脱出、魔王のお城 1
レックは、走った。
目の前の巨大な穴が、脱出の道である。後ろを振り向く勇気はない、魔王様が、復活を始めているのだ。瓦礫もついでに、雨あられだ。
アナウンスが、鳴り響いていた。
『――警告、お約束が発動しました、お約束が発動しました。まじめな皆様は、退避してください。これより、勇者の出番です。繰り返します。お約束が――』
まるで、自爆シークエンスのようだ。
ふわふわと、エンジェル姉さんが、見守っていた。
「ちょっと、レックは残って戦うんじゃないの?ここは、オレに任せて先に行け――ってさぁ~」
天使のような微笑で、残酷だ。レックの前世などは、それは、死亡フラグだ――と、おびえていた。
最後尾のエルフちゃんたちは、ご機嫌だった。
「フラグったぁ~、フラグったぁ~っ」
「わぁ~い、レックがフラグったにゃぁ~」
金と銀のツインテールちゃんが、楽しげに飛び跳ねる。
レックの横で、ウサギのようにぴょんぴょんと飛び跳ねて、瓦礫をよけていく。レックに楽しむ余裕はない、これが、経験の差なのだ。
レックは、急ブレーキをかけた。
「げっ、魔王の腕様がっ!」
道を、防いでいた。
なお、右腕か、左腕かは分からなかった。
人間であれば、親指の角度でわかるのだが、5本どころではない指の皆様は、あちこちへと、タコの足のようにうごめいている。その一撃の全てが、オーガ・ロードの一撃を超えるレベルなのだ。
幸い、レックを狙ったわけではない、ただ、暴れているだけだった。腕が引き返すと、ボゴン――と、巨大な穴が姿を現した。
「じゃぁ、あたしは先にいってるから~」
エンジェル姉さんは、急降下した。
新たに生み出された大穴から、足元のお部屋へと脱出したのだ。
すぐに、その部屋も安全地帯ではなくなるだろう。次々と部屋を移動して、安全地帯まで向かわねばならない、タイムアタックなのだ。
メイドさんも、飛び降りた。
「それでは、下でお待ちしています――」
そして、輝いていた。
光の勇者という設定があれば、間違いなく、このメイドさんだろう。メイドさん風味の挨拶をして、上品にスカートの端をつまんで、お辞儀をしていた。そのままのポーズで落下して言った。
不思議なことに、スカートが翻ることはなかった。パンチラNGのアニメではあるまいに、不思議な雷バリアである。
エルフちゃんたちも、あとに続いた。
「ほら、レックも――」
「いくにゃ~――」
気付けば、レックの両サイドにいるのは、いつものことだ。
レックの返事を聞くことなど、あるわけもない。いつの間にか両腕をつかまれて、そのままバンジージャンプだ。
せいぜい10メートルである。エルフの国では、もっと高い木々の枝を飛び跳ねていたのだ。ならば、レックが恐怖するわけもないのだが、ビビってしまうのだ。
レックは、叫んだ。
「お、おちるぅ~っ」
「下りてんのよ」
「下りなきゃ、危ないにゃ~」
「下へ、まいりま~す」
エルフちゃんたちのツッコミに、メイドさんの宣言に、レックの周りは、余裕のあるお姉さんだらけだ。
下の階では、おっさんたちが手を振っていた。
「どうだった、魔王様の様子は」
「ボウズ、ちゃんと挨拶してきたんだろうな?」
テクノ師団の隊長殿と、馬のおっさんは、やはり動じていない。天井からは、魔王様の怒りの咆哮と、大暴れの余波が下りてきているのに、さすがはベテランさんである。
「オレも飛べたらな~………ケリくらい、いれて挨拶したのに」
「おれっち、次はラウネーラのロボみたいに、ジェットにする――ロケットだっけ?」
「ホバーで十分やん、そもそも、魔力が足らへんのちゃう?」
アーマー・5の姉さん達も、もちろん動じていない。魔王様へ挨拶ができなかったと、悔しそうだ。
地面に着地したレックは、ひざをついていた。
「ちょ、それどころじゃ――」
情けなく、足がガクガクだ。
エルフの国では、10メートルと言う天井よりも高い木々の上でジャンプし、モンスターを討伐してきたレックであるが、ビビリは、ビビリなのだ。
巨大な影が、レックの頭上に現れた。
「レックちゃん、それで、魔王様を見た感想は?」
一瞬、魔王様かと身構えたのは、永遠の秘密にすべきである。魔女っ子マッチョの、アリス姉さんであった。
アップでは、今も悪夢のお姉さんだ。本名はドッドと言う、山賊のおかしらが似合いそうなマッチョは、きゃるるん――と、この状況でも魔女っ子スマイルを崩さない。
前世が90年代の女子中学生と言うが、とてもキャラが長持ちだ。さすがは、ベテランだと見上げたレックは、答えた。
「………な、なにも――」
そう、答えられなかった。
姉さんのアップは、心臓に悪いッス――などという本音は、命のピンチだ。
ただでさえ、魔王が復活した現場にいたドキドキで、ドキドキなのだ。
「あらん、まだレックちゃんには、早かったのかしら?」
レックは、おびえながら、言葉に詰まったのだ。言葉を出すことができないほど、ビビっている。
それさえ伝われば、十分である。レックはとりあえず、コクコクと首を上下させ、その通りだと返事をした。
頑丈なお部屋であっても、崩れるのは秒読みだろう。ぱらぱらと、小石その他が降り続けて――
レックは、ジャンプした。
「――っが?」
巨大な影が、接近した。
アリス姉さんをしのぐ、巨大な影であった。それだけで、本能が体を動かした。
巨大な拳が、地響きを立てていた。
「あらあら、おしゃべりの時間は、おしまいかしら?」
「いやいや、逃げようぜ?」
「だな、バイクが出せればいいんだが………出すか?」
「やめなよ、おっさん――いや、いけるか?」
レックの周りでは、おっさんたちが余裕である。
そして、バイクレースの続きとばかりに、バイク愛好家の馬の人たちが、真剣に考えていた。
早く脱出と言う意味では、レックも賛成である。しかし、バイクで階段を駆け下りる自信はない、転倒事故が目に見えている。
天井では、魔王の咆哮に混じって、アナウンスの人が、警告を続けている。ゲームでは、脱出システムまでの道案内とカウントダウンである。
レックは、思いついた。
「あ、あの――」
全員の視線が、とたんに集中する。
緊急事態であるため、突然の申し出に、皆様も真剣になっている。一瞬、ひるんだレックであるが、続けた。
「脱出装置って、ないんッスか? ダストシュートとか、こう、なんか――」
SFであれば、転送装置である。
現実のデパートであれば、すっごく急角度という滑り台がある。むしろ、垂直というが、脱出システムには違いない。
皆さんの目線は、メイドさんに注がれた。
「はい、もちろんございますよ? だって、お約束ですもの」
メイドさんモードで、答えてくれた。
皆様の反応は分からないが、レックは笑みを浮かべた。心の片隅で、なんで、メイドスマイルなのだろうかと、ちょっと疑問に思ったが、小さなことだ。
これで、助かる――と、それだけで、十分なのだから。
メイドさんは、微笑んだ。
「そう、お約束のヘリポートがございます………《《屋上》》にね?」
魅力的な、微笑だった。
むしろ、エンジェルスマイルで、天井を指差していた。絶賛、魔王様が復活の途中である破壊ルームの、さらに上と言うことだ。
レックは、天井を指差した。
「………屋上――ッスか?」
「はい、屋上は、ヘリポートでございます」
まるで、デパートの案内だった。




