エルフの国の、ボス・モンスター
金髪のショート・ポニーテールが、風にはためく。
セーラー服のミニスカートも、大きくざわめく。群青と言うか、濃い青色とか、黒っぽい青色だった。
いつかのごとく、レックは見た目12歳のセーラー服に手を引っ張られ、風のように森を進んでいた。
レックは、涙目だった。
「お~た~す~けぇええええっ」
モンスターが、現れた。
オユキ姉さんが教えてくれた、観光案内の途中ではあったが、勇者の出番なのだ。エルフの皆様もモンスター発生に気付いていたが、手を出さないようだ。
勇者の、出番なのだから。
めったにない、勇者(笑)の、出番なのだから。
「情けないわねぇ~………この先が思いやられるわよ」
レックの手を引きながら、コハル姉さんのロング・ポニーテールも風に揺れている。揺れているのはポニーテールだけで、心は至って平常心だ。
ちょっと、ご不満なだけだ。
お姉さまも、ご不満のようだ。
「コハルちゃん、ちゃんと修行してあげてるの?」
「ちゃんとしてるよぉ~」
見た目はレックと同世代の、15歳のオユキ姉さんは、心配性だ。
セーラー服カラーは可愛らしいピンクがお好みだ、実力は、コハル姉さんを上回って、さらに余裕なのだろう。
本日は、間近で勇者(笑)の戦いをご覧になるらしい。
レックは、それ所ではなかった。
「おた、おたぁあああ」
――お助けください
その一言さえ、口にすることは出来なかった。
どのようなモンスターなのか、報酬は――冒険者ギルドでは当然、事前に説明と納得が必要な色々は、すっ飛ばされている。
身内と認定されたためか、エルフ流なのか、割愛されている。そういえば、ここはエルフの国なのだ。冒険者ギルドも、存在しなかった。解体場はあり、マッチョな兄貴たちが素材の買い取りをしてくれるが、ギルドではないのだ。
恩恵が、受けられないのだ。
代わりに、エルフたちのサポートがある。
実力は、レックごとき小物では、足元に及ばない。本気であれば、レックの手を借りる必要はない実力者ぞろいなのだ。
勇者(笑)の活躍を、見たいだけなのだ。
「はい、とうちゃぁ~く」
「コハルちゃん、ご苦労様」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ………」
コハル姉さんは余裕で、オユキ姉さんも、もちろん余裕だ。レック一人、ライフはすでにマイナスステージで、リバースまで秒読みだ。
ポーションの香りが、レックの嗅覚にケンカを売った。吐き気をアップさせて、即座に落ち着かせてくれる、呼吸は徐々に楽になっていく。
レックは思った。もう少し、優しさがあってもいいと。
そして知っている。
レックだからこそ、乱暴に扱っても問題ないのだと。
「ぜぇ、ぜぇ………まぁ、分かってて、やってるんだろうけど――」
レックでなければ、腕が引きちぎれているかもしれない、良くて複雑骨折と言う運び方である。
身体強化の、おかげである。
バリアと言うほどではないが、魔力を、全身に張り巡らせる技術である。
とっさに、腕を前に組む。
とっさに、体を丸める。
魔力を持つ人々は、そんな無意識において魔力を集中、身を守ることが出来る。瞬発力を、筋力をあげることが出来る。
それこそ、エルフ並の身体能力を得る達人もいるだろう。だが、レックは達人などではない。引っ張りまわされるだけで、限界なのだ。
ゆっくりと呼吸が落ち着き、恐る恐ると顔を上げる。
腰に手を当てた、不機嫌モードのお子様がいた。
「もう大丈夫でしょ?」
「ふふ、それとも――ちらり?」
コハル姉さんの隣では、オユキ姉さんが、思春期男子を挑発するポーズを取った。
