変身ライダー・登場
バルルルル~ン―――
ご機嫌な、バイクの音が近づいてきた。
ついでに、モンスターの皆様を吹き飛ばしていた。
突撃するだけで吹き飛ばすとは、さすがは、大型バイクである。ちょっとした、イノシシ・モンスターの突撃を上回る速さと、そして、バリアの効果だろう。
この世界のバイクは、ややSFなのだ。
「いっけぇ~っ、やっちまえぇえええっ」
レックは、ご機嫌だった。
モンスターは、敵対する存在や、大きな音をさせる存在に突撃する習性がある。破壊衝動のみの存在ゆえに、モンスターなのだ。
その習性を利用して、冒険者はモンスターをおびき寄せたり、逆に気配を殺して、ピンチを切り抜けたりする。
爆音をとどろかせるバイクは、モンスターたちに大人気だ。
バイク野郎のライダーさんも、ノリノリだ。
「――いいぃぃ、やっほぉおおおおっ~!」
レックの耳に、ご機嫌な叫び声が届く。バイクの爆音に混じって、耳に届く声はかすかであったが、それでもはっきりと、ご機嫌だと届いてくるのだ。
これで、安心だ。
ちょっと、日曜朝の、バイクに乗ったヒーロー様の登場を期待したのは、前世の業と言うものだ。
日本人の汚染が当たり前と思っていることも、理由だ。
「まぁ、これで楽になるかな」
緊張していたと、レックは感じた。
ようやく、息を吐いたように、どっと、全身がしびれてきた。油断をして、スフィア・バリアまで解除しては危険だ。まだ、レックめがけてモンスターが襲ってくるかもしれない。大発生の中心地なのだ。
正しくは、その中の一つである。
それは、あと少しで過去形になりそうだ。気付けば、レックがレーザーを放ったように、広々とした空白地帯が生まれていた。
また、モンスターの皆様が集結してくるまで、時間の余裕があるようだ。バルルルルン――と、バイクの音が近づいてきた。
突撃でないと分かる、通常の駆動音である。
まさか、おふざけ半分で、レックに接近するときまで、爆音を響かせて突撃する可能性もあったのだ。
常識のあるライダーさんに、レックは感謝をしていた。
顔が見えてきた、テクノ師団と同じく、アリ頭であった。
「待たせたな~っ、道が混んでてよぉ~っ!――」
大声で、レックをめがけて、手を振っていた。
レックも、手を振って挨拶をしていた。大声を上げなくても、どうせ近づいているのだ。挨拶はそのときでいい。
微妙な顔も、そのときまでには何とかなるだろう。ファンタジーな世界において、ちぐはぐな現代の風景に、不思議な気分だったのだ。
ライダーは、目の前で止まった。
アイドリング状態で、短い周期のドドドドド――というバイクの音が響いているが、今まで、大音量に鳴らされていたのか、静かに感じた。
片足を地面についたまま、いつでも急発進できる状態で、アリ仮面のライダーさんは、挨拶をしてきた。
「よぉ、待たせたなぁっ!」
バイクの音に負けない、大声だった。
アリの頭のようなヘルメットに、甲殻類の装甲にそっくりなアーマーは、テクノ師団に違いない。
しかし、単独行動を許されているということは、凄腕なのだろうか。
しかも、バイクだ。
レックは、挨拶を返す。もちろん、下っ端パワーで、相手を怒らせないように気を使うのだ。
初対面は、肝心なのだ。
「へへへ――ギリギリっす」
レックの足元には、空になったマガジンが転がっていた。残り3セットと、余裕があるとはいえない。
本当に、ギリギリだった。
アイテム・ボックスに回収しながら、レックは、笑顔が硬くなっていないか、少し心配になった。
コイツとの合流が予定されていなければ、レーザーで一網打尽だったのではないか。強引な縛りプレイで、冷や汗をかいたのだ。
納得すべき、理由の説明を求めたい心境だ。
聞かなければよかったと、後悔した。
