プレ・文化祭 1
ルペウス金貨に、ポドル銀貨に、セス銅貨
レックの前世などは、お約束のとおりだと喜んだものだ。レックたちが当たり前のように使っている、異世界ファンタジーにお約束のコインたちである。
ただ、日常的に使われるのは4ポドルを最大に、1ポドル、20セス、4セスあたりだ。1セス銅貨などは、買い物のお釣りと言う感覚でしかない。
今は、大人気だ。
「へい、2セスのお釣りでやんす――2名様、ごあんな~い」
レックは、1セス銅貨を2枚渡して、微笑んだ。
受け取った4セス銅貨をチャリン――と、隣の木箱に入れる様などは、大道芸人である。ただし、場所は魔法学校の勇者(笑)教室であった。なぜ、セーラー服であるのかは、いつものことである。
いつもと違うのは、本日の学校風景である。
プレ・文化祭が、開催だった。
「バイク部との休日、すげぇ宣伝効果だったな~」
勇者(笑)の教室は、満員御礼と言う状態である。
意図したものではなかったが、お客達が言うのだ。先週の王の都で見たと、遠くからでも、巨大な風船は見えたと――
レックの出し物は、『バブル・フィールド』という、触れると浮かぶ不思議な風船がぎっしりと詰まった教室だ。
もしも前世が実現させようとするなら、大量に風船を買い込み、空気ポンプすらないのなら、一つ一つ、膨らませばならない、過呼吸になって大変そうだ。
レックなら、魔法で解決だ。
手間をかけたといえば、どこからか持ってきた、木箱である。節約は当然の知恵として、ゴミ処理争奪戦から、かろうじて手に入れたアイテムだ。
先週の2連休においては、バイク部の皆様と、お出かけだった。流されるままにツーリングとしゃれ込んで、草原を、森を進み、風船の群れで大空へと飛び上がった休日であった。
それ以外は、なかったことにしたい思い出だ。
5月も始まったばかりと言う本日、レックは声を上げた。
「いらっしゃ~い、勇者(笑)レックの、風船の世界は今日だけだよ~」
学校行事は、お祭りばかりである。
遠足も体育祭も控えているし、10月に本格的な祭りが行われるらしい。ただ、新入生にも早くわかってもらおうと、プレ・文化祭が開催されたわけだ。
任意であるが、クラスメイトがレックだけと言う勇者(笑)教室において、選択肢などあるわけもない。誰もがほうっては置かない勇者(笑)がどのように笑いを取ってくれるのか、注目されないわけがない。
くらげさんステッキを手に、《《女子高生》》のレックは、笑顔だった。
折れ目のついたチェックのスカートにブレザーと、ドロシー先生がプレゼンスである。ふわりと、ステッキを振ると、それだけで、宣伝となる風船が飛び回る。ミニスカートも似合う、筋肉がつくのは先と言う、今だから出来るコスプレだった。
………いや、とある魔女っ子マッチョがムキムキとさせていたと、レックは思い出したとたん、考えを振り払う。
今は、忙しいのだ。
ドロシー生も、手伝ってくれている。
「大道芸のお決まりですよ~、だまされないようにね~」
呼び込みの文言としては、微妙だった。
ただ、教師側としての言葉なら、アリなのかとレックはツッコミを自粛していた。ふざけていても、教師なのだ。
それに、気にする必要もない。続々と1セス銅貨を、4セス銅貨を握り締めたお子様達が、興味を引かれた先輩達が訪れるのだ。
転移魔法がある各地から、続々と魔法学校へとお客様が集まっている。ゴーレムの人も、本日は大忙しだ。
魔力値の計測はお休みで、来場者の対応に大活躍だ。
そういえば、魔王討伐において、続々と解体職人が転移魔方陣から現れたと、レックは窓から見える輝きに懐かしさを覚えつつ、風船を量産していた。
そこへ、顔見知りがやってきた。
「………人気者ね、レック《《お姉ちゃん》》?」
