レックは、やっちまった
じょぼぼぼぼ――と、甘ったるいドリンクが、レックの顔をぬらしている。
甘ったるい香りと、呼吸をするたびに意識がすっきりとしてくる爽快感と、安心感が、思い出す。
コハル姉さんの、特性ポーションであると。お店で手に入れようとすれば、ルペウス金貨が飛んでいく、上級ポーションであると。
レックは、起き上がった。
「ま、魔王――だぁあああああっ」
ヤバイと、叫んでいた。
目の前には、そこには魔王の首があったのだ。そして徐々に思い出してくる、シャボン玉対決をしていたのだと。魔王が放つ深い緑色の炎と、レックの水風船が、互いを消しあっていたのだと。
巨大な首は、気付けば消えていた。見回すと、あきれたようなお姉さん達が、レックを見ていた。
コハル姉さんは、腰に手を当てた。
「………ポーションくらい、自分で飲めるようになろうよ?」
あきれたような、物言いだった。
薬が嫌いな弟へと向けた、お姉さんのお言葉である。見た目は12歳であるため、背伸びでお姉さんぶる様子が可愛らしい。
実年齢は、おそらく人間の生きる年月を超えているのだろう。そんなことは、口にするだけでピンチだ。
レックは、首を回した。
「………あれ、魔王様は? 炎は?」
レックは、無事だった。
部屋も、無事だった。
それは、分かる。首を回して、周囲を見回しているのだ。それでも、周囲も無事であることは、生き残ったのだと、実感させる。
緑色の炎は、触れるだけで溶かされる恐怖があった。
水風船が、ドロドロと溶けて、はじけて、消えていったのだ。自分が触れれば、同じ目にあうと、恐怖だった。
エルフちゃんが、実況を再会した。
「えぇ~、実況のコハルです。勇者(笑)のシャボン玉と魔王様の炎の対決は、ドローと言う結果になりました」
「ボクは、生き残ったが勝ちだと思うにゃ~、コハルは、弟子に厳しいにゃ~」
「ただ、新たな力に目覚めてほしかったみんなは、残念でした――にゃ~」
ボクっ娘のラウネーラちゃんに引き続いて、クールな見た目のメイドさんまで、猫しゃべりに感染していた。このまま、異世界はお猫様に支配されていくのだろうか。本名はドロシーと言うお姉さんは、ノリがいいようだ。
レックは、つぶやいた。
「あの、魔王様は――」
魔王の首は、消えていた。
まさか、転生初日と同じく、我知らずの内に倒してしまったのだろうか。そんなことがあっても、おかしくはない。転生した主人公なのだ。
答えは、メイドさんが教えてくれた。
「だいぶ劣化しているけどね、やっぱり、封印の神殿なのよ………先人の知恵の、恐ろしいことよ」
やや、中二の混じった言い方であったが、ヨシオ兄さんこと、本名ドロシー姉さんは、ちらほらと、指を刺していた。
天井に、壁に、そして台座と、いたるところに宝石がちりばめられていた。クリスタルの輝きである、エネルギーを循環させたり、バリアを発生させたりと言う、この世界の技術である。
もっともふさわしい言葉は、なんだろう。
「宇宙船みたいでしょ?」
ちかちか光る、すこし古いSF映画に出てくる、とにかく光ってればいいんじゃね?――という、動力室であった。
あるいは、司令室だ。
中央に、巨大なクリスタルが複数、半透明のドーナッツ形状の置物か、飾りか、オブジェか………
とにかく、ややSFと言う印象のお部屋だった。
レックは、指刺した。
「あのぉ~………ひび割れたり、砕けたりしてるのって――」
「うん、封印が劣化してるわけ。まぁ、サブは入れ替えるだけでいいからね、ここに住み込んで、定期メンテで、クリスタルを入れ替えるの」
つまり、バリア発生装置と言うことだ。
あるいは、エネルギー吸収装置である。封じられた魔王様が暴れようとすれば、その力を吸い取り、あるいは攻撃を防ぎ、改めて封印するのだ。
限界を超えれば壊れ、砕けてしまうため、クリスタルは定期的に入れ替える必要があるという。
レックは、起き上がった。
「押すな――ってボタンとか、ありそうッスね?」
フラグだと、口にしてから気づいた。
ややSFというお部屋だったのだ。ならば、お約束として、自爆ボタンがあっても不思議はなかった。
前世の浪人生などは、やめろ、それはフラグだぁああ――と、あわてて手を伸ばしている。もちろん、レックの心の中の風景であり、誰にも影響しない。
エルフちゃんたちは、見つめていた。
「これのこと?」
「あ、ホントにあったにゃ~」
『押すな』――と、でっかいスイッチがあった。
押してくれといわんばかりに、でっかい赤いスイッチであった。本当に押してはいけないのなら、せめてガラスケースの中にいてほしかった。
もちろん、ガラスケースにはカギも必須だ。
子供でも、手が届く場所にあるのは、狙っているとしか思えなかった。
「これ、押すの?」
「にゃ~」
同時に、指を伸ばしていた。
メイドさんは、やれやれ――と、首をふっていた。
「ダメダメ、そこは主人公がうっかり押しちゃうパターンっしょ?」
ヨシオ兄さんと言う、前世が顔を出しているようだ。
レックは、もちろん、そんなお約束をするわけがない。むしろ、ヨシオ兄さんが押しそうだ。
なにより、興味津々のエルフちゃんたちが、押しそうだ。
レックは、ダッシュした。
「ちょっ、らめぇええええ」
フラグは、ここで回収される。
緊張の連続で、その緊張が消えた足腰は、どのような態度を取るのか。とっさに走れば、どのような反応をしてくれるのか。
手を伸ばしたまま、レックは突撃した。
『押すな』――と言うスイッチは、待ち構えていたのだ。主人公が押してくれるのを、この部屋に、勇者(笑)が来てくれるのを。
メイドさんは、微笑んだ。
「ふふ………さすが勇者(笑)」
レックは、やっちまった。
朱色のスイッチを、ぽちっと、押していた。




