封印の神殿の、その後 3
冒険者のランクは、ゴールド、シルバー、ブロンズと分かれている。
さらに<上級><中級><下級>と分かれているが、一般の冒険者は、ブロンズの<上級>が限界だとされている。
転生した主人公は、すでにシルバー・ランクの<中級>という、恐るべき速さでランク・アップをしていた。
本当に主人公のようだと、レックは固まっていた。
「ランク・アップ………ッスか?」
「おめでとう、ランク・アップです」
メイドさんの微笑が、前にあった。
レックと同じく日本人を前世にもち、中二が時々顔を出すドロシーお姉さんだ。カメラアイ・ボールに囲まれて、笑顔だった。
両サイドには、金と銀のポニーテールのエルフちゃんが、おそろいのポニーテールのレックにしがみついていた。
「ランクは?ランクは?」
「飛び級でゴールドだにゃ~、バクチなんだにゃ~っ」
金と銀のポニーテールを揺らして、ラウネーラちゃんは、パイロットスーツに付属の猫尻尾も揺らして、興奮していた。
お茶の間にも、この興奮が伝わっているだろう。カメラアイ・ボールの皆様の集中砲火を浴びて、レックは緊張していた。
面倒ごとは、許してください――と、心の中で土下座をしていた。
前世も一緒に、土下座をしていた。
メイドさんは、そんな光景を見透かしたように、微笑んでいるだけだった。そして、周囲の待ちきれない気持ちもしっかりと見極めて、メモ用紙を取り出した。
必要ないだろうに、これは、演出だった。
「では、発表します。この王国の新たな勇者(笑)さまのランクは――」
しばし、間を置くメイドさん。
タツヒコの兄貴は沈黙を守る、すでに、ドラムロールの演出は終えている、ひざを付いて、静かに見守っていた。
みんなも、見守っていた。
ドロシー姉さんは、顔を上げた。
「シルバーの<上級>です、おめでとうございます。ゴールドへの飛び級を狙っていた大博打の皆様、残念でした」
嘆きの声と、笑い声がこだまする。
コハル姉さんが、さらに強くレックにしがみつき、片方のラウネーラちゃんは、レックの腕を支えに、崩れ落ちていた。
カチューシャタイプの猫耳も、垂れていた。
猫の尻尾も元気なく、レックは、ツッコミをしないと心に決めた。どれだけの皆様がバクチをしていたのか不明だが、はじけ飛んだ色々は、少なくないだろう。
それが、ルペウス金貨であるのか、秘蔵のお酒であるのか、それは分からないし、知りたくもないレックである。
十分、ダメージを受けているのだ。
「へへへ………<上級>ッスか――」
レックも、ダメージを受けていた。
上を見上げていた頃は、若かった――と、月を見上げていた。かつては、ブロンズの<中級>という、底辺冒険者を自称していた貧弱な15歳の少年だったのだ。
転生して、魔力が跳ね上がって喜んでしばし、命のピンチに連れまわされた日々である。ランクがアップするほど、そのピンチと頻度が上がっていくのだ。
どのようなピンチが待ち構えているのかと、自由を渇望する今は、涙目だ。
空に向けて、つぶやいた。
「ステータス先生………これって、フラグなんッスか?」
新たなる命のピンチという、フラグではないか。気ままな一人旅を楽しみにしていたレックである、バイクでの一人旅に心を躍らせていたレックである。
月を見上げて、泣いていた。
ラウネーラちゃんは、うなだれていた。
「単独で討伐なら、ゴールドでいいと思うんだにゃ~………バイクが、いけなかったのかにゃ~………」
「う~ん、最初っから、私達が放り投げないと届かなかったからね~………」
「まぁ、いくら神殿周囲はデバフ状態といっても、魔王様ですから………」
コハル姉さんに続き、ドロシー姉さんも何か口にしていた。
レックは、現実に戻ってきた。
「デバフ………って、そうだったんッスか?」
デバフ状態――と、神殿周囲は魔王様に対して、常にデバフをしていたと言う追加情報が出されていた。なんちゃって魔王城でも、『封印』の神殿と言うだけあって、弱体化のおまけがあったようだ。
いまさらの違和感に、レックは驚いていた。
「そっか………ずっと立ち尽くしたままだから、おかしいと思ってた。巨大だからかなって………」
巨大な残骸を、見つめていた。
100メートルを超える、オーガを基礎としただろう姿が、徐々に削られていく。さすがは、王都の解体メンバーだ。いや、他の支部からも手伝いに来ているのかもしれない。数日をかける必要もなく、骨すら残らないだろう。
素材の山は、アイテム袋や封印の宝石や、あるいはレックのようなアイテム・ボックスの能力を持つ人々によって、転移魔法の先へと送られていく。
タツヒコの兄貴が、見上げていた。
「デバフ………そんな言葉があるんだな~………んなゲーム、あったっけ?」
