オッズは、1.1倍
討伐は、一瞬だ。
それが勝利に終わるのか、敗北に終わるのかは、運次第だ。
レックは、知っている。そんな賭け事の要素を除けば、準備にかけた時間が、運命を左右するのだと。
修行と言う長い準備の時間に、もちろん武器にポーションに、帰りの足や非常時の連絡手段にと、いくらでも準備には必要だ。
そんな冒険者としての知恵や覚悟は、ほとんどがベテランの冒険者パーティーである『爆炎の剣』から、教わっていた。
ただ、こんなことは、教わっていなかった。
「………オッズが1.1倍だってよ、セーラー服の姉さん」
四角いボード表に、手書きで、殴り書いた文字があふれていた。
レックがセーラー服のエルフ様に導かれ、エルフの遊歩道に戻ってくれば、祭りが始まっていた。
ボード表の周りが、大賑わいだった。
――全部がミンチ オッズ 1.1倍
ミンチ率は、高そうだ。
オッズが1.1倍と言うことは、そうなる確率が、とっても高いということだ。賭けにならないだろうと、むしろ1倍だろう。
犯人は、一人しかいない。セーラー服を着た戦士なエルフちゃんは、毎回、ミンチを量産しているようだ。
レックがお片づけを命じられるオッズも、1.1倍だった。
元気いっぱい中学生のエルフのお姉さんに、レックが逆らえるわけがないと、見抜かれたわけだ。
レックは、優しい瞳でセーラー服を見下ろした。
「いつも、ミンチしてたんッスか、姉さんは」
「ふ………加減って、難しくってさ」
レックの質問を、なにかを気取ってごまかしていた。
年齢はレックよりもずっと上であるが、見た目は12~13歳の女子中学生だ。それを利用して、お兄ちゃん――と、このエルフ様はほざくのだ。
そのようなセリフが、どれほどの威力を持つというのか。
チョロイ――
舌を出して、生意気な女子が宣言しても、否定できるものではない。これが、世界を超えても通用する、男の悲しさなのだ。
エルフの皆さんは、陽気にボードを囲んで、酒盛りをしておいでだった。
「おぉ、ずいぶんハデにやったなぁ、新たな勇者よ」
「ははは、日本人は、やはりこうでなくては」
「よぉ、少年。あとで魔法を見せてくれよ?」
「レーザーか、水なのにレーザーだよな、あれ」
「転生者はさすがだな、こっちにない発想って言うのか、いやはや、面白い」
すっかりと、出来上がっていらっしゃった。
かけ金は、酒樽でお支払いらしい。酒樽が背中にたっぷりあるエルフと、すっからかんのエルフの対比が見られた。
どれも、盛大に開け放たれていた。
豪快な印象を受けたのは、上品なグラスではなく、木製のお椀を使っているためだ。
直接タルから掬い、豪快にあおっていた。駆けつけ三杯の勢いで、ドワーフも顔負けだ。
「あぁ~あ………また、あとで怒られるよぉ~」
中学生のエルフさんには、見慣れた光景らしい。
レックとしても、エルフが暇つぶしに酒盛りをしていても、そういうものだと思うことは出来た。
ただ、言いたかった。
「それ………なんッスか?」
空中に、スクリーンが光っていた。
いいや、スクリーンと言うには立体映像である。まるで、その光景を上から、横から、真正面から見つめている気分だ。
オークの軍団が迫ってくる迫力など、リボルバーを手にしたくなる。
スクリーン装置の他にも、ヘリコプターのラジコンらしきものが、転がっていた。1台や2台ではない、全てにカメラ機能があるらしい。大作映画の撮影でもしていたような充実振りだ。
編集員のようなエルフまでいた。
サングラスにタオルに、タバコはパイプである。
『ルーン、クリスタル・パワー、メーク――』
『汚物は、消毒だぁああ――』
『ブゴォオオオオ――』
『やってやんよぉおおおおっ――』
ぷかぷかと、編集内容をチェックしていた。
レックたちの、先ほどの戦いであった。
どちらにフォーカスするのかで、また、アングルなどで迫力は影響される。迫力のあるシーンに、効果音までつき始めている。
どこから取り出したのだろう、アイテム・ボックスに、その系統の魔法のアイテムがあるに違いない。
レックは、降伏した。
「ぱねぇっす。いや、マジで前世のテクノロジー、置いてかれてるッス」
立体映像が、迫力のバトルシーンを再現していた。
水晶から、空中へ向けて輝きが広がり、新たな世界を生み出していた。このような技術は、地球にはない。平面に映像を投影するプロジェクターならあるものの、空中にスクリーンを生み出す技術は、存在しないはずだ。
もはや、SFの技術であった。
『さぁ、今回の勇者は水魔法のレーザーの使い手のようです。誰も見たことのない、おそらくは独自に生み出したのでしょう。その威力は――』
『勇者は果たして、勝利できるのか。大群がそこまで――』
『あぁ、惜しい。もう少し冷静に狙っていれば、クリティカルでした――』
ナレーションまで、始まっていた。
戦いの採点をされているようで、ちょっとこそばゆいレックである。採点は、クリティカルを逃したセーラー服の戦士さんの分もあった。
ゲームの実況が、ハリウッド映画の迫力だった。
立体的な大画面に、このままシュミレーションゲームのような、実戦を想定した訓練に使えそうだ。
レックは、手をつないでくれるエルフちゃんに、問いかけた。
「ところで………勇者って?」
ちらほらと、エルフの皆様が口にしていた。
日本人イコール、勇者と言う公式でもあるのか。日本人の転生者は変態で、変人で、そして勇者とも呼ばれているようだ。
答えずに、エルフちゃんは大人たちに声をかけた。
「ねぇ、おじさん達、そろそろ――」
いつの間にかレックの手をつないでいたが、まったく気にしていない。つないだまま、手を離すタイミングを失していたのか。
あるいは、お子様が迷子にならないように、手をつなぐお姉さんの気分かもしれない。お姉さんぶるのが好きなエルフちゃんである。
そういえば、なんと言う名前なのだろうかと、レックは改まった。
「あのさ、自己紹介してなかったけど――」
共に戦った仲である。なれなれしいというよりも、礼儀として、そろそろ名乗りを上げたかった。
答えが、遠くからもたらされた。
「コハルちゃ~ん、ごはんですよぉ~」
空から、エルフのお姉さんが飛んできた。
金髪が風にそよぎ、風に乗って現れる。そんなエルフとしてのイメージを守ってくれる、エルフのお姉さんだ。
最初、レックはそう思った。
「………コハルちゃん?」
すっごく、和名だった。
古代ギリシャ風とか、ローマ神話で出てくるような名前を想像していたが………まさかの、日本人の名称であった。
コハルと言う名前のエルフちゃんは、お返事をした。
「オユキ姉ちゃん」
金髪が、風にそよいでいた。
オユキと言う名前は、さらに世代をさかのぼる印象だ。
レックは、固まっていた。
エルフが風に乗って現れた。その印象は間違えていなかったが、『くのいち』という忍者なお姿であったのだ。
エルフのお姉さんが、忍者スタイルで、逆さまだった。
レックは、遠くを見つめた。
「さすが、姉妹ッスねぇ~」
風にそよぐ金髪だけは、そっくりだった。
服装は、世界と言うか、時代が違っていた。セーラー服と忍者スタイルと、いっそコスプレだ。
妹さんが変身ヒロインをこじらせて、お姉さんは時代劇をこじらせているようだ。まさか、エルフの全員でないことを祈りたい。




