ようこそ、エルフの森へ
ホラーが苦手な方、すみません。
看板のお姉さんを見上げて、レックはつぶやいた。
「アレなのか、フラグなのか、なぁ、貞○さんよぉ~………」
魔法の、スクロールと言うものがある。
誰もが魔法を使えるわけでもなく、また、すべての魔法を習得することなど、不可能だ。だれしも得意な魔法や、苦手な魔法があるのだ。
そして、手軽にほしい魔法を習得している師匠が見つかるわけでもない。
魔法のスクロールは、そういう人たちにありがたいのだ。
わずかな魔力で、魔法を発動させる。その使い道は、目の前で実戦をしてくれるスクロール先生なのだ。
レックが最新版だと見せられたのは、ビデオテープだった。どう見てもビデオテープであったが、出てきやがったのだ。
貞○さんが、異世界デビューしていたのだ。
「ど、どど、どうぞ、どど、どうぞ………こちら――へ」
レックを見下ろすように、お姉さんは仁王立ちとなる。そして、おぞろ、おぞろしく腕を伸ばして、指差した。
にっこり笑顔に影がさして、不気味だった。
レックは、逆らう気力はなく、指差す先を見つめた。
『P』マークがあった。
「あぁ、パーキングマークね。知ってますよ、免許は持ってなくても、マックの『M』とか、パーキングの『P』とかは、知ってますよ………」
乾いた笑みで、見つめていた。
前世の知識は、レックには自然に思い出せる記憶に過ぎない。そのために、違和感に気付くことがあれば、逆に遅れることもある。
驚いているほど、その鈍さは致命的になる。
この世界にバイクはあっても、前世のような道路標識はなく、パーキングエリアを見たのも、初めてだったのだ。
妙に現代的なパーキングエリアが、森の奥に広がっていた。
フラグなのだ。
「いくしかない………よな」
とろとろと、ゆっくりとパーキングエリアへと入った。木の葉が覆いつくした駐車場を想像していたのだが、きれいだった。
誰も使っていない、無人のはずの駐車場と言うパーキングエリアのはずだ。
掃除をしたばかりのように、きれいだった。
「ち、ちちち、チケット、チケット――」
パーキングエリアの入り口を少し入ると、にょっきりと、キノコが現れた。
駐車場の入り口にある、チケットを出してくる自販機さんなら、知っている。チケットを取らなければ、入れてくれないのだ。
親戚のようだ。
「ち、ちちち、ちけっとを、チケットを、チケットを………」
チケットを取るまで、壊れたオルゴールのように、DJするに違いない。DJのように、同じ箇所をキュルキュル――と、繰り返すに違いない。
レックは、心に誓った。
やらかした転生者、待ってやがれ――と
「なになに………『ひきかえけん』――って、何でひらがな?」
チケットを手にしたが、ふざけていた。
ファンタジーのお約束として、この世界の文字は、読むことが出来た。と言うより、レックの知識との、統合に近い。
転生した時点で、前世を思い出した時点で、どちらも自分の経験なのだ。
おかげで、レックは認識できたのだ、日本語だと。
ひらがなだと。
この世界の人々には、奇妙なマークに見えただろう。しかし、これで確定した、この演出は、転生した日本人の仕業だと。
「引換券――って、漢字で書くよりは、分かりやすいのかな。異世界の文字だから」
チケットをコートのうちポケットにしまうと、固まった。
ようやく、気付いたのだ。
看板から現れたお姉さんが、静かだった。
先ほどまで、バグったのか、ノイズなのか、うるさくDJしていたお姉さんが、静かになっていたのだ。
レックは、恐る恐る見上げる。
「フラグ………やめてくれ、フラグらないでくれぇ~………」
ふざけていて、本当の恐怖が待っている。
そんな設定など、いらないのだ。自然と、コートの中のリボルバーに触れていた。冒険者としてのレックは、常に気を張っているのだ。
前世の浪人生が、ちょっと興奮しているだけだ。
ざざ――っと、ノイズが大きくゆがむと………白黒になりやがった。
「ちっきしょ~………正体を現しやがったぜっ」
リボルバーを、構えた。
看板娘のお姉さんの姿は、完全に消えていた。ノイズの彼方に追いやられたのか、垣間見えていた貞○さんが、そこにいた。
前髪をだらりとした○子さんが、レックを指差して、棒立ちしていた。
レックは、震える腕で、リボルバーを構えていた。魔法の銃なのだ。魔法の攻撃を放つ、どちらかと言うと、ビーム・ガンなのだ。
どうか、効果があってほしい。
貞○さんは、まっすぐとレックを指差して、告げた。
「おまえは、あと700年後に、死ぬ………――たぶん?」
宣言しておいて、たぶん――といいやがった。しかも、可愛く小首を傾げる演出が、えぐかった。
レックは、叫んだ。
「七日じゃ、ねぇ~のかよぉ~っ!」
転生者向けの、サービスだった。




