レックと、バイク部 5
迷いの森が、近づいてきた。
まるで、古いゲームのようだと、レックの前世は笑っていた。あるいは、児童文学だろうか、しかし、現実にあるとなれば、話は別だ。
レックは、冷や汗だ。
「えっと、迷いの森――ッスか?」
のんきなピクニック気分が、止まった。
モンスターの大群に出くわしても、たかが20匹程度であった。やや大型と言う大群であっても、大発生の中心に放置プレイを食らったレックには、小さな群れである。レーザーでは一撃で、縛りプレイであるために、時間を必要としたに過ぎない。
バイク部の力を、見せてやろう――
そんなイベントと言うバトルを終えて、ちょうどお昼時と、ランチタイムはピクニック気分に戻っていた。
ついでに、予定を確認したのだが………
「地図にあるだろ、森だよ」
「そうそう、迷っちゃうの。動いちゃうから」
「探すの、大変なんだよね」
ロビン先生に続いて、バイク部の女子コンビが笑っていた。
モンスターを大量に討伐して、満足のバイク部であった。そして、ランチタイムで教えられた、次なるイベントだった。
「へへへ………日帰りがムリって、そういう意味ッスか」
日帰りは、ムリだ――
ドロシー先生の指摘の意味が、迷いの森だったようだ。
ならば、はっきりと書いてほしいと思ったレックだが、異世界ファンタジーにおける地図は、かなりいい加減なものだと、納得させる事にした。
せめて、マップ機能くらいほしい、ややSFに発展しているのだ、そのくらいしてくれてもよいではないかと、心で嘆いた。
実際には、不満を漏らすことなどできない、ハートがザコで、態度が小物というレックである。地図を広げて、現在地を確認していた。
「えっと、太陽があっちってことで出発して、まっすぐだから――」
地図の上では、魔法学校は草原の中心にあり、森があり、そして、山があって、また草原があって、王の都と続く。
モンスター出没注意――それくらいは、書いてほしいと見つめていると、お姉さんぶった14歳が、覗き込んできた。
「普通はまっすぐなんてムリだから――っていうか、冒険者でも、シルバー・ランクでもない限り、このあたりは危険だからね」
ホーン・ラビットの大きさで分かるでしょ――と、続けた。
言われて、レックもようやくと違和感を抱いた。
モンスターの大発生の予兆がある。それが、牛サイズのホーン・ラビットの発生である、普段はありえないサイズでの登場が、昨年の遭遇だった。
魔法学校の周囲では、自然と発生するイベントらしい。
「大発生の予兆じゃなくって、巨大化の原因がある………って、それって」
新たなる、フラグである。
答えの出されている、フラグである。
「うん、迷いの森」
「ダンジョン未満………って評価だけどね?」
大型バイクの姉さんが、かぶせてきた。
通常ではありえないサイズが、なぜ、大発生でもないのに現れているのか。ダンジョンのように魔力がたまっている場所がない限り、ありえないのだ。
迷いの森が、答えのようだ。
シルバー・ランクであれば通過できるが、動く沼地のようなもので、結界と結界に挟まれた危険ゾーンでもある。地脈、竜脈と言う言葉がふさわしいと、前世が辞書を片手に、納得の笑みを浮かべていた。
レックは、前世に殴りかかりたい気分だった。脳内では、時折乱闘が起こる、気ままな前世とのバトルが、開催された。
ロビン先生が、とがったサングラスを光らせて、微笑んだ。
「まぁ、レックなら楽勝だろ」
――飛べるだろ?
