強制ランク・アップ
レックは、金髪ボウヤといわれても否定できない、15歳の少年である。体格はややひ弱で、ミニスカートは、太ももがまぶしいエルフの国の日々であった。
おっさんは、そんなレックよりも小柄だった。
「………ギルマス?」
どこにでもいる、事務員のおっさんだ。
本当にギルマスなのかと疑う………それ以前に、おっさん、そこにいたのか――と言う、影の薄さである。
そんな失礼な感想を抱いていたのは、レックだけではなかった。
「………あぁ、ギルマスか、びっくりした」
「おまえ、さすがにそのネタは――同感だ」
「事務員のおっさんにしか見えないからな」
「魔法使いの格好してたら、まだ分かるけどよ」
「事務員のおっさんだもんな、どう見ても」
冒険者の、共通見解のようだ。
ベテランさんまで、同感だとうなずいている。このネタのために、もしかして目立たない事務員のおっさんスタイルを選んだのではないか。
エルフちゃんが、レックの耳元でささやいた。
「執事さんのほうが、ギルマスに見えるよね」
イタズラっ子の笑みではなく、本気で、そう思っているお顔だ。
失礼なエルフちゃんだが、まさにその通り。上半身が人間離れの執事さんは、岩も砕くだろう。執事服を着ているのが、冗談でしかない、執事さんだ。
事務員のおっさんにも、しっかり届いているヒソヒソ話である。ニコニコしながら、照れ笑いをしていた。
「まぁ、まぁ………ご存じない方もいらっしゃるようなので、一応自己紹介を――」
事務の面接が始まります。
おっさんは、そのように切り出しそうな雰囲気で、自己紹介を始めた。本当に、この支部のギルドマスターだと。
そして、ギルドマスターだという自己紹介だけで終わった。
「………そんだけっすか?」
「はい、ギルドマスターです」
食えないおっさん――という感想すら浮かばない。本当に、なに者なのか疑問が沸き起こって仕方なく………
どうでもいいと思えてきた。
「いやはや、ランク・アップが遅れたようで、もうしわけありませんねぇ~」
レックのことである。
そして笑顔が、とっても硬くなった。
国境の町では、ランク・アップを断ったはずだ。お相手は、地獄の鬼というギルマスだった。しかし、レックは勇気を振り絞って、小物パワーをフルパワーにして、お断りしたのだ。
遠慮します――と
それなのに………
「大発生だと、大変なんです、はい。並みのマジカル・ウェポンが通じないとなると、いやはや、こまりましたなぁ~………中級魔法で攻撃しても、しぶといの何の――」
事務所で、お茶をしているおっさんだ。
しかし、語っているのは町の危機である。並みの攻撃が通じない、そんなレベルのモンスターに対抗できる冒険者が、どれだけいるだろうか。
中級魔法すら通じない、レックはレーザーを耐えたボス・オーク3兄弟との戦いを思い出して、冷や汗をかき始めた。
直撃しても、かすっただけでは、かすり傷だったのだ。カノン系の威力があるといわれた、直撃だったのに………
先輩冒険者の皆様は、そんなレックを見て、優しい笑みを浮かべた。
「どうした、シルバー・ランク?そんなに震えて」
「ははは、シルバーと言っても、まだまだガキさ」
「しかし、安心しろ、俺らがちゃんとサポートしてやるさ」
「だがよ、巻き添えは勘弁だぜ?」
気のいい冒険者の先輩達が、いい笑顔だ。
レックは、愛想笑いであった。
おびえていたのは、モンスターを思い出していたからではない。エルフの皆様の宴会風景を思い出して、おびえていたのだ。
ボス・オーク3兄弟が、食材扱いだった。
果物を口に加えた、兜焼きに群がる、悪魔の群れであった。
ゴリラが、戻ってきた。
「レック殿、まずはシルバー・ランクの<下級>でございます。今回の討伐が成功の暁には、<中級>へのランク・アップが――」
レックに冒険者証を差し出しながら、説明を始めていた。
シルバー・ランク<下級>に上書きされていた。下級ではあるが、シルバーという称号は、レックには重たいものだった。
「オレっちが、シルバー………?」
とっても責任が重く、そのために、国境の町でギルマスのお誘いを断ったのだ。シルバーになれば、大変に厄介だと。
今回のように、厄介だと。
「いやぁ~、あっしのような若造にそんな、そんな――」
へへへへへ――と、下っ端パワーで、へこへこと頭を下げながら、受け取った。
この様子を見て、だれが思うだろう。レックが、上級魔法を、しかも、オリジナルの『トルネード』を放つことが出来るのだと。
コハル姉さんが、レックの腕にしがみついた。
「ちょっと、そんな調子に乗ってて、油断したら危ないんだから。今回は私、別行動なんだからね?」
お姉さんぶっていた。
どうやら、レックが調子に乗っているように見えたのだろう。しかしレックは、調子に乗っているのではなく、勘弁してくれと愛想笑いの最中だった。
下っ端パワーで、厄介ごとを押し付けないでくれ――と
他の皆様には、通じたのだろうか。そんな希望を抱いてはいけない、皆様、生き残りをかけて戦い、生き残った方々である。強い攻撃力を持つ冒険者が参加してくれれば、生き残れる確率が上がるのだ。
ニコニコと、笑顔だった。
ウェルカム――と
事務員にしか見えないギルマスと、ゴリラのようにごつい執事さんは、コハル姉さんの前で腰を低くしていた。
「ポーションの妖精さまは、上級ポーションの作成をお願いいたします」
「いやはや、いつもすみませんなぁ~」
「………分かってるわよ、ちゃんと作るわよ」
ご不満ながら、了承していた。
レックは、声をかけそうになった。一緒に討伐チームに参加してくれと、いまこそ、ヘビー・マシンガンが必要なのだ――と。
しかし、全員のポーションを準備するほうが優先なのだ。
ここで、レックは思いついた。
「あのぉ~、こういうときのために、テクノ師団――」
最後の希望だと、いい思い付きのつもりだった。
この世界はややSFなのだ。ファンタジーでありながら、武器や技術は、近代的な特殊部隊の、ヘリで移動する方々だ。
任せてしまえばいいと。
「………あれ、みなさん?」
冒険者の皆様は、レックを見ていた。
レックはすぐに、己の失態を憎むことになる。なれなれしく、レックの頭に手を置くおっさんは、誰だろう。
フラグを、自分で立ててしまった。
なつかしい、中佐殿――と、レックが心で名づけたおっさんがいた。
「レック………だったな、転生してから2ヶ月になるか、いいや、3ヶ月か?」
後ろには、アリ仮面の皆様もいた。
フルフェイスのヘルメットは、アリの頭のようなつくりで、トランシーバーのような通信機能もあるのだろう。赤外線センサーも、もしかしたらセットかもしれない。
全身を、甲虫の害骨格のような装備で、並みのモンスターの攻撃ならば、防いでくれそうなフル装備だ。
中世ファンタジーの定番、全身甲冑よりも軽く、そして、頑丈そうなフル装備の一団が、レックが転生して初日に目にした、異世界の皆様だ。
ややSFだと、レックが初日でであったテクノ師団が、現れた。
「バイクの一人旅に出たって聞いたけどな………転生主人公よ、出番だぜ?」
サムアップで、親指を立てていた。
逃げるなよ――と、いい笑顔だった。




