脱出 魔王のお城 2
レックの脳内では、緊迫のBGMが鳴り響いていた。
前世の浪人生が、大音量で鳴らしていた。もちろん、レックの脳内での出来事だ。
ゲームのクライマックスである。激しい光の暴力と共に、城を壊しながら、ラスボスが現れるのだ。崩れ落ちる破片に触れるだけでダメージと言う、戦う前から、緊張を強いられるのだ。
リアルで、体験していた。
「お、おた――」
レックは、逃げた。
巨大な影が、大暴れだ。
真なる力は炎ではなく、雷の系統ではないか。そんなヒントを考える暇も、もちろん修行し、実践する暇もない。
魔王様の、復活であった。
巨大な影が、ズシズシと、狭い部屋へと姿を現す。かつて、だだっ広い空間だと思ったレックである。天井までの高さは10メートルを超えており、スポーツ大会でも出来そうな広さであった。
とっても、狭くなっていた。がれきのおかげで、レックの水風船がシャボン玉のようにはじけるのだ。
ポーションを手に、レックは息をついた。
「へへへ、さっすがコハル姉さんのポーションは、回復も早いなぁ~」
手のひらですっぽりと収まる、小さな小瓶だ。
飲み込めば、すっきりと甘ったるい味と香りが充満して、そして蒸発するように消えて、染み渡る。
下級ポーションであれば、甘ったるいまま、少しえぐみが後味の、前世のパワーチャージを思い出す。
上級ポーションは、さわやかだ。本来は、気軽にガブのみできないのだが、やらかしていた。
コハル姉さんが、あきれていた。
「レック~………自分で飲めとは言ったけど、ちゃんと考えなさいよ。魔王の戦いは、始まってもいないのに~」
「そうだにゃ~、無駄遣いは、戦いが始まってからにするにゃ~」
お姉さんぶるお子様に見えるが、もっともなご意見だった。
反論できないレックは、もちろん、反論するつもりもない。ただ、恐怖ゆえに、ビビリゆえに、上級ポーションで息を整えたのだ。
魔王の腕が、現れたのだ。
しかも、以前よりも巨大だった。
100メートルを超える巨大な根っこが、お部屋の天井から、垂れ下がっていた。悪趣味なオブジェのように、天井を突き破った腕であった。
サイズが、パワーアップしていた。
レックが恐怖していたサイズでも、まだ、封印の人が仕事をしていたようだ。本来の腕のサイズは、体育館より広いお部屋が、とても狭く感じる。この部屋の最後も、近いだろう。
お城の最後も、近いだろう。希望の脱出手段の、屋上へリポートまで、とてもたどり着ける自信はなく、そして――
「入り口がつぶれて、逃げ場なし………これも、テンプレでございます」
メイドさんは、サムズアップしていた。
丁寧な物言いと、静かなるメイドさんフェイスなのに、サムズアップだけは、ぐぐっ――と、気持ちを強調していた。
やったね――と、レックめがけて、サムズアップされていた。
おっさんは、のんびりと見上げていた。
「あぁ~、でかくなってやがる。倒したと思ったら、パワーアップして復活する――ちゃんと、ツボを心得てるねぇ~」
前世の記憶でも、思い出しているのだろう。テクノ師団の隊長殿は、他人事のように、目の前の恐怖を見上げていた。
ゲームの歴史は、長い。おっさんと言う年齢のおっさんも、子供の頃にはゲームをしていたのだ。BGMの高鳴りに、胸を高鳴らせていたのだ。
古きよきファンタジーゲームの歴史は、今も続いているだろう。
レックは、恐る恐ると手を上げた。
「あのぉ~、逃げないんッスか?」
どこへ――という答えは、他人任せのレックである。もはや、自分に出来ることがない、先輩の皆さんの知恵を、経験を頼るしかないのだ。
さもなければ、ヤバイのだ。ニコニコとした圧力を、レックは背中で感じた。
アーマー・5の姉さん達や、テクノ師団のおっさんたちと、一番乗りを譲ってやろうと言う圧力が、すさまじかった。
エルフちゃんたちが、レックの両肩に手を置いた。
「勇者(笑)よ、出番だ」
「出番だにゃ~」
封印のお部屋のアナウンスも、告げていた。
勇者の、出番だ――と
そう、皆様は逃げろ。勇者は戦え――という、アナウンスなのだ。なぜ、ここに勇者が連れてこられたのか。
そう、封印が限界のため、復活する魔王への対策のためである。
魔王VS勇者
物語の王道であり、定番であり、お約束である。
ぽちっ――と、スイッチを押したレックの、お役目である。
レックは目に涙をためながら、ふりむいた。
「ムリっす、つぶされるッスっ」
そして、気付いた。
お約束と言うなら、テンプレと言うなら、アレがある。ピンチになれば、真なる力に目覚めて、逆転するのだ。
前世の浪人生は、びしっ――と指を刺していた。さぁ、勇者よ、新たなる力が目覚める時なのだ――と
レックは、両手を前に出した。
「サンダー・トルネーぇぇええええどっ」
必殺技の、名前である。
魔法とは、イメージが全てと言っていい。一応は、具体的に消費される魔力と、次の攻撃や防御のための力の残し具合、貯め具合などは計算式があるらしい。
しかし、感覚を具体化する、手助けに過ぎない。では、前世でアニメやゲームや漫画と言う、膨大な情報におぼれていたレックは、どうだろう?
レックの中で、トルネードと、雷の雷撃イメージが合わさった瞬間だった。
しかし――
「ねぇ~、とるねーど、まだぁ~」
「魔王の人も、退屈してるにゃぁ~」
「レックよ、あぁ、レックよ、レック、キミってやつは~」
エルフちゃんたちに続き、メイドのヨシオ兄さんが、オペラ歌手を演じている。舞台に上がっているつもりなのだろうか、両手を大げさに開いて、嘆いていた。
レックは、叫んだ。
「出ねぇえええ、サンダー、出ねえっすよぉぉおお、ステータス先生っ!」
ステータスさえ開いていれば、最初に分かったはずだ。そのようなアイコンは、ございません――と
そんな都合のよいことなど、あるわけもないのだ。
ただ、脱出口は、用意されていた。
エンジェル姉さんが、パタパタと、飛び上がった。
「とりあえず、バンジージャンプかな?」
天使の笑顔で、新たに生まれた大穴を指さしていた。
飛べ――と、指刺していた。
封印のお部屋からも、ジャンプだったのだ。またもジャンプでも、別によいであろう。そういえばと、レックの前世は思い出す。
ゲームの知識だった。崩壊イベントや、あるいは敵キャラクターが壁を破壊してくれなければ、先に進めないエリアもあったのだ。
よくわかってやがる――と、前世の浪人生が、感心していた。
レックは、つぶやいた。
「あぁ、レース場が見える」
下の階は、レース場だった。




