ツナマヨおにぎり、再び
レックは、銀貨を握り締めていた。
「1ポドル銀貨さん、あんたを使うのも、久しぶりだな………」
前世の感覚でいえば、50円玉サイズである。
ただし、銀貨であるために、コインとしての価値は、50円どころではない。けたがひとつ上がって、500円ほどだろう。
そんな感想を抱くのは、ずいぶんと久しぶりだった。
エルフの国では、お金を支払うことはなかった。食事も住まいも、たくさんのファッションショーの全ては、無料だったのだ。
今更ながら不思議だが、これからは必要である。 おにぎり屋さんの売り子さんが、にこやかにほほ笑んだ。
「はい、ツナマヨおにぎり2つですね――50セスになります」
レックは値段を知っていたため、1ポドル銀貨を手にしていたのだ。
この町の名物で、そして、前世のお気に入りだった。
コンビニでは、必ずといっていいほど、足を向けるコーナーである。百円均一に見えて、消費税もあれば四捨五入で200円だろうというおにぎりもあった。
おかかに、梅干に、もちろんシャケも外せない。だが、一つを選べと言われれば、何を選ぶだろう。
ツナマヨだった。
支払いを終えると、一つを、お子様エルフに差し出した。
「コハル姉さん、どうぞ――」
「………ん」
なぜか、一緒にいた。
そして、コハル姉さんらしくなく、元気がなかった。
それでも、ファッションは乙女の命らしい、ぶかぶかなセーラー服に、本日の気分はツインテールだ。リボンのカラーは真紅で、少し金属の輝きもある。
幸いにして、レックはセーラー服ではなく、旅立ち初期のガンマンスタイルである。
二人でそろって、名物ツナマヨおにぎりをほおばった。
「キュー○ーに………○ューピーに………」
キュー○ーに謝れ――
目の前の、おっさんの銅像を見上げて、レックは久々の感情に支配されていた。キュー○ーマヨネーズの、あの天使様そっくりの、おっさんの銅像だった。
偉大なるマヨネーズ伯爵をたたえた、銅像だ。
ツナマヨおにぎりが名物で、初代マヨネーズ伯爵の銅像がちらほらと見える、ここはマヨネーズ伯爵の都である。
コハル姉さんに元気がないのは、夏休みが終わったからだ。
なぜか、レックもマヨネーズ伯爵の都に戻っていた。ホームと言うものは決めていないが、ここが転生者としてのレックのスタート地点だった。
戻ってきた方法が、納得できなかった。
「この世界は、ややSF………か」
「………SF?」
コハル姉さんが、ようやく反応をした。
レックのコレジャナイ――を感知したようだ。その原因が自分達であるという自覚はなく、驚くレックが面白いのだ。
勇者(笑)が来たと、喜ぶエルフの一人なのだ。
お客を狙って、新たな売り子さんがやってきた。
「………えぇ~、昆布茶、梅昆布茶ぁ~、一杯10セスでぇ~――」
微妙な気分になったレックは、アイテム・ボックスから20セス銅貨を取り出した。先ほどのおつりが、ちょうど役立ってくれる。
せっかくのツナマヨおにぎりである、飲み物にもこだわりたいものだ。
ウーロン茶のペットボトルを購入するか、公園の水のみ場で済ませるか――
前世の寂しさは、今のレックには関わりのないことだ。レックは、迷うことなく梅昆布茶を購入、コハル姉さんに渡した。
ミソやショウユに照り焼きにと、慣れ親しんだエルフである。梅昆布茶を渡しても、問題ないと思ったわけだ。
当然のように、受け取っていた。
「ん………」
問題なかったようだ、コハル姉さんは、頬にご飯粒をつけた状態で、すすす――と、梅昆布茶をすすっていた。
この様子は、妹の世話をしている兄と言うか、年下の彼女に従う恋人か………
ロリババ――という単語は、即座に封印だ。
にっこり笑顔のエルフちゃんが、こちらを見ていた。
「………ボウヤ、なにか失礼なことを考えてない?」
レックは、愛想笑いでごまかした。
見た目は12歳のお子様で、セーラー服姿でお姉さんぶる、しかし生きた年齢は不明というエルフ様だ。
小物パワーで、対抗だ。
「へっへっへ………いやぁ、まだ驚いてるんでやんすよ。朝はエルフの国にいたのに、昼前に、ここでおやつを食べてるんでやんすから………転送装置?………転送魔法?って言うんでやんしたっけ――」
驚いたのは、本当だ。
旅立ち気分のレックは、なぜか、コハル姉さんとご一緒に、マヨネーズ伯爵へと戻っていたのだ。
それも、一瞬でだ。
「コハル姉さんのお店、故郷までひとっとび~――なんつって」
今まで入ったことのないお部屋へと案内されて、エルフ母娘………でなく、エルフ姉妹が宣言したのだ。
『『――上へまいりまぁ~すっ』』――と
いつもなら、元気に参加するコハル姉さんは、お休みが終わりと言うためか、元気はなかった。
レックも、元気はなかった。
「はは………わが相棒エーセフよ、お前の出番は、いつなんだろうな………」
懐の宝石に思いをはせて、ため息をついた。
ツナマヨおにぎりは、二人の若い胃袋が、たちまち平らげてしまった。もう一つ注文しようかと迷っていると、呼び出しを食らった。
ピリリリリ――と、なりだした。
誰がこのような音を出すというのか、コハル姉さんが、どこからともなくケータイを取り出した。
「………うん、ううん、そう、いつものトコ――」
コハル姉さんが、誰かとお話している。
このタイミングであれば、誰かは分かっている、そして、その誰かは近づいてきた。
いつか見た、執事服を着たゴリラがやってきた。
「………お久しぶりでございます、では、ご案内を――」
マヨネーズ伯爵の、使いであった。
ゴリラのごっつい手では、ケータイが壊れそうだ。――というか、ケータイをお持ちだったようだ。さすがは、マヨネーズ伯爵の使いである。
すぐ目の前にいたのに、わざわざケータイを使ったのは、何かの様式美なのだろうか。
レックは、ゴリラの背中を見て、疑問を抱いた。
「………あれ、伯爵のお屋敷に行くんじゃ………」
「あぁ、レックには言ってなかったっけ………目的地は、冒険者ギルドのなのよ」
元気のない理由が、なんとなく分かってきた。
やりたい事を、やりたいようにするのが自由なエルフである。誰かに頼まれて、大忙しとなる気分は、お嫌なようだ。
大忙しの気配に、巻き添えを食らったレックは天を見上げた。
「久々の、フラグっすか………」
「えぇ、回収されるよ、フラグった~――ってね」
ポーション職人が緊急に呼び出しを食らう。
たちどころに、在庫がなくなる事態が起こったというわけだ。そして、伯爵のお屋敷で説明をされるのではなく、冒険者ギルドに直行なのだ。
前世だけが、喜んでいた。
イベント、発生だ――




