体育座りと、部屋の隅
部屋の隅が、安全ゾーンだ。
レックの前世が教える、安全ゾーンである。実際に安全かはさておいて、魔王の腕から、最も遠い場所には違いない。
レックは、体育座りをしていた。
「いいんッスよ………へへへ、オレっちは、どうせザコなんッスから――」
体育座りであった。
大暴れをする魔王の腕へと、ドリル・キックをかました結果は、体育座りであった。勢い任せにドリル・キックをかました結論である、魔王の腕は、まだまだ、元気だった。
レックは、勝てなかったのだ。
部屋の隅っこで、漫画やアニメでは、白黒で描かれる。燃え尽きちゃったぜ――バージョンのレックは、つぶやいていた。
目の前では、激戦が繰り広げられていた。
「メイド・きぃぃいいいいいいっく」
電撃が、うなっていた。
前世の名前はヨシオ兄さんと言う、メイドさんの一撃だった。
ほぼ、単独での大暴れである。残る皆様は、見学であった。
「へっ、さっすがヨシオ兄さん………輝いてらぁ――」
ちょっと、やさぐれていた。
6つの水球から、最大の威力を生み出すレックの必殺技、ドリル・キックは、確かにすさまじい威力である。
直撃すれば――の話だ。
おっさんが、レックの肩を叩いた。
「まぁ………がんばったさ。腕だけとはいえ、魔王の攻撃の嵐の中、突撃したのは、さすが勇者ってところさ。直撃じゃ、なかっただけだ」
馬のおっさんも、隣に座った。
「そうだぞ、ボウズ………まぁ、あの威力を耐えられるバケモノってのは、まずいないからな。直撃なら、まさにクレーターガでいる威力だからな………」
珍しく、フォローしてくれている。
豪快なおっさんたちは、様々な経験を積んだ、レックの補佐役としての立場である。
テクノ師団と言う、この国において、切り札と言うべき組織に所属する。そんな組織の隊長ランクのおっさんたちは、前を見つめた。
「見ろよ………あれが、魔王との戦いを経験した、先輩の力さ………」
「………まぁ、魔王との戦いを経験すれば、大丈夫さ」
うん、うん――と、いつの間にかロボットモードになっていたバイクの人も、レックを慰めていた。
勇者(笑)レックは、突撃した。
アーマー・5の姉さん達からはディスられながらも、突撃をかましたのだ。
強敵を一撃で倒す力が、ドリル・キックであった。
ダンジョンの町で、レックが新たに生み出した、30メートルの岩ドラゴンを一撃と言う、新たなる力だった。
直撃さえ、すれば………
エルフちゃんたちも、合流した。
「レック………まぁ、今後に期待?」
「ふっ――主人公にお約束の、試練だにゃ~」
金と銀のツインテールちゃんが、遠くを見詰めていた。
レックを直視しないのは、やさしさだ。勢い任せに、ドリル・キックをかました。そこまでは、勇者として望ましい姿だ。
威力も、岩場にクレーターを生み出す威力で、ボスクラスのモンスターであっても、即死の威力だ。
当たっていれば――だ
「相手がよけるってことも、考えないとダメよ?」
魔女っ子マッチョが、現れた。
いつの間にか、バリアを張るために、おっさんズ、エルフちゃんたち、そして、魔女っ子マッチョも現れた。
入り口付近は、安全地帯である。
それは、ゲームに限った設定である。あるいは、ゲームが進むと、安全地帯が変化する、消えうせるということもある。
バリアに守られながら、レックは前を見つめた。
「………ヨシオ兄さんって、雷の力を使うんッスね」
現実から、逃げていた。
派手な輝きを、ぼんやりと眺めていた。
ドリル・キックを放つ。それは、レックの周囲に生み出された6つの水球の力を集中と言う、まさに、ドリル・キックなのだ。
男子の夢とも言われる、ドリルなのだ。
6つのレーザーの威力をスクリューで回転させ、3つ合わさればトルネードだ。さらに合わさった威力が、ドリル・キックである。
見事に、指・ぱっちんの洗礼を受けたわけだ。
「もう、いいんッス………おれっち、勇者だとか、もてはやされも、結局はザコなんッスよ」
ぱっちん――と、魔王の指に、吹っ飛ばされた。
ドリル・キックが直撃すれば、巨大な魔王の腕すら、吹き飛ばせる。そんな調子に乗った気分でなければ、突撃などできなかった。
結果は………指・ぱっちんだった
「うわぁ~………ヨシオ兄さん、やっちゃったよ」
「まぁ、経験も積んでるし………ねぇ?」
「いや、レックはまだ強くなるさ、直撃すれば、魔王の腕だって、ヒビを入れるくらいは出来るからよ」
「そうだぞ、一撃でヒビを入れられる威力って言うのは、すごいんだぜ?」
おっさん達が、レックを慰める。
お調子者の少年であっても、落ち込むときは、落ち込むのだ。
最強の威力、これ以上ない、最大の威力を生み出したというドリル・キックが通用しなかったという落ち込みが、体育すわりである。
メイドさんが、降り立った。
「いいもん持ってるのに………コハルちゃんたちに同感かな、今後に期待ってやつ」
ぱちぱち――と、雷の余韻で浮かんでいた。
そして、勝利の余韻だ。
あれほど大暴れしていた腕は、すでに消えていた。地響きも、天井から落ちてきた瓦礫も、すでに収まっていた。
メイドさんは、やはりすごいのだ。
右手にはナイフを、左手は、気付けば包帯をしていた。ケガを負ったわけではない、このメイドさんが、中二と言う点に注意である。
左手を、空へと向けた。
「この私の左腕が解き放たれるとき………それは、まだ先のことで幸運だよ、もしも、解き放たれるなら――(以下略)」
かっこいいメイドさんは、とても残念である。
いいや、それは、前世を持っているための感想だと、レックは知っている。この世界には、魔法がある。しかし、前世のようなツッコミは、前世を持つ人物しか持ち合わせていない。
つまり、中二が爆発的に感染拡大をしても、だれも止められないのだ。
感染源は、宣言した。
「勇者よ、仲間たちを信じるのだ。今は未熟でも、この私、オーレリアス・アラン・ブラッドレー・ダークフォース(以下略)のように――」
メイドさんの背後は、すでに残骸のみが散らかっていた。
天井からぶら下がっていた、大木の根っこのような腕も、消えていた。どうなったのかは、わからない。メイドさんの攻撃で、一瞬、輝きがまぶしく、目を閉じてしまったのだ。
消滅したのか、改めて封印されたのか………
オーレリアス・アラン・ブラッドレー・ダーク(以下略)の活躍によって、ピンチは回避された。
レックは、自分がいなくても勝てるのではないかと、改めて確信した。
そして、見上げた。
「帰って、いいッスか?」
答えなど、すでに決まっている。
落ち込んでいるというより、ヤバイ現場から、早く逃げたい気持ちで、いっぱいだったのだ。見捨てるというより、場違いなら、サヨナラをしたいわけだ。
エルフちゃんたちが、両サイドで、微笑んでいた。
「修行、しよ?」
「試練だにゃ~」
がっしりとレックの腕をつかんで、微笑んでいた。
やっぱり、帰れないようだ。




