これが、オレの力・・・
レックは、腕を組んでいた。
「ふっ、ふっ、ふ~………そうなのだよ、転生した主人公が、ブロンズで終わるわけが、ないのだよ………」
何かを、真似ていた。
おそらくは、えらい先生のイメージであろう、温かく見守ってあげたい。転生した主人公は、多くは活躍する。それも、魔法の力が跳ね上がっているのならば、並みの冒険者では歯が立たないレベルにまで、レベルアップするのだ。
伝説の、誕生だ。
「焦ったぜ………しかし、テンプレだったのだ。ザコだと幻滅、絶望した主人公が、あるときを境に、力に目覚めるのだよ………そう、これが、オレの力だっ」
魔力を、全力にした。
元々、レックには魔力があり、アイテム・ボックスはそのおかげで発生した。原理は不明であるが、異なる空間へと物質を収納し、そして、取り出すことが出来る。空間のサイズは、魔力に影響するのか、荷物を出し入れするための魔力だけで済むのか、この原理は分からない。
だが、出来たのだ。
レックは、両手の中に、先ほどとは比べ物にならない魔力が集まってくるのを感じた。元々、魔法の力は操れる、そうでなければ、そもそもアイテム・ボックスを使うことは出来ない。もちろん、マジカル・ウェポンシリーズもだ。
「火傷は勘弁だからな、分子運動………だっけ?それは控えめに………」
呪文など、魔法を正しく使うための道しるべである。それは、姉さんが教えてくれた言葉であり、呪文を覚えることに集中しすぎて、魔法がなかなか身につかなかった経験からでもある。
逆に、呪文と意味と、魔力を正しく編みこめて、勉強するほどに魔法の力が上がる人物もいるのだが………
前世の浪人生が、自慢げに語る。
自慢ではないが、ボクは教科書を開けるまで、一時間かかった――と
「お勉強が嫌いなのは、世界が違っても一緒だってな」
前世とレックは、硬く握手を交わした。村で文字の読み書き程度は教わっている、前世の記憶では、寺小屋のようなものと判断している。
教育水準は、恐ろしく高いのだろう。中世ファンタジーでのチートは、思えばここでも発揮できない。教育改革など、すでに行われているのだから。
やはり、魔法だ。
残る手段、個人の才覚でのみ、左右される能力、魔法だ。
レックは、目を見開いた。
「いでよ、湯柱!」
天に、両手を掲げた。
魔法の攻撃を、天空へと放つかのごとく、お湯の柱が、天空へと打ち上げられた。
当然、降ってくる。
雨が降るごとく、周囲には熱湯の雨が、雨のごとく降ってくる。熱湯シャワーである。押すなよ、押すなよ――と宣言する必要もなく、熱湯風呂だ。
いや、シャワーだ。
「あち、あち………ってことは、熱湯になってたんだ、やっべ~っ!」
前世が、お約束だと飛び跳ねているが、レックは飛び跳ねていた。
ゴードンの旦那も、飛び跳ねていた。
「うわっ、ち、ちち………って、カルミー、おまえ、ふざけ――」
ゴードンの旦那が、犠牲になったようだ。
レックは、冷や汗をかく、恩人であり、親父さんと言う立場の人物に、何たる無礼を働いたのか。誠心誠意、謝罪しなければならないと、顔が青くなる。
てっきり、カルミー姉さんのイタズラだと、ゴードンの旦那が怒鳴り込む。
レックは、誤解だ、実験が暴走したのだと、重ねて叫ぶ。ちょっと待ってくだせぇ~っ!と、大声で叫ぶ。
遅かったようだ。
「あぁ~――」
ゴードンの旦那は、夜の星になった。昔馴染みとはいえ、女性の入浴シーンに突撃をかましたおっさんである。社会的には、アウトのはずだ。
夜空の、星になるのだ。
「ったく、ゴードンおじさんっ、昔はお風呂に入れてもらってたけど、もう子供じゃないんだからねっ」
「そうよ、私がそんな子供っぽいいたずらを――」
ゼファーリアの姉さんと、カルミー姉さんが、夜空に向かって叫んでいた。
バスローブ姿で、天空に向かって吠えていた。
「してたじゃねぇか、死なないから安心だって、オレを実験台にしてたじゃねぇか~」
ゴードンの旦那は、夜のお星様になりながら、反論していた………そろそろ、落ちてくるころあいだろう。
そして、カルミー姉さんには、前科があるらしい。
ゴードンの旦那や、カルミー姉さんも、かつては若者、少年少女だったのだ。うん十年前の懐かしき日々、哀れなゴードンの旦那の待遇は、変わっていないらしい。
そして、ゼファーリアの姉さんは、幼い頃から、そのグループにいた。というか、ゴードンの旦那やカルミー姉さんにとって、兄貴分と言うか、親代わりの一人の、娘さんと言うことだ。
今は引退して、そして、これから修行と言う娘さんのゼファーリアの姉さんが、新たなファイターとして、パーティーメンバーをしているらしい。
