レックと、神殿 2
どうぞどうぞ、お進み下さい――
太ったおっさんに導かれ、レックは神殿へと足を踏み入れていた。
動く石畳のおかげで、長い階段も楽である。イメージがちょっとディストピアと言う真っ直ぐなコンクリートの塊が、不安を呼ぶだけだ。
さらに不安を呼ぶおっさんが、とっても気になった。
「魔女っ娘命って………」
レックは、このままUターンしたい気分であった。
本日の授業は、神殿の見学会である。ありがたいことに、神殿のおっさんが案内をしてくれるのだ。
ヲタクという姿をしていたため、不安だった。
空飛ぶ座布団が、静かに止まった。
「でゅふふふ………巫女衣装、お似合いでありますぞ」
口調が、とっても心配ランクに跳ね上がった。
魔女っ娘命――とプリントされたコートがフラグだったのだ。昨年のレックの姿が、魔女っ子レック・クリスマスバージョンがプリントされていた。
本日のレックも、男の娘ファッションは外していない、ツインテール巫女装束であった。いったい誰の暗躍があったのか、とても怖い。
正体を現したと、おっさんも転生者ではないかと、レックは思った。
「………アキバ戦士――って、転生者ッスか?」
つい、口に出てしまった。
おっさんは、うちわをパタパタとさせた。
「残念ながら、ドロシー嬢やレック氏のような勇者(笑)ではござらぬよ。ちょっとイメージが浮かぶことがある程度の、普通の転生者でござる」
普通の定義を、改めて授業してほしい気持ちのレックである。
レックのように、前世の記憶が人格を持つほどの転生者は例外だ。通常は、見知らぬ人物の顔や見知らぬ景色が浮かぶ、食べたことのない食べ物を無性に食べたくなる程度だという。
おっさんの前世は、とっても濃厚な人物のようだ。これで鉢巻をしてポスターでも背負っていれば、完璧だ。
うちわで、どこかを指し示した。
「さぁ、こっちでござる」
でゅふふふふ――と、おっさんは微笑んだ。
レックは、一歩下がった。
「レック氏は魔王様を封印する神殿を知っているでござろう。倒せないなら封じてしまえと、魔王を生み出す魔力を、逆に利用するでござるよ」
レックは、愛想笑いを強くした。
下っ端パワーと小物パワーが手を握り合い、絶対に巻き込まれないようにと、ひたすらに笑顔を維持するのだ。
手遅れのようだ
「レッツ・ゴー~で、ありますよ~――」
おっさんが指差したお部屋は、『転送ルーム』と、書かれていた。
後になって、レックは思う。どうして引き返さなかったのかと、魔法学校の授業であれば、エスケープしても良かったのではと………
レックの前世は、遠くを見つめた。
学生のつらさを、学ぶが良いと――
数分後、レックは悲鳴を上げた
「やっぱりぃぃいいいっ~!」
金髪のツインテールをなびかせて、悲鳴を上げていた。
巫女さんスタイルは、誰の差し金か不明である。赤いはかまとツインテールをはためかせて、レックは悲鳴を上げていた。
魔王様の咆哮を受けて、悲鳴を上げていた。
本日の授業は神殿の見学と言うことで、神殿に足を踏み入れたのだ。クラス単位と言うことで、寂しくレックは一人であった。
一般枠に冒険者枠にと、色々とクラスが分けられている。知識や経験が異なれば、それぞれに適した授業を受けてもらおうという、魔法学校の方針である。
勇者(笑)教室のレックは、ハードモードのようだ。
巫女さん達は、微笑んでいた。
「さすが、勇者(笑)さまですわ、まだ学生なのに」
「はぁ、はぁ、あと10年、せめて5年早く出会っていれば――」
「20年の言い間違いじゃない?」
「そんなの、50年も経っちまえば誤差よ、誤差」
レックとの対比が、とっても悲しい。
必死なレックと、いつの間にか出現の見物客と言う対比である。
「封印の神殿での体験学習って、体験学習って――」
聞いてないよ――
レックは続きを口にすることができず、悲鳴がかき消した。
マイクも、叫んでいた。
『さぁ~て、面白くなってまいりましたぞぉ~、生まれつつある魔王様と、新たなる勇者(笑)レックとの対決であります』
神官のおっさんは、司会のようだ。
いつの間にか、カメラアイ・ボールの皆様も勢ぞろいしていた。ホワイトボードや色々は、ミニUFOの皆様が準備をして、サポートメカらしく活躍中だ。
メイドさんも、おいでだった。
「タイミングよく、新たな魔王が生まれようとしています。倒してしまっても良いのだろう――という気分で対決か、素直に封印するか、どしどしご応募ください」
どこかへと向けて、カメラ目線だった。
どうやら、某・クイズ番組がごとく、応募をしているのだろう。賭けごとに寛容な国柄である、動いている金額が、ちょっと怖い。
