メイドさんは、やりやがった
みしみしと、天井がひしめいている。
巨大な根っこのような腕が、ビタン、バタンと、お怒りを現していた。まるで、陸に上がった魚のように、元気一杯に暴れていた。
メイドさんは、微笑んでいた。
「あらあら、ねぞうの悪いお客様だこと………」
お上品に笑っていたが、レックは、笑えなかった。
最初は、だらりと垂れ下がっていただけだった。天井までが10メートルサイズの巨大な部屋が、狭く感じたものだ。
今は、大暴れだった。
「め、メイドさん………いったい――」
レックが、突撃したわけではない。レックが通せんぼをしているドワーフちゃんが、カノン砲をぶっ放したのではない。
アーマー・5の姉さん達でもなく………
メイドさんは、ふっ――と、前髪を掻き分けて、優雅にポーズをとっていた。
「いつから、私がメイドさんだと、勘違いしていた?」
人を選ぶ、キザなしぐさであった。
美人なメイドさんであれば、とても似合う。やらかした直後であるため、とっても微妙な気分のレックである。
前世が、おぉぉ~――と、拍手をしているのが腹立たしい。さすが、メイドさんだと、拍手をしていた。
いや、メイドではない
本人が、告白していた。しかし、メイド服で姿勢正しく、言葉は少なく案内してくれた姿は、イメージのメイドさんである。
そう、レックがメイドさんだと思っても、無理がないのだ。むしろ、メイドではないと言う主張に対して、文句を言いたいレックである。
魔女っ子マッチョが、進み出てきた。
「もぉ~、ヨシオくんったら、がまんできなかったの?」
おっと、日本人ネームであった。
そういえば、セリフも『いつから、私がメイドさんだと、勘違いしていた?』という言い回しであった。
どうやら、新たなる転生者のようだ。
見た目どおりの女性とすれば、トランス転生と言うヤツらしい。トランスマッチョの魔女っ子アリスちゃんと、同じである。
実は、男だ――でないと思う、胸元は詰め物という可能性も残っているが………
レックは、つぶやいた。
「………ヨシオくん?」
「アリス姉さん、ヨシオという名前は、もう忘れたのです………私は、ドロシーという女の子に生まれ変わって………しかし、その真名はオーレリアス・アラン・ブラッドレー・ダーク――」
真名は、やはり長いようだ。
そして、ポーズが中二だった。
暴れ狂う魔王の腕を背景に、振動を背景に、とっても様になる。オーレリアス・アラン・ブラッドレー・ダーク(以下略)という、真名の名乗りなど、もちろん聞いてはいない。
20台も、半ばを過ぎているように見える。テクノ師団の、水色のツイン、みつあみの姉さんの次の世代かもしれない。
言い回しというか、ネタを知っているという意味では、親近感を覚えてもいいはずなのだが………
レックは、涙目だ。
「ヨシオ兄さん、なにしてくれちゃってるんすか………」
オーレリアス・アラン・ブラッドレー・ダークフォース(以下略)という真名など、もちろん呼んでやるつもりはない。
ヨシオ兄さんで、十分だ。
ヨシオ兄さんは、髪の毛を掻きあげ、ポーズを取った。
「ふっ、ちょっとしたイベントではないか。大事なことだから、二回言うよ、ちょっとした――」
ヨシオ兄さんが、解説を始めた。
なにかしたには、違いない。レックが、必死に豆戦車を走らせたドワーフちゃんを通せんぼし、アーマー・5の姉さん達を警戒して………
まさかのメイドさんが、大木がミシっ――と、亀裂を生じさせた。
背中を向けていたのが、悔やまれる。ヨシオ兄さんは、いったい何をしたのか、大木に亀裂を生じさせたのだ。
即座に回復していたが、振り向くと、笑みを浮かべるメイドさんと、ミシミシと亀裂が走った大木があった。
大暴れの、始まりだ。
痛みと怒りで、この部屋が崩壊する予感がある、見事な大暴れだ。
だれも動じていないのは、さすがは先輩達である。エルフたちはもちろん、アーマー・5の姉さん達に、テクノ師団のおっさんも、眺めていた。
魔女っ子マッチョが、困った笑みだ。
「イベントもいいけどね、レックちゃんにも、見せ場を作ってあげないと、経験にならないでしょ?」
「わかってますよ。でも、ヘタレ君みたいだから、手を引いたほうがいいじゃないですか?どうせ、封印も限界だし――」
メイドさんが、レックを見た。
すすす――と、地面をスライドするように、瞬時にレックの正面までやってくる。貧弱な15歳のレックには、見上げるお姉さんだ。
胸元が、目の前だ。
ホンモノか、詰め物か、トランス転生なのか、女装なのか、試す勇気など、あるわけもない。
にこやかスマイルも、すさまじい。
「………それとも、レック君は、この部屋で夜を過ごしたいのかな。お姉さんは、付き合ってあげてもいいけど――」
魅惑的な笑顔を前に、レックはドキドキだ。
純真な15歳のボウヤには、とっても刺激が強かった。メイドのお姉さんからの、お泊りの、お誘いである。
レックは、想像するだけで、ドキドキだ。
天井からは、大木のような腕が、ぶらりと下がる。いつ、暴れだすか、それは分からない。そんな天井を見つめて、夜を明かすことになるのだ。
翌朝に、金髪が白髪になっていても、不思議はない。
いや、一時間も持たない、ジャベリンか、あるいはもっとハデにトルネードキック、いいや、ドリルキックで、腕をへし折ってしまいそうだ。
レックの顔を見て、メイドさんは満足そうだ。
「序盤戦、スタートだね?」
メイドさんは、微笑んだ。