レックは、土下座をしていた。
「マジ、すんっ――ませんでしたぁ~っ」
小物パワーを、最大出力である。
いや、余計なことは一切口にしてはならない、ただただ、お裁きを覚悟する、小物なのだ。ひたすらに、土下座なのだ。
熱湯の雨が降った。
そんな子供っぽいいたずらなど、するわけがない。と言うか、出て行けと、お姉さんはお怒りになったのだ。
懸命なガンマンのガルフは、心当たりがないために、困惑。
ゴードンの旦那を、おじさん呼ばわりしてファイターのゼファーリア姉さんも、年頃女子っぽく仁王立ちだ。
そこへ、パーティーの和を乱した責任を感じて、レックが名乗りを上げたのだ。
レックが犯人であり、思っていなかった事故が起きたことも、事実である。ちょっと、調子に乗ったのだ。
「お湯が出ないかなって、ちょっと試して見たんでやんす、悪気はなかったんで、ホント、マジで、すんませんっしたぁ~っ」
いや、本当に、マジで、スミマセンでした。そんな気持ちで、レックは冷や汗だ。
パーティーに亀裂を生み出したレックは、大慌てで釈明。お湯を出してみようとして、やりすぎたと謝罪。
返答は、のんびりとした感想だった。
「へぇ~、レックちゃんったら、教えてもいないのに………って、私のお湯の魔法か、なにか、つかんだのかなぁ~」
「まぁ、弟分のイタズラだし、魔法らしい魔法、初めて使えたわけだし………今回だけなんだからね」
レックは、必死で、土下座をした。
ご迷惑をかけたゴードンの旦那は、今や森の大地に逆さに埋まり、見事な芸術作品と、化していた。
犬神家だ、犬神家は、あったんだ――
前世の浪人生が、またもうるさい。上半身が、すっぽりと地面に埋まったゴードンの旦那が、有名映画のワンシーンになっていた。
「おぉ~、ゴードンのだんな、また犬神家してるのか、懲りないなぁ~」
いつもの光景らしい。
というか、犬神家という言葉は、この世界でも市民権を得ていたのか。それだけ、犬神家のポーズをする犠牲者の皆様が、多いということなのか………
レックは、犬神家の仲間入りをしないためにも、誠心誠意、土下座をしていた。
土下座もまた、転生した日本人が広めたのだろう。いったい、いつから広まっていたのだろうかと、ちょっと知りたくなった。
「でも、お湯が使えるって、便利ねぇ~、一応、私も魔法で水を生み出せるけど」
「カルミー姉さんは、あんまり水を生み出せないんだよね。風を生み出すときの、何十倍も魔力が必要………だっけ?」
「数百倍よ………飲み水としては十分であっても、攻撃とか、リラックスタイムには向かないのよねぇ~………相性ってやつよ。レックちゃんが使えるアイテム・ボックス。それも、私は使えないし~」
考えようによって、レックは便利な力の持ち主と言うことになる。
アイテム・ボックスに頼らずに、水を生み出すことが出来る。ならば、水の代わりにアイテム・ボックスで運べるものが、多くなる。その気になれば、船一掃分の荷物を運ぶことが出来る、もちろん、水は現地調達と言う、レックの魔法だ。
商人様や、貴族様が欲しがるだろう。もちろん、冒険者パーティーにも、一人は欲しい能力者である。
唐突に、お姉さんは宣言した。
「じゃぁ、一緒にお風呂に入りましょう」
ちょっと待ってと、レックは固まった。
子ども扱いをされているといっても、レックは15歳である。まず、女性としてみたことはない、そもそも、レックの親の年代であるわけで………
「あぁ………冷えちゃったなぁ、大変だ」
棒読みの、セリフだった。
カルミー姉さんのイタズラに、ゼファーリア姉さんも参加した。
男子をからかう、女子大生のお姉さん。嫌いじゃないが、目の前に存在されれば、ビビってしまうザコである。
興味がないわけではない、しかし、目の前の相手は、そんな対象としてみてはヤバイと言う本能が、先に縮こまってしまうのだ。
女性としてみる以前に――
「はっ、ゴリラの裸なんぞ――」
ガルフの兄さんが、天の星となった。せめて、最後まで口にしたかったであろう、ガルフの兄さんにとっても、少しだけ年上のゼファーリアの姉さんである。
少年時代からボコられていれば、女性として認識することは、ムリなのだ。
そんな光景を見てきたレックも、同じである。もちろん、口にはもちろん、態度にも表しては危険だ。
見なかったフリをして、必死の土下座モードへと戻った。
そう、顔を上げていなければ、必死に笑いを押し殺していても、かまわない。震えている演技で、ごまかすのだ。
小物モード、フルパワーだ。




