オークのお肉と、エルフの宴会(上)
エルフの森だ。
見上げるレックは、圧倒されっぱなしだ。
ガンマンスタイルの、貧弱なボウヤという15歳のレックには、前世の浪人生の記憶がある。この世界で生まれ育った15年に加え、前世の感覚があるのだ。
「そうなんだよなぁ~………自然は、ファンタジーなんだよ」
見るたびに、驚かされる。
見渡す限り、大木が待ち構えている。上を向いても先が見えない、30メートルか、50メートルか、もっとかもしれない。
異世界であるが、レックの抱く感想は、一つだった。
ここは、異世界だと。
「それなのに………ちきしょう、神秘的なのにさぁ~」
まるで、異世界に迷い込んだようだ。
異世界に転生したにもかかわらず、そんな感想を抱くほど、神秘の森なのだ。それであるのに………
視線を戻すと、叫びたくなる光景が、町並みが広がっていた。
レックは、叫んだ。
「これじゃ、ねぇええええええっ」
町並みが、懐かしの昭和だった。
ここはレックが予想したように、神秘の森である。
巨大な木々が神秘的な気配を漂わせている。一本、一本が神木と言われても納得の巨大さと、神聖さをかもし出しているのだ。
ファンタジー気分の、古代建築を期待しても、いいではないか。石組みに木の根っこや枝が融合する、遺跡のイメージだ。
三角お屋根は色とりどりに、電信柱に古びた木造アパートに、昭和のドラマの撮影会場が、広がっていた。
90年代が、話しかけてきた。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
手をつなぐセーラー服のエルフちゃんは、小首をかしげていた。
迷子にならないように、手をつないでやろう。そんなセリフから一転、妹キャラを始めやがった。見た目が12~13歳ほどなので、攻撃力は十分だ。
本名は、コハルちゃんである。
面白がっていると分かっていても、振りほどけないレックである。
「ふふ、こうしてると、3姉妹みたいね?」
オユキ姉さんのセリフは、ちょっと待ってほしい。
コハルちゃんのお姉さんであり、見た目はレックと同世代だ。コハルちゃんと同じ金髪ロングヘアーであり、服装は忍者である。
だが、レックまで姉妹に加えられたように聞こえた。セーラー服だけは、断固として拒否したい。
そう、フラグだ。
「へへへ………オユキ姉さん、オレッチは、姉妹に加えないでくだせぇ」
小物パワーよ、力を貸してくれ。
このフラグは、断じてへし折りたいレックである。
そんなレックの願いは、果たして『くのいち』なお姉さんに届いたのだろうか。忍者ポーズで登場したと思えば、妹さんに輪をかけて、楽しそうなエルフの姉さんだった。
レックの心は、穏やかではなかった。
セーラー服でなく、ピンクな布地にフリルいっぱいの『くのいち』スタイルで目が覚める未来が、見えてきた。
新たなフラグだった。
「エルフの国………か」
現実を忘れて、遠くを見つめる。
高層ビル群が出迎えないだけマシであるが、ちょっとした下町の、四角い住宅エリアと言うか、団地と言うか、そんな世界が広がっていた。
極めつけは、真っ赤なタワーだった。
「転生者め、ふざけてやがる。『とーきょーたわー』………って、何だよ」
大阪の、某シンボルにも見える。
しかし適当イメージで東京タワーを再現しようとすれば、電波塔は全て同じに見えても仕方ない。『とーきょーたわー』と、わざわざ平仮名で光っていないと、分からない出来であった。
「さぁ、勇者様(笑)、こちらへ」
お姉さんが、笑っていた。
忍びなのに、忍べていないコスプレ『くのいち』さんだ。特に心は駄々漏れだ。なぜ、勇者のあとに(笑)をつけたのか、問いただす勇気もなかった。
勇者とは、旅芸人である。
エルフにはむしろ、その表現がふさわしいのだろう。あきらめて、レックは案内されるままに、進んだ。
エルフの遊歩道は木目でありながら、ややSFというか、自動的に前へと進んでくれるのだ。速度はばかげて速い、バイクの速度である。
おかげですぐに目的地へと到着するのだが………
「よっし、もっとハデにいこう、ハデに」
「おぉ~い、つまみがないぞぉ~、オークはまだか」
「もうすぐ勇者様がやってくるから、草でも食ってな」
またも、宴会場だった。
広場は、見て分かる広場である。400人近くが巨大な舞台を囲んで、大賑わいをしている。酒樽に酒のあてに、すでにカオスだ。
誰かが、気付いた。
「お、オークがきたぞぉ~」
「メインディッシュのお出ましだっ」
「ねぇ~、お肉まだぁ~?」
本音が、駄々漏れだ。
待ちわびていたのは、お肉らしい。エルフといえば菜食主義者と言うか、肉を食べるイメージがなかったのだが、見事にぶち壊しだった。
アレだけのミンチをどうするのか、ちょっと心配していたレックであったが、問題なく食べつくすだろう。
