おどろきの、エルフの道
めまぐるしく、森、森、森――と、景色が過ぎて行く。レックはのんびりと、その光景を見つめるだけだった。
ぼんやりと、《《突っ立っているだけ》》だった。
「ここでも、SFかよ………」
悟った瞳で、つぶやいた。
分かっていた、分かっていた………と、レックはつぶやいていた。
立ち止まっていても、《《景色は変わっていく》》のだ。パーキングエリアから、エルフの団体様に案内された道は、森に隠れた道であった。
だが、ファンタジーにお約束の、エルフの道ではなかった。
「空中の遊歩道………木製ってだけで、ほぼSFじゃんか………」
道が、動いていた。
いや、前世でも動く通路は存在していた。正しい名前は覚えていないがエスカレーターのように動く通路で、手すりがあった。
SF映画やアニメでは、当たり前にあった、動く通路だ。
そうした往年のSFで表現された技術は、いくつか実現されたのが21世紀である。それが、異世界でも実現されていただけだ。
ただ、速度がおかしかった。
過ぎ去っていく木々の光景から、速度はバイクで走る程度と感じた。時速30キロはあるのか、いいや、時速50キロかもしれない。
徐々に加速したわけではなく、気付けば周囲の景色があわただしく動いていたのだ。
よくも、転ばないものだ。風の圧力も感じない、何かのフィールドと言うか、力場と言う結界があるに違いない。
手すりすら、存在しないのだ。
気付けば、エルフの団体さんが会話に加わっていた。
「昔は魔法で“道”を通したんだけどね、こっちならほとんど魔力を使わないし、周りの景色を見ることも出来るしね」
「そうそう、すぐに通り抜ける“道”と違って、異変を見ることも出来るから」
「それに、旅人さんが驚く姿も見られるし、私達の作る“道”だって思い込んだままだったりするし………」
エルフの団体さんが、レックに解説をしてくれる。のんびりとして見えて、全てを把握しているというのか。
そして、かつてはファンタジー気分がくすぐられる、エルフの道があったようだ。それをわざわざ、ややSF風味の空中の遊歩道にしてくれたわけだ。
古きよきファンタジーが、ここでも台無しにされた気分だった。
エルフへの幻想は崩れているが、全てではない。エルフの森の周囲百キロは緩衝地帯として手つかずで、そして、さらにその奥へ進んだ古い、古い森が、エルフの森なのだ。
前人未到の、神秘の土地。
「ところで――」
レックは、気になった事を口にした。
案内してあげる――そう言って、レックの前に仁王立ちをしている女の子は、『マヨネーズ伯爵』の都で、レックが出会ったエルフである。
レックが初めて出会ったエルフであり、いきなり幻想が吹き飛んだ、ケータイを自慢する、歩く90年代だった。
見た目だけなら、セーラー服を着た女子中学生だった。
「………えっと、どうしてここへ?」
「だって、森のエルフだもん、たまには里帰りするよ」
エルフのいう、たまに――が、何十年か、それは分からない。
そうではなく、レックを出迎える団体さんの一人だったのだ。バイクの一人旅であるレックより、早く到着したのは分かるのだが………
寄り道もしたが、レックよりも早く待ち伏せできるとは、思えない。エルフの魔法であってほしい、なにかがあると、思いたかった。
レックは、思い出した。
自分よりも早くエルフの森へ到着された。そんな疑問など、些細なことだ。レックはさらに重要なことを思い出していた。
腰を低く、お伺いをした。
「あのぉ~、ケータイの姉さん。前にスプルグの転生者と会ったけど、何で――」
ここまでしか、口に出来なかった。
子供は、子ども扱いをしてはならない。さらには、生きた年齢は、レックが遠く及ばないお姉さんなのだ。
そんなエルフに、レックは警告をされたのだ。
『マヨネーズ伯爵』の都にて、偶然、出会った。少し会話をして、それでお別れと言うときに、言われたのだ。
もしも『スプルグ』からの転生者に出会ったら、すぐに逃げなさい――
その『スプルグ』の転生者は、スーパー・ロボットのパイロットのエルフ様だった。見た目年齢は、目の前のセーラー服と同じく12~13歳の女の子だ。
あくまで、見た目だ。
「言ったのに――」
ご機嫌、斜めだった。
訊き直そうかと、レックは少し身をかがめる。こういう場合は、逆らってはならない。大人の女性過ぎるロリババ――お姉さんであっても、女の子なのだ。
考えては、いけないのだ。
