キノコ狩りのおっさんと、相棒
魔力の満ちる土地、エルフの森。
そこでは、魔力がたっぷりと含まれた薬草や、木々の欠片に、その他素材がふんだんに取れるという。
それらはエルフの国の、貴重な交易品だ。
もちろん、キノコもだ。
歩いていたり、巨大だったりするが、大切な交易品なのだ。
「………相棒?」
キノコの山を回収したレックは、振り向いた。相棒を紹介してくれると、ドワーフのおっさんは言ってくれた。
コハル姉さんも、楽しそうだ。
「お兄ちゃんの世界だと、有名なんでしょ?」
「………フラグッスか」
大声で、名前を呼んだ
「おぉ~い、ラッキー」
広大な森に、ドワーフのおっさんの声が、どこまでも響いていく。エルフの長い耳では、さぞ、やかましいことだろう。
木陰が、激しく動いた。
「アレは――」
「落ち着きなさい、ラッキーちゃんよ」
「ははは、そっちの世界だと有名なんだろ、トカゲのくせになぁ~」
犬の名前として、それなりに聞く名前である。
そして、思いもしない動物につけることもある。首輪に『ぽち』と名札をぶら下げている、頭にリボンをくくりつけたニシキヘビが、脳裏に浮かんだ。
前世の記憶なのだろう、漫画かアニメか、それともリアルか………
ラッキーが、現れた。
「よぉ、相棒。新たな勇者様に、ご挨拶だ」
巨大イグアナが、近づいてきた。
シルエットも見た目も、とげとげしいウロコと羽毛の間と言う一部の装飾を除いて、イグアナだった。
ご丁寧に、派手な赤色の鞍をつけていた。
転生者が教えたのだろう、青いジーパンに、赤いシャツに帽子の髭オヤジさんが、緑のドラゴンに乗って旅をする英雄の物語を。
面影があるのは、馬の鞍だけだ。
「相棒………っすか」
「ラッキーって、名前なんだよ?」
黄金の瞳がレックを見つめて、だらだらと、よだれをたらしていた。
犬が、はっ、はっ――と、舌を出してよだれをたらすように、よだれをたらしていた。
「げろげ~ろ」
鳴きやがった。
わざとらしく、かえるみたいに鳴きやがった。
レックは、絶対わざとだと断定する。中の人が、絶対にいると、実はしゃべれるのだと。
「いつもは背中いっぱいにアイテム袋を詰むんだけどな」
「ラッキーに乗るのも久しぶりね」
トカゲに乗って、森のお散歩。
冒険者であれば、経験しても悪くない出来事であるが、嫌な予感しかしないのだ。
これは、フラグなのだ。
「じゃぁ、あっしはこの辺で――」
言い終わるまでもなく、両脇を固められた。
もはや、逃げられない。いつの間にか、客用の鞍まで装着されていた、準備のいいことだ。
レックは、連行される宇宙人の気分だ。
「フラグった………フラグ、しちゃったよ、おい………」
「フラグ………なんだ、そりゃ」
「流行語かもね、ナウいってヤツよ。ナウな女の勘が言っているわっ」
シートベルトまで、装備されていた。
「しっかり、つかまっていろよ。ジェットコースター並みとか、言っていたからな」
「え、それって――」
レックの疑問は、風の彼方に消えた。
このドワーフのおっさんに、スーパー・マリ○を教えただろう日本人の転生者が、きっといる。
ベルトには、アイテム袋がいくつもあり、普段は全てのキノコを詰めているのだろう。本日は、レックが荷物係である。
お礼として、ラッキーが背中に乗せてくれるようだ。
そんなことは、どうでも良かった。
「ぎぃいいいやぁぁあああ、とめ、とめ、とめぇえええええええ」
「ボウヤ、うっさい」
「ははは~っはぁああ」
森の木々が、のんびりと動いていた。
巨大すぎて速さは実感しないものの、振り回されるレックが実感していた。魔法の力により、無意識に肉体も強化しているのだが………
ジェットコースターだった。
「おた、おたすけぇええええっ」
「やれやれね」
「ははははぁ~はぁ~♪」
こうして、数分後――
「さて、飯屋についたぞ」
「日干しも時間がかかるから………どうしたの?」
「………ここって――」
ひらがなと漢字で『勇者のめし屋』と、暖簾がはためいていた。どこにでもある、和風の定食屋さんだ。
“勇者の”――という文字が、悲しく見えるだけだ。
本来は、勇気と力を持って、人々を導く英雄の称号であるはずだ。しかし、エルフの皆様にとっては、『芸人』と言う単語と、等しいらしい。
ドワーフのおっさんが、軽やかに着地した。
「元・相棒の店だ………現役が厳しいってよ、ドワーフとの時の流れを感じるぜ」
「あんただって、白いものが混じってきてるじゃない………」
「………昔馴染みってヤツっすか」
時間の流れは、残酷なようだ。
