魔法の基本は、連射だった
エルフの国は、100メートルを超える巨大な木々でいっぱいだ。
町は、木々の隙間にある、小さな空き地でしかない。例えるなら、広大な砂漠に点在する、オアシスのようなものだ。牧場に交易の都に、そしてもちろん、古きよき昭和の町並みがある。
そして開発中の土地と言う、荒野も存在した。
コハル姉さんは、仁王立ちだった。
「いいわね、《《レック》》。ちゃんと見てなさいよっ」
腰に手を当てて、偉そうだった。
レックの名前を呼び捨てにして、師匠を演じているようだ。あるいは、お姉さんぶっているお子様だろうか。
周囲には輝く小さな星が、ピカピカと光って、目がチカチカする。指先サイズの小さな輝きが、少なくとも10ヶは輝いていた。
そして――
「ショット系でも、連射すると――」
ドドドドドド――
連射された。
標的は、伐採予定という巨大なる大木であった。根っこをめがけて連射して、大量の土煙と共に、木片も飛び散った。
二人のミニスカートも、激しく波打っていた。コハル姉さんは白で、レックは紺色のセーラー服であった。
「すげぇ………下級魔法なのに――さすが、コハル姉さんっす」
レック――と、名前で呼ばれるようになったのは、いつからだったろうか。下っ端パワーは今日も絶好調に、ゴマをすっていた。
ここは、闘技場ではない、エルフの国の荒野だった。練習のための場所だと分かる、草がまばらに生えているだけの、荒野だ。ついでに土地開発をして欲しいという、練習場である。
レックは、最近はこの練習場へ通っている。
「えっと、レックの世界だと『3点バースト』って言うんだっけ?もうスクロールにも載ってると思うけど………見ての通り、連射すれば中級くらいの威力になるのよ」
コハル姉さんの周りには、光の粒が回っていた。
コハル姉さんによってミンチにされた、オークたちの魂のようにも見える。もちろん違う、指先サイズの、ショット系の輝きであった。
弓矢の攻撃よりは威力があり、並みのモンスターであれば、十分だ。先ほどは10粒以上を連射して、砲撃並みの威力を誇った。
そして――
「カノン系なら………このくらいかな?」
指先サイズの輝きが、今度は握りこぶしサイズになる。
レックも生み出している、水球サイズだ。中級の攻撃魔法の一つ、カノン系の輝きである。属性があれば、ファイアー・カノンや、ウォーター・カノンと呼ばれる。
サイズのだけでも明らかに、威力が高そうだ。
即座に、連射された。
「………うわぁ~」
爆風が、二人のツインテールを激しく揺さぶった。
ミニスカートも、大きく暴れている。ショットの連射に比べて、桁違いの破壊の嵐であった。
ドドドドド――と、派手なことだ。
これでは、ヘビー・マシンガンの連射のほうが、まだ威力が抑えられるというものだ。木の破片は、なにかの燃料にでも使うのだろうか………
「下級魔法だと、貫通力のアロー系に、切断のカット系に………威力を上げると中級で、ジャベリンとか、スラッシュとかになるわけね」
コハル姉さんは、指折り数える。
周囲の光の粒は、弓矢の形になったり、三日月の形になったりと、揺らめいている。さすがはエルフである、すべての魔法を使えるようだ。
レックは『爆炎の剣』のカルミー姉さんに魔法の基礎を教わり、そしてスクロールでも学習している。レックの中で、スクロールというか、ビデオで紹介された魔法攻撃が回想されていた。
ほとんど習得できなかったが、さすがはロリババだと――
「お兄ちゃん、何を考えていたのかなぁ~?」
気付けば、レックを見上げていた。
わざとらしく、『お兄ちゃん』呼びをしているが、瞳は一切笑っていない。レックがここで下手な言葉を放てば、死を意味するのだ。
具体的には、カノンの輝きに襲われることだろう。衛星のようにくるくると、レックの周囲を包囲していた。
小物パワーで、対抗だ。
「ははははっ、何をおっしゃいますやら、毎日コハル姉さんの魔法を見せてもらって、もう、驚いちゃって、ボク、こまっちゃうなぁ~」
どのようにして手に入れた力なのか、レックの命を一番救っているのは、この、小物パワーかもしれない。
スーパー・ロボットを操る美少女パイロットこと、ラウネーラちゃんの登場以降、ご機嫌が悪くなりやすいのだ。
幼馴染の女の子同士の対決だ。
私のオモチャをとるな――という、お子様の警戒心が、丸出しだった。
「あとは、魔力をたっくさん込めて、爆発力がつくの。カノン系の上位でボムって言うのかな。炎属性ならファイアーボール………ひとつで、連射したくらいの威力があるの」
コハル姉さんは、いい笑顔だ。
レックの周囲の輝きが、震え始めた。全て、爆発の威力が込められているに違いない。いっせいに爆発すれば、レックごとき、灰も残るまい。
冷や汗をかいて、必死にゴマをするレック。
下っ端パワーとも、ザコの底力とも呼ばれる。ひたすらにご機嫌を取ることで、生き延びてこそ、レックなのだ。
女の子を怒らせれば、命に関わるのだ。
「まぁ、いいわ………前にも言ったけど、レックの本当の力は、まだ発揮できてないわけ。ツイン・レーザーどころか、水球を3つ………ううん、6つ生み出して、いろんな方角から集中砲火も出来るはず」
宇宙世紀のロボット様のような攻撃が出来ると知って、心が躍った。
全方位からレーザーを放つのだ。
