お片付けと、レックの魔力
ガンマンコートの、ひ弱な金髪なボウヤ。
それが、レックの見た目である。
今においては、ミンチの香りがまとわりついていた。解体をすれば、必ずまとわりつく香りであるものの、あまりに濃密で、吐き気がしそうだ。
巨大オークの皆様は、今は食材と残骸の間をさまよっていた。
「ハンバーグとか、しばらくはいいかな………」
アイテム・ボックスに回収しつつ、つぶやいた。
今は、ベジタリアン気分だ。肉汁ジューシーなステーキより、しゃきしゃきレタスが、とても恋しい。
巨大な肉の固まりや、ミンチの塊を回収する合間の、現実逃避である。
レックは、見上げた。
「あのぉ~、エルフの姉さん、少しくらい、手伝ってほしいなぁ~って………へへへ、どうでござんしょ?」
小物パワーを小出しにして、見上げた。
金髪の、さらさらロングヘアーが、はるか頭上で輝いていた。
エルフらしく?木の枝にたたずむのは、見た目は12歳のエルフの女の子だ。さらさらロングヘアーは、金髪だ。木漏れ日のかすかな明りでも分かる、街中とは異なる美しさを持つ。
美少女は、たたずむ場所で、美しさが変わるのかもしれない。
両手にヘビー・マシンガンを構えても、美少女な戦士なのだ。
中身は、レックの何倍も生きているはずだ、油断してはならないと、前世の浪人生が忠告をしてきた。
風にそよぐミニスカートが、男心を挑発している。自らの美しさを、よく理解しているエルフの美少女様なのだ。
操られれば地獄だと、先人達も語っている。
レックは、改めて声をかけようかと、口を開く。
「だって、見張りだも~ん」
先に、エルフちゃんが答えた。
クスクスと、笑い声がセットであった。
レックに面倒な仕事を押し付けて、サボっている。そんな気持ちがばれてもいいと分かっている、女子の高笑いが伝わってくる。
見た目も、声も、とても可愛らしいのだ。男子を操るなど、チョロイ――と言う女子の優越が、聞こえてくるようだ。
レックは、ぐぬぬ――と、こぶしを握るしかないのであった。
追撃が、放たれた。
「あぁ、クリスタルは、欠片も全部だからね~」
なら、攻撃方法を選んでほしかった。
砕けた破片は、探知を使っても発見できるか、自信はない。
エルフであれば、森の力を借りて、いくらでも方法があったのではと思う。むしろ、エルフの魔法ではなく、か弱き人間の冒険者と同じ武装を、マジカル・ウェポンシリーズをぶっ放したことが、疑問であった。
変身と同じく、趣味だと直感した。
カ・イ・カ・ン――
このセリフのために、セーラー服なアーマー戦士さんは、ヘビー・マシンガンを撃ちまくったのだ。
さぞ、弾丸の費用がかかることだろう。一般のご家族にとっての、一ヶ月分の生活費が放たれたのかもしれない。
「まぁ、オーク一匹でも元は取れるし、たくさん討伐してるし、なにより――」
頭上のセーラー服のエルフちゃんは、ポーション職人である。レックを半ば強制的に引っ張り出したとはいえ、代価はポーションであった。
ルペウス金貨でなければ購入できない高級品という、上級ポーションらしい。そして、エルフ並みの魔力がなければ、上級ポーションを作れないとも言う。
技術的にも、魔力的にも、並みのポーション職人では、不可能なのだ。
いくらでも、ルペウス金貨を手に出来るご身分なのだ。
それほどのエルフ様がヘビー・マシンガンを両手に、ツー・ハンドに撃ちまくるなどと、いったい誰が予想できるのか。
セーラー服であった。ならば、変身ヒロインというお約束は、覚悟すべきだったかもしれない。
突然、レックは違和感に襲われた。
「え、なんだよ、今のっ」
レックは、見上げた。
何十メートルもある大木が、どこまでも続いている。木漏れ日は地面まで届くことはなく、それなのに、うっとうしさや寒い暗さを感じない。
それは、魔法の力に満ちているためだと、レックは感じた。
再び、声を上げる。
「ちょっと、今の声………まさか――」
どこまでも続く、深い森。
それも、はるか古代よりつづく、神秘の森なのだ。そこは、エルフの森と呼ばれている。エルフと言う種族が住まい、人の近づくことが許されない聖域となっている。
