体育の授業は、合同授業 1
入学試験の恐怖を、レックは覚えている。
いや、前世の恐怖だろうか、入学試験当日は、パニックだった。自称・高校4年生という浪人生が、震えていた。試験といわれて、あわてて参考書を取り出し、電子辞書に筆記用具にと、パニックになっていた。
レックの脳内での、パニックだった。
実際には魔力値が100を超えていれば合格で、筆記試験や実技試験などは全て、クラスを分けるための参考資料だったらしい。
もしも、筆記が全滅だったのなら、どこへ送られたのだろう。
レックの目の前が、答えだった。
「へへ………お世話になりやす――」
半裸のマッチョが、待ち構えていた。
種族はミノタウロスというおっさんである。上半身が裸で、ムキムキと、筋肉が踊っていた。
合同授業と言うことで、向かうようにいわれた教室の前で、仁王立ちだった。2メートルオーバーのマッチョが、レックの到着を待ってくれていたようだ。
にっこりと、微笑んだ。
「ようこそ、体力バカの教室へ――待っていたぞ、勇者(笑)よ」
さぁ、戦おう――
そのようなセリフが放たれても、レックは驚かない。すでにフラグだと、マッチョを見上げて、思った。
即座に、引き返した。
「間違えました――」
本日のファッションは、短パンだ。
誰のチョイスであろうか、筋肉が付くのはまだ先らしい、レックの細い足に似合う短い短パンに、Tシャツに、そして、ヘアスタイルはもちろんポニーテールだ。
命じられたわけでもないのに、レックもわかるようになったのだ。
ふんどしたちが、立ちはだかった。
「まぁ、待ちなよ――」
「そうそう、おれたちバカだからさ、難しいことわからなくて――」
「こいつ、やっちまって、いいってことだろ?」
3人衆が、現れた。
マッチョでないことが、救いである。年齢はレックと近しい。12歳から15歳ほどの若者達が、待ち構えていた。
前世との違いが、ここである。
入学の年齢がバラバラであるのも、大きな違いだが、そこではない。学力を問わずに、魔法の力さえあれば、合格なのだ。
魔法の、専門学校なのだ。
名乗りが、始まった。
「ナックルのルーク」
「タックルのバックル」
「頭突きのゲンジロウ」
それぞれ、ファイタースタイルでの自己紹介を始めた。
いわゆる、頭痛が痛い――と言う自己紹介を前に、レックは思い知る。ここは、中二が当然とされる世界なのだ。
爆発が起こった。
「「「我ら、さんばからす」」」
3羽のカラス――にかけて、3バカというセリフである。
日本人が持ち込んだのだろう、数もちょうどよいと、3人がそろってポーズを決めていた。
見事なる、3バカだ。
ミノタウロスは、満足そうだ。
「どうだ、勇者(笑)よ、お前の故郷から持ち込まれた名乗りだが、なかなか様になるではないか」
マッチョを揺らして、ミノタウロスの先生が、笑っていた。
豪快であること、体力勝負ということは、悪くない。読書に講義にと座学が苦手であれば、体力勝負に出てもよいではないか。
ちょっと、やらかしているだけだ。
目の前でポーズを決めている3バカについては、ノーコメントでよいだろう。決まった――と、いい笑顔であるのだ。ツッコミなど、失礼は失礼なのだ
ミノタウロス先生が、気配を変えた。
「次は、オレだな――」
レックは、振り向いた。
上半身を裸にしていたマッチョが、急激に膨らみ始める。
いや、ミノタウロスなのだ。下半身が馬になったり魚になったり、あるいは翼が生えるエンジェルという不思議種族が存在するのだ。
ミノタウロスの、変身だった。
「ぐっ、ぐっ、ぐっ………打たれ強さでは学校で一番――」
毛長牛のようなお顔のおっさんが、自慢げだ。
そして、納得だ。
体が倍ほどに巨大化して、剛毛に覆われている。魔法の作用が不思議だが、見た目どおりの鋼の肉体に、鋼のような体毛で覆われたその姿は、下手な鎧をはるかに上回る防御力を持つだろう。
頭突きも、すごそうだ。
「さぁ、勇者(笑)よ、戦おう――」
牛の目が、ぎらついた。
レックは、ぎらつく瞳を見つめつつも思った。
どうして、こうなった――
元凶が、そっとレックの肩に手を置いた。
「合同授業、がんばってくださいね?」
他人事のように、メイドさんが応援してくれる。いつの間に現れたのか、面白い気配に敏感な性格は、メイドさんだからとしか言いようがない。
ドロシー姉さんがこの教室を指名してくれたということで、つまり――
「………バトルをしろと?」
さっそく涙目のレックに、メイドさんは答えない。
変わりに、ポーズを決めたままの3バカが、いい笑顔だ。
「「「さぁ、勇者(笑)よ、戦おう」」」
体育の授業は、バトルのようだ。




