エルフ姉さんの、お誘い
不思議を探しに、旅立とう。
レックがバイクを購入したのも、武器をたっぷりと購入したのも、そのための準備に過ぎない。気ままな一人旅に旅立つ目的は、ややSFなこの世界で、不思議を探すことだった。
最初の目的地は、すぐに決まった。
不思議と言えば、エルフなのだ。
まさか、エルフ像が砕かれる日々が始まるとは、思ってもいなかった。レックは、天井を見つめていた。
「キノコスープは、最高だったなぁ~――」
昨晩の宴会が、レックの運命を決めたといえる。
* * * * * *
宴もたけなわ、映画上映会も、盛り上がっていた。
2度目の上映だった。
『ルーン、クリスタル・パワー、メーク――』
『勇者は果たして、勝利できるのか。大群がそこまで――』
『ブゴォオオオオ――』
『やってやんよぉおおおおっ――』
『あぁ、惜しい。もう少し冷静に狙っていれば、クリティカルでした――』
ナレーションと効果音が、オーク軍団との戦いを盛り上げる。宴会の間中、上映会をリピートするつもりかもしれない。
酔っ払いのエルフたちは、いいお客さんだ、いつまでも盛り上がってくれる。
レックは無関係を決め込み、キノコスープを味わっていた。
薬草の香りが、食欲をそそる。キノコからあふれ出た、黒と灰色のグラデーションに、果実の甘い赤色がソースとして模様を描いている。
これほど美味なるキノコスープは、初めてだった。薬草の香りが食欲をそそり、キノコはこりこりとした歯ごたえの次に、ぷりぷりとうまみを広げてくる。
おなかの中で暴れないか、ちょっと気になっただけだ。
「うまいけど、SFしないでくれよ――」
某SF映画のように、腹の中で“何か”が産声をあげるなど、ゴメンである。
そこさえ気にしなければ、これぞ、エルフのスープだと言う、スープである。猫耳のエプロンさんたちが用意してくれた、スープであった。
酔っ払いエルフたちが、絡んできた。
「ガハハ、おい少年、そんなんじゃ、でかくならんぞ。もっと肉を食え、肉を」
「そうだぞ、油滴る骨付き肉に、エルフのエールをぐいっと」
「やめとけ、やめとけ、日本人感覚なら、まだ未成年だ。ほ~れボウズ、ハンバーグの大盛りだぞぉ~」
エルフ達が、とっても優しい。
レックがお肉を持ってきてから、宴会の賑わいは爆発した。オークはめったに現れないようで、久しぶりと言う喜びだ。
勇者(笑)の登場が、肉のついでに思えてきた。
「牧場もあるんだけどさ、オーク肉のほうが、なんていうの、うまいんだよ」
「だよねぇ~、狩ったぞって言う、狩猟本能って言うか~」
牧場が、あるようだ。
レックは、おびえていた。
ただの牛や豚や羊ではなく、モンスター変化しているような気がして、とっても不安である。家畜の世話をしろと命じられて、逃げ惑う自分が目に浮かんだのだ。
エルフの国は、フラグだらけだ。
「勇者(笑)が来たときなんか、特に楽しみだよなぁ~、オレも戦うって連中ばっかりだから」
「映画撮影もセットでな?」
「んで、賭け事もだ」
今度の勇者は何をするのか。
この勇者は何をしでかすのか。
皆さん楽しみと言う笑みで、レックに注目していた。
日本人イコール、勇者(笑)と思われているらしい。前任者の勇者達と言うか、エルフの国にやってきた転生者の日本人は、何をしでかしてきたのか。
町並みは、すでに変革されていた。
空中を高速移動する、ややSFな遊歩道をはじめ、古きよき昭和の町並みは、間違いなく日本人が生み出した風景である。
酒樽様も、歩いてきた。
おまえ、歩けたのか――と、レックが思わず見つめる。見た目は木製のタルである。金具が数本横並びに、加えて装飾らしき植物のつるの金具があったのだが………
歩いていた。
そして、ジャラジャラと、鎖でタルにつながれたお椀が目に付く。このお椀でお酒を汲み、杯に注ぐのではないのだろうか。
レックに近づくと、ジャラジャラと、鎖がゆれる。
そっと、レックに杯を差し出した気がした。
飲んでもいいよな――
そんな調子に乗った気持ちは、見透かされていた。レックが恐る恐ると杯に手を伸ばすと、小さな手にひったくられた。
いつの間にか、セーラー服がひらひらと、翻っていた。
「ボウヤには、まだ早いわよ」
コハル姉さんが、お姉さんぶっていた。『お兄ちゃん――』と、寂しいボウヤをもてあそびながら、このように年上の貫禄も見せ付けるのだ。
生意気なのか、年齢にふさわしい態度であるのか、未だにレックは判断できずにいた。レックから取り上げた杯を見せ付けるようにして、お姉さんぶった。
「たしか、日本ではお酒は二十歳から――だっけ?」
レックに見せ付けるように、コハル姉さんは杯を口にしようとして――
