魔王様、吹っ飛ぶ
魔王様が、ついに動き出した。
レックのドリルキックには、指ぱっちんで反応した魔王様は、あるいは、バーストと名づけたレックの“真の力”に驚いたのか、単に、やっと体が動くまでに体力が回復したのか、動き出した。
メイド様が、ポーズを取っていた。
「魔法とは、すばらしいものだ………あぁ、イメージがあふれて、あふれて、止まらない。あふれるスクロールを全て――」
包帯をしていた意味があったのか、分からない。ただ、本気を封印する気分と言うか、本気で戦うポーズと言うか、そういう気持ちの準備は、大切だ。
燃えていた。
「わが左手には、炎を――」
左手が、燃えていた。
20代も半ばを過ぎたメイドのお姉さんは、ドロシーさんと言う。今もパチパチと、雷の輝きを放ちながら、空中に浮かんでいる。属性は雷だと思っていたが、一つとは、限らないようだ。
とっても明るく、燃えていた。
前へと、突き出した。
「ファイアー、とるねぇえええどっ」
炎の竜巻が、魔王様へと向かった。
わずかなチャージタイムで、放たれた。
レックがお世話になっていた『爆炎の剣』の魔法使い、カルミー姉さんがチャージの後、生み出していたトルネードの、ファイアーバージョンである。
カルミー姉さんは、岩やそのほかを巻き込んで飛行タイプモンスターをズタズタにしたものだ。メイドのドロシー姉さんは、前世のヨシオ兄さんの影響を受けて、とっても中二に発展していた。
レックは、見ほれていた。
「すげぇ~――」
知っている魔法に近いだけに、レックには、すごさが分かった。
並みの魔法使いの上位に当たるカルミー姉さんでも、魔法の杖とチャージタイムが必要だった。
普段は中級魔法が限界で、上位の力を放つための、杖とチャージタイムだった。
エルフちゃんたちの反応は、厳しかった。
「あぁ~あ、ただの上級魔法じゃない。日本人なんだからさぁ~――」
「コハルぅ~、人間には大変な魔法なんだにゃ~、オリジナルじゃないからって、厳しいにゃ~」
すごわざを前にしても、エルフちゃんたちは、のんびりだった。
レックを空中で抱きとめている、輝く翼の見た目12歳の金と銀のツインテールちゃんには、珍しくない魔法だ。
当たり前だ、エルフなのだ。
人間が及ばない領域の、悪魔のごとき魔法を連発できる、妖精さんなのだ。
ヨシオ兄さんは気にしていない様子で、さらに魔法をチャージしていた。どうやら、エルフちゃんたちにディスられるのは、いつものことらしい。
人間にとっては最大の魔法でも、ただの魔法に過ぎないのだから。
ぱちぱちと、雷の力を、高めていた。
「うなれ、わが右手――サンダー・とるねぇえええどっ」
まぶしいトルネードが、放たれた。
レックが、もしかしたら“真の力”かもしれない、そう思っていた、そして、スカだった魔法だ。イメージだけでは、魔法を放つことはできないらしい。
ヨシオ兄さんは、見事に放っていた。
「すげぇ~、魔王様の動きが、止まった」
「正面で受けてるからね、膨大な魔力がバリアの役割してるから、ダメージにはならないけど――」
「だから、レックの魔法が楽しみだったのにゃ~、ドリルキックなら、魔王のバリアも吹き飛んだはずだにゃ~………」
当たっていれば――という、但し書きが付く。エルフちゃんたちの評価は、ヨシオ兄さんに厳しい、上級魔法であるだけですごいのだが、エルフには退屈なのだ。
レックがトルネードを生み出したように、オリジナルが見たいらしい。
そして、厳しい評価も仕方ない、最高位の魔法のあわせ技でも、魔王様を倒すことはできず、ダメージを通すことすらできないらしい。
レックのドリルが直撃していれば、それができたそうだ。
当たってさえ、いれば――
レックは、目の前の輝きを見つめていた。
「あれだけの大魔法でも、不足って………魔王って、エルフって………」
とっても、ハデだった。
ヨシオ兄さんが自慢して、格好を付けたい気持ちが分かる。雷と炎と言う、高熱を発する二つの属性の上級魔法を操るのだ。
魔王様は受けるしかない。100メートルを超える巨体であることも、この際は災いだ。炎と雷のトルネードを受けて、動きが止まっていた。
さらに――
「ふふふ、これで終わりだと思ったのかい?」
ゆっくりと、ヨシオ兄さんの両手が合わさり始める。
どちらかの手が吹き飛ぶのではないか、そんな不安は、見ている側の不安だ。基本、レックの不安だ。
エルフちゃんたちは、ちょっと期待している。レックを抱きしめる両腕に力が込めて、羽交い絞め状態で、ちょっと苦しいレックだ。
まっすぐと、ヨシオ兄さんの腕が伸ばされる。
「オリジナルでなくても、あわせてしまえばっ――」
炎と雷のトルネードが、合わさった。
片方だけでも、上級魔法と言う威力である。それが合わされば、レックのドリルキックのように、とてつもなく威力が上がるのではないだろうか。
炎と雷という、とってもプラズマっぽい危険なトルネードが、魔王様を襲った。
竜巻のサイズも、数倍に跳ね上がった。
「おぉ~、ファイアー・サンダー・トルネード………久しぶりに見たわね~」
「こうなったら、アイス・サンダー・トルネードも見てみたいにゃ~」
エルフちゃんたちは、拍手をしていた。
ちょっと珍しい芸を見れたという感覚で、微妙なほめ方であった。だが、素直にほめているのだ、とてつもない技なのだろう。
魔王が、吹き飛んだ。
レックは、遠くへと去っていく魔王様を見つめていた。
「あぁ~、落ちていく――」
あと、ヨロシクと言うつもりのレックは、落ちていた。エルフちゃんたちが、ぱちぱちと拍手をして、はしゃいでいたのだ。
両手が、フリーなのだ。
では、レックはどうなるのか
「おっ、おたすけぇぇええええ――」
落ちていた




