魔法学校と、メイドさん
魔力とは、この世界に満ちる力のことである。
技術として、力として扱うと、魔法となる。
日本という、レックの前世ではファンタジーと言う扱いで、あるいは迷信として、またはトリックとして楽しまれてきた。
この世界では、現実の力であった。
「レック君は、シルバーに駆け上がれるほど、魔力が上がったからね。ちゃんとした教育を受けさせたいのは、当然なの。マヨネーズ伯爵のように、貴族と結婚して、貴族の仲間入りをしてもいいし、私達みたいに、自由な冒険者に戻ってもいいけど――」
メイドのドロシーお姉さんが、お姉さんぶった。
紺色のロングスカートに、すこしフリルが付いたエプロンドレスというメイドファッションのお姉さんだ。
メイド姿だが、メイドさんではない、自称・エセメイドである。
そして、レックと同じく日本人を前世に持つ、転生者だった。
そして――
「レック君――だいじょうぶ?」
いい性格をしておいでだった。どこかのエルフちゃんたちと同じく、窓からレックの平穏を破壊し、そして、連れ去るメイドさんだった。
美人であるため、勝利者だ。
男心を、よくご存知だ。
前世はヨシオ兄さんと言う、今の名前はドロシー姉さんである。男女のどちらの心理も理解できる、どちらの性別からも尊敬されるお姉さんなのだ。
レックは、ポーションを取り出した。
「ぜはっ、うぅ――」
アイテムボックスから、必死に探りだしていた。
今までは、コハル姉さんと言うエルフちゃんが、レックの頭からぶっ掛けてくれたものだ。今は、そばにいないためにじょぼぼぼぼ――と、セルフポーションで、気分を落ち着けた。
なんとも、贅沢な使い方である、一本で、ルペウス金貨が何枚も飛んでいく上級ポーションである。
レックの感覚は麻痺している、まずは、気持ちを落ち着けることが優先であった。
「ぜぇ、ぜぇ――せめて、覚悟を――」
ポーションの甘ったるい香りが、呼吸を助けてくれる。おかげで、朝食のコーンポタージュと、イチゴジャムのトーストとの再会は、防ぐことができた。
レックは、顔を上げた。
「あ、あの、ここは………」
文句のひとつも、言いたかった。
しかし、大通りにしては、すこし広かった。魔法学校へのご案内という、その言葉通りだとしたら、ここはどこだろう。
大きな門構えを前に、レックの不満は、疑問へと変わっていた。
答えが目の前にあっても、疑問がわくものだ。
「魔法学校――ッスか?」
「そう、書いてるとおり………ほら、門番も見てる」
ドロシー姉さんに言われて、レックは見た。
ぴょんぴょんとしたジャンプは、雷の魔法を使った、空中ジャンプの連続であった、そのため、レックは周囲の光景を見たわけではない。
今、やっと見回して………
目が、あった。
「ご~、れむぅ~」
角張ったレンガの巨人が、両腕をあげて、挨拶をしていた。
あるいは、威嚇だろうか、魔王様が封印されていた神殿という『魔王の城』でも、門番はゴーレムであった。
ファンタジーらしくて、とても嬉しい気持ちが盛り上がったレックだが、一言、言いたかった。
「ここ、どこッスか?」
レックは、見回した。
そう、改めて周囲を見渡したのだ、ぴょんぴょんと、王都を飛び回っていると思っていた。学校というからには、大きな都に付属で、当然、街中だと思っていた。
周囲を見渡すと、ちょっと、雰囲気が変わっていた。
具体的には、やや昭和という光景の、むしろ万博という円盤を頭に乗せたビルの皆様が、見えないのだ。
それ以外にも、とても巨大な建物たちも、人ごみも………
大通りだと思っていた石畳すら、反対側がなかったのだ。
「もぉ~、ちゃんとしなさい。どう見ても、魔法学校の敷地でしょ?」
