エルフの国の、モンスター(上)
レックは、叫んでいた。
「ちょ、ちょちょちょ、おろし、おろしてぇえええっ~」
訂正、悲鳴を上げていた。
風が頬を叩き、ぐるぐると森の光景が上下左右にと暴れ回る。暴れ馬に乗っても、もう少しマシであろう。
レックは、エルフの女の子に手を引かれて、森を移動していた。
やや、風になった気分だ。
「黙ってなさい、舌をかむわよっ」
さすがは、エルフだ。
服装は、ややふざけている。ミニスカートのセーラー服であったが、やはりエルフなのだ。すごいと、レックは感心していた。
森の木々を利用して、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。その速度は、森の木々を抜ける風のようだ。
ちらちらと、元気いっぱいの太ももが見えるが、男子として喜ぶ余裕は、ゼロである。
むしろ、マイナスだ。
今すぐリバースしそうで、気力もマイナスゾーンだ。
エルフの遊歩道から飛び出して、どれほど進んだのだろうか。見た目は12歳あたりのエルフの姉さんには、はっきりと目的地が見えているようだ。
唐突に、木の枝に留まった。
「さて、このあたりで作戦でも――って、どうしたの?」
セーラー服さんは、腰に手を当てて、レックを見下ろしていた。散々レックを振り回していたことは、気にしてないようだ。
レックも、気にする余裕は無かった。今はただ、リバースしないように、浅く呼吸を繰り返すことに、神経を集中していた。
気遣いだろう、目の前にポーションが差し出された。
ポーションを飲む前に、リバースしそうだ。空を飛ぶことは、魔法の存在するこの世界である。前世としても、とてもあこがれるのだが………
レックは、誓った。
空だけは飛ぶまい――と
「ほら、しっかりしなさい」
魔法の薬品の香りが、レックの嗅覚にケンカを売った。
あきれたようなエルフさんが、ちょろちょろ………と、レックの頭に水をたらした。薬品独特の香りが、いまにもリバースをさせそうに――
レックは、呼吸を整えながら、顔を上げた。
「ポーション………っすか――」
吐き気は、おさまっていた。
さすがは、エルフのポーションである。効果はすぐに現れ、レックは言葉を話す余裕を取り戻し、すぐに頭がすっきりしてくる。
小さな小瓶が、逆さまになっていた。
傷口にかけても、飲んでも、それぞれに、それぞれの効果がある。安物であっても、このエルフの姉さんが作成するポーションは、いいお値段がするだろう。
しっかりと、レックを回復させていた。
「なさけないわねぇ~、それでも冒険者なの?」
お子様は、容赦がなかった。
ポーション職人のエルフの姉さんは、見た目は12~13歳の中学1年生でいらっしゃる。あるいは、ランドセルを背負ってもおかしくはない。
実年齢は、レックの何倍も生きているロリババ――お姉さんであるため、少しは優しくしてほしいと思うのだが………
微塵も顔に出しては命に関わる。レックは小物パワーを発動させた。
「い、いやぁ~、姉さん、申し訳ないでやんす。あっしは空を飛んだことなんて、ないもので………」
すでに、大木の枝に腹ばいになっている。
これ以上腰を低くすることは出来ない、レックは愛想笑いで、そっと顔を見上げた。お相手はミニスカのセーラー服であるため、男子としてはラッキーなのだろう。
だが、そんな気持ちは微塵も起こらないのが、ロリババと認識した悲しさだ。
エルフの姉さんも気にしていない。お子様ゆえに気にしていないのか、長生きをしすぎて、気にしなくなったのか、どうでもいいことだ。
姉さんは、指を刺した。
「あっち………探知魔法くらい、つかえるでしょ?」
気遣いは、なかった。
やっと回復してきたところであるが、容赦ないことだ。レックは言われるままに、探知魔法を発動させた。
もちろん、大声で叫ぶことは自重した。すぐ近くにいるわけではないだろうが、大声は危険だと感じたわけだ。
レックは、冷や汗をかいた。
「なんだ、あれ………」
探知した反応が、ヤバかった。
レックは、松明を顔に近づけられたように、だらだらと汗が流れる。レックの探知魔法は、あまりレベルが高くない。ゲームやラノベでよくある、種族や攻撃力、HPなどという、細かな情報は分からないのだ。
だが、はっきりと分かった。
城壁が突破されました、緊急クエスト発動です――
脳内で鳴り響いたサイレンは、やはり正しかった。冷や汗をかくほど、桁違いのモンスターであると、レックは感じた。
セーラー服のエルフさんは、小さく笑みを浮かべた。
「ようやく、分かったようね。まぁ、外ではボスクラスって所かな………って、どうしたの?」
見た目は12歳のエルフの姉さんは、不思議そうにレックを見下ろしていた。ベテラン冒険者の姉さんが、新米のボウヤへ送る眼差しだった。
このくらい、たいしたことないでしょ――という瞳なのだ。
レックは、ちょっと待て――と言う気持ちでいっぱいだった。ハードモードは覚悟していたが、覚悟を上回るレベルだと、低レベルな探知魔法でも感じるのだ。
レックは、おずおずと、口を開く。
「姉さん、オレってブロンズなんで――」