その前に、水球をあらゆる場所に発生させる芸当が必要だ。そのための練習として、下級魔法の小さな粒を生み出そうと、色々と練習をしているのだが………
レックはなぜか、どれ一つ生み出せない。
イメージする力は、前世の記憶を持つレックである。アニメやラノベその他で、膨大な知識があるはずなのだが………
「なんでオレ、下級魔法が使えないんでしょうかねぇ~………魔力が強すぎるからなんだか………」
「カノン系もムリだったでしょ………なのに熱水レーザーが使えるなんて、さっすが勇者(笑)ってところかな?」
馬鹿にしているのか、本当に感心しているのか、両方だろう。
勇者と言う称号は、人々に勇気をもたらす英雄にささげられるはずだが、(笑)が追加されている。
エルフにとっては、芸人と言う扱いである。
「レーザーみたいに貫通力があるなら、ジャベリン系だけど――」
コハル姉さんの周りには、今度は槍が生み出された。使用する魔力は、カノン系より上である。
鋭く、遠くへ届く攻撃として、連射した。
ドドドドド――と、横並びに発射された。
大木が、倒れはじめた。
「わわわわ………こ、こっちくる、こっち」
なぜか、大木はこちら側へと倒れてくる。
あらかじめ、大木の根っこ近辺をカノン系の連射でボコボコにしていたのだ。 トドメに、貫通力のあるジャベリンの連射だった。
根っこの付近を狙った、集中砲火である。
100メートル近い大木の、倒壊である。
「それでね、属性魔法を加えると………って、見てなさいよぉ~」
レックたちの、ピンチである。
なのに、コハル姉さんは、まったく動じていなかった。むしろ、パニックになって、逃げようとするレックの態度に、ご機嫌が悪くなっていた。
だが、レックが腰を抜かして、なにがおかしい。100メートルを超える巨大な大木の、倒壊現場なのだ。直撃を食らえば命はなく、余波を食らっても命がピンチだ。
レックは、うろたえていた。
「こここ、こっち倒れてますって、ちょ、姉さん」
大木を指差すレックは、涙目である。
コハル姉さんは、情けない弟を見る瞳で、残念そうな瞳で、レックを見つめる。周囲には、すでに風が生み出されていた。
レックがいつか見た、カルミー姉さんの竜巻のようだった。
「それって、カルミー姉さんの――」
切り札の竜巻が、いくつも生み出されていた。
魔法は、組み合わせでいくつもバリエーションが生まれる。初級のショット系でも、炎が加わればファイアー・ショットである。
ジャベリンを中心に、竜巻が暴れている。たくさんの竜巻ジャベリンは、5メートルを超える巨大な槍の群れだ。
「まぁ、時間がないから――えいっ」
コハル姉さんは、可愛らしく、掛け声を放った。
ドガガガガガ――
竜巻ジャベリンが、連射された。
まっすぐと、大きく影を生み出していた大木へと、たてにはじけさせる勢いで、放たれた。
そして――
「………2………1――」
見た目12歳のエルフちゃんは、大きく手のひらを上に上げた。
「どっかぁ~んっ」
言葉は、ふざけていた。
轟音は、マジだった。
打ち込まれた竜巻ジャベリンは、貫通力だけでなく、爆発力もあったようだ。100メートルを超える巨大な大木は、たてに真っ二つに吹き飛んでいた。
エルフにとっては、森林伐採に便利と言う魔法らしい。爆発力を込めたジャベリンを竜巻の勢いで放って、大木を内側から爆発させたのだ。
人間の国では、一本だけでも神木としてあがめられておかしくないサイズも、エルフの国では、すぐに生えてくる大木らしい。
こうした練習場が、新たな牧場や新興住宅街になるのだ。
巨大すぎる一本が今、巨大な木片へと変わった。
「………勇者、いらない?」
レックは、つぶやいた。
竜巻ジャベリン(爆発つき)を連射できるエルフちゃんは、いったい何を恐れるというのか。
先日、レックが苦労して倒したボスのオーク3兄弟を思い出す。必殺のレーザーは、かすっただけではかすり傷で、集中砲火でようやく倒せたのだ。
一撃で、ミンチだろう。
「勇者(笑)なら、これくらいの芸当は出来るようになると思うけど………どんなオリジナル魔法になるのか、みんな、楽しみにしてるんだからね?」
言いながら、指を刺す。
大木には、巨大な印が穿たれている。巨大すぎるため、遠めにもわかるようになっている。気付かなかったが、目印だった。
レックは、脂汗をかいた。
「ああああ………あれ、ぜんぶ――」
「うん、伐採予定」
勇者(笑)の試練は、ボス討伐よりも、大変らしい。
森の木々は、密に生えすぎると、森の力を弱めてしまう。数百年単位の出来事である。目の前の大木も、それだけの年月で育ったのだが、ちょっと育ちすぎたらしい。
森林を見守るエルフが伐採をして、隙間を作るということだ。森と共に生きる民族であれば、自然な循環である。
100メートルを超える、大木と言うだけだ。
「コハル姉さん………オレ、レーザーだけしか――」
レーザーでちまちま削って、どれほどの時間と魔力が必要になるのか、レックには絶望しかなかった。
まさか、命じられることはないだろう。そんな甘い期待を込めて、恐る恐るとコハル姉さんを見上げていた。
フラグしないでくれと、はかない望みを賭けて―――
「がんばってね、お兄ちゃん♪」
コハル姉さんは、楽しそうだった。




