レック VS クリスマス・スペシャル
やらかした転生者は、ぶっ飛ばす。
レックは、何度も心で決意したものだ。転生者は、レック一人ではない、しかも、文化に大きく影響を与えるほど、転生者はやらかしを続けているのだ。
イベントとして、クリスマスという祭りを持ち込むことも、当然、予想できたことで、改造と発展が加わって、とんでもないことも予想すべきだった。
リングの上で、レックは立ち尽くしていた。
「………クリスマス・スペシャル?」
この喫茶店では、机の上にメニューが貼り付けられていた。ビニールのようなもので加工されており、汚れてもすぐに拭けばよい仕様だった。
レックが選んだメニューは、クリスマス・スペシャルだった。
懐に余裕があるレックである、朝食もまだであり、すこしくらい豪華な料理が出てきても、問題ないと思っていたのだ。
そう、確かにオーダーしたのは、レックなのだ。
「レック~、がんばれぇ~」
「ふふふ、さすが勇者(笑)ね?」
「レックくん、色々と乙~」
「orzでも、先生は許しますよ?」
レックの女子会仲間達は、それぞれに応援をしてくれていた。
ひざを突いて、うなだれるorzというポーズだけは、とりたくないと思っていた。
喫茶店に、どうしてリングがあるのか分からない、見世物として、プロレスでもするのだろうか。
まだ、コンサートのほうが納得できる、メイド喫茶のように、小さなステージでお客が選ばれて、歌うのだ。
あるいは、見世物だ。
「えぇ~、本日も始まってさっそく、クリスマス・スペシャルのオーダーが入りました、挑戦者は、なんと新たなる勇者(笑)との事です」
猫耳姉さんが、燃えていた。
オレンジベースのクリスマス・ミニスカファッションに身を包んで、猫尻尾はぴんと張って盛り上がり、尻尾の鈴がジャラジャラと、興奮を表していた。
レックは、立ち尽くしていた。
「あぁ~………カメラアイ・ボールの皆さんまで――」
空中に浮かんでいないが、どこかに中継してもおかしくない、録画機能があってもおかしくない、カメラの皆さんがレックを見ていた。
説明書を、よくお読みください――
どこかで見たことがある、レックが注文したクリスマス・スペシャルという注文は、イベントの勝利者に料理が振舞われるという、チャレンジメニューだった。
遠くには、写真が並んでいた
様々な衣装の魔法使いが、ほぼ女の子がイルミネーションを披露している写真が、写真たてに飾られていた。
イベントの、内容だった。
「バトルじゃ、ないんッスよね………」
少し、安心したレックである。
プロレスをイメージしたのは、ステージが腰ほどの高さにあるためだ。そして、リングはロープで守られているが、むしろ、出演者を客の手から守るためのものに感じた。
アイドルのコンサートと、客との適度な距離は、大切なのだ。
レックは、マジック・アイテムを手にした。
「久々に、スプラッシュでもするか………」
長く、アイテム・ボックスに封じられていた魔法の杖である。先端に可愛らしい飾りのシリーズもあるが、レックがとりあえず選んだ魔法の杖だった。
攻撃力のために、如意棒を基本に、時にはマジック・アイテム版のビーム・サーベルも二刀流していたレックである。
その理由は――
「レックって、魔法の杖が使えないからね~」
「ベルおじ様と同じよ。レックちゃんは、ちゃんと使えてるほうよ?」
「なるほど、入学試験で確認すべきでした。今後の課題としましょう」
「へへへ、久しぶりに、バブル・スプラッシュが見られるわね~」
観客席に変わったテーブルでは、女子会メンバーが、レックに注目していた。そしてもちろん、ここは喫茶店である。ファミレスと言い換えてもいい、40人ほどで満席となる広さは、ステージを挟んでコの字に展開していた。
ステージに気付かなかったのは、レックのミスである。いいや、クリスマスの木々が、支柱が邪魔をしていて、見えなかったのだ。
ステージの上のレックは、杖を掲げた。
「いくわよっ――」
魔女っ子レック、クリスマスバージョンの、誕生だ。触れても安全なシャボン玉の大群が、喫茶店に幻想的な光のショーをもたらした。
バブル・スプラッシュが、炸裂した。
そして――
「あぁ………プリンがおいしい………」
バブル・スプラッシュは大盛況だった。
クリスマス・スペシャルというイベントは、成功に終ったようだ。客がイルミネーションの魔法を見せて、客達の反応によって、提供されるメニューが異なる方式だ。
無料で食事が出来るイベントとも言う。敗北すれば、恥を背負って立ち去るしかないのだ。
しかし、勝利の美味は、料金を払う料理とは違うものだ。
レックの報酬は、プリン・アラモード・クリスマスバージョンだった。
参加賞の飴玉に始まり、クリスマスキャンディーに、チョコに、そして豪華なプリン・アラモードにと、ランク・アップしていくのだ。
下手な芸人を呼ぶより、参加型のイベントのほうが盛り上がるという店側のたくらみであろう。盛り上がっているところを見ると、店の勝利のようだ。
レックのバブル・スプラッシュに触発されたのか、新たにクリスマス・スペシャルを注文するお客がいたようだ。
「さぁ、さぁ、次は女の子のペアの出演です。皆様、暖かい拍手を――」
猫耳姉さんが、お客達を盛り上げる。
事前に、使う魔法を報告している。レックの場合は水魔法の一種であり、攻撃力がゼロの、シャボン玉であった。
女の子ペアは、火花の系統らしい。安全のため、ステージ内部に限定すると言うが、それでも楽しみである。
結界でもあるのだろう、安全対策は、しっかりとしているということだ。
花火が、輝き始めた。
「両サイドから、花火のシャワーか………やるわね」
「互いの魔法がぶつかることで、一人では出せない色も生み出されているみたいね。あれでステッキにハートとか、星とかがあればいいのにね?」
「男の娘だったら、もっといいのに………いや、あの二人、女の子同士に見えて、実はどっちも――はぁ、はぁ」
「マキノ先輩は、相変わらずですね………」
女子会も、ショーを楽しんでいた。
イルミネーションを目的としている、分類としては、練習用だろうか。
それとも、イルミネーションと言うジャンルでもあるのだろうか、派手であり、攻撃力はゼロに等しい。
底辺冒険者として、そして、魔法を使うことができないという時代の長かったレックは、知らなかった世界だ。王の都の華やかさを知らなかったほかにも、まだまだ知らないことはたくさんあるらしい。
レックは、スプーンをおいた。
「ところで………エビって?」
火花のショーが店を照らす中、レックの胸中は不安で一杯だった。