縄張りと言う表現が分かりやすい。それは国とも呼ばれる。エルフの国は、今をなお、神秘と呼ばれる。
不思議な声は、レックの頭の中に響いていた。
今度は落ち着いたおかげで、はっきりと聞こえていた。
どこかで耳にした、エルフ姉さんの声であった。
“あんたになら聞こえるでしょ?声を上げるの、疲れるもん”
肉声ではない、頭に響いていた。
ぼんやりと、レックは見上げていた。
スカートの中身が見えそうで、見えない角度である。スカートの中を覗くつもりはないが、これ以上見つめていてはデリカシーにかけると、背を向けた。
代わりに、念じた。
“念話………だよな、魔法で声を届けるってヤツ”
テレパシーや魔法通信など、呼び方は様々だ。
そして、アニメやラノベよりも古く、テレパシーは知られていた。ファンタジーではおなじみの通信手段と言うべきだ。
当然、魔力が必要で、一般的な通信手段ではなかった。
ただし、大声より楽と言う発言は、エルフに限定されるだろう。レックも、かなりの魔力と集中を強いられた。
声は、笑っていた。
“クスクス――だってぇ~、あんた、ケータイ持ってないんだもん”
小生意気な、大人を馬鹿にした女子中学生の笑みが見えるようだ。優越感まで、伝わってきた。
レックは、ふてくされた。
“ケータイ持ってる人間って、どんだけいるんッスかね………”
少ないはずだ。
念話を使える人間と、ケータイを所持する人間の、両方ともだ。
何より、誰もが扱える能力や、誰もが手にしているアイテムであれば、エルフさんは自慢げにするはずがない。
レックの不機嫌は気にせず、エルフさんは話し続けた。
それは、驚きの内容だった。
“あんただって、大声出すより楽でしょ?魔力値だと、200はあるだろうし………ううん、500くらいはあるのかな?”
レックは、固まった。
エルフの姉さんとしては、何気ない一言であろう。
しかし、レックにとっては驚きだ。『マヨネーズ伯爵』の都で計測したときには、魔力値は120だった。それでも、かつての40の数倍と跳ね上がって、驚いたものだ。
それが、倍近い200や、まして500などと、あるわけはない。
「500なんて、カルミー姉さんでもそのくらい………いや、超えちゃってる?」
驚きに、震える。
最後に計測をして、まだ一ヶ月も過ぎていない。討伐戦を何度か繰り返したとしても、急激に伸びるものではない。
考えられるのは………
「ちょ、オレって、そんなレベルなの?」
驚いていた。
真の力は、思ったよりもあるのではないかと、興奮に震えだす。前世などは、雄たけびを上げていた。
やはり、転生主人公だったのだと、叫んでいた。
エルフの姉さんは、あきれたようだ。
“オークの群れをなぎ払ったアレ――あんたのオリジナルだろうけど………その辺のカノン系より、ずっと強いよ?”
中級の攻撃魔法の代表は、カノン系である。
魔力を圧縮した固まりのサイズが、小石、握りこぶしと違ってくる。握りこぶしのカノン系は、大木をへし折る威力である。
まさに、大砲なのだ。
“いや、それは水鉄砲って言うか、圧力をかけ続けただけで――”
“いやいや、圧力を加えるだけで、どれだけ魔力が必要か………って、圧力を維持するほうが大変だからね?”
知っているはずだと、エルフの姉さんは、あきれた声を隠さない。
最初に込められた魔力の総量も、並みの中級魔法を上回っているらしい。肉声でない分、心の動きがはっきりと伝わるのだろうか。
ならば、レックの驚きも伝わっているはずだ。
驚きは、つづいていた
“代々の勇者――っていうか、転生者は並外れるのが普通だし。一人で、二人分の魔力はあるから、掛け算でもっとすごいことも――”
姉さんの言葉は、途中からレックの耳に届かなくなっていた。驚きすぎて、理解の容量をオーバーしてしまったわけだ。
一つの野望が、膨れ上がっただけだ。
チート、出来ちゃう?
むくむくと、前世の浪人生が巨大化を始めた。
両手をぐっと握り締めて、うなり声を挙げていた。
声にも、出していた。
「テンプレが、来たぁあああっ!」
こぶしを天に突き出して、叫んでいた。
セーラー服のエルフちゃんは、そんなレックを、静かに見下ろしていた。かわいそうな子を見る瞳で、見つめていた。




