おいで、ピーちゃん
暗雲が立ち込める空へと、巨大な翼が羽ばたいた。
レックが今まで遭遇した、どのモンスターより、巨大な翼のモンスターだ。鳥に見えて、ドラゴンに見えて………毛深い緑色の、ワイバーンだ。
頭から尻尾までの長さは、少なくともロック・サラマンダーの30メートル以上だろう、翼を広げると40メートル以上で、それよりも大きいに違いない。
レックは、ひざを抱えて震えていた。
「ははは、そうだよな、魔女っ子には、マスコットキャラクターが当然だもんな。かわいい小動物とかさぁ~………ほら、おっさんの愛人?も、ジョセフィーヌちゃんと一緒だったじゃないか――」
魔女っ子マッチョが、背中に乗っていた。
ついでに、メイドさんや、猫マッチョや細マッチョという、封印の神殿に所属の皆様も連れている。
マッチョが空へと躍り出ると、輝きと共に、巨大な翼が羽ばたいたのだ。ピンチにお助けと言う、テイムされたモンスターだろうと、前世は分析していた。
空を飛ぶ巨大モンスターの背中で仁王立ちをしている姿は、まさに魔王様だ。
この世の、おわりじゃぁ~――と、前世の浪人生は、布団をかぶっていた。レックの脳内のこととはいえ、ちょっとふざけすぎている。
レックは、その布団に入れてほしい気持ちで一杯だった。
ジェット噴射が、近づいてきた。
「あぁ~、フライング――トルネードのスタートダッシュか………まぁ、フライングに関しては、魔王の仕業だからな。今回は、許してやるぜ」
おっさんが、バイクにまたがったまま、着地した。
『鹿』Tシャツのおっさんは、少し、つまらなそうだ。本当に、レックにズルをするつもりはなく、そもそも、バイクでビルからジャンプのつもりもなかった。
レックには、そんな文句を口にする力など、残っていなかった。
ホバーUFOも、下りてきた。
そのまま、ホンモノのUFOのように、幾何学的に超高速で空を飛べるのではないか、ファンタジー技術で、できそうだ。
馬の姉さんが、降り立った。
「おっさん、大人気ないぜ………今回はノーカンだ、ノーカン」
カウントに入らないと、勝負の数に入らないと、姉さんは腕を組んだ。
二人は同時にジャンプをしたようだが、いや、地面へと着地するまでが勝負ではなく、どこまで距離を伸ばせたか、それが勝負のようだ。
レックは、勝敗を見届けていない、今回は、本当にノーカンである。
火の玉も、降りてきた。
「おい、少しはレックの心配もしてやれよ………指ぱっちんで飛ばされたんだからよ、指ぱっちんで――」
一瞬、ビクっとなったレックだが、炎と声で、すぐに分かった。
あの破壊の中を最後に飛び出した火の玉は、テクノ師団の隊長殿だ。炎系統は、空を飛ぶことも出来るらしい。
「………大火炎パンチ、そんな使い方もできたんッスね――」
異世界転生メンバーの中で、最初に出会ったテクノ師団のおっさんである。前世に振り回されるな――という警告を与えてくれたが、昔の仲間の色々のほかに、ご自分の経験もあるかもしれない。
炎の剣に憧れ、ついに生み出せなかった、かつての勇者(笑)なのだ。
レックには、小さな出来事だ。これから、魔女っ子マッチョと言う大魔王が、下りてくるのだから。
竜巻でも発生したように、乱暴な風が、レックたちを襲った。
巨大な影が、太陽をさえぎった。
「あらん、レックちゃんは、怖かったのかしら?」
ぬぅ~――っと、レックの前でかがんでいた。
セリフだけを聞けば、心配しているお姉さんだ。
本名はドッドと言う、人格は前世にどっぷりと引きずり込まれた、永遠の90年代女子中学生なのだ。
にっこりと、微笑んだ。
「そういえば、レックちゃんに見せるのは、初めてよね?この子はね、ピーちゃんっていって、私が転生して、間もない頃にね――」
レックには、情報が多すぎたようだ。
『ピーちゃん』――と、言う名前らしい。頭から尻尾までの長さが30メートルを越える巨体をして、ピーちゃんらしい。
マッチョの思い出話は続く。
少年時代、討伐に出かけたときのことだという。卵を見つけ、雛がかえって、緑色の小さな鳥さんであると、ピーちゃんであると名づけたと言うのだ。
レックはただ、つぶやいた。
「ピーちゃん――ッスか………えっと」
かわいいですね――
それが、小鳥を自慢する姉さんへの、正しい回答だと思う。しかし、魔王と間違えても当然と言う姿を前に、言葉が続かなかった。
強そうと言う言葉が、今にも飛び出そうなのだ。
かわいいですね(棒読み) VS 強そうッスね?(本音)
二つの言葉が、壮絶な死闘を繰り返していた。もちろん、レックの頭の中の出来事である。現実のレックは言葉に詰まったまま、ただ、呆然としていた。
背後で轟音が響いても、あぁ、建物が崩れた――という程度だ。
フェアリーさんたちが、両サイドに現れた。
「レックぅ~、これから魔王との戦いなのに、大丈夫なのぉ~?」
「コハル、レックに魔王は、早かったのかにゃぁ~?」
ちょっと、心配そうで、嬉しい。
人間大砲のように、魔王様の顔面めがけて、放り投げられてもおかしくない。そんなエルフちゃんたちなのだ。
見た目は12歳の女の子だが、生きた年月は、人間のギネス記録を超えているだろう。いや、この世界の人間に寿命は分からないが………
思えば、ジョセフィーヌちゃんと言う、巨大ブルドックによだれまみれにされたことなど、楽しい思い出だ。目の前のモンスターの口に入れられれば、恐怖だ。甘噛みでも、レックの水風船を食いちぎるだろう。
くちばしから、尻尾まででも、レックがてこずったロック・サラマンダーを上回る巨体だ。翼を広げた巨大さは、さらに巨大だ。
むしろ、魔王だ。
従える主こそ、大魔王だ。
ごるるるる――と、うなり声を上げた。
「うふふ、ピーちゃんったら、大きくなっても、甘えん坊さんね?」
魔女っ子マッチョは、微笑んだ。
レックに向けてではない、ワイバーンに向けて、手を伸ばした。小鳥のさえずりに、指を差し出す女子中学生。
そんなイメージなのだろう、本人の中では………
レックには、大魔王様にしか見えなかった。




