真の力は、残念だった
主人公がピンチになれば、真の力が解放されて、勝利を得る。
レックにも、憧れであった。
それは、テンプレである、お約束である、古きよき、伝統である。主人公には都合よく、伝説の力や受け継いだ力や授かった力があり、ピンチになれば覚醒して、勝利を得るのだ。
レックには、冷や汗だった。
「えっと………自爆?」
長くなってきた金髪が、ペっタリと額にへばりつく。
お約束は、転生者レックにも、しっかりと用意されていたようだ。そもそも、ピンチに真の力が覚醒して、生き残った場面が、転生の初日だったのだ。
下手をすれば、レックもローストだったと思うと、とってもドキドキが、止まらない。
アイテム・ボックスが暴発、周囲の空気が瞬間的に圧縮され、布のような燃えやすい何かが瞬時に発火、大爆発でローストだったのだ。
超巨大な『ファイアーピストン』という現象が、大爆発だ。
レックの腕は、両サイドからつかまれた。
「レックぅ~、ポンプで爆発するのぉ~?」
「マッチだにゃ~、ポンプで、爆発だにゃぁ~っ」
エルフちゃんたちが、催促してきた。
とっても恐ろしい、自爆命令に聞こえる。面白そうだ、やってみろ――という、両サイドからのツインテールたちの圧力である。
見た目は12歳の美少女でも、見た目だけだ。
逆らうことは許されない、本気ならば、レックごときザコの力を借りずに、魔王を討伐できるだろう。まさに、悪魔なお子様たちである。
そろって、命じた。
「みせろ~」
「みせるんだにゃ~」
状況を考えない、ムチャ振りだった。
「いや、そんなことをしたらアイテム・ボックスの中身が――って、前も無事だったんだっけ」
そういえば――と、思い出した。
そして、そのために、レックは黒焦げローストの理由に、気が付かなかった。炎の魔法であろうか、あるいは雷ではないかという寄り道は、遠い思い出だ。
レックが当時アイテム・ボックスに入れていた非常食料そのほかは、無事であった。もしも、それらが巻き添えで黒コゲになっていたなら、ヒントとなっただろう。
もっとも、アイテム・ボックスは一つの亜空間を共有している魔法ではない。さもなければ、他人のアイテムを、間違えて取り出す事故が起こるはずだ。
なら、複数のアイテム・ボックス空間が生まれても、おかしくないのだ。
レックは、念じた。
「じゃぁ………ちょっとだけ」
レックは、手を伸ばしていた。
イメージの力は、前世の唯一の特技である。アニメの力に、空間を圧縮するイメージに、すがった。
そして――
「………あれ?」
ピロリロリン――と、脳内では久々のコマンドが響いた。
スキル・暴走ファイア~――が、失敗しました
称号・『役立たずな切り札』を、会得しました
この効果音は、もちろん、レックの頭の中の出来事である。演出は、前世の浪人生である、残念そうなジェスチャーが、腹立たしい。
殴ることもできない、レックの頭の中のコントを知る由もないエルフちゃんたちは、さらにご機嫌を悪くした。
レックを両サイドから抱きしめて、ささやいていた。
「命のピンチなら、もう一回――」
「だったら、もっと勢いよく投げるにゃ~――」
とっても、不穏なナイショ話だった。
レックなどは、現実的な命のピンチに、ビクビクしている。両サイドから美少女に抱きつかれて、15歳男子としては、まんざらでもないシーンであるが………
レックは、悲鳴を上げた。
「おたぁあああああああ――」
お助けください――
情けなく、見た目12歳のお姉さん達へと願う言葉など、とどくわけがない。勇者(笑)レックは、遠くへと消えていった。
長くなってきた金髪がばさばさと、ガンマンコートもばさばさと、激しく風に打たれていた。
レックは、またも人間砲弾となっていた
「しっかりねぇ~っ」
「花火だにゃ~っ」
犯人のエルフちゃんたちは、元気一杯だった。
見つめる暴走族の兄貴は、つぶやいた。
「うわぁ~………えげつねぇ~――」
タツヒコの兄貴は、優しいらしい。
レックには、同情の声が届くわけもなく、放物線を描いていた。いいや、ほぼ直線で、先ほどよりも勢いよく投げられていた。
レックは、風になった。
本日は、本当によく飛ぶ日であると、レックは思った。
自らの力ではなく、放り投げられるあたり、とても残念だ。しかし、ザコらしくて、自分らしくて、いいではないかとも思う。
転生チートによって、魔力が爆発的に上がったのだ。ただ、技術や経験が追いつくはずもない、心は底辺冒険者のままの15歳の少年が、レックである。
まっすぐと、前を見つめた。
「ポンプさまぁああああっ」
マッチをすべきだ。
マッチをするように、摩擦である、圧縮空気である。爆発的に、なにかが爆発、黒コゲのローストである。
レックの頭の中では、一瞬にして、パニックであった。
おそらくは、転生したその瞬間も、パニックだったのだろう。目の前にある命のピンチと、そして、レックの持ち合わせている力とをあわせて、生み出された奇跡こそ、黒コゲのローストなのだ。
今は、すこしだけ冷静だった。
「バーストっ」
両手を、前にしていた。
本当に、冷静のようだ。6つの水風船を目の前に出し、万が一の自爆から、身を守ろうとした。
最大で、6つの水風船を生み出せる。かつては1つが限界で、修行して2つになり、大群を前にしたハードモードを前に、3つ目が生み出された。
その後のエルフの国での修行編で、6つまで開花した。
新たな力が目覚めるのは、今だった。
「………へ?」
炎が、生まれた。
いや、確かにすばらしい、バーストと言う名前を叫んだのはよい判断だ。レックの目の前の空間が圧縮され、瞬時に光り輝いた。
魔王様に、届かなかっただけだ。
レックの目の前が、ちょっと明るくなっただけだ。
そして――
「ですよねぇええええ~」
レックは、吹き飛んだ。




