異世界の、合格発表 3
炎が、舞い踊る。
レックの少し長くなった金髪も、舞い踊っていた。ついでに、藍色の大きなリボンも舞い踊り、振袖にはかまに、大暴れだ
本日のレックの装いは、大正時代の女学生ファッションであった。
レックは、見上げていた。
「花火っすか?」
「恒例行事やからね~」
マーメイドさんも、見つめていた。
中級魔法のファイアー・カノンだろうか、いいや、爆発がセットなので、ファイアー・ボールかもしれない。さすがは、魔法学校の合格発表の現場である。喜びに若さが大爆発で、本当に爆発を起こしていた。
いたるところで、起こっていた。
「ほな、いこか?」
レックは、手を引かれた
もちろん、逆らうレックではない。変身ファッションのアーマー戦士、マーメイドの姉さんが微笑んでおいでなのだ。
打ち上げ花火の色は、赤に黄色に緑にと、とってもカラフルである。ただ、本物の花火レベルではない、小さな爆発に過ぎない。
エルフの国の花火大会を知っているレックには、やはり、子供の遊びに見えてしまう。当たらなければ、どうということはないと――
途中で、忠告が入った。
「ちょい、レック君、忘れたアカンで。正門を通るときは――」
姉さんが、止まっていた。
レックは必然、止まることになり、なぜだろうと見上げると………
「ごぉ~………れむぅ~ぅううう………」
巨体に、見下ろされていた。
防衛システムも兼ねているに違いない、門番のゴーレムさんが、レックを威嚇していた。長方形のレンガブロックを組み合わせたブロック塀に混じって、変形ゴーレムの人も混じっているのだ。
そして、レックは思い出した。
「えっと………」
集中するほどではない、しかし、意識しなければならない、レックは魔力を高めた。魔法学校の入学試験の、最初の関門が、この門番のゴーレムだった。
魔王様が封印されていた神殿と同じく、一定以上の魔力を放っていないと、通してくれないのだ。
まさか、襲い掛かることはないと思いたいレックは、ほっと一息を付いた。
「はぁ、ビックリした――」
必要な魔力値は、100を超えていればいい。魔王様が封印されていた神殿では、1000を越えていなければならない、その違いは簡単だ、中級魔法と、上級魔法である。
魔王様と対決するには、最低限上級魔法を使えないと、話にならないためである。それは、エルフ並とも言われる。
学校の門を通るには、中級魔法を扱える、魔力値100をラインとしていた。
マーメイド姉さんが、ため息をついた。
「もぉ~、レック君? ちゃんと案内にあったやろ?」
腰に手を当てて、お姉さんのお怒りポーズである。まったくお怒りでないことは、わざとらしく膨れたほほから、一切の怒りが含まれていないセリフからも明らかだ。
深い緑のロングヘアーが逆巻いているが、爆風にあおられているだけだ。
もちろん、レックは平謝りだ。
「へへへ、申し訳ないでやんす。緊張してて――」
聞いてないよ――
レックは心で叫んで、前世の浪人生もご一緒に、叫んでいた。
もちろん、実際に叫べるわけもない。深い緑色のロングヘアーが爆風に泳いでいる、マーメイド姉さんの笑顔が、目の前なのだ。
ゴーレムさんのお顔も、なぜか威圧的だ。
「ご~、れむぅ~」
通してくれるのは、分かった。
レックを見下ろすように腰をかがめていたが、まっすぐと姿勢を正して、そして、ブロック塀の一部へと戻っていく。
ほっと一安心のレックだが、その様子を見て、つぶやいた。
「毎回、これか~」
繰り返す予感があった。
つい、忘れてしまって、場合によってはゴーレムとのファイトが繰り広げられるのではないか、そんな予感は、確定されたような気分となった。
前世などは、やめろ、それはフラグだ――と叫んでいるが、言い返せるほど、レックに自信はなかった。
マーメイド姉さんの視線が、痛かった。
「まぁ、通った時点で合格やからな、そこで気を抜くのは分かるけど――」
あきれたように、再び歩き始めた。
レックには、爆弾発言だった。
「………???」
爆弾は、続けて投下された。
最終試験までの色々は、クラスわけの参考資料と言う。では、合格するようにと、エルフの国の神様へお祈りをしていた日々は、なんだったのか。
まぁ、大騒ぎである。時々、思いだしたように手を合わせて、周りもマネをするような奇妙な儀式であったが………
気付けば、ボードの前まで進んでいた。
「………じゃぁ、この行列って――」
机の前に、受付の姉さんがいるだけだった。
テント暮らしで、合格発表の瞬間を待ちわびた人がいたのだ。行列に並んでいたということは、先に到着した皆様がボードの前で集まって、大騒ぎと思っていたのだ。自分の受験番号を、必死に探しているはずなのだ。
マーメイドの姉さんが、グライダーですっ飛んできてすら、先を越されたのだ。
マーメイド姉さんが、指刺してくれた。
「行列は、ほれ、アレが目当てなんや」
指刺した。
