異世界の、クリスマス?
受験とは、戦いだ。
そんな感情は、前世においてきたはずだと、レックの中の浪人生は、夜空へ向けて叫んでいた。
もちろん、レックの脳内の出来事である、ご近所に迷惑はかからない。
転生者と言う少年レック15歳は、お空を見上げていた。
「わぁ~サタサンがいる………UFOに乗って、夜空を駆けてやがるぜ………」
ロンリーな夜を、迎えていた。
見なかったことにしたい。小型の浮遊UFOは1人乗りらしい、マントのおっさんがジグザグに、冬の夜空をお散歩していた。
赤と白のクリスマスカラーに彩られた、パイロットスーツに、王様マントを見た気がするが、気のせいだ。
レックは、窓を閉めた。
「うぅ~、冬だもんな――」
たちまちに、ぬくもりが窓を曇らせる。ガラスが高級品というのはファンタジー異世界の常識だと思っていたが、あるところには、いくらでもあるのだ。
立体映像すらあるのだ、前世の常識など、忘れたほうがいいだろう。チキンを片手に、レックはベッドの上で孤独を楽しんだ。
今夜は、クリスマスだ。
レックの脳内でも、前世がクリスマスを満喫していた。
チキンを片手に、コンビニケーキを前に、クリスマスを満喫していた。お一人様がデフォなのだろう、サンタさんの格好が、痛々しい。
この世界のチキンの箱は、木製のタルだった。
シールのイラストは不思議である、グリーンベレーのちょび髭のおっさんが、骨をかじるイラストだった。
「転生者め………版権に気を使って、原型が消えちまってるぜ――」
チキンを一口、かじった。
持ち帰りも出来る、バケツの代わりにタルであった。赤と白と、この世界では加えて、緑の縁取りがクリスマスっぽく、泣けてきた。
ロンリーなナイトを、満喫していた。
マジカルバイクになって、旅立とう――そう思っていた頃は、まったく考えていなかった。むしろ、一人旅を楽しみにしていたのだ。
クリスマスカラーの中、一人のチキンは、涙が出そうだ。
この部屋は、王都において、レックのために貸切と言う部屋である。魔法学校の入学までの住まいとして、魔王の討伐への貢献の謝礼としての待遇だった。
レックは、冒険者だ。
試験結果が発表される来年までに、旅立っても良かった。2ヶ月ほど旅をして、すこし依頼をこなして………
そんな気分に浸れない、試験結果が発表されるまでは、ビクビクとおびえる毎日のレックだった。
改めての手続きや色々と、報酬の金貨の山に笑みがこぼれたのは、過去のことだ。
「あれ、この包み――」
気付かなかった、ポテトも入っている。紙袋の包みの裏側に、なにかが書かれていた。クリスマスカードのような、お店のサービスだろうか。
そう思っていると、見慣れた言語が飛び込んできた。
“ひらがな”で、描かれていた。
「れっつ・ろんりーないと………か」
“ひらがな”だった。
カタカナも、それなりに目にすることはある。意味は分からなくとも、デザインとして使われているのだ。この世界にはない文字であり、面白いデザインとして使われているのだ。
ヒーローという印字のされたTシャツを着たおっさんもいれば、鹿と印字されたTシャツを着た、ケンタウロスという馬のおっさんもいるのだ。
『馬』+『鹿』=
だれも、教えないに違いない、好き好んで地雷を踏みたい人間など、いるわけが無い。レックは転生者の先人たちの痕跡に触れる毎日を、のんびりと過ごしていた。
冬景色の始まった最近に色づいてきた、クリスマスカラーもその1つだろう。前世の日本と異なり、一週間以上続く、クリスマスのお祭りであった。
ただ、言いたかった。
「ふざけてやがって………」
怒りに、紙袋を握りつぶした。大きな皿の上で食べていて幸いだ。宿の人への負担は、最小限にしたかったのだ。
こぼれていないことに安心しつつ、皿の上のポテトを、一口かじった。
「ちきしょう………ポテトの塩気、強すぎだぜ――」
試験が終って、すでに1ヶ月が経過していた。
カルミー姉さん達は、すこし手続きと試験結果の判定で居残り、そのあとは転送魔法でのご帰還だった。
レックの場合は、メイドさんに手を引っ張られての、お散歩だった
空中での、お散歩だった。
空を飛ぶ魔法も、あるといえばあるらしい。メイドさんのように、あるいはエルフちゃんたちのように、魔法の力では、いくつもあるのだ。
入学できれば、学べるだろうか。
外を見て、レックはつぶやいた。
「メリー・クリスマス」
結果発表まで、あと2ヶ月であった。




