異世界のクリスマスと、出会い
チュンチュンと、小鳥が鳴いている。
レックは、宿の個室から、のんびりと外の光景を見つめていた。入学試験が終わり、結果発表までの時間を、もてあましていたのだ。
クリスマスは、翌日も、その翌日も続いていた。
準備に一ヶ月で、開催期間は一週間を超えている、日本人を前世に持つ転生者たちがやらかし、祭りが長引いたようだ。
ただ――と、レックは思った。
「学校………って、あれ、普通は転生して、最初の物語じゃね?」
前世の浪人生は、パラパラとラノベをめくっていた。
いつもの、レックの脳内のシーンである。なぜか、巨大な図書館が広がり、何千冊と言うラノベが並んでいた。
レックは、ぼんやりとつぶやいた。
「倒しちゃったよ、魔王様………」
室内でなければ、息が白くなっているだろう。
ぼんやりと、窓から外の光景を見ていると、そんなことを思った。受験生には、とても注意が必要な季節である。
この世界でも、寒くなる時期に受験が待っているとは知らなかった。いっせいに入試をしないのは、交通機関の問題だ。数日どころか、一ヶ月以内なら、いつの訪問でも誰かが対応するらしい。
移動の制限は、異世界ファンタジーらしいと思った。現代日本を参考にしてはならない、雪や大雨のために、電車がストップでタクシーも捕まらない悲劇など、考えたくも無い。この世界には、それら便利な交通手段が発達できないのだ。
せいぜい、バイクだ。
「ちょっと、出るか」
レックは、立ち上がった。
クリスマス一色の町並みは、一ヶ月は続いている。準備期間に加えて、クリスマスという大騒ぎは、一週間にわたって続く、お祭である。浮遊する小型UFOを乗り回すおっさんが出没するが、見つからないように注意である。
パイロットスーツにマントに、そしてUFOを操縦するおっさんでも、王様なのだ。呼ばれれば、応えねばならぬのだ。
魔王様を倒した勇者は、エンディングでのんびりしたいわけだ。
だが――
「………げっ――」
扉を開ければ、ヤツがいた。
そんなセリフがあったのか、分からない。しかし、ミニスカサンタと言うお子様がいるとは、思わなかった。
長い金髪はレックより神々しく輝き、本日の気分は三つ編みのようだ。耳は肩幅まで長いエルフのお子様が、サンタのコスプレで待ち構えていた。
カラーは、ライトグリーンというサンタちゃんが、仁王立ちだった。
小物モードは、即座に起動した。
「へへへ、これはこれは、かわいらしいサンタ様でやんすね~」
コハル姉さんとの、再会であった。
それから予想される未来図は、フラグと言うにはあまりにも現実的に起こりうる未来図である。
連れまわされる、フラグである。
「試験期間が終ったんでしょ?クリスマスしてるから」
きょとん――と、小首をかしげていた。
レックは分からないが、コハル姉さんなりに、気を使ってくれたようだ。魔王様の討伐という余韻もそこそこに、メイドさんに連行されて入学試験を行い、早くも一ヶ月である。
クリスマスの準備がいつの間にか始まっており、先日はロンリーナイトだったレックは、固まっていた。
「試験期間………」
恐怖の、単語だった。
おれ、勉強してないんだ――
テストの日において、教室で交わされるセリフである。
猛勉強をしていようと、口にするセリフである。そしてレックの前世は、本当に勉強をしていなかった。
レックの脳内では、前世が布団をかぶって震えていた。
足元には、新品同然の教科書や単語帳が散らばり、前世に恐怖のプレッシャーを与えていた。
コハル姉さんは、言いなおした。
「あぁ、入試だっけ………大変よねぇ~、人間の子供は――」
エルフには関係ないらしい、人間の子供の時間の短さゆえの、忙しさと焦りを知らない永遠の12歳が、のんきなものだ。
いや、少しは成長するようだが、人間では、エルフちゃんが大人になる姿を見ることなど、果たして出来るだろうか。
そんな感慨を抱く以前に、レックの心の中では、フラグだ、フラグだと、警報ランプが鳴りっぱなしであった。
対するエルフちゃんは、いつものコハル姉さんだった。
「まぁ、王国中から集まるからね、転移魔法でも使えないと、試験に間に合うか怪しいから、かなり時間を取ってるって話だから………発表の郵送も――って、聞いてる?」
魔王様を討伐したその日、それじゃ――という別れの挨拶は軽く、臨時のパーティーは解散だった。
その後、報奨金の金貨の山の前で再会することも無く、それぞれの役割に戻るタイミングもバラバラに、まともな別れはしていなかった。
間を置かずに、どこかで再開することを確信していたのかもしれない。
レックは、腰をかがめた。
「へへへ、気を使ってもらって、どうも………ってわけで、オレっちは通知が来る予定の部屋から、動けないんで――」
「学校でも発表されるんでしょ?受験のクリスタルは失くしてないよね?」
腰に手を当てたエルフちゃんは、色々とご存知のようだ。
学食において、レックは受験票でもあるクリスタルを受け取っていた。カフェテリア方式の学生食堂には、クリスタルでお買い物ができる自販機があった。チャージ式のプリペイドカードが、印象として近いだろうか。
ややSFな受験票は、とても便利だと思った。
「いやぁ、さすがコハル姉さんはよくご存じで――」
その感想が、致命的であった。見た目は12歳だが、さすがはおっさんたちを子ども扱いのロリバ――
「ボウヤ、久々に会ったからって、調子付いてるのかな?」
レックは、なにも口にしていない。また、女の直感と言う恐るべき能力を侮っているわけでもない。
自然な反応として、さすがは――と、年齢を思い浮かべてしまうのだ。
下っ端モードと小物モードを、フルパワーだ。
「へへっ、なにをおっしゃいますやら、可愛らしいエルフちゃん様、思わぬ再会に、感動していたんでやんすよ――」
調子よく、ゴマをすった。
「まぁ、いいわ………お正月に向けて、準備があるから………行くわよ?」
「へ?」
フラグは、回収された。




