討伐、ホーン・ラビット
「へぇ~、草原にウサギって………あぁ、ホーン・ラビットか………って、ええええ?」
時刻はお昼には早い時間帯、レックはバイクを転がしながら、のんびりと草原の彼方を眺めていた。
ウサギが、ぴょん、ぴょんと、飛び跳ねていたのだ。
警戒心も、跳ね上がった。
ただのウサギさんではない、ホーン・ラビットという小型モンスターである。
見た目は、野うさぎである。
オレンジに近い茶色で、ねずみ色よりは、やや青みを帯びた色合いに、そして、もちろん白兎もいる。
種類は同じでも、毛皮の色は千差万別。それらにまだら模様があり、名前をつけて可愛がっても、すべてのウサギを見分けることが出来そうだ。
レックは、うめいた。
「でかすぎだろぉおおおおっ!」
サイズは、牛だった。体重は、少なくとも200kgはあるだろう、巨大化したラビットさんだった。
黒と白の模様は、間違いなく牛と同じ模様。そこまでなら、ウサギでもおかしくない、おかしいのは、サイズだった。
牛なのだ。
毛並みだけでなく、サイズまで、牛だったのだ。
「ヤバ――」
レックは、とっさに飛び下がる。
遠めに見て、ホーン・ラビットと思った。角を持つ、それなりに危険なモンスターだ。防御は板切れで十分な、新人冒険者が、最初に勇気を試されるモンスターだ。
近づいてきてバイクを降りて、すぐに宝石に収納する。
同時に、武器を取り出そうとして、しばし迷う。
「ショットガン………いや、マグナムか――」
魔法で、攻撃したい。
あれほどの毛皮だ、きれいに討伐すれば、かなりの報酬になる。まだ懐は暖かいものの、稼げるときに、稼ぎたいのが人情というものだ。
レックは、決断した。
「高圧で、圧力で………熱水のレーザー・ビームにすれば………」
下級の攻撃魔法は、ショット系である。魔法の圧力を、全て前方へ解放する。小石などを投げるスリングショットの、魔法版だ。
活殺自在である点も、魔法の便利なところである。
水流レーザーは、存在しない。
「少なくとも、姉さんに教わってないけど………」
手のひらから湯柱が噴出し、熱湯の雨を降らせたことはある。その圧力を、さらに圧縮することで、なにが出来る。
レーザーだ。
イメージは、水鉄砲だ。
学校のプールで、誰が遠くまで飛ばせるか、勝負をした経験ならある。アニメやドキュメンタリーの、火薬の圧力と、放出も見ている。
「ならば………」
レックは、ホーン・ラビットの突進をかわしながら、圧縮を続ける。巨大な槍をかわしても、油断は許されない。幅広い背中にタックルされれば、意識がふっ飛ぶのだ。巨大なイノシシと言うか、牛のタックルだ。
瞬発力は、ぴょんぴょんと飛び跳ねるウサギさんだ。
「よし、ウォーター・ガンっ!」
適当である。
もっとカッコイイ名前を考えたいが、初回だから、いいだろう。誰かと戦うときには、しっかりと考えたい。
暴発して、大火傷と言う事態だけは、避けたい。中級ポーションだけでなく、上級ポーションも購入しているが、無駄遣いは防ぎたい。
ルペウス金貨様が、吹き飛ぶのだ。
「ギュゥウウウウ――」
モンスターの、断末魔だ。
側面に回りこんだ、その瞬間に、一気に圧力を解放した。目標は、弓矢レベルの細さである、ジャベリンサイズでも、頭が吹っ飛んでくれればよい。
胴体を貫通すれば、かなり毛皮が傷つくが………
「はぁ、はぁ、はぁ………ウサギって、あんな声で鳴くのか………」
牛の甲高い悲鳴に、ねずみの鳴き声をミックスしたような鳴き声だった。
悪夢、決定である。
夢で、角が襲ってくるだろう。これが、命を奪った代償なのかと、討伐の報酬に、胸が躍る。牛サイズのホーン・ラビットは、お肉の買い取り価格だけでも、期待できる。加えて、危険度判定もあれば、懐がとってもうれしい。
ニコニコ笑顔を隠す必要もない、レックはご機嫌だ。
「よし、毛皮の状態も悪くない………熱湯レーザー………いけるな」
攻撃魔法での、初めての討伐である。
煙が立ち昇っている、レーザーの直撃を受けたダメージだ。レーザーと言う言葉は、やはり間違えていなかったと、ガッツポーズだ。
「あとは――」
巨大なホーン・ラビットが、魔力に包まれて、消えた。アイテム・ボックスへの収納シーンである。
レックが、得意とする魔法である。
魔法と言うより、スキルと呼びたい。炎を生み出せる、バリアを発生させる、それら魔法もスキルと呼ぶべきなのか………
「ま、いっか………って、勝利のあとこそ、注意だぜ?レックさんよ――」