サムズアップで、微笑んでいた。
脱出経路を探せという意味であろうか、レックが考えていると、お姉さん気分の14歳が、なにかを取り出した。
「飛ぶって、これでしょ?――」
ケータイが、取り出された。
いや、ケータイと言うトランシーバーとは少し異なる、半球形状の映像装置だ。
持ち運びの、立体映像だ。
「………前世よ、見てみろよ、負けてるぜ――」
小さなレックが、目の前で空を飛んでいた。
手を伸ばせばつかめそうだ、小さな立体映像が、叫んでいた。レーザーをロケット噴射のように上空へと打ち上げられる様子が、望遠で記録映像にされていたようだ。
手拍子が、始まった。
「勇者(笑)が、飛んでいるのを見てみたい――」
ニコニコと、14歳が手拍子を始めた。
エルフの国で経験した、勇者(笑)コールだった。
「「勇者(笑)が、飛んでいるのを見てみたい――」」
手拍子が、女子コンビで合わせていた。
ニコニコと、コールしていた。
エルフの国なら、コスチュームが出てくるところだろう。その意味では、助かったといえる。
手拍子が、全員になった。
「「「「「それ、飛べ、飛べ、飛べ、飛べ――」」」」」
レックに、選択肢などなかった。
そして ――
「は~い、その線からこっち、入らないで下さいね~」
レックは言うと、周囲を見渡した。
安全のために、大きな線を引いた。その内側だ。
相棒のエーセフは宝石に戻している。バイク部の皆様が安全を確保している、そして、皆さんもレックから距離をとっていた。
レックが、ジャンプをするためだ。
巻き添えに、注意なのだ。
「ちょっと、見てきます」
レックの周囲には、6つの水球が生み出された。そして手には、くらげさんステッキがある。安全に着地をするには、バブル・フィールドが上である。
水風船の場合、落下地点に誰かがいれば、押しつぶす危険がある。しかし、風船のようにゆっくりと浮かぶバブル・フィールドと言う風船の大群に乗れば、安全な着陸ができるのだ。
準備を終えたレックは、ジャンプした。
「っ――」
ちょっと、涙目だ。
ジャンプと同時に、6つのレーザーを真下に放った。
それによって、垂直ジャンプが5メートル程度のレックの飛距離は、爆発的に上がる。瞬時に上昇、300メートルを超えて上昇中だ。
足元では、歓声が上がった。
入学式のレースが、ヒントであった。そして、3バカが強固なバリアのおかげで、安全に吹き飛び続けた姿が、トドメである。
レーザーで、はいジャンプが出来るのではないか。
むしろ、飛べるのではないかと――
「ひっ………バブル・フィールドっ!」
上昇限度に達した、次は落下と言う高度は、感覚で分かる。レックは、くらげさんステッキを振り回した。
すでに、高さは600メートルほどだろう。空を飛ぶ練習で、色々と体験済みであった。レーザーの射程がキロ単位である、うまくすればキロ単位のジャンプが出来るかもしれないが、あまりの怖さか、コントロールの悪さか、今のところは最大600メートルだ。
周囲を見渡すには、十分な高さである。将来的にはレーザーの数で高さを調整するようになるだろう。6つの全てを放つのは、可能な限り垂直に上昇するため、コントロールが未熟であるためだ。
ゴム風船の大群に囲まれ、レックは呼吸を整える。
「大丈夫、経験済みだ、経験済みなんだぜ、レックさんよ――」
声に出して、自分に言い聞かせていた。
森の上空から、山々と同じ高さとなって見下ろす森は、これからレックとバイク部の皆さんが突撃する森である。
迷いの森と呼ばれている、コンパスが利かない理由が、魔力の密度らしい。エルフの国も魔力に満ちていたが、もちろん匹敵するわけではない。ただ、魔力たまりが頻繁に移動するため、モンスターの発生場所も、その影響による地形の変化も一定ではなく、故に、まっすぐに進むことができない危険ゾーンなのだ。
キャンプができないエリアはわずかであるが、迂回したり安全を確保したりと、余裕を持つのが常識だ。
森を出たところでキャンプと言う程度に、森の範囲も広くなく、危険ゾーンなどわずかで、安全性で言えば、ハードと言うのは甘いらしい。
日帰りがムチャという程度に、慎重を要するだけだ。
レックは、ふわふわと落下を始めた。
風船の数によって落下速度が異なる、見渡す限りを生み出せば、貧弱な16歳の少年程度、何十分も浮遊させることができる。むしろ、風船に乗って森を踏破できそうだ。
自由に方角を決定できれば――という但し書きが付く。
レックは、地上に戻った。
「へへ、地面さん、お久しぶりッス」
風に流されては大変という、運任せが理由は恐怖である。下手をすれば、脱出困難エリアに不時着するかもしれないのだ。
レックは、地面の硬さに、安心の笑みを浮かべた。
そして、報告をしたのだが――
「よっし、そこへ向かうぞ」
ロビン先生は、宣言した。
レックは、甘かったようだ。危険な場所を、魔力がたくさんある、ダンジョンのような気配が刷る場所は、上空からでも雰囲気で分かる。探知魔法と言うより、本能で分かるらしいが、分かったのだ。
結果が、突撃だった。
「では、しゅっぱ~つっ」
バイク部は、吠えた。
レックは、空を見上げた。
「………部活かぁ~――」
知っていたはずである、異世界の部活はハードであると。
入学式のレースでも、すでに体験したはずである。そして、体験入部に過ぎなかったと、今の光景すら、体験入部に過ぎないと
突撃フォーメーションで、突撃だ。