「アイツに関わったら、大変だって………せっかく――」
ぶつぶつと、ご機嫌斜めだ。
こうして見ていると、子供っぽくて、可愛らしいと思った。ケータイを自慢するのも、新しいおもちゃを自慢する子供だとすれば、理解できる。
ご機嫌が悪くなったのも、すぐに分かった。
関わらなければ、幸せだ。レックは現実逃避がしたくなり、周りを見回した。
「………エルフの王国………か」
どこまでも続く、森、森、森………
エルフの森らしいとも言える。木々に混じって、クリスタルが松明のように輝く支柱も横切っていく。結界のための装置なのか、少しファンタジーの印象だ。バリアと言うか、結界と言う防衛システムか、警報装置か………
「どうしたの?」
ケータイの人は、子供っぽく振り返った。
レックは、愛想笑いを浮かべる。
後ろの団体様は、そんなレックの様子を、ほほえましそうに見つめている。いや、この中で最も若い、背伸びをする女子中学生のエルフの子を見守っているのか………
エルフたちは、どこかを見ていた。
女子中学生エルフが動いた。そのため、やっと気付いた。
穏やかに見えて、どこかを気にしているようだ。さて、どうなるのか………そのような、のんびりとした気配だ。
「えっと、皆さん………」
ただ事ではないのか、新たな旅人か。
「ボウヤ、冒険者なんだろ?私の作ったポーションをやるから、手伝いなさい」
突然の依頼に、レックはやや固まる。
見た目は12歳あたりの、前世では中学生のセーラー服は、ポーションのお店をなさっていた。お値段はかなりすばらしかった、懐が豊かでも、戸惑うレベルだ。
それだけ、高品質と言うことで………
レックは、周りのエルフたちを見渡す。
許可を求めるレックの目線に、エルフの皆さんは、優しくうなずいてくれた。この依頼は、エルフの国としての依頼として、引き受けてよさそうだ。
レックは、コートの内ポケットのリボルバーに触れる。
「お客ってだけより、貢献があったほうがいいよな――」
突然の訪問者に、皆さんは興味を抱いている。
旅人は、なにも変化がない村人にとっては、最大の娯楽である。
レックも、かつて村人Aであった。
退屈な日々において、旅人が訪れた。ただそれだけで、お祭り騒ぎであったのだ。些細な話でも、何気ないことでも、全てを聞きたがったお子様が、レックである。
エルフたちも、同じらしい。
だが、なにもしないのに歓迎されるのは、少し気まずかった。何かお役に立てるなら、やってやろうと、レックは意気込む。
依頼内容を教えてもらおうと、冒険者の瞳で、女子中学生なエルフをみつめる。
レックが声を出すより早く、エルフの人は微笑む。
「気付かないか………モンスターが出たんだよ」
ケータイのエルフさんは、乱暴に答えてくれた。
乱暴と言うか、そんなことも分からないのかと言う、あきれた気持ちが伝わってくる。はっきりと馬鹿にしないのは、人とエルフの違いを理解しているという、大人の態度であった。
隠しきれないあたり、まだお子様なのだろう。
お子様レックは、むっとしていた。
「えっと、エルフの結界って、ないの?パーキングエリアから、ずっと気配があったけど」
「森全体が、強い魔力を帯びているからね………だから、弱いモンスターは近づかないってことで………強いよ?」
レックの脳内で、BGMがこだまする。ボスの登場シーンで流れる、強敵出現で流れる、アレである。
心臓がドキドキ、音楽が流れるだけでアドレナリンが口からあふれる、アレである。
弱いモンスターは近づかない――
エルフの森である。結界があるのではないのかと、レックが感じたのは、間違いではなかったらしい。
潜り抜けることが出来るのは、高ランクのモンスターだ。
レックの脳内で、BGMが大音量で鳴り響く。
『城壁が突破されました。緊急クエスト、発生です――』
突然の、イベントシーンで、強敵が現れたシーンである。前世の浪人生が、ハッスルしていた。
現実のレックは、恐る恐ると、訊ねた。
「オレ、ブロンズ――」
強敵と戦うには危険だと感じている、まだ新米と呼んでほしいと、心では思っているレックである。
上級にランク・アップをしていても、結界を突破するレベルが相手なら、さすがに早いのではないかと、冷や汗がだらだらと流れる。
見た目はお子様なエルフさんは、レックの手をつかんだ。
「いくよっ」
レックの返事は、必要ないようだ。
ハードモード、スタートだ。