透明な何かが、浮かんでいた。
「ははは………さっすが異世界、浮かんでやがる――」
まるで、巨大な水槽だった。
そして、中にはボールが詰め込まれている、レバーを回して、1つずつ取り出す仕組みなのだろう。
前世の浪人生は、懐かしそうに目を細めている、若き日に手にした記憶があるのだ、ゲーセンだ、ゲーセンだ――と、泣いていた。
マーメイド姉さんが、レックの手を引いた。
「ほら、うちらの番やで?」
順番は、もう目の前にまで迫っていたようだ。レックは言われて、進んで行くと、気付かなかった自分が驚きである、メイド様が座っていた。
「お久しぶりです。《《レックちゃん》》」
久しぶりのドロシー姉さんが、微笑んでいた。
20代の半ばを過ぎていると思うメイド服のお姉さんは、ただし、服装だけの話だ。メイド服はファッションに過ぎず、その本来の地位は、魔法学校の幽霊教師だという、ふざけたメイドさんだ。
そして、勇者(笑)としての先輩でもあった。
「へへへ、お久しぶりッス、ドロシー姉さん――いえ、先生」
女の子扱いに、いまさら抵抗などありえないレックである。大正時代の女学生のファッションに身を包んで、そんな姿に抵抗が消えていく今日この頃は、すでに去年からの出来事である。
マーメイド姉さんが、手を出していた。
「はい――」
「どうぞ」
レックは、その手を見ていた。
ドロシー姉さんは、本日は魔法学校側の先生として、ガチャの担当のようだ。ガチャン――と、レバーを回すと、1つずつ、ボールが転がってきた。
レックの前にも、差し出された。
「ほら、《《レックちゃん》》も」
素直に、受け取った。
どうも――と、自然に受け取ったそれは、なんとも、どこかで見たようなアイテムであった。
ドロシー姉さんは、淡々と解説をしてくれた。
「伝統です。先着順にいいものが入っている保障はないんですけどね、誰が広めたのか、一番乗りを目指して集まってくるんです」
追加で、お連れ様も1名まで――という情報を出して、まぁ、保護者や友人とセットで合格発表を見に来るのは普通だと、レックは少し納得をする。
「――そう、わが左手をもってしても、封じられた真実を明かすことは不可能なのだ。新たなる勇者よ、さぁ、おのれの運命を――」
中二が、顔を出していた。
レックは、やさしい笑みを浮かべた。
ドロシー姉さんの前世である、ヨシオ兄さんが、懐かしきガチャを前にして、冷静にしていられるわけがなかったのだ。
自分は気をつけようと心で決意をしていると、小さな輝きが起こった。
マーメイドの姉さんは、槍を手にしていた。
「ハズレか~………クリスタルで、攻撃力2割増し程度?」
「いえ、並みの冒険者だと、それを手にするまでに――」
さすが、異世界のガチャである。ふたを開けると封印が解除され、アイテムが飛び出す仕組みのようだ。
久しぶりのファンタジーらしさに心を躍らされ、むしろゲームじゃね?――という、前世のツッコミを無視して、レックは手のひらのボールを見つめた。
いったい、どのようなアイテムがあるのか。
分からないための、ガチャなのだ。
というか、武器が景品とは、どういう学校なのか、いまさらながらに、入学したことに不安を覚えるレックである。
ぱかっと、ボールを開けると、小さな輝きが起こって――
「………ポーション?」
なじみの小瓶が、手のひらに収まっていた。
多いときは、一日に何本も消費した、ジャンプのたびに、飛ぶたびに、頭からじょぼじょぼとぶっ掛けられた、甘ったるい香りが、すぐに思い出される。
マーメイド姉さんと、ドロシー姉さんは見つめていた。
「なんや、コハルちゃんのポーション………ハズレ?」
「いえ、お値段的には、その槍よりも、少々上ですね」
それは、ハズレといっていいのか、あるいは、大当たりなのか。
お世話になっているため、口が裂けてもハズレと言う感想を口に出来ないレックは、すぐに思い出す。
上級ポーションであると。
ルペウス金貨が何枚もとんでいく、底辺冒険者の当時は、とても手が出せない高級品であると………
レックは、どこかの空を見上げた。
「コハル姉さん、ありがたく頂戴しやす」
なんだ、ハズレか――
一瞬でも、そう思ったことを、レックは心から謝罪していた。
なお、クリスタルを手にしている時点で合格であり、そのクリスタルが輝いたのは、クラスと担当教師が決定したという通知らしい。
探検代わりに、あとで見に行けばいいという、なんとも自由な校風である。
そこで、レックは疑問を抱いた。
「じゃぁ、あのカノン系の乱射は――」
合格した喜びの、花火である。
最初はそう思っていたが、クリスタルをもらった時点で合格なら、その場でぶっ放せばよいではないか。
レックが周囲の大騒ぎに意識を向け始めると、またも、手を取られた。
「ほな、もう1つの伝統や、いくで」
「レックくん、レーザーはダメ、バーストにしなさいね?」
とにかく、伝統らしい。




