冒険者ギルドの、面倒ごと
金髪のツインテールが、楽しそうにゆれていた。
「あぁ~………フラグった、フラグったぁ~」
リボンのカラーは真紅で、少し金属の輝きもある。
レックが思ったセリフを、コハル姉さんが口にしていた。勝利を得たという、うれしそうな笑みだった。
気分は、流行語の先取りだろうか。夏休みが終わり、元気をなくしていたエルフちゃんは、調子を取り戻したようだ。
微妙な顔で、レックはつぶやいた。
「………フラグった………」
冒険者ギルドにて、お子様コンビが場違いだ。
レックはガンマンスタイルでも、セーラー服のコハル姉さんと同じく、子供のごっこ遊びに見えなくもない。
15歳男子であるレックは、まだまだセーラー服が似合うお年頃だ。
もちろん、フリルたっぷりの、ミニスカートである。
マヨネーズ伯爵の使いのゴリラに案内されたのは、そんなレックとコハル姉さんには縁がなさそうな、むさくるしさ密度が300%の空間だった。
本日の冒険者ギルドは、満員御礼だ。
案内ゴリラが、振り向いた。
「レック殿、シルバー・ランクへのランク・アップ、おめでとうございます。遅ればせながら、我が主からも、祝福のマヨネーズの小瓶を一年分、アイテム袋に――」
何か、言い出した。
マヨネーズ伯爵の紋章つきのアイテム袋が、レックへと差し出された。断るわけにもいかず、無意識に手が伸びるレックは、素直な少年だ。
一年分がどれほどの分量なのか、腐らないか心配になったレックである。まさか、『伝説のマヨ・ラー』を基準に考えられているのなら、恐ろしい。
手のひらに山盛りを、毎日食べる自分を想像して、愛想笑いを決め込んだ。
「は………ははは、ありがとうござい――ところで、シルバーって聞こえたんでやんすが、あっしはブロンズの――」
厄介ごとの予感しかない、フラグだった。
冒険者ランクを意識するのは、お久しぶりだ。そう思いつつ………厄介ごとを押し付けられる予感に、凍りつく。
フラグだ。
国境の町では、巨大ホーン・ラビットの群れを撃退した功績で、ブロンズの中級から、上級を飛ばしてシルバーにランク・アップするという事態になりかけたのだ。
厄介ごとを押し付けるための、特例措置だろう。レックは、必死に小物パワーをフルパワーにして、ご遠慮申し上げたのだ。
証拠を、取り出した。
「ほら、執事さん、あっしはしがないブロンズで――」
強奪された。
しがない底辺冒険者でございやす、やっかいごとなど、勘弁してください――と、そんな小物のセリフを口にしようとする前に、強奪された。
レックも、それなりの修羅場を経験してきた。
具体的には、エルフの国でのモンスター退治である。外の国々では、町を、国を捨てる覚悟が必要な、災害だ。
生き延びたレックは、少しは調子に乗ってもよかった。
そんなレックだったが、反応すら、出来ずにいた。
「………え?」
相手は、伯爵閣下の執事様である。
お使いを頼まれているということは、代理人と言うことで、逆らうことは何を意味するか、レックには分かっていた。
上には、逆らうな。
それが、どこでも生きていける、下っ端レックの生きる知恵である。むしろ、本能である。
腰を低くして、お伺いをした。
「へへへ………あのぉ~、執事さん、それはあっしの冒険者証なんですが………」
なぜ、強奪したのか。
その続きを口にする事は、出来なかった。
しかし、口にする必要なく、フラグを宣言する必要なく、確定していた。シルバー・ランクへのランク・アップを祝福されたのだ。
面倒を押し付けられないよう、ブロンズにとどまったつもりのレックである。
ゴリラは、わざとらしく驚いた。
「いけませんな、シルバーの実力がありながら、なぜブロンズのままなのか………レック殿、こういった手続きは、こまめになさったほうがよろしいかと――」
ギルド職員も、グルだった。ゴリラの後ろからおっさんが覗き込んで、受付嬢まで一緒に、驚く演技をした。
「おやおや、まだ更新されていなかったようで………ギルドの恥ですな。では、実力にふさわしく、シルバー・ランクにアップの手続きを――」
「は~い、ただいま手続きいたしますぁ~っす」
レックの冒険者証は、連行された。
レックの運命が、これで決まってしまう。厄介ごとを便利に押し付けられる身分が、押し付けられるということだ。
レックは、腕を伸ばした。
「オレ、ブロンズ――」
ブロンズのままで十分です――
そんな言葉は、口から出されることなく、消えていく。すでに、冒険者ギルドと伯爵様が、手を組んでいるのだ。
上の皆様が仲良く、タッグを組んでいた。
なのに、小物のレックが口をはさめるわけがない、偉い人には、逆らえぬのだ。
お隣のコハル姉さんでさえ、マヨネーズ伯爵からの呼び出しに、素直に従っているではないか。
何か契約をしたのか、契約には素直に従うのがエルフなのか。
いいや、契約に厳しいのは悪魔だったかと、宴会を思い出し――
レックは、青い顔だ。
「シルバーへの強制、ランク・アップに、コハル姉さんの呼び出し………ポーションが足りないって………やっぱ、大発生?」
「でしょうね………いつもは、2ヶ月は任せてるのに、上級ポーションが底をつくなんて、よっぽどでしょ?」
レックの予感に、コハル姉さんは当然でしょ――と、同意をした。
周りの怖い方々も、仲良く笑顔だ。
見た限りでは、大怪我をしていない。しかし、コハル姉さんを見る瞳が、大変な事態だと物語る。
尊敬の、眼差しだ。
命の恩人へ向けて、崇拝目線が集中放火しているのだ。あなたのおかげで、助かりました――という、尊敬の瞳の、多いこと、多いこと………
レックは、恐る恐ると、手を上げた。
「あのぉ~………オレっちが呼び出し食ったのは――」
レックは、心では開き直っている。
卑怯者よと、笑ってくれ――と、逃げ腰気分だ。ヤバイ現実からは、距離をおきたいザコなのだ。
エルフの国では調子に乗ったが、人間の国に戻ってくれば、もとの底辺冒険者のレックとして、危険に敏感なのだ。
逃げて、いいですか――と、手を上げたのだ
おっさんが、答えてくれた。
「そのことは、ギルマスである私から話すべきですな」
おっさんだった。
地獄から舞い戻ったようなギルマスを思い出し、レックは思わず、身構えてしまった。だがそれは、国境の都のギルドマスターだ。
事務職員のおっさんが、現れた。
「どうも、この支部のギルドマスターでございます」
とっても、腰の低いおっさんだった。