ピンクカラーのセーラー服である、ミニスカートはレックも同じく、しかし、本物の金髪美少女15歳の攻撃力は、絶大だ。寂しい15歳男子のレックは、今度こそ地面につんのめる。
遊んでやがる――と
それでも、ドキドキしてしまう自分が怖い15歳男子。
さらにドキドキする事態に、跳ね起きた。
「姉さん達………なんか、すげぇ~――のが」
「来るわね」
「来るのよ?」
レックの緊張を放置して、楽しそうなエルフ姉妹がいた。
姿は、そろって金髪ポニーテールに、セーラー服である。
100メートルを超えようという巨大な木の枝にとどまり、下界を見下ろしていた。ここは中腹である、地上50メートル程度だろうか………
「カルミー姉さんなら、うれしそうに宣言したんだろうなぁ~」
いつかの日を思い出す。
ザコの皆様を片付けて、なにか様子がおかしいと気付いたときに、楽しそうだったのだ。
宣言したのだ。
――ボスの、登場よぉ~
「オークかな?」
「ボスかな?」
「………オーク?」
また、オークなのか。
レックは少し、安心した。すでに、討伐したモンスターの名前である。レックの知るオークよりも巨大だったが、倒せたのだ。
エルフの森が、魔力に満ちているためだろう。そのために、モンスターでなくとも巨大である、木々はもちろん、木々の足元に生えるキノコも巨大で、しかも歩いてくるのだ。
エルフの国は、ハードモードなのだ。
「ずいぶん育ったわねぇ~?」
「大発生のヤツほどじゃないわよ………でも、3匹かぁ~………」
コハル姉さんとオユキ姉さんは、あくまでもマイペースである。緊急事態ではなかったのか、あるいは緊急事態でも、平静を装うことが出来るのか………
レックは、ドキドキだ。
「………オーク?」
オークにしては巨大な皆様と戦ったのは、ずいぶん昔に感じた。巨大な木の枝から見下ろしているため、感覚も麻痺していると思う。
秘める魔力と言うか、生命力と言うか、巨体を動かすためのエネルギーは、ひしひしと伝わってきた。
ズシン、ズシン、ベキバキ、ドカンと、近づいてきた。
レックは、遠くの様子を見て、おびえた。
「オーガじゃないの?アレって、ロードとか、そういうレベルじゃ………」
恐る恐る、レックは指差した。
オークよりも、巨大なモンスターの名前が浮かんだ。
オーガと言う、最上位のロードであれば、10メートルはあるかもしれない。しかし、エルフの感覚を疑いたくもない、どれほどのバケモノオークなのか、ドキドキだ。
エルフたちは、元気いっぱいだ。
「おぉ~い、こっちだよぉ~」
「はぁ~い、おいしい、おいしい、エルフのお肉やぁ~い」
冷や汗が、だらだらだ。
金髪の美少女エルフの姉妹は、元気いっぱいに、声を上げていた。本当に無邪気に、大声を上げていた。
『おいしいエルフのお肉』
オユキ姉さんは、元気いっぱいに、両手を振っていた。これは、自らを餌にモンスターをおびき寄せるように聞こえるかもしれない。
レックには、分かっていた。
「食欲………っすか」
恐怖など、最初から抱いていないのだ。
エルフのパーティーで提供された、バーベキューにハンバーグにソーセージにと、いったいどれほどのお肉が消費されたのか、思い出せば分かるのだ。
オーク肉が、やってきた。
「ほらほら、お兄ちゃん、がんばって?」
「ほらほら~、お・に・い・さ・ま」
ここぞとばかりに、美人姉妹が息をそろえた。
情けない、レックはミニスカセーラー服である。白銀と真紅と、セーラーカラーの選択肢をくれたのは、良心なのだろうか。紺色のセーラー服を奮い立たせ、レックは立ち上がった。
武器を両手に構えて、叫んだ。
「ちっきしょぉ~、今夜も、バーベキューだぁああああっ」
もはや、ヤケだった。




