きぃいいいいくっ』の余波を受けて、無傷とは信じがたい。
ならば、色々とご迷惑をかけたに違いない。病室と言うことからも、お見舞いシーンからも予想できる。
それは、ありがたいのだが………改めて、部屋を見渡した。
「あの、ここは?」
テクノ師団のお誘いで、お出かけしたのだ。ならば、お世話になっているのはテクノ師団の関係する施設だと思った。
あるいは、ギルド提携の治療施設かもしれない。レックはダメージを負って、そして、意識を失っていたのだ。
こうして、共に戦った仲間たちが、顔を見せてくれているのだ。
微妙な顔は、微妙だった。
「………えっと?」
レックは、天井を見上げた。
今度こそ、口にしよう。
知らない天井を見上げて、レックは思った。
そう思っていて、言いそびれたが、天井を見上げた。空調のための回転するローターと言う翼が見えるのか、まぶしい照明を見つめてしまうのか、それとも、花瓶が最初に目に映るのか………
ファンシーな猫キャラが目に映ると、誰が予想しよう。
「………ねこ?」
デフォルメされた、猫のイラストであった。
いや、治療施設においては、リラックスのために色々と工夫するものだ。心理的に落ち着けるために、可愛らしいキャラクターをプリントした………
レックは、飛び起きる。
「って、子供病室、ここ、子供病室?」
一人前のつもりである。
ザコを自称していても、15歳のレックは、一人前の冒険者のつもりである。いくらミニスカートをはいても似合う太ももでも、筋肉がつくのはまだかなぁ~と言う今日この頃の貧弱ボウヤでも、子供ではない。
おふざけだと、そう思ったための反応である。
違ったようだ。
「いや、ボウズがなにを考えているのか、よく分かるぜ。おれも日本人の転生者だ、この状況から、そう誤解してもおかしくないわけだが………」
「ねぇ、子供病室ってなに?」
「まぁ、レックは少年だから、子供でしょ?」
「いや、俺たちの前世ではな、子供は――」
エルフちゃんたちとオッサンが騒ぎ出した、そのときだった。
野太い声が、心を揺さぶる。
「困ったあなたをきゅ~とにお助け、マジカル――」
レックは、震えた。
トン、トン――と、扉を叩く音がして、しかし、返事を待たずに開き始める。その扉の向こうから、おっさんの裏声が、響いた。
フラグだ――
前世が、おびえていた。
おかしい、戦いは終わったはずだ。のんきに話していて、実は全ては滅び去ったという、絶望エンドなのだろうか。
そういう作品も、カタストロフというのか、アリだと思うのだが………
フラグが、やってきた。
「呼ばれてないのに参上、魔法少女――」
扉が、静かに開けられた。
ここは、個室である。贅沢にも、病棟の個室を与えてくれたのだろうか。お見舞いの皆様に囲まれて、英雄への扱いだと、一瞬だけ期待した。
本当に、一瞬だった。
この状況に、部屋の雰囲気に、違和感しかなかった。
病棟ではなく、お部屋だ。
だれの?
コハル姉さんであれば、ご実家に引き続いて、お世話になったと感謝の言葉を口にしなければならない。
目覚めたと同時に、幼稚園児のファンシースタイルであっても、仕方ないと覚悟が必要なのだが………
部屋のヌシが、ぬッ――と、姿を現した。
そのまま、扉をへし折っても不思議のないごつい腕が、手首に可愛らしいレースのリボンをしていた。
スカートはミニスカートで、ムキムキマッチョが、まぶしく輝く。
フリルもふんだんに、真紅のロングヘアーは三つ編みで、可愛らしいリボンがチャームポイントである。
レックは、悲鳴を上げた。
「ま、魔法少女だああああ」
魔法少女が、現れた。




