戦いの後は、蒸し風呂だった
柔らかな金髪が、額にへばりつく。湿度200パーセントとでも表現すべき、蒸し暑い空間の出来上がりだ。
むしろ、サウナだ。
レックは、肩で息をしていた。
「ぜぇ、ぜぇ………ったく、手間取らせやがって――」
MP表示が現れないことが、悩ましい。しかし、感覚として、なんとなく魔力の余裕が分かってくる。体力と同じで、あと少し、いけるか――程度の感覚でしかない。訓練をすれば、ギリギリだった色々が、すこし余裕になるのだ。
力を使いすぎて、ちょっと休みたい気分だった。
縛りプレイ・パート2が理由である。
レックのレーザーの射程は、魔法で強化された視力の範囲を超えて、木々をなぎ倒してしまう。エルフの国の巨大なる木々では問題にならない、すぐに数十メートルのレベルで、生えてくるのだ。
むしろ、モンスターだ。
しかし、植林したこのあたりの木々は、できれば傷つけて欲しくないという、それが依頼である。
モンスターの大発生は、下手をすれば国が滅びる大災害であるが、毎回のことであるために、できれば――という範囲が生まれてくるのだ。
災害が通り過ぎた、その後を考える余裕と言うものだ。
そのための、精鋭の投入である。シルバー・ランクになったばかりのレックも、そのためにランク・アップさせられたと、うなだれたものだ。
今は、暑さにうだっていた。
「これが、あと何回だっけ――」
エネルギー・チャージという気分で、下級ポーションに手を伸ばす。贅沢に使っても問題がない、栄養ドリンク感覚のアイテムだ。
そして、お値段もまた、効果も同じく栄養ドリンクである。
即効性と、魔力の少々の回復も考えれば、栄養ドリンクよりもお値打ちかもしれない。テクノ師団のおっさんから支給された回復アイテムだ。
追加で、補佐としてのベテランが送られてきた、そのお相手のために、縛りプレイがあると思っていたレックである。
実際には、加減が出来ないレックのため、ベテランのケンタウロス様が現れ、戦いの方法を考えてくれたわけだ。
上半身が裸で、下半身が馬の人がやってきた。
「いやぁ~、水浸しだなぁ~」
結構、熱そうだ。
ムキムキが、蒸し風呂効果でテカテカとしていて、輝いていた。
下半身の馬も裸の状態とするのならば、全裸のオッサンの接近である。そちら系統の同人誌では、レックは間違いなく、犠牲者であろう。
前世の思い付きが、恐怖である。何を思ってくれちゃってるの――と、心の中でプロレスファイトが発生している。
前世の浪人生VSレックの戦いは、不毛である。
水蒸気が、モワモワと湯気を上げている。これが温泉であればよいのだが、レックの放った放水攻撃の余韻である。
ついでに、煮えたぎったモンスターの残骸が、かなりうんざりとさせてくれる。ここがゲームではなく、現実だと思い出させてくれる光景だ。
香りもまた、現実だと思い知らせてくれる。
「ゲームの主人公達………きっと、嗅覚が死んでたんだな、うん――」
転生した。
それによって、前世の浪人生と、お調子者のレック少年の人格がタッグを組んだ状態になっている。
ぼんやりと、冷静に現実逃避をする今のような状態では、前世の浪人生の出番だ。受験勉強に取り掛かるために、1時間もかかる、自称・高校4年生である。
ネット接続までの決断は、5秒であった。
「そうだ、ボス部屋があったな。あぁ、ザコかと思っていると、どんどん増えて、アイテムが雑魚に奪われ続けて………ザコのくせに、ザコのくせに――」
脳内に、ボス部屋イメージがスクロールされる。
ザコなのに、少しの油断で肉薄されて、ゲーム・オーバーだ。強力な攻撃を放つボスとの戦いより、疲れたものだ。
強力なアイテムを惜しみなく投入しなければ、クリアできないのだ。
ゲームでの話だ。