キリ――と顔をまじめモードにし、周囲に探知魔法を広げる。ゲームではない、もしかして、巨大な狼がウサギを狙ってきていれば、大変だ。
ゴードンの旦那の教えである。
冒険者として長生きをしたければ、討伐に成功したときが、一番危険だと思え。試合会場で、ルールに則って行われる試合ではないのだと、経験もあるのだろうか………
レックからは、嫌な汗がだらだらと流れてきた。
「そういえば、ウサギって、1匹だけじゃなくて、たくさんいたな………」
探知魔法が、はっきりと違和感を捕らえた。やっててよかった、探知魔法、覚えてよかった、探知魔法。
振り向けば、牛がいた。
色合いは、黒こげのような真っ黒な毛並みに、やや髪を帯びた茶色がキリンのような………
「わかってたよ、群れでやってくるんだろ、いいよ、やってやるよっ!」
3匹が、追加された。
ウサギの数え方は、そういえば『1羽』『2羽』だったような気がしてきたが、些細なことだ。
「だが、彼はまだ、本当のピンチを迎えていないのであった――なんてな?」
レックは、自分にナレーションをしていた。
フラグは、たくさん立てればへし折れるといわんばかりに、悪い予感を口にしたのだ。強がりとも言う、一度成功した水圧レーザーは、準備が出来た。
同時に、発射した。
「しゃ――っ、どたま一撃っ!」
角が、砕けた。
ちょうど、真正面にラビットを捕らえていた、そこへ、正直にジャンピングをかましてくれたための、直撃だった。
「残り、2匹――」
リボルバーを足元に向けながら、レックの集中は、改めて水球を作る。湯気が立ち上り………影が、ちょっとおかしかった。瞬間移動したわけでなければ、おかしな位置から、影が近づいてきた。
「あら、まだいたの?」
フラグは、回収された。
新たに、3匹のウサギが現れた。
やはり、いやな予感ほど、よく当たるのだ。いやな予感ほどよく当たる――という、先人の言葉は、正しかったのだ。
つまり――
「ちっきしょぉ~………やるよ、やりゃぁ、いいんだろっ!」
言いながら、マグナムを発射した。
レーザーには、さすがにチャージの時間が必要である。
「ち………威力が強いか………でも、数を減らさねぇと………」
あわてて連射したため、ちょっとミンチだ。
集中して放つ熱湯レーザーと、比べるべくもない。やはり魔法のほうが、毛皮をきれいの残せるものだと、改めて感じた。
選択肢はない、もはや、余裕を失っているのだ。
近づかれればアウトである、小さなウサギさんであっても、ホーン・ラビットの一撃は、槍の一撃だ。
牛サイズのホーン・ラビットの角はジャベリンと言うか、ヤバイのだ。タックルを受けただけで、骨も砕ける、牛の突撃だ。
「あと4匹………レーザーっ!」
『ウォーター・ガン』ではないのか。
前世のツッコミが、わずらわしい。名前を考える余裕も、叫ぶ余裕もない。ジャベリンをよけても、巨体がタックルをしてくるのだ。そして、よけた先では、新たなジャベリンが待ち構える。
「――っ!」
マグナムが、火を噴いた。
また、ミンチが飛び散るが、ハンドガンでは、威力が不足だろう。この半分のサイズであれば、リボルバーやハンドガンでよいのだが………牛サイズのホーン・ラビットにはショットガンやマグナムだ。
毛皮を残すために、マグナムだ。
「あと、2匹」
高くジャンプをした、その瞬間にハラをめがけて、水のレーザーを放った。地面に激突するのを見る余裕もなく、最後の1匹に集中する。
「げっ――」
レックは、跳び箱をした。
ギリギリのタイミングで跳び飛び上がる。とっさにジャンプついでに、マグナムのハラで殴りつけて、上空へ逃げたのだ。
体が、勝手に動く。これでも、イノシシモンスターの討伐の経験は、それなりにあるのだ。
「これで、終わりだ――」
真下に、マグナムを向けた。これで、どこを撃っても倒せるだろう。ハンドガンやリボルバーでは、とても一撃では倒せないサイズだ。
これで、生き延びた。
勝利を確信して、レックは微笑んだ。
だが――
「え………」
カシン――
乾いた音が、妙に大きく、耳に届いた。
チャージは出来ておらず、それでも攻撃を放てるのが、マジカル・ウェポンシリーズのありがたいところだ。
魔法の戦いになれていない、チャージが追いつかないときの、マジカル・ウェポン様なのだ。
とっても、頼りになるのだ。
弾切れさえ、起こさなければ………
「残弾、ゼロ………」
ピンチだった




