月夜の勇者 エリック
魔王様は、倒された。
それは、見れば分かる。月夜の勇者エリック――と、名乗りを上げたおっさんの、手土産であった。
エルフの神様への、お供え物だった。
レックは、見上げていた。
「あれが、勇者(笑)か――」
100メートルを超える巨体が氷漬けになって、お供えされていた。
持ち込んだ勇者エリックは頂点でマントをパタパタさせて、ポーズを決めていた。そして、ボロボロになったロボは、それはそれで味があるらしく、エルフの皆様の注目を浴びていた。
おや、エルフの神様が、ラウネーラちゃんに抱っこされて、ロボを間近で見ていたようだ。
レックは、その様子を見つめていた。
――真打登場、月夜の勇者エリック、氷の魔剣を手に、ただいま登場!
おっさんの叫びが、頭でリピートされていた。
中二と言うよりも、熱血という名乗りだった。レックの先輩であり、レックよりも実力も実績も上として、絶対に認めたくないおっさんだった。
「認めたくないものだ、認めたくない………あれが、オレの未来?」
レックよりもレベルが上と言う、認めたくない現実が、氷漬けの魔王様の上へと降り立ち、きめポーズを決めまくっていた。
オーガというより、巨大なゴブリンと言う姿だった。
いや、太りすぎたオークと言う表現が正しいのか、巨大になりすぎて、分からない。
エルフの、大好物だ。
「オーク祭りだにゃぁああ」
「「「「「おぉおおおおおっ!!」」」」」
「首も、無傷だぜえええ」
「「「「「兜焼きだあああああああっ!!!」」」」」
森が、揺れた。
気付けば集まっていた割烹着やスーツや大正の学生服に身を包んだエルフたちが、雄たけびを上げていた。
「まぁ、まぁ………お正月は、休む間もないねぇ~」
ミケばあちゃんまで、張り切っておいでだ。
いつの間に現れたのか、猫耳をした猫の獣人という食堂のおばちゃんは、割烹着姿のままである。いいや、エプロンの一部が神社のしめ縄で縁起を担いでいた。貫禄がすごい、さすがはエルフたちの胃袋をつかんだ、猫のお人である。
エルフちゃんが、ご機嫌だ。
「ミケばあちゃん、がんばってね。ポーションもたっぷりあるから」
「あらあら、若くないからね、ポーションだよりは、体に毒だよ」
「代わりに、僕らが」
「うちらが」
「「「「「がんばるにゃ~っ」」」」」
手下の猫耳たちも、いつの間にか集まっていた。
転送魔法があり、動く木製の遊歩道もあるのだ。どのような手段でエルフの神様の御前に姿を現しても、レックは驚かないのだ。
奥様も、現れた。
「あらあら、レックちゃん、オユキちゃん、コハルちゃん………長女を置いてこんな楽しいお土産を独り占めなんて、悪い子ね~」
エリザベート様の、登場だ。
正しくはエルフちゃんたちのお母様だが、自称・長女と言うお姉さんである。
レックは、沈黙を守った。
しかし、頭の中ではツッコミで忙しい。年齢を考えていただきたいと思う、紫のミニスカ振袖だった。確かに、見た目だけは20歳を前後しているので、ギリギリアウトと言うべきか、しかし、そのような感想を頭に思い描くだけで、致命的である。
レックは、ゴマをすった。
「へへへ、エリザベート姉さま、いつ見てもお美しい………ねぇ」
《《4姉妹》》に加えられていることなど、いまさら気にしないレックである。
オマケのロクディウスと言うエルフ殿は、妻のイタズラをあきらめているのか、付き従っていただけだ。
夫たるエルフ殿は、遠くを見つめていた。
「勇者(笑)よ、巻き込まないでくれ――」
見た目だけなら、大学生に見えるエルフ様の夫婦は、実年齢は何百歳なのだろうか、レックは空気を読んで、一度も質問をしたことはなかった。
命が、惜しいのだ。
娘様たちは、容赦なくツッコミを入れた。
「パパ、なんで振袖じゃないの?」
「父上は、ナウじゃないんですから」
「まったくよね~、ふふふ」
金髪のツインテールが、とってもまぶしい《《4姉妹》》である。オマケのロクディウスさんは、空を見上げていた。
