初めての、部活? 7
馬の背に乗って、颯爽と戦場をかける。
主人公に、ふさわしい姿である。武士の姿であっても、騎士の姿であっても、もちろん、学生服という姿でも様になるだろう。大正ロマン溢れる女学生の姿であっても、凛々しいお姉さまとして――
レックは、待ったをかけた。
「ちょ、待ってくだせぇ」
馬の背で、待ったをかけた。
正しくは、ケンタウロスモードとなった、馬のお姉さんの背中である。
長くなった髪の毛は、背中にしっかりと届く、ロングヘアーと言っても過言ではない。髪の毛で遊ぶ女の子の気持ちに配慮して、なすがままと言うレックである。本日のヘアスタイルは、ツインテールだ。
あわてていた。
「なんでだよ、このままじゃ、負けちまうぞっ」
馬の姉さんは、荒ぶっていた
馬の背に乗っての再スタートは、トラブルが発生したレース場としては、燃える展開かもしれない。
しかし――と、レックはあわてた。
「お、おおお、落ち着いて、とにかく、落ち着いてくだせぇ」
乗っている馬が、問題だった。
慣れないという以前に、乗った記憶のない馬の背に乗せられる。それはもちろん、不安と言うよりも恐怖と言い換えてもよい。
ケンタウロスの背中の場合は、さらに微妙だ。
しかも、お姉さんの背中なのだ。
年齢不詳ながら、レックよりお姉さんと言うお姉さんの背中なのだ。
男子扱いされない日々だが、女子の背に乗ってゴールは勘弁願いたい。男の娘というジャンルに足を突っ込んで久しいレックでも、そこは譲れないのだ。
マーメイド姉さんが、微笑んだ。
「ええやん、勇者(笑)を背中に乗せて走ったったら――なぁ?」
楽しんでおいでだった。
レックが男子である。それは覚えているのだろうか、あるいは、お姉さん過ぎて、微妙な男子心理など無視する領域にいるのか………
いや、違うのだ。レックがあわてているために面白く、気付いていない仲間のケンタウロスの様子が面白いのだ。
馬の姉さんが、苛立つ。
「いくぞ、レック。はやく手綱をつかめっ――」
馬の姉さんは、前を向いていた。
そして、燃えていた。
レックを置いてけぼりにして、燃えていた。手綱など、いったいどこにあるのか、そんなレックの心の疑問は、口に出したとしても、聞こえはしないだろう。
いや、渡されたらそれで、とっても困るレックだが………
ケンタウロスの背中に乗って、レースへと復帰する。
ルールとして、禁止されていなければなんでもアリと言う気持ちと、同着ゴールが、ケンタウロスの姉さんの背中の上という少年の気持ちが………
レックは、思い出す。
「そっか、レーザーだっ」
解説が、ヒントをくれていたのだ。
レーザーを、推進力として利用する――
解説のセリフにあった、レックはレーザーで突撃すると思っていたという。しかし、レックは水風船でジャンプをしていた。タイヤが動かないなら、それしかないと思ったのだ。バイクへのダメージを考えても、例え思いついても、レックはレーザーを使わなかったかもしれない。
タイヤが動かないため、強引に推進力で進めば大変だ。タイヤを引きずって削り続けるようなもので、タイヤの破壊のみならず、本体がゆがんで砕ける未来図までが、セットになっても不思議はない。
タイヤが動いても、あるいは同じだろう。
だが、今は?
ホバーUFOという、地面に接しない乗り物をお持ちの姉さんがいるのなら?
