ポテト子爵
チートがしたい。
レックは前世の知識と欲求から、チートがしたかった。しかし、勉強も料理も、どちらも半端なレックには、あまり武器がなかったのだ。
「そう、チートができないんだよっ」
心の声が、口から出た。
行列に並んでいるために、慌てて周囲へとぺこぺこ謝る。しかし、並ばねばならない。腹がへっては生きていけぬ。ちょっと町へ通りかかれば、まともな飯が食えるのだ。
バイクに乗って、気ままな一人旅のレックである。町が見えれば寄り道もするし、名物らしき食べ物は、見逃さない。
行列に、並んでいた。
「いらっしゃいませ、ラック・グリルにようこそぉ~」
明るいお姉さんが、受付にいた。オレンジと黄色をあしらった衣装が、目にまぶしい。前世のハンバーガーのあのお店が、垣間見えた。
そして、固まった。
「………猫耳?」
猫耳だった。
なにかの飾りか、個人の趣味であるコスプレにも寛容なのかと思っていたのは、間違いだった。
猫耳の、お姉さんだ。
種族は、獣人と分類される。ファンタジーな世界ではお約束の、猫耳のお姉さんであった。エルフには出会った、スライムやゴブリンといったモンスターとも戦った。
目の前で猫耳なお姉さんと会話をしたのは、初めてだった。
「えっと、お客様?」
あぶなかった、ハートマークでも描いているような尻尾に目を奪われたままなら、警備兵の人々に、通報されただろう。
ニヤリ――と、猫耳なお姉さんが微笑んだのを、レックは目にしてしまう。あぁ、猫耳が好きなのは、世界を超えても共通なのだ。
尻尾で客の意識をひきつけて、遊んでいらっしゃるのだ。
レックは、注文した。
猫耳のお姉さんに、注文した。ここは出会いの場ではなく、注文をする場所である。前世の知識がありがたい、自然に注文の品が頭に浮かんだ。
メニュー表は、ぱっと見ただけでわかる、お値段もわかりやすく、庶民が玉に贅沢をする設定だ。
「えっと、チーズバーガーと、オレンジジュースを――」
いつものメニューだ。
月見にダブルにと、気分と予算で様々だが、ワンコインならばこれと言うチーズバーガーだ。少し贅沢に、ジュースも頼んだ。
メニュー表にあったのだから、頼んだのだ。
お決まりのセリフが、返ってきた。
「ごいっしょに、ポテトはいかがですか~」
どこかで耳にしたセリフであるが、尻尾に注目だ。ゆらゆらと、注目しろと言わんばかりに、スカートの後ろから誘ってくる。
意識しないようにして、レックは答えた。
お願いします――と
「はい、チーズバーガーセットですね。1ポドル60セスになります」
ハイハイ――と、レックはサイフという小さな皮袋から、銀貨を2枚取り出した。置く場所は、布張りの小皿の上だ。
小さな銀色のコインを二つ、静かに置いた。
「はい、50円………じゃなくて、1ポドル銀貨を2枚ね」
ポドル銀貨の、最小の銀貨だ。他にも4ポドル銀貨、20ポドル銀貨がある。
1ポドル銀貨のサイズは、50円玉とそっくりだ。それでも、銀貨である、前世で言えば500円ほどの価値がある。
ちなみに、穴はあいていない。
「こちら、おつりが40セスになります」
20セス銅貨を2枚渡された。印象は、10円玉である。ただし、10セス銅貨は存在しない、銀貨と同じく1セス、4セス、20セスと言う3種類である。
100セスで1ポドルと分かりやすいが、コインの種類が、日本と異なる。5円、10円で親しんだ前世の浪人生が、50セスにしろよ、10セスにしろよ――と、叫んでいた。
ただ、前世の感覚だ。
ここは国の違い、世界の違いと、気にしなければいいのだ。100セスで1ポドルだと、慣れてしまえばそこまでだった。
おつりを皮袋に入れ、そのままコートの内ポケットに入れるように、アイテム・ボックスへと収納する。
このまま、受付で商品を受け取るシステムである。お持ち帰りも選べるが、せっかくの異世界ハンバーガーなのだ、お店で食べたかった。
しかも、オレンジジュースには、氷も浮かんでいる、この手の世界においては高級品であるはずだが………
レックは、受付の後ろを、静かに見つめる。厨房とつながっている、商品を頻繁に運ぶために、扉は開け放たれている。
金属製の冷蔵庫らしきものに、香ばしい油の煮えたぎる空間を、認識することが出来た。まさか、ここで慣れ親しんだ光景を目にするとは、思わなかった。
転生者の先輩達は、いろんな場所でやらかしているようだ。すでに冷蔵庫にフライヤーにと、某ハンバーガーチェーンを展開できる技術を、この世界に生み出していた。
トレイを受け取ったレックは、手ごろな席に座った。
「………ジャガイモを食べる習慣、あるんだな………」
ハンバーガーは、どう見てもハンバーガーと言うものだが、驚きはむしろ、フライドポテトだった。
そう、ジャガイモだ。
レックが知る、数少ないチートの知識は、ここでも先を越されていた。
ネット小説では、成功しているのだ。ジャガイモには、毒がある。そう言って、食べようとしない人々へと、教えるのだ。
芽が、毒になる――と
その知識がない異世界の人々へ、小さな一言で感謝されるのだ。ポテトチップスに、フライドポテトに、ポテトサラダに………
材料の供給ラインはさておいて、チートが出来るのではと、思った。『マヨネーズ伯爵』がいらっしゃるのだ、ポテトサラダに使えば、感謝されるかもしれないと………
その野望は、消えた。
レックは、ポテトをかじった。
「うん、フライドポテトだ」
間違いなく、フライされたポテトだった。さっくりとして、中身はホクホクで、塩味もしっかりとついている。
チーズバーガーを、両手でわしづかみにした。
「いざ――」
じゅわっ――とした肉汁と、トマトソースに、ナンだろう、甘い風味が全て、チーズのこってりも合わさって、なんとも表現できない。
あえて言えば………そう
「チーズバーガー………間違いない、ポテトと、オレンジジュースまで………」
静かに、看板を見上げる。
マスコットキャラクターが、えらそうに腰に手を当てて、胸を張っている。ポテトがタキシードを着ているため、愛嬌しかない。良くあるデザインなので、版権にも問題ないだろう。
まして、ここは異世界である。
『ポテト子爵』の、領地であった。
ポテトといえば、男爵ではないのか。
この世界のポテトは、メークインと男爵の中間のような、ほっこりとした、ねっとり具合だ。将来は品種改良され、差別化されていくに違いない。きっと、子爵イモと呼ばれるに、違いない。
あるいは出世して、伯爵イモになるのだろうか………
ほんのりとした甘めの味が、塩気もあいまって、止まらない。
近いうちに、またこよう。いいや、チェーン店展開は始まっているはずだ、ならば、伯爵の領地に戻れば、探せばあるかもしれない。
旅の楽しみが、また、増えた。




