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異世界は、ややSFでした  作者: 柿咲三造
158/262

脱出、魔王のお城 1


 レックは、走った。

 目の前の巨大な穴が、脱出の道である。後ろを振り向く勇気はない、魔王様が、復活を始めているのだ。瓦礫がれきもついでに、雨あられだ。


 アナウンスが、鳴り響いていた。


『――警告、お約束が発動しました、お約束が発動しました。まじめな皆様は、退避してください。これより、勇者の出番です。繰り返します。お約束が――』


 まるで、自爆シークエンスのようだ。

 ふわふわと、エンジェル姉さんが、見守っていた。


「ちょっと、レックは残って戦うんじゃないの?ここは、オレに任せて先に行け――ってさぁ~」


 天使のような微笑で、残酷だ。レックの前世などは、それは、死亡フラグだ――と、おびえていた。


 最後尾のエルフちゃんたちは、ご機嫌だった。


「フラグったぁ~、フラグったぁ~っ」

「わぁ~い、レックがフラグったにゃぁ~」


 金と銀のツインテールちゃんが、楽しげに飛び跳ねる。

 レックの横で、ウサギのようにぴょんぴょんと飛び跳ねて、瓦礫をよけていく。レックに楽しむ余裕はない、これが、経験の差なのだ。


 レックは、急ブレーキをかけた。


「げっ、魔王の腕様がっ!」


 道を、防いでいた。


 なお、右腕か、左腕かは分からなかった。

 人間であれば、親指の角度でわかるのだが、5本どころではない指の皆様は、あちこちへと、タコの足のようにうごめいている。その一撃の全てが、オーガ・ロードの一撃を超えるレベルなのだ。

 幸い、レックを狙ったわけではない、ただ、暴れているだけだった。腕が引き返すと、ボゴン――と、巨大な穴が姿を現した。


「じゃぁ、あたしは先にいってるから~」


 エンジェル姉さんは、急降下した。

 新たに生み出された大穴から、足元のお部屋へと脱出したのだ。

 すぐに、その部屋も安全地帯ではなくなるだろう。次々と部屋を移動して、安全地帯まで向かわねばならない、タイムアタックなのだ。


 メイドさんも、飛び降りた。


「それでは、下でお待ちしています――」


 そして、輝いていた。

 光の勇者という設定があれば、間違いなく、このメイドさんだろう。メイドさん風味の挨拶をして、上品にスカートの端をつまんで、お辞儀をしていた。そのままのポーズで落下して言った。

 不思議なことに、スカートが翻ることはなかった。パンチラNGのアニメではあるまいに、不思議な雷バリアである。


 エルフちゃんたちも、あとに続いた。


「ほら、レックも――」

「いくにゃ~――」


 気付けば、レックの両サイドにいるのは、いつものことだ。

 レックの返事を聞くことなど、あるわけもない。いつの間にか両腕をつかまれて、そのままバンジージャンプだ。


 せいぜい10メートルである。エルフの国では、もっと高い木々の枝を飛び跳ねていたのだ。ならば、レックが恐怖するわけもないのだが、ビビってしまうのだ。


 レックは、叫んだ。


「お、おちるぅ~っ」

「下りてんのよ」

「下りなきゃ、危ないにゃ~」

「下へ、まいりま~す」


 エルフちゃんたちのツッコミに、メイドさんの宣言に、レックの周りは、余裕のあるお姉さんだらけだ。


 下の階では、おっさんたちが手を振っていた。


「どうだった、魔王様の様子は」

「ボウズ、ちゃんと挨拶してきたんだろうな?」


 テクノ師団の隊長殿と、馬のおっさんは、やはり動じていない。天井からは、魔王様の怒りの咆哮ほうこうと、大暴れの余波が下りてきているのに、さすがはベテランさんである。