再び、水風船ジャンプをする恐怖よりマシである上、馬の姉さんも復帰させる方法としての思い付きだった。
ホバーUFOならば、あるいは――
「姉さん、UFOッスよ。ホバーなら、おれっちのレーザーを使って、いけるかもしれないッス」
レックの空気が変わったことに、馬の姉さんも気付いた。
やっと、振り向いた。
すぐ目の前という位置だが、熱血という馬の姉さんには気にする様子もない。勝利の予感に、燃えているのだ。
一方のレックは、ちょっと引き気味だ。
馬モードとはいえ、お姉さんの背中の上ということも、理由である。6歳児であれば、お姉さんの背中にいてもおかしくない。
16歳になったレックとしては、男子のプライドが許さない。
手を合わせて、お願いをした。
「………まず、おろしてほしいかな~って――」
まずは、下ろすようにお願いをした。勢いをそがれて不満のようだが、馬のお姉さんは、しぶしぶ下ろしてくれた。
猫の子を下ろすように、軽々と下ろしてくれた。
「――ったく、急いでるってのに」
冷静になると、気恥ずかしさがよみがえったのだろうか。
いや、そんなかわいらしいお姉さんであるわけがない。勝利にこだわる馬のお姉さんである、レックの『レーザー』という発言に、なにかを感じたのだ。
勝利の予感だった。
それは、上空に移されている立体映像も同じらしい。解説の皆様が、レックたちに注目した。
『おぉ~っと、勇者(笑)レック、なにやら思いついたようだぞぉ~?』
『惜しいですね、ケンタウロスに乗る勇者、アリなのですが――』
レックは、無視を決め込んだ。
そして、マーメイド姉さんから渡された宝石を、改めて地面にたたきつける。期待通りエあれば、もしかしたら――
レックは、叫んだ。
「こい、エーセフっ」
スライムが、現れた――
脳内ではバグが発生しているようだ、相棒のバイクが出現したのに、間違えたコマンド音声が発生していた。
相棒の姿が、泣けてくる。
転生者が生み出した拘束魔法『ゴキブ○ほいほい』にまみれた、そういえば、レックも同じくスライムにまみれている。
モンスターのスライムではない、ドロドロのねとねとという粘着性の蜂蜜のような半透明の“それ”に、まみれていた。
本来の意味の、スライムだ。
しかし、先ほどよりマシと思える、マーメイド姉さんが気遣いで宝石モードにしてくれたのは、これを教えるためだったのではないか。
あるいは偶然でもいい、すこし、マシだったのだ。
完全回復が希望だったが、まだ、希望を抱ける姿だ。
「姉さんのUFOは――」
レックが口にする前に、馬の姉さんも相棒のホバーUFOを取り出した。いつの間にか人間モードになって………
そして、うなだれていた。
「………だめだ、走れる状態じゃねぇよ」
最初に見た姿よりは、すこしはマシだった。しかし、馬の姉さんが語るように、一輪バイクが、植物のツタに絡まった状態は同じである。放置された一輪車と言う、もしくは荒地に見捨てられたタイヤという姿が、絶望を与える。
もう、走れないのでは――と
「一種の封印魔法やからなぁ~、レックちゃんのアイテム・ボックスも、運び屋のみんなのアイテム袋もおんなじで、ちょっとだけ空気とか水とか、入れてしまうんよ」
前世の知識との違いだった。
どういう仕組みであるのか不明ながら、真空ラップと例えるほうがよい。ただ、アイテムを収納すると、空気や水も、わずかながら取り入れてしまうのだ。
しかも、時間経過も起こり、鮮度がいつまでも維持されるわけではない。
取り入れた空気以外は空気がないため、アイテム・ボックスに収納したほうが長持ちである。その意味で真空ラップという表現は、よいネーミングだが………
レックは、立ち尽くす。
「UFOのホバーならって………そう思ったんッスけど――」
変形は、出来そうもない。
たしかに、トラップから脱出させる方法として、アイテム収納は便利である。泥沼にはまってしまっても、植物のツタに辛め取られていても、回収できるのだ。
ただ、泥や植物のツタもセットで回収するため、フルメンテが必要な姿であることに、違いはない。
だが――
「ふっ、見せてやるぜ、こいつのもうひとつの姿を――」
馬の姉さんはケータイを手に、ポーズを決めた。
レックの前世は語る、ガラケーだと。いいや、むしろトランシーバーであると。しかし、操作画面そのほか、立体映像で現れる、バカにしてはならないと――
そう、この世界はややSFに発展している。全員が手にするのはいつのことだろうか、しかし、手にしているお姉さんは、手にしているのだ。
すちゃ――と、ケータイを構えていた。
「ルーン・テクニカルパワー、アーム・ああぁああっぷ」
馬の姉さんが、変身だ。




