馬VSイノシシ
勇壮なる、馬にまたがって弓矢を放つ民族。
ケンタウロスというモンスターは、そうした民が基にして生まれたのだと、なにかで読んだ記憶がある。
もちろん、前世の浪人生の知識だ。
凶暴な部族がいたり、賢者として、勇者を導いた恩人とも呼べるケンタウロスがいたりと、とても個性豊かだ。
人間と友好関係を築くことの出来る、数少ないモンスターであろう。
ただし、人間とは異なるのだ。扱いを間違えれば、手痛い反撃が待っている、本当に、気をつけねばならないのだ。
ひづめの轟音が、レックをビビらせる。
「馬、強えぇえええっ~」
蹴りまくっていた。
弓矢を放つでもなく、魔法を放つでもなく、馬で突撃、けりまくっていた。
ケンタウロスのライダーさんは、ぶち切れていた。
簡単な挨拶し貸していなかったが、絶対にふれてはならない一線というものを、レックは早々に理解した。
バイク命の、ケンタウロス様だと。
そして、前世を持つ。しかも、レックが初めて出会うタイプの、異世界の出身の馬の人である。
そして――
「バイクから変身って、お約束だもんな………自分の意思を持っているやつも、それなりに………」
バイクがロボットに変身して、腕時計で命令をしていた。
日本人の転生者もお手伝いしたのだろう、スーパー・ロボットのエルフちゃんも、往年のスーパー・ロボットと言うお姿のロボットを操っていた。
サポートメカとの合体という、オプションつきだ。
巨大ロボットを操縦する、それが当たり前という世界を、前世に持つエルフの女の子であった。
そして、日本人のお手伝いにより、かなり進化したようだ。
バイクの人も、進化をしていた。
ただ………
「『ギョールの妙技』――とか、言っていたけど、馬のほうが、強くない?」
失言に気付いて、レックは両手で口を押さえる。
聞こえていないと思う、怒りに任せて、下半身の馬でモンスターを蹴りまくっているケンタウルスさんである。
聞こえてしまったら、下手をしたら、あの馬のキックの嵐が、レックを襲いかねない。バイクを傷つける存在は、敵と言うケンタウロスである。
侮辱も含まれていれば、致命的だ。
ロボットの人は、手持ち無沙汰に、にらみを利かせていた。
ヘッドライトが、ちょっとカッコイイ。しかし、操縦者の馬が、馬車馬のように働いていらっしゃる中、後ろから見守っているのだ。
レックは、腰に下げている下級ポーションを取り出した。
「さて、のんびり休憩できるうちに、栄養ドリンク、ちゃ~じっ」
前世の、業であった。
下級ポーションは、お値段と、その効果はそのままに栄養ドリンクである。サラリーマンの皆様が、腰に手を当ててチャージする、アレである。
メーカーは様々に、忙しい朝には、くしゅ――っとつぶれる、ドリンクタイプの栄養補給も存在していた。
そう、味気のない朝食だ。
チョコレート味とか、フルーツ味とかはよいから、せめてトーストとバターの風味を、コーヒーブレイクの時間的余裕を、欲しいものだ。
つまらない記憶を思い出しつつ、レックは下級ポーションのふたを、くいっと開けた。
そして、固まった。
「………あれ?」
ポーションを握ったまま、レックは固まった。
下手をして、スフィア・バリアが崩壊するのではないか。それほどの動揺が、自分ではどうしようもない恐怖が、振るわせた。
命の危機だと、死ぬ――と、レックが恐怖する。
トラウマが、登場だ。
「い、イノシシのボスさん――」
転生者として覚醒したのは、命の危機がきっかけだ。
並みの冒険者では歯が立たない、巨大なイノシシのモンスターとの、遭遇であった。並みのイノシシのモンスターなら、リボルバーでも十分だ。そういう、普通の討伐に向かったはずだが、桁違いのサイズだった。
ゲーム・オーバーだ。
そして、覚醒した。
気付けば、目の前にはローストされたイノシシが横たわっていた。いったい、どのようにして倒したのか、いまだ不明である。
そう、ローストだった。
ローストとは、炎系統である。
なのに、レックの攻撃魔法は、全て水系統である。エルフの国では、ついにそのなぞは、明らかにできなかった。
代わりに、派生型は、色々進化した。バリアもまた、水鉄砲を放つための水球の、変化である。
岩石や丸太の雨あられと言う、砲撃の雨を耐え切るレベルだ。
かつて恐怖した巨大なイノシシのモンスターなど、怖くないはずだった。だが、理屈を超えた恐怖が、レックの判断を鈍らせた。
警告に、叫ぶべきだった。
「ヤバイっ、ライダーさんの方向へ――」
これが、トラウマというものだ。
前世の浪人生も、固い表情でたたずむ。なぜか、暗いステージで、自分だけにスポットライトが当たるイメージである。
余裕なのが、不思議である。
レックには、余裕がなかった。
イノシシのボスの注意を引くため、サブマシンガンを集中砲火すればいい。フレンドリー・ファイアーを恐れた攻撃でも、注意を引ける。
そして、叫べばいい。バリアに突撃されても、今のレックであれば、無傷のはずだ。
それなのに――
「うわぁ~――」
レックは、末路を見た。
ボスの、登場だ。
恐怖にすくみ、警告すら出来ない自分が情けなかったが、なかったことにしたい。
どちらがモンスターか分からない、ケンタウロスのライダーさんは、すでにイノシシのボスさんに向けて、突撃していた。
ひづめの振動で、察知したのだ。
ひづめなら、勝負――といわんばかりに、突撃した。
「馬だろ、馬だろ――」
イノシシと、どちらが強いのだろうか。
イノシシを上回る突進力に、イノシシのボスさんが、哀れに思えてきた。トラウマに震えて、恐怖した先ほどまでの自分が、遠い出来事だ。
馬キックの嵐で、ぼこぼこだった。
肉は、よく叩くと柔らかくなるという。骨まで粉々のミンチは、さぞ、食べにくいことだろう。
「帰っていいッスか?」
レックは、つぶやいた。




