まるで、台風一過
草原に、ポツリとレックは残されていた。
「台風の目ってヤツか………」
なぜか、そう思った。
レックが心の中で、中佐殿――とお呼びしているテクノ師団の隊長さんが、原因だ。ヘリで、語ったのだ。
前世で例えれば、台風だ――と
モンスターの大発生を前に、笑っていた。
笑い事でないからこそ、笑っているのだろう、下手をすれば、国を捨てねばならない災害なのだ。
魔力が集まり、集まり続けて、大発生につながる。それは、一度発生すれば終わりというものではない、そのために、ギャグが放たれた。
草原に向けて、レックは叫んだ。
「だれが、うまいことを言えと――」
レーザーも、はなった。
もちろん、ケンタウロスのライダーさんとは、反対方向へ向けている。フレンドリーファイアーは、これで避けられる。
そう、傷一つ、つけてはならないのだ。
バイクのお方には、絶対にだ。
傷をつけたモンスターの皆様は、その怒りを買ったのだ。
怒りの突撃を受け、巻き添えでかなりの被害を与えている。もはや、あの集団は生きてはいまい。
チャージをしつつ、レックは振り向く。
「異世界ギョール、関係ねぇ~」
バイクが変身したロボットは、両腕を上げて、ポーズをつけていた。
異世界ギョールの妙技とやらは、とてつもなく人間くさい演技をしている。われ、ここにあり――とでも、叫んでいるのだろうか。それとも、オレが相手だ――と、威嚇をしているのだろうか。
相手になるには馬の人だ、問題あるまい。
「レーザーっ!」
ちょっと、ヤケだった。
これから、あと3ヶ所を回ることが、なぜか決定されている。この仕事が終われば、絶対に旅立ってやるという決意を込めて、叫んだ。
フラグだ――
頭の中の前世が、物知り顔で笑っている。
殴ってやりたい、それは、水面に映る己を殴るようで、とてもむなしい。馬の人に負けないように、レックはレーザーを乱射した。
「台風一過だろ、分かってるよ、一族でやってくる、ご一家って意味だろっ」
オヤジに、オフクロに、兄貴に姉貴に、オジキに――
ヘリの中にて、前世を日本人に持つもの同士で、テクノ師団のオッサンと語り合ったものである。
ギャグである。
台風の親分さんが、一家を引き連れてお出ましだ。『台風《《一過》》』という言葉は正しくない、一度だけ、通り過ぎて終わりになったためしがない。『台風《《一家》》』という表現が正しいだろうと、笑い合ったものだ。
何度も来るのだと、笑いあったのだ。
ヤケになって、当然だった。
「………はぁ、はぁ………おわったか」
フラグだ――
またもや、前世が笑みを浮かべた。ニヤニヤと口元をゆがめて、また、言いやがったな――と、笑ってやがるのだ。
その通りである。
ひづめの音が、近づいてきた。
ぱっか、ぱっか――と、馬の人が近づいてきた。
「よぉ、そっちも終わったか」
レックは、振り向く。
探知魔法は使っていない、そもそも、レックの探知魔法は、目視範囲よりも狭い範囲である。目視よりも詳細に、目をこらし、耳をそばだてても見落とす動きを察知できる。その意味で、大変ありがたい魔法なのだが………
その気が、起きなかった。
少々の見逃しは、もう、いいや――と
「ザコが少々残ってても、気にするな。ヤバイヤツを逃さなければいいさ」
機嫌よく、笑っていた。
後ろでは、バイクのロボット様が、腕を組んでいた。おまえ、なにもやっていないだろう――という、心のツッコミを、レックは必死で飲み込んだ。
バイクへの愛が重いケンタウロスなのだ。プライドを傷つけることすら、口にしてはならない。
レックの目線に、ケンタウロスは気付いた。
「ん?………あぁ、こいつのことか?」
レックは、冷や汗だ。
心でバカにしていることがバレれば、馬キックの餌食となる。馬キックは、巨大モンスターのイノシシをミンチにしたのだ。
レックがトラウマを抱えたボスのモンスター・イノシシを、ミンチにしたのだ。
レックの笑みは、引きつった。
「えっと………」
なんと答えればいいのか、レックの中の下っ端パワーは、相談していた。
下手な言葉は、死を招くのだ。
そのための、沈黙だった。