「よく耐えたな、一人で、《《残り3ヶ所》》も向かうって言うんだから、無茶だぜ。その心意気は、すげぇけどよ?」
本当に、後悔した。
どのようにライダーさんに伝わったのか不明だが、散々に、盛られたようだ。
レックは、自分を指差して、震えた。
「………えっと、オレっちが………残り3ヶ所?」
そんな宣言をしたことがなく、むしろ、シルバーにランク・アップを強制されて、困ってしまったレックである。
底辺冒険者として、そこそこ稼いで、あとは気ままな一人旅を楽しむ予定だったのだ。
マヨネーズ伯爵のように、人生をかけて、前世の何かを再現するのもいいだろう。なにが出来るかわからないのだから、旅に出よう――と
不思議を探しに旅立とう―――と………
甘かったようだ。
「まぁ、《《転生者同士》》ってことで、よろしくなっ!」
一切、レックの話は聞いていないようだ。
背丈は190センチほどと、巨体だ。エルフの兄貴達ほどではないが、レックは見上げて話さねばならず、首が痛かった。
そして、マッチョだ。
そして――
「………《《転生者》》?――」
レックは、固まった。
転生者が自分だけではない、それは、転生した初日に知った。テクノ師団の隊長さんが、前世を日本人に持つ、転生者のおっさんだった。
そして、レックが身を寄せていた街の、マヨネーズ伯爵の先代様も、前世が日本人であり、しかも、マヨネーズをこの世界に再現し、普及させた偉人なのだ。
他にも『ミソ将軍』に『しょうゆ仙人』と言う名前がある。かなり昔の人物であろうが、たびたび耳にする程度には、転生者が存在するのだ。
そして、日本以外からも、転生者がいる
「………えっと、いつの――いや、どこの世界でしょうか」
前世に引きずられるのも、日本人だけではない。
巨大ロボットを乗り回すエルフに、自らを巨大化させて戦うドワーフにと、それぞれ日本以外の前世の持ち主だ。
巨大ロボットが歩き回る世界に、自分を巨大化する薬品が普通にある世界。
口伝えだけなので、想像力がたくましい。おそらく、日本人の自分が、日本の暮らしや風景を口伝えしても、そうなのだろう。
「話は後だ――」
親指で、くいっと自らの背後をさしていた。
バイクのバックミラーが、教えてくれたらしい。巨体のバイクの後ろから、モンスターの皆様が集まってきた。
まだ、距離に余裕はあるが、レックは緊張した。戦いは、終わった。そう思っていたが、やはり早かったようだ。
そして、休息もなしに長時間戦い続けるのは、許して欲しかった。ポーションで回復できると言っても、しっかりと休みたいのだ。
この場の戦いが終われば、帰れる。
それが、甘かっただけだ。
《《残り3ヶ所》》も攻略することが、決定されたのだから。帰ったら、絶対に文句を言ってやると、レックは空を見上げた。
偉い人に逆らえないが、文句を言ってもいいだろう。これは、契約違反だと、冒険者として文句を言うのは義務でもあるのだ。
返ってくる答えが、なぜか予測できていた。
転生者だろ?――と
勇者だろ?――と
そう言われて、ごまかされる未来が見えて、フラグだ、フラグった――と、すでに嫌な汗がだらだらだ。
バイク野郎が、いい笑顔だ。
「任せろ、異世界の技術を、見せてやる」
ヘルメットをかぶったままだが、いい笑顔だと分かる。それは、口調の変化と、親指の、サムズアップが教えてくれる。
バイクから、やっと降りた。
同時に、ボタンを押していた。
「バイ~ク………変身っ!」
バイクのではない、腕時計のボタンだ。
どこかのヒーローショーを、見ているような光景であった。
「ライダーだ、やっぱり、変身―――ん?」
やはり、日本人がやらかしていた。
あるいは、スーパー・ロボットのエルフちゃんと同じく、日本人とタッグを組んだのかもしれないが――
バイクが、輝いていた。