ブロンズなんで、役に立てそうもない。
レックは口にしようとした。エルフの戦士がいるだろう、本職に任せようと、言いたかった。
姉さんは、最後まで言わせてくれなかった。
「アレくらいなら、いけるでしょ?あんたが『マヨネーズ伯爵』の森でやったって話、あのイノシシと同じくらいよ?」
不思議そうに、小首をかしげていた。
その姿だけなら、とても可愛らしい女の子だ。やや年下の恋人としてなら、やはり振り回されるのがレックであろう。
実年齢は、すっごくお姉さんであるため、やはり振り回されるレックである。
レックは、涙目だ。
「えっと………オレ、それで死に掛けたんッスけど?」
恐怖が、よみがえってきた。
気付けば一部が黒コゲという、ローストが横たわっていた。そのときの記憶はあいまいで、気付いたときには、気付いたのだ。
転生、しちゃった――と
どれほどの威力であったのか、レックは覚えていない。
ただ、遠くからも分かるほどだったようだ。救出に飛んできた、テクノ師団のおっさんが教えてくれた。
ヘリのような、ややSFの乗り物で飛んできたのだ。並みの冒険者では立ち向かえない、放置しては、あまりに危険と判断されれば送られるという切り札の皆様だ。
それほど、ヤバイ相手であったということだが………
「だから、黒こげにしたんでしょ?」
エルフの姉さんは、動じていなかった。
「森だから、威力は抑えてほしいけど………って、ボウヤ、どうしたの?」
きょとんと、お子様のポーズを取っていた。
命の危機レベルのモンスターでも、あぁ、人間ならそうなるかな………と言う、あっけらかんとした反応だ。
レベルが違いすぎて、弱い人の気持ちが分からないという、アレである。
見た目には、まったく違和感のない見た目は12歳の、実年齢は100を超えているであろう、エルフである。
レックは、大慌てだ。
「オレ、炎の魔法なんて使えないッスよ」
この誤解は、大慌てで解かねばならない。
そう思っていたが、口にしながら、おかしいと思い出す。
イノシシのモンスターが出没した、討伐してくれ――
当時のレックは、ブロンズの中級ランクだ。魔力はあっても、下級の攻撃魔法すら使えなかった。
だが、リボルバーは、扱えるのだ。
発射に少々魔力が必要だが、攻撃魔法を放つよりもずっと少なくてすむ。底辺冒険者の攻撃力を底上げする、マジカル・ウェポンシリーズのおかげである。リボルバーもその一種で、側面にあるクリスタルの作用で、低レベルながら、防御も可能だ。
そんなレックなら、木の上からモンスターを探し、一方的にリボルバーの攻撃で、討伐が出来るわけだ。
突進ついでに大木を折ってくるとは、思わなかった。
完全に、情報のミスである。
あるいは、予期せぬ事態であったのか………テクノ師団が出てきたことも、緊急性の高さを思わせた。
レックは、自らの手のひらを見つめる。
「黒こげ………そうだった。なんで忘れてた………リボルバーで黒こげはありえないって、オレの魔法………いったい――」
手のひらが、震えてきた。
自分の力が恐ろしい。そんな、魂が燃えるワードを口にするとは、思わなかった。しかし、いざ口にしてみると、実感してくる。
リボルバーでは、黒コゲに出来ないのだ。
マジカル・ウェポンシリーズであり、魔法のビーム・ガンと言い換えることも出来る、リボルバーである。
レックの魔力が流れ込みすぎたとしても、ビームなのだ。
熱の光線ではなく、衝撃波のようなもので、熱はなく、森で乱射しても、火災の恐れはない。
イノシシだけが、黒コゲだったのだ。
「ふぅ~ん………力を扱いきれてない………か。珍しくはないか――」
ぶつぶつと、エルフの姉さんは考える。
それでも、かなりの攻撃力を持っていると、耳に挟んだ。ゆえに、ちょっと力試しついでに、モンスター討伐に誘ったわけだ。
『爆炎の剣』との討伐に、単独で巨大なホーン・ラビットを討伐している。実力としては、過大評価ではないと判断したという。
迷いながら、姉さんは問いかける。
「でもさ、そこそこ出来るでしょ?」
巨大なホーン・ラビットを一撃で倒したことも、知られていた。ただ、それだけなら、マグナムと同程度の威力である。
最大威力は、ボスのゴブリンさんを真っ二つにする、レーザー・ビームのような熱水なのだ。
「ボウヤのオリジナル魔法だと思うけど、中級程度の威力はありそうだし、熱水だから、火事にならないだろうし………」
頬に人差し指を添えるポーズのまま、美少女ポーズのまま、エルフの姉さんはレックに命じた。
「考える時間は終わり。モンスターは、攻撃されたら突っ込んでくる。そのパターンは一緒だから――頼んだ」
指を、びしっ――と指し示していた。
レックは、改めて探知魔法を発動させ、圧力の接近に気付く。ホーン・ラビットの巨大バージョンなど、可愛いものだ。ボスのゴブリンさんが、フルアーマーになったような凶暴なそれが、近づいてきた。
レックは、叫んだ。
「と、トンカツだーっ」
とっても、混乱していた。
かつてはゴブリンの強化版として、昨今では食料扱いされるモンスターが、大群であった。
武装オークの団体様の、登場だ。