「あぁ~、そうか、そうか――おれはテクノ師団のゴルックだ。よろしくな」
巨大な手が、差し出された。
握手の求めに、レックは硬い笑みのまま、手を握る。
「へ、へへへ………レックっす」
しがない冒険者――
いつもなら、そのように自己紹介をしたはずだ。しかし、シルバーランクとなった今は、もはや不可能だ。
ザコなので――と、危険から逃げる手は、こうして奪われる。
下っ端として生きてきたレックは、下っ端でなくなった今、困っていた。
心は下っ端なのに、冒険者のランクは違ってしまったのだ。レックの心を置いて、上位者の仲間入りである、シルバーなのだ。
それに――
「シルバー同士、そして、転生者同士、仲良く――っと、オレの前世は、ギョールだ。さっき言ったが、オートマタって言うか、アバターを操るって言うか、そんなとこだ」
後ろでは、バイクのロボット様が、腕を上げていた。
テクノ師団のゴルックのオッサンの、相棒が変身したロボットだ。
両腕を天に向けるポーズが、お気に入りだろうか。強さをアピールしている、実際に、大型モンスターと互角に戦える力は、あるのだろう。
少しでも傷がつけば、大変だ。
馬が、お怒りだ。
「操る………ゴーレムとか、そのあたりの技術って、もしかして――」
異世界から、技術が持ち込まれる。
もちろん、技術者が転生しない限りは、ヒントに留まるだろうが、元からあった技術と融合して、発展につながる。
日本人も、ずいぶんと貢献したようだ。
文化の影響としては、食糧事情に調味料に、服装や名前や………エルフの国が、なんとも微妙である。
セーラー服のコハル姉さんの故郷など、古きよき昭和であった。
ケンタウロスの人は、ギョールと言う世界の出身だった。
「――ロボットって言うのか、操れれば、それでいいさ」
豪快な人だった。
細かなことにこだわらないという、とても付き合いやすい馬の人のようだ。バイク様に傷さえつけなければ、気のいいオッサンなのだ。
ゴルックという馬の人は、バイクを愛するあまり、そして、前世の再現をしたいあまりに、テクノ師団と関わったのかもしれない。
最新技術を手にする身分など、限られるのだ。
あとは、商品として扱う――
レックは、馬の足を見つめながら、思い出した。
「バイク………バイク屋さんも、ケンタウロス――」
共通点があれば、つい、口に出てしまう。知ってる、知ってる――と、無意識に思いついてしまうのだ。
それが、よかったようだ。
「おぉ、そうだった。聞いたぜ、相棒に名前をつけて――いやぁ、わかってるねぇ~」
豪快に、ゴルックという馬の人は笑った。
個人情報保護法など、この世界にはないのだ。おかげで共通点があり、仲良くなれそうなのだから。
仲間を見つけて、とってもうれしそうだ。
レックも、笑った。
「へへへ、エーセフって言うんです」
あと、3ヶ所も台風――ではない、モンスターの大発生と戦うのだ。仲良く出来そうであれば、とてもありがたい。
わざわざ、この馬の人と合流する意味も、すぐに分かるだろう。単純に、レーザーを乱射して終わり。
それで終わりであれば、楽なのだから。
「とりあえず、モンスターのクリスタルは、回収しようや。そうだ、レックの相棒にも、挨拶をしないとな?」
ゴルックという馬の人の言うとおり、地上の移動には、バイクである。レックのバイクは、山道でも、岩道でも問題ないタイプなのだ。
小さくても、パワフルなバイクである。
レックは宝石を取り出すと、腕を振り上げた。
「こいっ、エーセフっ!」
投げた。
ケンタウロスのバイク屋さんからは、やってはいけないと言われていた。しかし、バイク屋の兄さんもまた、宝石を放り投げて、相棒を呼び出したのだ。
かっこよければ、それでいいのだ。
宝石に封印された、小型バイクが表れた。
「………久しぶりだな、相棒」
山道や岩道でも問題ないタイプの、小型のバイクである。
本当に、どれだけ触れていないのか、レックは寂しく、とても懐かしく、バイクの背中をなでていた。
お久しぶりの、バイクである。
「ははは、バイク野郎め」
ケンタウロスのゴルックさんは、ご機嫌だった。




