勝敗は、バブルの彼方に
レックは、冒険者だ。
13歳で村を飛び出した、それは無謀な少年と呼ぶか、または、勇気の持ち主と呼ぶべきか………
転生者として覚醒してからは、勇者(笑)と呼ばれた。
石畳の上で、勇者(笑)レックは空を見上げていた。
「………太陽が、まぶしいぜ――」
レックは、負けた
新たなるステッキを片手に、太陽を見上げていた。冷たい石畳の舞台の感触を、背中全てで味わって、そこへ、陰が落ちていた。
目の前に槍の穂先が突き付けらせた、敗北シーンである。
ルイミーちゃんの新たなる武装、マジック・アイテムの槍である。地面に寝転がったレックに向けて、お子様は勝利の笑みを浮かべていた。
ルイミーちゃんは、宣言した。
「《《また》》、私の勝ちね、レック」
とっても、にこやかだった。
レックに追い抜かれた、悔しいという気持ちを抱き続けていた9歳のお子様が、すっきりとした笑みだった。
どちらも殺傷力を抑えているのは当然だが、勝負に勝ったのだ。うれしい気持ちがその可愛らしい笑顔から、突きつけた槍から、全身からにじみ出ていた。
配下のお子様達も、レックを囲んでいた。
「4人がかりとは、すこしやりすぎたようだな」
「ふっ、この程度が勇者とは、笑わせる」
「私たちにかかれば、ざっとこんなものよ」
「ええ、私たちの勝利ですわ」
ハンマーに弓矢にナックルにシールドにと、手に手に武器を持ったお子様達が、とっても満足そうな笑みを浮かべていた。
今年で10歳になる子供達である。前世基準では、小学校の4年生だろうか。高校生に当たる16歳のレックとしては、ほほえましく見守るべきである。
小学生を相手に、高校生が本気になって、どうするというのか………
レックの前世は、顔を覆っていた。
なぜか、涙がこぼれて止まらないという、電信柱を背景にする不思議である。レックの脳内の出来事とはいえ、レックにも分からないことは、いくらでもあるのだ。
リアルが、話しかけてきた。
「クリスタル、回収します」
メイドさんは、相変わらずだった。
ダメージの判定にも役立つ、レックのクリスタルが放つ色、赤色は敗北を意味する。対する子供達のクリスタルは、どれ1つ、ダメージを負った色をしていない。
解説が、解説してくれた。
『えぇ~、誰が予想したでしょうか、得意技を封じられたとは言え、新たなる勇者(笑)の一方的な敗北を、だれが予想したでしょう』
『新入生パーティーの勝利にかけていた皆様、おめでとうございます。勇者(笑)の勝利を確信していた皆様、残念でした』
思い出したように、会場が騒ぎ出す。
コロッセオは、闘技場は、観客がたくさんおいでなのだ。
それでも、魔法学校の関係者に限られるだろう。ここは都市部からかなり離れている、むしろ、独立した都市国家だ。移動方法はファンタジーだ。馬車も、ただの馬車ではない皆様に、もちろん、転移魔法も大活躍だ。
子供達の健闘をたたえる拍手に交じって、賭けに大負けしたエルフちゃんの叫び声が、にゃ~っ!――と響いているが、これが魔法学校の入学式らしい。
解説が、続いていた。
『いやぁ~、《《あのステッキ》》が出たときは、どうしようかと――』
『魔女っ子レックの、新たなるアイテムだったのでしょう。魔女っ子レックに合わせた特注品と思われますが、その結果――』
バブル・スプラッシュは、攻撃力がゼロだ。
当然、バリアおよび、ダメージ判定のためのクリスタルは判定として、ノーダメージという結論だった。
レックの攻撃は、イリュージョン限定だった。
『いやぁ~、エルフたちのことばを借りるなら、だからこそ勇者(笑)と言うべきでしょう』
『まさしく、だからこそ勇者(笑)ですね』
盛り上がっていた。
レックの敗北をリピートとは、さすがである。どこかに、カメラアイ・ボールの皆様がいたに違いない。前世の日本では実現されていない、立体映像が、空中で展開されていた。
しかも、エルフの国のバーストのシーンや、魔王様との対決のドリルまで上映されて、時間つぶしと解説の補強をしていた。
異世界ファンタジーらしからぬ、情報の伝わる速さは驚きである。さすがは、ややSFに発展した異世界だと、レックは乾いた笑みで、立体映像の上映を見上げた。
そして、ステッキを眺めた。
「くらげステッキさん、すみません――」
16歳の、誕生日プレゼントだった。
切り札として登場した結果は、残念だった。いいや、レックが放てる安全な魔法とは、バブル・スプラッシュだけなのだ、むしろ当然だった。
メイドさんも、くらげさんステッキを見つめていた。
「ネタに徹するなんて、さすがは、勇者(笑)ですね――」
やさしい笑みだった。