忍者さんに奪われた。
「コハルちゃんにも、早いですよ」
『くのいち』のお姉さんが、さらにお姉さんぶっていた。そして、レックとコハル姉さんの目の前で、本当のお姉さんの貫禄を見せつけた。
ぐいっと、見せ付けた
「「あぁ~」」
レックとコハル姉さんの悲鳴が、重なる。本当に飲みたかったというか、目の前の獲物が奪われたのだ。
オユキ姉さんが、ぐっと、お空けになった。
ずいぶんと、お強いようだ。駆けつけ3杯に、いつの間にか手にしていた漫画肉を、オークの太もものお肉のソース焼きを、まるかじりだ。
細い腰の、どこに入るというのか。
3メートルを軽く超えるオークの太ももなのだ。いったい、何十キロにもなるだろう骨付き肉が、消えていく。
そのまま、大食いと大酒の大会へと変貌していく。
「おらおら、小娘なんかには、まだ負けん」
「ふふっ、年寄りには毒ですわよ~」
「お子様にも、早いってものよ」
対抗意識を燃やしたエルフたちが、群がっている。年寄りといわれても、ご老人には見えない若々しさだ。こんなエルフたちの実年齢など、レックには想像も出来ない。
ただ一つ、分かっていることはある。
「巻き込まないでよ、たのんますよ、フラグしないでよ――」
係わり合いになりたくないレックは、周りを見渡した。
宴会と言うのに、猫耳さんたちは忙しそうだ。
エルフの国には、エルフしかいないと思っていたが、猫耳のエプロンさんたちだけでなく、少々、他の種族も混じっていた。
たしかに、『マヨネーズ伯爵』の都にも、コハル姉さんというエルフがいたのだ。同じように、異なる種族の国に、他の種族がいてもおかしくなかった。
レックもまた、エルフの国に歓迎されたのだから。
忍者の姉さんが、顔を近づけてきた。
「んふふぅ~、勇者(笑)さまぁ~、なぁ~に主役が一人してんの~」
出来上がって、おいでだった。
いつの間にか、勝敗が決していたらしい、年寄り呼ばわりされたエルフに、年長者らしいエルフ姉さんにと、スリープモードだった。
「オユキ姉さん、まだ飲むつもりっすか………」
新たな酒樽が現れた。
最初のタルは、空っぽになりつつある。お客様をお待たせしない、いいタルたちのようだ。
耳までワインに染まったような、赤い顔のお姉さんが、ふっと、微笑んだ。呑み助に忠告をして、怒りを買ったというのか。
それ以外の感情が、ドキドキだ。
「ねぇ、私の家においでよ」
ボウヤは、ドキッとした。
彼女いない暦イコール年齢のレックには、ドキドキだ。これがフラグだと分かっていても、期待通りになるはずがないと分かっていても、ドキドキするのは止められないのだ。
イタズラの気配に、コハル姉さんが絡んできた。
「うちは『えるふのおやど』なの」
「おいでよ、えるふのおやどへぇ~」
姉妹で、ご案内だ。
レックの運命は、こうして決まった。
* * * * * *
レックは、見上げていた
「分かってましたとも、フラグだって」
――今晩、泊まっていく?
ご期待をして、裏切られるフラグである。
そう思っていても、ドキドキするのは仕方がないのだ。前世を含め、彼女いない暦イコール年齢という、寂しいボウヤなのだから。
もっとも、結婚が許される年齢は、国や時代で異なる。そう思うと、ファンタジーで15歳が大人扱いはおかしくなかった。
レックがお誘いを受けても、当然の年齢ではあるのだが………
今は、ちょっとピンチだった。
「浴衣、三姉妹おそろいね」
「フリルがあれば、もっといいのに」
「あら、私とあわせて4姉妹よ?」
和服姿のエルフたちは、かしましい。レックは、ツッコミをしないと心に決めて、傍観者を気取っていた。
セーラー服を着せられるのか、ピンク色の『くのいち』装束を着せられるのか、どちらもフラグを立てている。
今は客用の浴衣もどきを着ていたレックだったが、ピンチだった。
「色は黒?」
「レッドじゃない?」
「いや、ここはホワイトって言うのも………」
フリルなミニスカ浴衣が、用意されていた。カラーは戦隊ヒーローの男子向けをくれるようだが、デザインがピンチだった。
皆さん、着替えを持ってくれていたようだ。
新たなエルフが、現れた。
「エリザベート、さすがに姉妹と言うのは――」
お兄さんですか?
初対面で、レックは思ったものだ。20歳あたりにしか見えないエリザベート様が、お姉さんと思えたのだから。
姉妹のように見えますね――それは、エルフでなくともほめ言葉である。そして、そのようにしか見えないお相手に、そのツッコミは許されないのだ。
コレは、お約束だった。
「パパ、それは禁句だよ~」
「父上、空気呼んでよ~」
「ふふふふふ~」
力関係は、多数決だった。