振袖と聞こえたが、まさか、身に好かバージョンではあるまい。見ニスカの振袖というレックも、倣って空を見上げた。
氷付けの魔王様は、見上げるサイズなのだ。そう思っていると、見上げる視線が、どこか別の方向のようだ。
レックも、気付いた。
「おぉ~………獅子舞ジェットが――」
片手で顔を守りながら、見上げた。
いや、ジェットでもロケットでもない、噴射は、どうやら演出の特殊効果と言うオマケらしい。料理が続々と生み出され続ける宴会場へ、助っ人の登場だ。
『勇者の飯屋』――という横断幕が赤白緑と3色に飾られて、お正月気分だ。
獅子舞ジェットの、正体である。
どのように操縦したのか、仕組みはどうなっているのか、レックは考えを放棄した。ファンタジーに見えて、この世界はややSFに発展しているのだ。
ツッコミは、間に合わないのだ。
エルフパパさんが、ツッコミを入れた。
「正月そうそう、大活躍だな。アレクセイ」
「奥方のオマケのロクディウスよ――あんたもな」
かつて勇者(笑)と呼ばれた、割烹着姿のおっさんと言うか爺さんと並んで、巨体を見上げた。
レックも、改めて見上げる。
一部は児童公園の様子があるが、広大な土地は、大木の根っこと言う。キロ単位に巨大すぎる、まさに『世界樹』という根っこの上と言う空間である。
とあるセリフが、レックの脳裏をよぎった。
「魔王様が、大木の足元………言葉通りの、足元――」
ヤツの力は、我の足元に及ばぬ――
なにかでそのようなセリフがあったが、キロ単位の大木を前に、100メートル程度の巨体など、足元だった。
本体は『世界樹』という巨大な樹木で、人の姿は、人々と交流を取りやすくするための分身というか、アバターというか、そういうものらしい。
服装が、ちょっとイメージと違うな~――というレックの感想など、誰も知ったことではないのだ。
本日の装いは、ミニスカ巫女装束である。
ロボの上で、はしゃいでいた。
「わぁ~い、わぁ~い、おみやげ、いっぱぁ~い」
「エリックちゃん、ラウネーラちゃん、ありがとうね――」
「よせやい、いつまでも子ども扱い――」
「いいってことだにゃ~」
お子様の神様とハイエルフ様にほめられ、勇者エリックは、まんざらでもないらしい。というよりも、レックと面識がないだけで、色々と付き合いがあるらしい。
パイロットスーツのラウネーラちゃんは、相変わらずである。
周りのエルフたちは、勝手に盛り上がっている。毎日が宴会ではないのか、そんなエルフたちも、年に一度と定められている正月という行事のために、いつもより盛り上がっている。
そっと、レックの肩に手を置くおっさんがいた
「よう………まぁ、その格好も、その年頃までだ。次の勇者(笑)が現れる頃には、ちゃんと飽きてるはずさ――多分」
勇者の飯屋の、頑固親父だった。
同情の、瞳であった。
頑固ジジイと呼んでもよさそうな年齢ながら、かつては少年であり、レックの姿は、もしかするとかつての自分かもしれない。
同情の瞳が、レックを見つめていた。
レックは心の中で、叫んでいた。お願いです、見ないで下さい、同情しないで下さい。むしろ、笑ってください――と
レックは、乾いた笑みを浮かべた。
「――てか、あんな勇者もいたんッスね、魔王様の復活のときに、ちょっとだけ出てきてやしたけど………」
即効でラウネーラちゃんに捕らえられ、新装備の弾丸?として、発射されて星空へと消えたのだ。
どうやら、凄腕だったらしい。
頑固親父と言うアレクセイは、遠い目をしていた。
「あれで、最強の勇者の一人だ………見て分かるだろう、アイテム・ボックスを使うなら、容量は魔力に匹敵するんだ」
「はぁ………まぁ――」
見て、分かった。
レックよりも容量があるだろうし、自前の魔法で冷凍できるなら、保存能力としても、レックよりも上なのだ。
魔王様すら、持ち歩くのだ。
「アイツと同じくらいハデなのは………ドロシーちゃんくらいか。あとは、たしか封印の神殿を作りまくったジジイに――」
数えるほどは、いるようだ。




