勇者(笑)教室の、日常 1
太陽が、ほのかに教室を暖める。
それは、前世も体験した光景である。緊張の入学式が終わり、無事に教室の片隅に収まったと安心のため息と、モブに収まった寂しさとの天秤は、安心のため息の勝利だ。
3年間と言う未来は、このときに決まったのだ。
レックは、教室を見回した。
「………ぼっちかぁ~」
ぼっちだった。
何度見回しても、レック以外のクラスメイトはいない。魔法学校の在学年数は未定であるが、同級生が0と言う日々は、決定なのだ。
アーマー・5の姉さん達が騒がしかったのも、入学式だけだ。能力と経歴によって、教室が決定される。勇者(笑)という新入生など、レック以外にいるわけがない。
窓辺から外の騒ぎを見守っていると、ふと、人の気配がやってきた。
先生が、やってきた。
「は~い、みなさん、席についてくださ~い」
メイドさんの、登場だ。
わざとらしいセリフである、勇者(笑)クラスの担任のドロシー先生は、分かっているのだ。この場にいるのは、かつて勇者(笑)と呼ばれていた泥シーお姉さんと、そして、新たなる勇者(笑)であるレックだけの教室である。
分かっていて、楽しんでいた。
「では、出欠を取ります――」
ロングヘアーをさらさらと、美人はどのようなポーズをとってもカッコイイ。なにも知らずにいれば、どれだけよいだろう。
ヨシオ兄さんは、美人ポーズで決めポーズをしていた。
前世の知識が生かされていると、レックはメイドさんの背後で笑う男子大学生の、ヨシオ兄さんの影を垣間見ていた。
中身と言う表現は正しくない、前世は、あくまでも前世に過ぎない。
20代も半ばを過ぎた美人なお姉さんが、本来のお姉さんである。日本人の男子大学生と言う前世は、助言者に過ぎないはずだ。
そう、そのはずだ――
「出席番号1番――レックくん」
ドロシー先生は、出世規模を片手に、そして、ペンを手にしていた。
番号など、必要ないだろう。
教室を見渡してツッコミを入れたのは、何日前の出来事だったか、すでに思い出の1ページだ。毎度の出欠と言う儀式に、あきらめの境地に達したのは、何日前の出来事であったのか………
レックが魔法学校へ入学して、すでに10日が過ぎていた。
「へ~い――」
レックはツッコミを飲み込みつつ、手を上げた。
おざなりな返事になったのは、せめてもの抵抗だった。
当然、注意された。
「レックくん。お返事は、はい――でしょ?」
腰に手を当てて、メイドさんがお怒りポーズだ。
演技に過ぎないと分かっているが、レックの抵抗は、こうして打ち砕かれる。毎回のことであるのに、律儀なことだ。
レックは、とうとう口にした。
「ドロシー先生………オレしか生徒がいないのに――」
――やめませんか?
最後まで、口にすることができなかった。メイドさんが、ハンカチを手にしていたためだ。
お約束のしぐさである、目にそっとハンカチを当てた、泣きまねである。
「クスン――かわいそうに」
泣きまねだった。
本当に、マネだけである。セリフも棒読みで、レックで遊んでいると隠すつもりもない美人さんなのだ。
賢いレックは、やさしく見守った。
かわいそうに――
この言葉は、レックを哀れむためのものである。
その目的は、《《レックで遊ぶ》》ためのものである。
逆らっては、ならないのだ。
「………へへへ、10日って、早いなぁ~」
レックは、天井を見上げた。
日本人の転生者が生み出したことは確実だ。異世界ファンタジーと言う学校において、見上げればスピーカーや、振り向けば生徒の作品である習字の縦書きが並び、蛍光灯が一部ちらつくという演出までと、とても細かい。
まさか、習字の時間でもあるというのか、カタカナで『ガンバ』とは、何を表現しようとしたのか、まったく不明だ。
どれだけの転生者が協力したというのか、複数の校舎があるのは、それだけ生徒が多いという証であろう。L字型だったり、コの字型だったりとたくさんある。それらは自分の記憶にある母校を再現しようとして、がんばったのかもしれない。
ドロシー先生が、背中を向けた。
「では、授業を始めます」
レックで遊んで、すこし気が済んだのだろう。メイドさんは、そっと黒板に手を触れた。チョークを手にしていない、素手で触れただけである。
そう、触れただけである。
それだけで、教科書を開いたかのように、スマホでページを開いたかのように、色々と現れた。
立体映像で、現れた。
「では、おさらいです。冒険者と呼ばれるようになったのは30年ほど前からですが、それよりも以前から――」
さすがは、魔法学校だった。
レックは、何度ツッコミを入れればよいのだろう。魔法学校の黒板は、黒板としての見た目しか持ち合わせていない、中身はややSFという機材だった。
魔力を込めて触れれば、スマホをタップしたかのように、色々と出てくるのだ。
ドロシー先生は、授業を始めた。
「神殿と言う呼び名も、何千年も昔の転生者が名づけたそうです。魔力がたまった場所を利用して、巨大な結界を生み出したおかげで――」
歴史の、おさらいだった。
この世界は異世界ファンタジーと言う世界でありつつ、レックの前世である日本人の予想していたものとは、すこし違っていた。
まず、城塞都市は、存在しない。
その理由が、神殿が張り巡らせている結界である。モンスターを寄せ付けない広大な結界であり、維持するために、小さな祠のようなオブジェが各地にある。
通常は、それで十分なのだ。
通常は――
「では、レック君に質問です」
メイドさんが、振り向いた。
考え事をしていたレックは、さっと背筋を伸ばす。冒険者として先輩で、魔王様が封印されていた神殿でのメイドコスプレのお姉さんと言う出会いであった。
先生と呼ぶのは、今も違和感が強烈でありながら、反応してしまうのが、レックと言う16歳なのだ。
メイドさんは、続けた。
「通常は、下手な城壁よりもモンスター対策が万全と言う結界ですが、では、通常ではない状態は、何を指すのでしょう」
クイズだった。
そして、レックには経験済みである。なぜ、転生したのか、それは、何を意味するかと言う答えだった。
昨年の夏に、明確になった事態だった。
レックは、答えた。
「大発生です――」
単純だった。
メイド先生は、正解です――というと、黒板に触れた。
前世などは、タップして、スワイプしてやがる――と、次々と現れる画像や、移動していく画像を見ておびえていた。
未来の学校風景として、あるいは前世でも一部で再現されたかもしれない。スマホのように黒板に、あるいは机に触れるだけで画面が動いていく。
立体映像は、もう少し先あろう、ややSFという教室風景であった。
深い緑色と言う黒板に見えて、かすかに魔力を流しつつタッチするとたくさんの立体映像が浮かび上がり、スライドしていくのだ。
レックは、ぼんやりと眺めていた。
「SFだよな――」
教室は、ややSFだった。