「タツヒコくんは、あまり前世の記憶がないでしょ? 大発生の時期じゃないから、仕方ないけど………転生者のほとんどは、欠片程度って話ですしね」
「はぁ~、一応、魔力が上がったけどよ、新入りに超えられちゃ~よぉ~」
「一般の冒険者だと、十分にトップクラスでしょ?」
「まぁ、並みのモンスター相手なら、倒せると思うがよ………」
木刀を腰から抜いて、空へと掲げていた。何か、名前が彫られているものの、暗闇では見えにくい。
タツヒコの兄貴は、シルバー・ランクの<中級>らしい。すでにレックが超えてしまった、申し訳ない気持ちと、交換したい気持ちが揺れ動く。
沈黙を守ったのは、余計な一言が災いを生むという予感があったためだ。
帰りたい――そんなセリフを口にすれば、次なるピンチに連行されるフラグに決まっている。なら、いまは野菜スープをちびちびとすすっていたいのだ。
やさしい甘さが、はらわたにしみこんできた。
「デバフ………やっぱ、ヤバイ相手だったんッスよね――」
震えてきた。
巨大が目の前にあるだけで、本能的に恐怖するものだ。現実離れをした上に、エルフちゃんたちに、ぽんぽんと投げ飛ばされた本日であった。そのため、考えるより前に、身を守るためにドリルを展開させてきた。
跳ね飛ばされると、魔女っ子アリスちゃんが、現れるのだ。
ピーちゃんと言うワイバーンに乗って、現れるのだ。
ぬ~――と、現れた。
「あらん?だからこその、メンバーなのよ?」
レックと同じく、野菜スープを手にしていた。
ピーちゃんはどこにいるのかと、すこし首を回すと、発見した。ボス・モンスターの一匹にかじりついて、ガリガリと、骨ごと食らっていた。
30メートルを肥える巨体なのだ、10メートルほどのボス・モンスターを一匹くらいは、丸ごと食べられるらしい。人間など、おやつにもならないだろう。
レックは、改めて野菜スープをすすった。
「そういえば、皆さんのランクって………」
エルフレベルであることは、確実だ。
少なくとも、上級魔法を扱えるはずだ。試練の門は、魔力値が一定でなければ、潜り抜けることが許されない仕組みだったのだ。
レックでさえ、シルバー・ランクの<上級>になってしまったのだ。どのような基準であるのか、今まで意識してイナかったレックだが………
ドロシー姉さんが、笑みを浮かべた。
「勇者(笑)は、みんなシルバーの<上級>くらいですね。単独で魔王様を討伐できればゴールドになって、何体も倒せれば<中級>になります。そこのエルフちゃんたちみたいにね?」
そう言って、静かにエルフちゃんたちを見た。
人間離れしているだろう、それは当然だ、人間ではなく、エルフである。見た目は12歳のお子様だが、見た目だけなのだ。
技術も、人間では及ばない領域にあっておかしくない。人間では桁違いでも、エルフでは、たやすく到達できるだろう。
故に、このメンバーらしい。
「このメンバーなら倒せるだろうってことだけど、やっぱ、勇者(笑)に活躍してもらわないと、つまんないのっ」
「そうだにゃ~、レックがトドメは間違いないにゃ~………審査が厳しいにゃ~………」
コハル姉さんと、ラウネーラちゃんは、それぞれに文句があるようだ。
国家のピンチすら、イベントにする。
そのたくましさこそ、この世界で生き延びる秘訣のようだ。カメラアイ・ボールの皆様は、この様子をお茶の間へと届けているだろう。王様も見ておいでのようだが、うなずいているに違いない。
UFOで戦闘に参加してもおかしくない、パイロットスーツに、王様マントと王冠と言うおっさんなのだ。
ドロシー姉さんが、周囲を見渡して宣言した。
「では、オークションの続きをします。クリスタルの残りは100を超えるというので、どんどん、応募してくださいね?」
周囲では、大歓声だ。このまま、オールナイトでオークションや宴会が行われることだろう、その体力は、さすがはトップクラスの皆様だ。
神殿メンバーはもちろん、この場に解体のために訪れた皆様も、冒険者としても活躍する力の持ち主に違いない。
唐突に、ケータイのベルが鳴った
「はぁ~、もしもし、わたしぃ~」
コハル姉さんが、嬉しそうにケータイを手にした。金色のポニーテールは、月明かりに強く輝く。隣の銀色のポニーテールちゃんもまた、美しい。
見た目だけなら、エルフは理想どおりの美しい種族なのだ。
英語の辞書では、イタズラな小人と言う意味もあったと、前世は学者を気取っている。その手の知識は、ちゃんとあるのだと、えらそうだ。
レックは、フラグに違いないと、あきらめていた。
コハル姉さんと言うエルフちゃんが、にっこりとレックを見ながら、お話をしているのだ。
「へへへ、こんどは、なんでやんしょ………」
お話の相手が、とっても気になるレックだった。




