魔王の腕と、序盤戦
我こそが、魔王様の右腕である――
アニメなどの強敵が、よく使うセリフである。
さぁ、魔王との決戦が待っている。そんな気分を、さらに盛り上げてくれるキャラクターが、今までの強敵を倍する実力で、現れるのだ。
最終決戦を前にした、盛り上がりの展開なのだ。
レックは、つぶやいた。
「あれ、右腕かな………」
魔王様の腕が、暴れていた。
右腕か、左腕か、分からない。親指の位置で分かったかもしれないが、大暴れの今は、観察の余裕はない。いいや、大木の根っこという表現がよく似合う腕の人なのだ、指の数が7本か10本か、数えるのもバカらしい。
ただ、暴れておいでだ。
メイドさんは、ふっ――と、笑った。
「我が後輩よ、新たなる勇者よ、今こそ戦うのだっ」
20代半ばのお姉さんは、姿はメイドさんで、美人なお姉さんで………
見事に、中二をこじらせておいでだ。
びしっと指を刺す、オーレリアス・アラン・ブラッドレー・ダークフォース(以下略)という真名の持ち主だ。
もちろん、真名など呼んでやるつもりもないし、その時間もない。前世の名前だろう、ヨシオ兄さんで、十分なのだ。
レックは大きくジャンプをした。
「げっ、水風船が――」
はじけていた。
とっさに、ジャンプをしていた。無意識というべきジャンプの結果は、全方位を守っていたはずの水風船の、破裂だった。
6つあるうちの、2つの消滅だった。
それなりの強度と柔軟性を持ち、30メートルサイズの岩ドラゴンこと、ロック・サラマンダーの攻撃をも、一撃程度はしのぐのだが………
ジャンプをして、正解だったようだ。
メイドさんが、隣にいた。
「レックくん、先輩からの忠告だ………相手は、魔王だよ?」
「もぉ~、ヨシオ君ったら、そんなんじゃ、分からないわよ?」
魔女っ子マッチョは、さらにその隣にいた。レックがパニックであったこともあるが、いつの間に横に並んでいたのか、不思議である。
いつの間にか、巨大な影が目前だった。
「スキル・レンズバリアっ」
とっさに、叫んだ。
狭い範囲だが、水風船よりも、強度が上である。真正面から受けるなら、こちらだと思ったのだ。
もちろん、スキル――という叫びに、意味はない。ステータス先生は存在しないし、便利なスキル獲得イベントも、告知も存在しないのだ。
エルフちゃんたちが、ツッコミを入れるだけだ。
「レック~、受けるつもりなら、そんなんじゃムリだよ~」
「そうだにゃ~、むしろ、水風船のほうがお得だにゃ~」
金色と、銀色のツインテールがふわふわと、楽しげだ。
半分、空中に浮かんでいる、どちらも背中からフェアリーの羽を生じさせている、妖精さんモードだ。
エルフとしての力を使うつもりなのか、空中戦を想定しているのか、レックには分からない。
考える余裕など、ないのだ。
目の前が、淡く光った。
「げ、レンズでも?」
レンズバリアの、断末魔だ。
強固なはずのレンズバリアでも、ムリのようだ。エルフちゃんたちのツッコミ、助言?のおかげで、水風船も準備していてよかった。
レックが生み出せる水球は6つである。すべてをレンズバリアにするか、半分を水風船にするか、それは自在なのだ。
吹き飛ばされながら、レックは叫んだ。
「ちょ、序盤でピンチって、ちょっとぉおおおっ」
準備不足であると、涙目だ。
横目では、エルフちゃんたちが手を振っていて、憎たらしい。見た目が12歳のお子様であるために、許されるのだ。
かわいいは、正義なのだ。
いい性格をしているおっさんは、ただ、見学している。そういえば空気になっていたが、馬のおっさんと、テクノ師団のおっさんもいたのだ。
どちらも、レックの補佐として、協力して魔王を倒すためにここにいるはずだが、のんびりと、応援をしてくれていた。
「おぉ~い、油断すんなよぉ~」
「そうだぞぉ~、戦いの勘を思い出せぇ~」
レックは、無視を決め込んだ。
戦いの勘――とは、いったいなんだろう。そんな疑問が残ったが、考える余裕など、あるわけがない。水風船を前に横に斜めにと展開しつつ、逃げ回っていた。
皆様も同じく攻撃を受けているはずなのに、余裕のようだ。
「オレだけ、ねらってないッスか?」
生きのいい魚のように、魔王の腕はびたん、ばたんと、大暴れだ。
指ぱっちんが、バリアを崩壊させる威力だ。
風船割りゲームのように、レックのバリアは、ぱちぱちとはじけている。常に生み出し続けることで、何とか生き延びているが………
メイドさんが、現れた。
「レック君、あんまりお客様を待たせるのは、よくないですよ?」
メイドさんモードで、助言である。
バリアを展開している様子もないのに、なぜ、無事なのだろう。メイドの秘儀だと言われれば、素直に納得なのだが………
メイドさんは、微笑んだ。
「お姉さんが、やってあげてもいいけど――」
今度は、お姉さんモードである。
前世は、あくまで前世である。おそらくは、男心が分かるお姉さんとして、多くのボウヤを手玉に取ってきたのだろう。レックの反応を見て、楽しんでおいでだ。
もう一人のお姉さんも、微笑んでいた。
「あらん、ダメよ、本番はまだなんだしぃ~………レックちゃん、男の子でしょ?」
マッチョが、微笑んでいた。
魔王の腕の攻撃を、それとなく防いでいる。小さなバリアを複数展開させているのかもしれない、未熟なレックには、不可能な技である。
レックには防ぐこともできない、そして、ジャベリンで切り裂けるのか、とても不安であった。
いや、メイドさんは切り裂いておいでだ。
いつの間に取り出したのか、ペーパーナイフらしき小さなナイフで、接近してきた枝のような何かを、切り裂いていた。
そう、攻撃は通じるのだ。
岩ドラゴンすら、レックは一撃で倒せるのだ。波の攻撃が通じず、上級魔法のトルネードですら、うまく当てねばならなかった。
では、今は?
「なにか、思いついたのかな?」
「レックちゃん、冷静になってきた?」
二人のお姉さん達は、微笑んでいた。
レックは、水風船を小さくしつつ、常に発生させつつ、うなずいた。
そう、昨日のことだったのだ。ダンジョンの町において、ダンジョンからモンスターがあふれ出す、30メートルサイズの岩ドラゴンも、ぞろぞろと現れた。
並みの冒険者では、傷を負わせることも出来ない強敵だ。
レックは、どうしたというのか。
「へっ、魔王様の前だって、らしくもなくビビってたみたいですね――」
腕を組んだ。
そう、この世界は中二が広く認められている、一癖も、二癖もある冒険者がたくさんいる世界なのだ。
前世の浪人生が、叫んだ。
ゆけ、勇者よ――と
見物のお姉さん達も、応援していた。
「レックって、けっこう涙目じゃない?」
「おれっちは、ノーコメントで」
「まぁ、あたしたちと違って、初心者だし?」
「いやぁ~、いつまでたっても、成長せんかもよ?」
いや、ディスられていた。
アーマー・5の姉さん達は容赦なかったが、あえて聞かなかったことにする。
そして、走った。
心で涙を流しながら、夕日に向かって突撃のイメージだ。
6つの水球が、大きく輝いた。
そして――
「ドリルきぃいいいいいいっく」
勇者(笑)は、突撃した。