エルフのコハル姉さんは音もなく着地して、お姉さんぶっていた。レックもカサコソと、ゴキ○リのように、トカゲから這い下りる。
かつての姿は、まだ若々しいおっさんたちと、お子様だろう。お子様だけは少し背が伸びたという変化で、もう片方の時間は、爺さんだ。
「あれ、日干し………モンスターの肉っすか?」
要らぬ言葉を口にする前に、別の話を選ぶレック。そして、気になったのも本当のことである。
干物スペースがあった。
海辺では、魚を干物にする。森の中では、何を干物にするのだろうか、その答えは、店の主が教えてくれた。
「キノコだよ………そこのマリ○もどきが、毎回――」
頑固親父が、現れた。
レックが見上げるほどの長身で、細身でありながら、鍛え抜かれた印象を受ける。年齢はジジイと言われても文句はないようだが、目の鋭さは、小物のレックには強すぎた。
レックを見つめて、あきれた顔をした。
「なんだ、その格好は」
ミニスカのレックは、うなだれた。
「聞かないでくだせぇ………」
小物パワーも、元気がなさそうだ。
男の子ならリーダーのレッドだと、赤く派手なミニスカ浴衣を着せてもらったレックである。
どこか元気がないようだ。フリルが静かに、そよいでいた。
元凶のエルフちゃんは、自慢げだ。
「最新ファッションなのよっ」
「らしい………」
「………そうか」
なじみのようだ。
エルフの国で出会った、初めての人間でもある。第一印象はとても大切であるのだが………
ミニスカ浴衣が、致命的だ。
頑固ジジイさんは、優しい笑みを浮かべてくれた。
「オユキさんか………いや、エリザベート様――お姉さんの仕業か」
言い直した。
頑固ジジイさんは、エリザベート様を、お姉さんと言い直した。さすが、エルフの国で過ごす人間である。
しっかりと、エルフの流儀を守っているようだ。
気を取り直して、ドワーフのおっさんを見下ろした。
「イワマル、早くアイテム袋を渡せ。真空ラップ同然でも、早く日干しにしたほうがいいんだからな」
「いや、ボウズに任せたんだ」
「ほら、ボウヤ、アレクセイに渡して」
頑固ジジイさんが、ぶっきらぼうに、ドワーフのおっさんに告げた。コレが、昔馴染みと言う、気安い関係だ。
生意気な小娘エルフさんも、偉そうだった。
レックは、ぽかんとした。
「………アレクセイ?」
ゆっくりと、頑固ジジイをみる。
白い頭巾に、割烹着をまとった頑固ジジイさんは、アレクセイと言う名前らしい。
ドワーフのおっさんは、イワマルというようだ。
「査定もある、まぁ、せっかくだ。メシでも食っていけ」
「そのつもりだ」
「そのつもりよ?」
「………ゴチになります」
キノコの山を差し出したレックたちは、査定を待っている間、味噌汁をすすっていた。
そう、味噌汁だ。
あまりに自然に出されたために、レックは驚くことを忘れていた。ここは、異世界なのだから。
ほっこりとした笑みで、つぶやいた
「ミソ将軍に、感謝ッスねぇ~」
「キノコといえば、丸焼きだったけどねぇ~」
「でんがくも、うまいぞ~」
熟成させたキノコは、様々な即席料理になっている。地球でも、民族料理でこのようなものがあるのだろうか。
干しシイタケくらいしか知らないレックは、様々に工夫された、多種多様なキノコ料理を満喫していた。
もちろん、ラッキーにも振舞われていた。
そして――
「ほれ、報酬だ」
ルペウス金貨が、じゃらり――と置かれた。
キノコの山も、いい稼ぎになるようだ。オークほどではないのは、やはりキノコだからかもしれない。
それでも、並みの冒険者には十分な稼ぎにみえる。
なのに――
「あれ、なにしてるんッスか?」
おっさんが、土魔法で何かをしていた。
ドワーフといえば、土魔法だ。いや、それはノームだったか、ともかく、レンガブロックの中へと消えていく。
何をしているのかと言うレックの疑問は、当然に思えた。
相手様には、不思議な質問だったようだ。
「コインといえば、ブロックに隠すんだろ?」
「それで、使う前に壊すんでしょ?」
エルフとドワーフが、見上げてくる。
レックは、困った。
貯金箱の運命としては、間違いではない。意を決してハンマーでぶち壊しても、小銭がちらほらと出てくるだけと言う、アイツである。
豚の、貯金箱である。
形状など、いくらでも生み出せる、それが、笑顔マークのブロックで、なにが悪い。
「坊主、魔法の世界だ。ファンタジーなんだ」
「異世界………ですものね」
勇者(笑)たちは、通じるものがあるようだ。笑顔マークのブロックを見て、やさしく微笑んでいた。




