魔法学校の、入学試験 2
チートとは、転生した主人公の、特権である。
少なくとも、レックはそう思っていた。慣れ親しんだ作品の皆様が、偉大なる先人達が語るのだ。
楽勝で、いいのだろうか――と
レックは、震えていた
「マジ、さ~せんっした」
マジで、スミマセンでした――と、反省していた。
チートだと、調子に乗って叫んだレックは、女性陣の眼差しに気付いたのだ。暖かい、アホの子を見る眼差しであった。
「チートか………今はみな、懐かしい――」
「レックちゃん………がんばったわね?」
「レック……… 一緒にお勉強、がんばろうね?」
この世界の識字率は、とても高い。だれであっても看板を読むことが出来るほどに、計算も2桁の足し引きに、掛け算すら出来るレベルであった。
筆記試験の、テスト内容であった。
「前世の基準で言ったらさ、小学校の小テストだよ?――1年生の」
ヨシオ兄さんが、例題を出した。
モンスターが5匹います。冒険者が3匹倒しました。残りは何匹でしょう――
この文章を読み、意味を理解して、計算をして、回答をする。当たり前のようで、とても大切な能力である。魔法学校だけではない、意味を理解して答えを出す力は、基本で、必須なのだ。
最低限の読み書きと理解力があるのか、それさえできれば、合格というレベルだという。しかし、かつてのレックであれば、実は難問だった。
では、前世で義務教育を受けたという転生者レックにとっては、どれほどの難易度なのだろうか。
『さんすうのドリル』
レックの頭の中で、問題集が浮かんでいた。
自称・高校4年生の前世などは、チートをしたという優越感を忘れて、のた打ち回っていた。
小学1年生の小テストを満点で、自慢した――そんな自分を鏡で見て、見せ付けられて、のた打ち回っていた。
ドロシー姉さんは、宣言した。
「では、そろそろ三次試験にしましょう………運動場へどうぞ」
静かに、全員が立ち上がった。
レックも、立ち上がった。当然のように、全員分のトレイを持って、立ち上がった。セルフサービスであっても、レックが全員分の食器を片付けるのは、自然なことであった。
率先して動く男、それが下っ端レックなのだから。
優しさが、とっても痛かった。
そして――
「………体重計――魔力値の測定ッスか?」
久々の体重計が、目の前にあった。
何度かお世話になった、魔力値を測定する装置である。レックとしては、どう見ても前世の体重計である。
ドロシー姉さんは、手帳を取り出した。
「色々な場所で計測してると思いますけど、魔法学校としても計測しておきます。成長期だと、大きく変動することもありますし………なにより、訓練で伸ばした成果として、目に見えて分かりやすいですしね?」
レックは、とても実感していた。
転生する前の値が40で、転生のショックで格段に上がった魔力値は数倍の120に跳ね上がり、チートだと思っていた。
エルフのコハル姉さんに連れまわされ、値はさらに跳ね上がり、エルフレベルである、1000を超える値となり………
上級魔法に分類されるトルネードを連射するに至り、ついに、魔王様のバリアを突破する、ドリルにまで成長したのだ。
では、今の値は?
「へへへ………転生者の特権――チートで、申し訳ないでやんすね」
レックから測定するらしい。
無言の圧力と、先ほどのチート宣言の気まずさから脱出するべく、レックは愛想笑いを欠かさない。
ドロシー姉さんは、ため息をついた。
「チートしたいのは分かったから、どうぞ?」
チート仲間であり、チートの先輩からのお言葉だった。
魔王様との戦いにおいては『ファイアー・サンダー・トルネード』と言う大技を放ったメイドさんである。直径100メートルの、むしろメイド・ハリケーンと呼ぶべき大魔法の使い手である。
どれほどの魔力の持ち主か、しかし、レックと異なり、魔王様にトドメを刺す力はないというバランスのおかしさだった。
レックはとりあえず、素直に魔力を流した。
「………まぁ、こんなもんッスね?」
体重計に見えて、むしろ重量挙げだ。
体力測定のイメージで間違いないらしい、この世界では、ステータス画面が表示されない、当然ながらMPやHPも表示されないための、唯一の目安なのだ。
結果は、驚きで受け止められた。
「へぇ~、レックちゃんの魔力、本当にエルフ並なのね~」
「うぅ~………チートって、そういうことなのね。レックのくせにぃ~」
「まぁ、勇者(笑)ですから?」
カルミー姉さんは素直に驚き、ルイミーちゃんは悔しがり、そして、ドロシー姉さんは想定したという、納得の表情だった。
いつもの、お姉さんスマイルだ。
「へへへ、おれっちも、それなりに――」
「次、ルイミーちゃんね?」
ドロシー姉さんは、本当に、容赦がなかった。
チートをする実感は少ないのである、もう少し、浸らせてほしいと思うレックであったが………
「へへへ、これはこれは、失礼いたしやした」
レックはもちろん、小物モードで引き下がった。
お姉さんに逆らってはならない。それは、村人時代からレックが生き残ってきた力といえる。
機嫌の悪い女の子を前にすれば、特に注意なのだ。
ルイミーちゃんは、可愛らしくホホを膨らませている。その口から、お怒りと言う声が発せられる前に、ご機嫌を取らねばならぬのだ。
ドロシー姉さんの手前であるためか、母親の前であるためか、幸い、レックへ声をかけることなく、素直に計測装置へと手をかざした。
クリスタルが輝いて………
「ま、魔力値が200?」
レックは、驚いた。
現在のレックの足元と言う魔力値であるが、9歳の子供と言う年齢を考えると、恐ろしい値なのだ。
かつてのレックの値である、魔力値40と比べても分かる。転生して、最初に計測した値である120と比べても分かる。中級魔法を扱える値が100からということで、さすがという驚きなのだ。
すごい――と、レックが驚く値だったのだ。
だが、ルイミーちゃんのご機嫌は、とっても悪かった。
「ぅう~………」
ホホをさらに膨らませて、ご機嫌斜めだった。
仕方ないといえば仕方ないのだが、レックの魔力の値はエルフレベルの、上級魔法を乱射できる値である。
ちなみに、母親のカルミー姉さんは自称・400である。
「へへへ、以前のあっしは40だったんッスよ、転生しても、最初は120で――」
レックは、必死にご機嫌を取ろうとした。
いらぬことを口にしていると、もちろん気付くわけもない。転生者の特権として、並みの魔法使いでは不可能な魔力値をはじき出しているのだから。
生まれ持った才能の限界を知る――それは、大人でも耐え難い壁であり、9歳のお子様を前にしては、ご機嫌を悪くしても当然であった。
そのまま飛び出さないだけ、ルイミーちゃんは大人なのだ。
「ゴーレムの門を通過している時点で、魔力値の問題はクリアしています。あくまで、本人の成長の目安として、記録をとっているだけですから………」
ドロシー姉さんは、言いながらどこかを指差していた。
弓道場の的のように、映画で前世が目にした射撃場のように、標的が遠くで光っていた。
ドロシー姉さんが、指刺していた。
「三次試験は、アレです」
ピカピカと、光っていた。