目の前では、煮えたぎったモンスターの残骸が湯気を立てている。モンスターのごった煮と蒸し焼きと、その調理現場と思えば、耐えられるのだろうか。
ケンタウロスのゴルックさんの笑みが、引きつった。
「アイテム・ボックスに収納すればいいさ。じっくり時間をかければ、熱も冷めるさ………いや、容量が馬鹿でかいんだったな、食肉モンスターは全部収納か?」
イジメプレイ、発動だ。
レックは涙目になって、マッチョなケンタウロスを見上げる。
馬モードであれば、体格もややランク・アップの気がする。テクノ師団のプロテクトスーツが、どうしてあのマッチョを抑えられたのか、謎である。
おそらく、馬モードになった時点で、マッチョに変化するのだろう。人間とは異なる種族で、下半身が完全に別の生物へと変化するのだ。
下半身を覆っていた衣服がどうなったのか、この謎にツッコミをいれる勇気を持つことは、出来そうにない。
ザコでよかったと、レックは思いつつ、ザコゆえの悲しき宿命に立ち向かう。
「お肉の回収、いって参りやす――」
選択肢は Y / y であった
ご都合アニメであれば、戦いが終われば、ボロボロになった町並みは、元通りになるのだ。勝利の宣言と共に、倒されたモンスターや、破壊された家屋は全て、元通りになっているのだ。
この世界が、現実だと認識する場面は、いくつあるのだろう。
レックは、ぐちゃぐちゃになった草原を歩きながら、食肉になりそうなモンスターを回収していく。
当然、全てのクリスタルも回収する。魔力が蓄積された、モンスターの弱点と言うべき部位であり、アイテムだ。
どこにでもいる動物と、その動物とそっくりの見た目でも異なる存在、モンスターとの違いは、ここである。
例外もあるらしいが、とにかく、クリスタルだ。
「暑い――」
うだりながら、レックは集中していく。
先ほど飲み込んだ下級ポーションをリバースしそうになって、まだまだ戦いが残っていると、自分に鞭打つ。
この仕事が終われば、逃げ出してやる。
この仕事が終われば、次は絶対断ってやる。
そんな呪いのような言葉をつぶやきつつ、アイテムを回収していく。そうしなければ、やっていられないのだ。
逃げられないのだ。
「おぉ~い、ちゃんと探知魔法、つかっておけよぉ~」
遠くから、馬の人の声がする。
レックは、返事をする気力もなく、腕を上げることで返事をした。大声を上げれば、煮えたぎったモンスターの血肉の香りを、口いっぱいに吸い込むことになるのだ。
肉汁たっぷり、色々たっぷりエキスが、口の中を嘗め回すようだ。
「生き残りに備えて………って、スキル、たんち~」
投げやりに、つぶやく。
口を開くたびに、濃厚なモンスターの肉汁が口の中を嘗め回す感覚で、うんざりとする。しばらくは、野菜スープだけでおなかが一杯になりそうだ。
前世も、そしてレックもまた菜食主義ではなかったのだが、ここまで血肉にまみれていれば、キノコスープが至上になる。
さっそく、エルフの国のキノコスープが懐かしい。
しかも、動くのだ。
植物でもなく、動物でもない生物が、キノコなのだ。なら、歩いていても、串焼きにして、悲鳴を上げても、うごめいても、なにがおかしいだろうか。
トドメに、くしにさして、噛み千切ればいいではないか。
マグナムを、手にした。
「くらえっ」
ちょっと、あわてた。
投げやりに、探知を使っていてよかったと思う。動く気配は、肉眼よりも明確に、魔法の気配と動きも、なんとなくわかる。
前世では、得られない魔法の感覚である。
「ハンドガンでもよかったか?」
丸太を見下ろして、つぶやく。
あるく切り株と言う、植物系のスライムと言うモンスターだ。下級の植物系モンスターと言うのが正しいのか、この分類に意味はない。
うだる気分で、つぶやいた。
「あつい………――」
煮えたぎるスープは、おかわり自由であった。