「オレも飛べたらな~………ケリくらい、いれて挨拶したのに」

「おれっち、次はラウネーラのロボみたいに、ジェットにする――ロケットだっけ?」

「ホバーで十分やん、そもそも、魔力が足らへんのちゃう?」


 アーマー・5(ファイブ)の姉さん達も、もちろん動じていない。魔王様へ挨拶ができなかったと、悔しそうだ。


 地面に着地したレックは、ひざをついていた。


「ちょ、それどころじゃ――」


 情けなく、足がガクガクだ。

 エルフの国では、10メートルと言う天井よりも高い木々の上でジャンプし、モンスターを討伐してきたレックであるが、ビビリは、ビビリなのだ。


 巨大な影が、レックの頭上に現れた。


「レックちゃん、それで、魔王様を見た感想は?」


 一瞬、魔王様かと身構えたのは、永遠の秘密にすべきである。魔女っ子マッチョの、アリス姉さんであった。

 アップでは、今も悪夢のお姉さんだ。本名はドッドと言う、山賊のおかしらが似合いそうなマッチョは、きゃるるん――と、この状況でも魔女っ子スマイルを崩さない。

 前世が90年代の女子中学生と言うが、とてもキャラが長持ちだ。さすがは、ベテランだと見上げたレックは、答えた。


「………な、なにも――」


 そう、答えられなかった。

 姉さんのアップは、心臓に悪いッス――などという本音は、命のピンチだ。

 ただでさえ、魔王が復活した現場にいたドキドキで、ドキドキなのだ。


「あらん、まだレックちゃんには、早かったのかしら?」


 レックは、おびえながら、言葉に詰まったのだ。言葉を出すことができないほど、ビビっている。

 それさえ伝われば、十分である。レックはとりあえず、コクコクと首を上下させ、その通りだと返事をした。

 頑丈なお部屋であっても、崩れるのは秒読みだろう。ぱらぱらと、小石その他が降り続けて――


 レックは、ジャンプした。


「――っが?」


 巨大な影が、接近した。

 アリス姉さんをしのぐ、巨大な影であった。それだけで、本能が体を動かした。


 巨大な拳が、地響きを立てていた。


「あらあら、おしゃべりの時間は、おしまいかしら?」

「いやいや、逃げようぜ?」

「だな、バイクが出せればいいんだが………出すか?」

「やめなよ、おっさん――いや、いけるか?」


 レックの周りでは、おっさんたちが余裕である。

 そして、バイクレースの続きとばかりに、バイク愛好家の馬の人たちが、真剣に考えていた。

 早く脱出と言う意味では、レックも賛成である。しかし、バイクで階段を駆け下りる自信はない、転倒事故が目に見えている。


 天井では、魔王の咆哮ほうこうに混じって、アナウンスの人が、警告を続けている。ゲームでは、脱出システムまでの道案内とカウントダウンである。


 レックは、思いついた。


「あ、あの――」


 全員の視線が、とたんに集中する。

 緊急事態であるため、突然の申し出に、皆様も真剣になっている。一瞬、ひるんだレックであるが、続けた。


「脱出装置って、ないんッスか? ダストシュートとか、こう、なんか――」


 SFであれば、転送装置である。

 現実のデパートであれば、すっごく急角度という滑り台がある。むしろ、垂直というが、脱出システムには違いない。


 皆さんの目線は、メイドさんに注がれた。


「はい、もちろんございますよ? だって、お約束ですもの」


 メイドさんモードで、答えてくれた。

 皆様の反応は分からないが、レックは笑みを浮かべた。心の片隅で、なんで、メイドスマイルなのだろうかと、ちょっと疑問に思ったが、小さなことだ。


 これで、助かる――と、それだけで、十分なのだから。


 メイドさんは、微笑んだ。


「そう、お約束のヘリポートがございます………《《屋上》》にね?」


 魅力的な、微笑だった。

 むしろ、エンジェルスマイルで、天井を指差していた。絶賛、魔王様が復活の途中である破壊ルームの、さらに上と言うことだ。


 レックは、天井を指差した。


「………屋上――ッスか?」

「はい、屋上は、ヘリポートでございます」


 まるで、デパートの案内だった。



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