レック VS エビ
お正月の準備は、戦いだ。
それ以外にも、イベントに命をかける人々はたくさんいるが、本当に命をかける人は、どれだけいるだろう。
レックは、大海原を前に、つぶやいた。
「エビ………ッスか――」
いつの間にか、海にいた。
雪がちらつき始めている、朝食は、暖かな喫茶店で花火を見ながらの、プリン・アラモードであった。
今は、凍えていた。
「レック~………魔法の防御で、寒くないはずでしょ?」
「ふふふ、コハルちゃんってば、レックちゃんに厳しいんだから」
「寒空でも、ミニスカサンタ………それでこそだよ、レックくんっ」
「………さすがです、先輩」
女子会メンバーも、セットだった。
見た目12歳のエルフちゃんを筆頭に、2メートルオーバーのマッチョという魔女っ子に、そしてテクノ師団の変態と、メイドサンタのが揃い踏みである。
カメラもたくさん、用意されていた
レックは、振り向いた。
「あの………マジで?」
カメラ目線で、振り向いた。
断崖絶壁の前で、ギシギシと音を立てて、こわばりながら振り向いた。
女子会のお茶会のあと、転移魔法で訪れたのが、雪が降り始めた断崖絶壁だった。
「『お正月の準備』って………あれ、店で買えばいいんじゃね、エビだろ?」
なぜ、自分はここにいるのだろう。
レックは底の見えない深い海を前に、どこまでも続く広大な海を前に、いまさらと言う疑問を抱いていた。
女子会が開催された目的らしい、作戦会議とも言うべき集まりは、レックが参加したクリスマス・スペシャルに夢中になり、結局説明らしい説明は無かった。
いくわよ――と、いつものごとく、手を引っ張られるままに引っ張られて、そして、断崖絶壁となったわけだ。
エビが、相手らしい。
「冒険者だから、めずらしい食料を確保するくらいは、いいッスけどね――わざわざこのメンバーで、おれっちがここにいるって………」
フラグだ。
前世は、絶対にフラグだと、武器を構えて警戒していた。なぜか持っている、ビーム・サーベルを構えて、周囲を警戒していた。
レックの脳内の出来事である、レックの持つ装備は、前世も装着できるらしい。現実を忘れたいレックは、ツッコミも放棄していた。
いずれ、答えからやってくるはずなのだ。
わざわざ、このメンバーなのだ。魔王様とも対決できるメンバーが、わざわざ集まったのだ。
馬のおっさんとテクノ師団の隊長殿がそろえば、アーマー・5の姉さんたちがそろえば、魔王討伐のメンバーなのだから。
とっさに、叫んだ。
「スキル、探知っ」
久々に、言ってみた。
魔力があっても、エルフ並であっても、エルフのようにキロ単位を探知できるわけではない。視力の強化は双眼鏡レベルでも、400メートル先の標的が、双眼鏡で見るように、ぼんやりと見える程度だ。
探知魔法の範囲は、むしろ目視のほうが広いほどだ。
「………げ、なんか、なんか――」
何かが、いた
絶壁の高さは20メートル程度と、レックがギリギリ、探知魔法で探れる範囲であった。もっと訓練をつめば、範囲が広がるのだろうか。
そのような感想は、普段は思い出さないものだ。のんびりとするときは、のんびりとしたいのが人情なのだ。毎日が修行など、とんでもないことだ。
レックは、如意棒をとりだした。
「コハル姉さ~ん、言われたとおり、サーベルすればいいんッスよね~」
眼下に集中しつつ、背後へと声を届けた。
見学者の姉さん達は、見学できる範囲にまで下がっている。危険をレックに押し付けているわけでなく、面白いものを、見物する気分なのだ。
この状況だけで、十分なフラグだった。
レックが悲鳴を上げる、フラグである。
「げっ――」
レックには、問いただす暇も与えられないようだ。レックが海面へとビーム・サーベル状態の如意棒を向けたとたん、変化があった。
探知で、なにかがあると分かった。
レーダーに例えられる魔法の探知能力では、確かに反応があった。
サイズまでは不明だが、並みのボスクラスより巨大という予感はあった。大群過ぎて、巨大な影と勘違いをしている。
その可能性が、一番高いと思っていたが………
レックは、悲鳴を上げた。
「エ、エビだぁあああああっ――」
巨大なエビが、現れた。
魔法の気配に、輝きの気配につられたのだろう。10メートルを超えるサイズの、ボスクラスのエビが、現れた。
とってもたくさん、現れた。
「ちょっ、これ、ダンジョンじゃないんッスよ、岸壁で、ボスクラスがあふれ出しって、大発生は落ち着いたって話じゃ――」
レックは、涙目だった。
赤をベースにしたミニスカサンタは、岸壁で釣りをするように如意棒を構えて、立ち尽くしていた。
そのように、命じられたためだ。
岸壁の上から海面まで、おおよそ20メートルほどある。魔法の攻撃は届くだろうが、命じられたのだ、攻撃をするなと。
ただ、サーベルを最大に明るくして、おびき寄せろと。
背後では、女子会の続きが開催されていた。
「やっぱり、食いつきがいいわね~、さっすが勇者(笑)さま」
「かがり火で漁をするって話はあるけど………モンスターは、魔法の輝きのほうがおびき寄せられるからね~………食いつきは、すごそうだけど」
「ミニスカの男の娘という条件も、あるのでは?」
「………先輩、その意見は、どうかと――」
モンスターの大発生は、終わった。
魔王様の討伐の後、レックは説明されていた。おかげで、安心して魔法学校への入学の話を聞くことができたのだが………
局地的には、どこでも起こりえる現象だと、忘れていた。
代表は、ダンジョンだ。
「ちょっ、姉さん達、オレ、オレっちの目の前に――」
わさわさと、10メートルサイズのエビの皆様が、がけを上り始めていた。
わさわさと、あがいているだけにも見える、巨体が災いし、そもそも、エビが断崖絶壁を上れるのかも不明である。
エビが、接近中だった。
仲間を踏みつけ、踏みつけて山を作り、それでも徐々にレックの前へと姿を現し始めていた。
6メートルにまで伸ばした如意棒から、更に2メートルのロング・ビーム・サーベルが生み出されている。
攻撃力も、並みのモンスターでは触れるだけで討伐できそうだ。ボスクラスなら、てこずるはずだ。それもエビの甲羅は、頑丈そうだ。
もう少しで、触れる位置にまで現れて………
「レック~、そのまま、そのままじっとしてて………いきなり動いたら、逃げられちゃうからねぇ~」
容赦の無い、エルフちゃんだ。
エサのレックは、ただただ、モンスターを呼び寄せるかがり火としての役割で、立ち尽くすのみであった。
レーザーを乱射すれば、いいや、いっそのこと、トルネードをツインで発射すれば、倒せてしまうはずだ。
だが――
「お正月の準備って、お正月の準備ってええええっ――」
レックは、涙目だ。
エビは、傷つけてはならぬのだ。
このような大物は、一般の食料品店では、まず手に入るまい。討伐の依頼を出しても、誰が引き受けてくれるだろうか。
レックは、叫んだ。
「大漁だぁああ――」
異世界のお正月は、とっても大変だった。
来年も、よろしくです