案内の団体様が、レックに振り返った。
そして、いっせいに声を上げた。
「「「「「あらためて、エルフの国へようこそぉ~♪♪」」」」」
皆さん、大歓迎だ。
出来上がっているのは、案内の団体様も同じである。いいや、飲んだ後に運動をしているのだ、お酒の回りはすさまじいだろう。
レックたちが討伐から戻った頃には、宴会をしていた。つまみに、賭け札が吹き荒れていたのだ。
ラジコンヘリ?を用いた撮影会場で、賭博の会場でもあった。景品の酒樽は即座に解放されていた。
そして撮影の打ち上げであり、編集作業の最中だった。
ここでも、大賑わいだ。
『勇者は果たして、勝利できるのか。大群がそこまで――』
『ルーン、クリスタル・パワー、メーク――』
『やってやんよぉおおおおっ――』
『ブゴォオオオオ――』
大画面にて、映画鑑賞会が開催されていた。
レックたちの討伐の模様は、すっかりと編集を終えていた。ナレーションや効果音も収録された、完全版が上映されていた。
レックたちの到着より先に、会場へと送られていたようだ。
どのように送ったのか、魔法だと思いたい。ややSFの撮影機材で撮影され、編集され、そして、SFと呼ぶべき立体映像で上映されていた。
レックは、あきらめた。
「エルフの皆様、出来上がっていらっしゃる………」
よい、酒の肴らしい。
そして、いつもの光景らしい、レックの案内係になっていた、エルフ姉妹が微笑んでいた。
「もぉー、大人ってだらしないんだからっ」
「ふふふ、私達の到着まで、待てなかったみたいね?」
セーラー服のエルフちゃんが、お怒りだ。
『くのいち』のお姉さんは、笑っていた。
ご飯だと言って、妹さんを呼びに来た理由が分かった。皆様、待ちわびていたのだ。エルフ姉妹は、そろって酔っ払いエルフたちを見つめて、ため息をついていた。
赤ら顔のエルフたちは、笑っていた。
皆さん若く見えても、一番若いエルフである。もしかしたら娘の年頃か、あるいは孫であろうか。
巨人が、接近してきた。
「おぉ、新たな勇者様か。では、さっそくパーティー材料を置いていってもらおうか」
「やぁ、勇者様よ。ちゃんと食いでのある塊だろうな。ハンバーガーのパーティーなんて、ゴメンだぜ?」
門番が、現れた。
地獄の――という但し書きがあるべきだ。国境の町のギルドマスターの、地獄の鬼と言う姿が重なった。あの鬼のご兄弟と説明をされても、信じただろう。
そうあってくれと、レックは願った。
「………門番の方ですか?」
『地獄の』――という言葉は、かろうじて抑えた。
上半身がムキムキの裸で、下半身は申し訳の葉っぱのふんどしというか、トラの腰巻と言うか………
地獄の鬼であれば、まだよかった。
「俺らは解体が専門だ」
「手が足りなけりゃ、現地で直接解体するがな」
エルフだった。
ガハハ――と、たくましい胸板を震わせていた。2メートルを軽く超える長身でありながら、ひょろ長くあるべきエルフのイメージを、ぶち壊していた。
マッチョだった。
耳が、肩幅まで長く、ヘアカラーもエルフらしく、宝石色に輝いていた。
健康的に肌に焼けた、マッチョのエルフだ。エルフなら、肉体美はスタイリッシュに、スマートになるのではないのか。
ムキムキな、マッチョだった。
「あのぉ~………コハルの姉さん、あの方たち、ホントにエルフ?」
下っ端パワーが、最後の希望だ。
レックの案内人であり、手をつないでくれるセーラー服のコハルの姉さんに、レックは恐る恐ると、問いかけた。
念のため、こそこそと、耳元でお願いした。
頼む、エルフだと認めないでくれ――と
しかし………
「え、見て分かるでしょ?」
「うん。耳が長い種族って、エルフだけよ?」
忍者のお姉さんにも、届いていたようだ。
さほど無礼な質問でないことを祈りたい。もしも目の前のマッチョな地獄の鬼の耳に届いていれば、ついでに解体されそうだ。
ちゃんと、届いていたようだ。
「ガハハ、勇者はみんな、そんな反応だな」
「かぁ~、失神しないだけ、マシじゃねぇか」
地獄耳と言うべきか、現実は、残酷だ。
悪魔や、魔のつく一族なら、むしろ納得だ。そうであれば、エルフを守ろうと、武器を構えて大変だったかもしれないが………
レックは、崩れ落ちた。
「あ゛ぁああああ………エルフのイメージが、神聖で、神秘で、ファンタジーなエルフのイメージがぁあああああ」
エルフのイメージが、崩れていく。
スマートで優雅なエルフのイメージが、欠片も残さずに崩れていく。コスプレで崩れ、ややSFな撮影会場で打ちひしがれた。
マッチョなエルフで、致命傷を負ってしまった。
ジャパニーズ・ホラーな看板娘も忘れていた。パーキングエリアで待ち構えていた、看板のイラストが、ジャパニーズ・ホラーになりやがったのだ。
もはや理想は、どこにもないようだ。