にっこり笑顔で、ルイミーちゃんが現れた。
誕生日の関係で、まだ9歳と言う魔法学校では最年少の天才魔法少女だ。そして、いつもの仲良し5人組もご一緒だ。
「勇者(笑)の催しか、ふっ、試してみるのも面白い」
「さよう、勇者(笑)の新たなる力、見せてもらおう」
「あんたら、まずは私が――」
「浮かぶなんて………ふんっ、たいしたことありませんわ」
相変わらずの、お子様達だった。
入学式でレックをぶちのめした5人組は、先週の2連休でも、仲良く王の都でアイスを食べていたのだ。魔法学校でも、いつも仲良く一緒なのだろう。話題の風船まみれの教室に、一番乗りをしたいと、好奇心が大変だ。
リーダーは、もちろんルイミーちゃんである。
まだ9歳児であるのに、姐御とよばれていても不思議がない、天才魔法少女なのだ。紫を帯びた黒のロングストレートは、母親のカルミー姉さんと言う魔法使いの先生とそっくりである。
本日は、保護者も同伴のようだ。
「やっほ~、レックちゃん――女子高生って衣装だっけ、似合ってるわよ?」
カルミー姉さんこと、パート教師のカルミー先生は、相変わらずだった。
明るいお姉さんと言う姉さんは、30代というレベルをまたいだお姉さんだが、お姉さんは、永遠にお姉さんと言うことを、レックは知っている。
下っ端パワーの、出番である。
「いやぁ~、カルミー姉さん、いつ見てもお美しい――」
いつもの、挨拶であった。
若々しい、お美しい――と、登録された言語が寂しいものの、あまり大げさな言葉は逆効果と分かるレックに、選択肢は少ない。追加で服装をほめるのが、せいぜいだ。
この知恵も哀れな先人達のおかげだと心で感謝しつつ、レックは下っ端パワーと小物パワーを、平常運転だ。
さっそく、案内が始まった。
「浮かぶ感覚に慣れが必要なんで、ゆっくりと進んで下せぇ」
注意事項だけは、忘れないレックである。
ただの風船ではない、レックが魔法で生み出したゴム風船は、山と集まれば人を浮かべることが出来る。大人のひざまでの教室空間であれば、ふわふわ浮かぶ、不思議空間の出来上がりだ。
チャリン――と、セス銅貨をジャラジャラと鳴らして、ご入場である。
途中で、案内のドロシー先生と挨拶を交わすのは、さすがは大人と言う。しかし、お子様の標的は、レックなのだ。
ルイミーちゃんが、レックに急接近した。
「レック、空、飛べるの?」
リスのお顔で、急接近だ。
仲良し5人組として入場したと思ったら、思い出したように、たたたた――と、レックに肉薄したのだ。
レックの癖にぃ~――という、不機嫌モードである。
ルイミーちゃんが6歳の頃からお世話をしていたレックとしては、大変だ――と言うお顔である。
昔馴染みと言う表現がふさわしい、幼女ルイミーちゃんが、遊べ――と、レックの背中に乗っていた日々であった。
悔しそうに、宣言した。
「絶対、飛んでやる――」
決意を胸に、ルイミーちゃんは教室に足を踏み入れた。
空を飛ぶ――
レックの場合は浮遊であるが、飛行能力を持つ魔法使いは、とても少ない。浮遊だけでも魔力をかなり使うのだ、エルフレベルが必要であるため、悔しいらしい。
勇者(笑)の風船教室においては、誰もが体験できるために、人気なのだ。まるで、プール遊びのような状態が出来上がっていた。
新たな足音に、レックは反射的に顔を上げた。
「へい、らっしゃ――」
新たなる、お子様達だと、笑顔を浮かべた。
レックは、固まった
黄金に輝くロングヘアーが、5月の風にふわふわとそよいで、ミニスカートがかわいらしい、見た目12歳が、現れた。
ただ、耳が肩幅まである女の子に、心当たりは一つだった。
エルフと言う美少女ちゃんが、腰に手を当てていた。
「似合ってるわよ、レック《《お姉ちゃん》》」
久々の、コハル姉さんの登場だった。