メイドさんが、腰に手を当てて、お怒りを示していた。
困った弟を見つめる瞳で、あきれていながら、本気の怒りでないと思う。むしろ、この状況へと引きずってきたメイドさんの、確信犯であろう。
怒っていいのだろうか、レックの中では迷って、足踏みをして、うろうろと脳内イメージで部屋の中をうろついて、その時間は、コンマ1秒に満たなかった。
小物モードで、見上げた。
「へへへ、あっしは田舎育ちでやんして………いやぁ~、王都にしては、どこかおかしいなぁ~なんて………さっきまで、王都の宿にいたもんで――」
ここは、どこだ――
レックが問いただしたい言葉は、この言葉だけだ。
ザコなハートのレックが、口に出来るわけがない。必死に手をすって、ゴマをすって、お姉さんを見上げるしかできないのだ。
この状況へと導いたのは、間違いなく、目の前でメイド服に身を包んだ、ドロシーお姉さんなのだから。
メイドさんは、微笑んだ。
「さぁ、入りましょうか――」
お楽しみは、これからだ。
すらりとした後姿が、語っている。ゴーレムの門番さんも、恭しく胸に手を当てて、お辞儀をしていた。
強い人には、逆らってはいけない。
まるで、それを理解しているかのような態度である。レックも、客としてきたわけで、まさか、いきなり攻撃されることはないだろうと、立ち上がる。
人によって、ゴーレムが態度を変えるはずもないと、そう思った。
油断しては大変だと、思い知っているはずであっても、そう思った。
ゴーレムと、見詰め合っていた。
「ごぉ~れむぅ~」
腕を組んで、レックを見下ろしていた。
まるで、レックを威圧しているようだ。歓迎されていないのが分かる、とってもえらそうな態度に見えて、仁王立ちをしていた。
メイドさんが、戻ってきた。
「なにしてるの?試練の門と同じよ、封印の神殿で、門をくぐれたんでしょ?」
もたつくレックへの、しかたないな~――という、お姉さんのため息が聞こえた。常識を知らないボウヤへの、ため息だった。
聞いてないよ――
そう言って、叫べないのは、レックだからだ。無駄と知っている点も、忘れてはならない。
偉い人には、逆らえぬのだから。
この場においては、従うしかないのだ。むしろ、ゴーレムの門番との遭遇は、昨日の今日である。思い至らなかったのが、悔やまれる。
魔力を流せば、素通りなのだ。
「学校案内、ちゃんと読んだ?」
メイドさんの、追い討ちだった。
前世などは、うぅ――と、胸を押さえた。自らの失態であるという自覚が、心当たりをえぐったようだ。
レックは、愛想笑いをした。
同時に、叫ばなくてよかったと、心から安心していた。入学のご案内は、確かに手にして、目を通した。
隅々まで、目を通さなかっただけだ。
魔法の可能性にあふれる若者へ――という一文で、魔法使いのための学校だと、頭の中では異世界魔法学園シリーズが、様々に動いていたのだ。貴族も通うため、身分格差が大変だろうこと、どのような無理難題を言われるのか、学園と言う世界では、表の常識が通用しない、そして、隠された謎が………
色々と思いをはせて、読んでいなかったわけだ。
「へへへ、ちょっと、疲れてやして――」
腰を低く、ついでに、魔力を少し生み出した。
水風船を生み出そうとする程度の、魔力計測装置に魔力を流すような感覚で、ゴーレムの人と見詰め合っていた。
変化は、すぐだった。
「おぉ~………ゴーレムの人が、お辞儀をしてきたッスよ、姉さん」
楽しいな~――
そんな気分を演出して、レックは門をくぐった。ドロシーお姉さんが腰に手を当てているのだ、早く、目の前に向かわねばならないのだ。
いや、左手の包帯が、ポーズを決めていた。
「ようこそ、若者よ、ここからが新たなる――」
中二が、待っていた。