担任のドロシー先生がなぜ、ご一緒してくれなかったのだろう。そんなレックの疑問は、メイドさんの態度を見て、分かった。
あぁ、サプライズだ――と
「へへへ、どっかのエルフちゃんと同じことをしてくれちゃって、実戦に勝る訓練がないとか、何とか………」
巨大なお口という魔王様を前に、レックは震えていた。
ここがどこかは不明である、魔法で転送されてみれば、一面の岩石地帯であった。
温泉地帯のように湯気がもうもうと、雰囲気が出ている。直系100メートル程度の水溜りが、現場だった。
上空へと向けて、ワニというには丸みを帯びた怪物の口が、大きく吠えていた。
顔だけで20メートルはありそうだ、どうか3頭身の魔王様であってほしい、8頭身だとすれば、160メートルと言う巨体になるのだから。
なのに、神殿の皆様は盛り上がっていた。
「3日かけてまだ顔だけか、もう少し育ってからのほうが――」
「バカをいえ、あまりに力を蓄えすぎれば、封印できるものもできなく――」
「温泉地帯を発見したって聞いてみりゃ、新たなダンジョン街の候補じゃないかっ。温泉地で、魔王が生まれるほど魔力が高くて………ひゃっほぉ~いっ!」
「なら、倒しちまったほうがいいんじゃないか?」
フラグになりそうなことを言い合っているのは、おっさんに爺さんに、がめついばあ様にと、色々とおいでだ。神殿の関係者以外に、様々なギルドの皆様がおいでのようだ。背後にはテクノ師団が使っているヘリらしき乗り物が合った。
ヘリに見えて、ローターがない不思議技術と言う、ややSF名乗りものだ。
おや、UFOまでそろっていた。
「おとなりの、ここはオレの国のほうが近いんじゃないか?」
「何を言う、わが国で生まれた勇者(笑)を呼び寄せているのだ、ここも新たに――」
「まぁまぁ、ここは間を取って、新たな自由都市としてこのババに任せて――」
「3つも自由都市を牛耳って、そりゃないよ、そろそろ若い者にさぁ~――」
レックは、知らないことにしたかった。
レックが謁見した、パイロットスーツの王様だけではない、他の国の王様や、なにやら自由都市の市長様らしきババ様もおいでだった。
大物が集結と言う光景は、魔王様が現れようとしている場所には不似合いだ。よく、側近達が許可をしたものだと、レックは見物していた。
危険ではないのだろうかと、現実逃避を始めていた。
そんなレックの前に、カメラアイ・ボールの人が現れた。
『でゅふふふふ、レック氏、拙者たちの心配は無用でござるよ。生まれる最中の魔王様は、まだ形が生まれている途中なのでござるから――』
通話の相手は、神殿のおっさんだった。
予兆の段階で囲い込み、封印の神殿の準備が始まってしまう。そうした仕組みが何千年も前には生まれているという。
つまりは、お祭りなのだ。
さすが、エルフの国ではお正月の供え物として、獲物扱いである。
アーマー・5の姉さん達のように、人間ではない皆様がいらっしゃる場合では、イベントとして楽しめるだろう。歴代の勇者(笑)が集結していれば、それぞれの必殺の一撃で足を止めて体力を削って、誰かがトドメをさすのだ
その現場に、突撃中だ。
『レック氏、これを使うんでござる。自分のアイテム・ボックスにアイテムを封印する感覚でござるよ。封印のアイテムを経由して、ご自分のアイテム・ボックスに魔王様を封印でござるよ』
アイテムを、渡された。
巨大なドーナッツと言う形は、昨年の封印の神殿を思い出す。魔王の首様が鎮座していた巨大なお部屋の中央に、台座と天井と、一対のドーナッツが輝いていたのだ。
レックは、叫んだ。
「ふっ、封印スキル、発動っ!」
なお、言ってみただけである。
巨大なドーナッツを渡されて、分けのわからないスイッチが古きよきSFのメカっぽくて涙が出る。どれかが自爆スイッチに違いない、勇者(笑)なら分かるでしょ?――という無責任さで、責任を負っているのが今であった。
もちろん、アイテムは発動しない。
「ですよねぇ~………」
レックは、吹き飛んだ。
不用意に動いたことが、原因である。皆様は安全地帯で、バリアもしっかりと広範囲に安心ゾーンである。レックだけが巨大な水溜りのほとりにて、ドーナッツを掲げたのだ。
即座に、水風船を発動する。
呼吸をするように、6つの水球が発生、同時に爆発的に拡大、控えめながら、レックを中心とした直系10メートルを越える風船の塊となる。
前後左右上下と6つの水風船で、弾力もあって着地も安心だ。
カメラアイ・ボールの人もご一緒に、吹き飛んでいた
『いやぁ~、いけると思ったでござるが――』
通話相手は、参ったでござる――と、のんきなものだった。
レックは、上空を見上げた。
「無理でござる」
ドーナッツを上空にかかげて、涙目だった。




